フィギュアスケ-トの4回転ジャンプは、比較的着氷しやすいト-ル-プジャンプとサルコウジャンプが用いられています。ト-ル-プは、右足で体を浮かせ、左足のつま先で踏み切るので、高く飛びやすいジャンプです。サルコウは左足内側のエッジで踏み切るので、高く飛びにくいですが、回転をつけやすいジャンプです。2018年2月の平昌オリンピックで羽生選手は4回転サルコウジャンプを鮮やかに決めました。
スケ-ト靴を履いているので、足首は固定されています。スケ-タは膝と股関節だけを使ってジャンプしています。その場で片足で跳べる高さはせいぜい30cm程度でしょう。しかし羽生選手は86cmも飛び上がっているそうです。なぜこんなに高く飛び上がることができるのでしょうか。
重力加速度をg、スケ-タの加速度をaとすると、垂直方向の運動方程式は、
- ma=-mg
です。垂直方向の初速度をvoとすると、t秒後の速度vと位置yは
- v=-gt+vo
- y=-g/2・t^2+vot=-g/2・(t-vo/g)^2+vo^2/2g
となります。水平方向の初速度をuoとすると、t秒後の位置xは
- x=uot
となります。vo/gで最高点に到達するので、滞空時間toは
- to=2vo/g (vo=gto/2)
となります。跳躍高さhは
- h=vo^2/2g=(gto/2)^2/2g=g/8・to^2
となります。初期速度あるいは滞空時間によって跳躍高さが決まります。
羽生選手の滞空時間は0.84秒だそうです。そうすると初期速度と跳躍高さは
- vo=0.5・9.8m/s^2・0.84s=4.1m/s
- h=0.125・9.8m/s^2・0.84・0.84=0.864m=86.4cm
となります。回転速度は
- 4回転/0.84s=4.8回転/秒
です。跳躍時間が長いので、回転速度が5回転/秒以下でも4回転しています。
羽生選手は、跳躍前の深いスリ-タ-ンで速度を落とさずに向きを変えるので、水平方向の速度はu=6m/sと大きいです。サルコウでは左脚のエッジを氷面に食い込ませて、瞬間的にエッジを中心に回転させます。典型的な左脚の傾きはφ=17度(氷面と脚のなす角度は73度)です。着地で転倒しないように、体軸を進行方向に対して後ろ向きに鉛直から17度傾けています。踏切時には重心に
- Δuo=ucosφcosφ=6.0・0.9145=5.5m/s(水平方向)
- Δvo=ucosφsinφ=u/2・sin2φ=6.0/2・sin34=3・0.56=1.7m/s(垂直方向)
の速度が生じます。助走速度を利用して、上昇速度Δvo=1.7m/sを得ることができました。全体の跳躍速度は
- Vo=Δv1+Δvo=2.4m/s+1.7m/s=4.1m/s
ですから、自力の跳躍速度はΔv1=2.4m/sとなります。自力での滞空時間と高さは
- Δt1=2Δv1/g=2・2.4m/s/9.8m/ss=0.49秒
- Δh1=Δv1^2/2g=2.4m/s^2/2/9.8m/ss=0.294m=29.4cm
です。高さは速度の2乗に比例するので、自力の跳躍速度Δv1=2.4m/sに助走を利用した上昇速度Δvo=1.7m/sを少し加えるだけで、跳躍高さが29cmから86cmに増大しました。
羽生選手の体重は53kgでスケ-ト靴の重さは1kg(両足)で、全体で54kgです。ジャンプによる位置エネルギの上昇Eoは
- Eo=mgh=54kg・9.8m/ss・0.864m=457.2J
です。回転速度は
- ω=4×2πrad/0.84sec=30rad/s
です。羽生選手の慣性モ-メントIは、頭、首、胴(腕込み)、腰、腿、下肢、足首、靴の各部分(い=1~8)が円筒であると近似して足し合わせた結果小さめに見積もっておおよそ
- I=1/2・∑(mi・ri^2)=0.32 kgm^2
であると推定しました。これは半径10.8cmで長さ175cm(=身長171cm+靴4cm)の円筒(比重1)の慣性モ-メントに相当します。回転運動のエネルギE1は
- E1=1/2・Iω^2=0.5・0.32 kgm^2・30rad/s^2=144.0 J
よって、ジャンプするエネルギの方が回転エネルギより3.2倍も大きい
- Eo/E1=457.2J/144.0 J=3.2倍
ことが分かります。慣性モ-メントが30%大きければ、2.5倍程度になります。
氷面を0.1秒間蹴り続けたとすると、ジャンプ力Foは
- Fo=54kg・4.1m/s/0.1sec=2214N
回転トルクT=F1×rは
- T=I・dω/dt=0.32kgm^2・30rad/s/0.1s=96.0Nm
回転力F1は、r=0.108mとして
- F1=96.0/0.108=888.9N
全力Fは
- F=root(Fo^2+F1^2)=root(2214^2+889^2)=2386N=243kgf
となり、体重54kgfの4.5倍の力でジャンプしたことになります。4回転ジャンプは体重の4倍以上の力がかかると言われているので、0.1秒の蹴り時間は良い値だと思われます。
踏切角度αは、ジャンプ力Foと回転力F1の比に対して
- tanα=Fo/F1=2214N/889N=2.490
を満たします。跳躍は氷面からα=68度の方向(傾き22度)でした。跳躍時に腕や脚の広がりがあると慣性モ-メントは増加します。慣性モ-メントが30%大きければ、
- tanα=2214N/889N/1.3=2.490/1.3=1.915
となります。これを解くと、跳躍方向は氷面からα=62度の方向(傾き28度)になります。踏切角度は60度程度と言われているので、実際の慣性モ-メントは30%増しの値なのかもしれません。跳躍方向と体軸の傾きは必ずしも一致しません。
羽生選手は助走速度6m/sが大きく、それを上手に上昇速度1.7m/sに変換し、自力のジャンプ速度2.4m/sに付け加えることにより4.1m/sの速いジャンプ速度を得ていました。それにより長い滞空時間0.84秒を実現し、その間に4.8回転/秒で高速回転することにより、4回転(=1.8回転/秒×0.84秒)ジャンプを成功させたことになります。
スケ-トでは、回転をつけるために、跳躍する前に手足を伸ばして慣性モ-メントを大きくして、体を先行してひねっていきます。強く氷面を蹴って跳躍すると同時に素早く手足を縮め、体軸をまっすぐにして、進行方向に対して後ろ側に傾けます。着氷時には安定に着地するために、手やフリ-脚を大きく伸ばして、角運動量を手脚に持たせて、体の回転を止めます。回転に余裕がない場合は、高く飛ぶことが、安定な演技につながります。回転に余裕がある場合は、演技を大きくみせるために、遠くに跳躍するようです。これからは靴が軽くなるので、難度の高いルッツやアクセルでも4回転ジャンプを成功させる選手がでてくるでしょう。