真核生物が多細胞化できたのはどうしてでしょうか?

多細胞化により、複雑な構造と機能をもてるようになり、生物としての多様な展開が可能になりました。多細胞生物というのは、構成細胞が機能的にも形態的にも分化し、役割分担していて、細胞集団全体(個体)として統合されています。脳や心臓などの各組織を形成するには、単細胞生物よりたくさんの遺伝子が必要になります。ゲノム重複は遺伝子を増大させるので、多細胞生物を出現させる大きな一因になりました。真核生物は、細胞が格段に大きく、ゲノム重複で増えた多量のDNAを安定に保持できる核の仕切りをもっています。それによって真核生物は多細胞生物に進化できたのでしょう。

ゲノム重複とは

Hox遺伝子群は発生過程で体の各部分の構造を作り出す13個の遺伝子が配列した遺伝子群です。Hox遺伝子群は、脊索動物のナメクジウオでは1セット、無顎類のヤツメウナギでは2セット、顎口類の魚類以上では4セットあります。4倍体の親同士からは、4倍体の子孫が生まれます。哺乳類は、遺伝子セットの倍化が2回起きた結果、4倍体になりました。但し哺乳類の4セットは、お互いに似ているけれども完全に同じ遺伝子のセットではありません。

ゲノム重複でできた遺伝子は、ラクシャリー(贅沢)遺伝子と呼ばれています。大野乾(すすむ) 博士は、50年も前から、ゲノム重複が生物の新規性をもたらしたという仮説を提唱してきました。ゲノム重複で冗長性が生じると、進化の制約が緩み、タンパク質を変える遺伝子変異などが蓄積し、新しい機能が進化しやすくなるという説です。ゲノム重複は高校の教科書に載せるべき情報なのかもしれませんね。

色覚と明暗のどちらが先に見えるように進化したのでしょうか?

ヒトは暗くなると色を識別できなくなります、しかし夜行性のカエルは夜でも色を識別できるそうです。ところで色覚と明暗のどちらが先に進化したのでしょうか? 

明暗視は桿体細胞のロドプシンが担い、色覚は錐体細胞の視物質が担っています。色覚は情報処理が複雑なので、明暗視の方が先に進化したように思われますが、実際は錐体の視物質を先に創り出し、その後にロドプシンが創り出されました。

但し、魚類や両生類では、ピノプシンという桿体の視物質(光受容タンパク質)が、最初に機能していたことが分かってきました。ピノプシンは爬虫類や鳥類では脳内に存在していますが、哺乳類にはありません。爬虫類や鳥類は脳で明るさを感じられるのですね。

女性の方がより繊細に色を区別できる?

ヒトの赤の視物質には多型が見つかっています。視物質であるオプシン・タンパク質の180番目のアミノ酸がセリンとアラニンの場合があり、同じ赤でも色合いが異なります。赤の視覚多型は男性に6:4の割合で存在しています。実はこの赤の視物質の遺伝子はX染色体上にあります。

女性はX染色体を2本持つので、青と緑と2種類の赤の4色性の色覚を持つ人が存在します。女性の方がより繊細に色を区別できるのかもしれません。

男性はX染色体が1本しかないので、赤緑が区別できないといった色覚異常が生じやすいと言われています。男性の5%には色覚異常があります。赤と青を区別できれば、赤と緑を区別できそうな気がしますが、実際はそうではないようです。赤と緑を区別できないと、森の中で熟した実を見つけられないことになります。だから木の実の採取は女性が担当していたのかもしれません。

ちなみにサルには色覚異常がなく、チンパンジには0.5%程度あります。また中南米に棲む新世界ザルには3色型と2色型が見られます。これはカモフラージュした昆虫の採食では2色型の方が優れているからだと考えられています。

脊椎動物の視物質とその進化

人間は、赤、青、緑に感受性が高い3つの視物質を持っています。その組み合わせで多様な色を見分けることができます。他の動物はどうでしょうか?実は脊椎動物は基本的に5つの視物質を持っています。5つとは、赤、紫、青、緑の視物質と明暗を感じるロドプシンです。そして赤、紫、青、緑、ロドプシンの順番で分岐して進化してきました。

霊長類以外の哺乳類は基本的に赤と青の2つの視物質を持っています。哺乳類は2億5000万年ほど前に現れましたが、6500万年前に恐竜が滅びるまで、夜行性だったので、緑と紫の視物質を失ったのです。しかしニホンザルや霊長類は、赤、青、緑の3色性の視覚をもっています。分子系統樹で見ると、4000万年前に、ヒトの赤の視物質から緑の視物質が出現したことが分かります。金魚やニワトリの方が視物質が多いのは少し驚きですね。

体色を変えるイカは色が分かるのでしょうか?

イカやタコには色素胞と呼ばれる器官があります。その器官には、黄褐色系のオモクロームという色素が含まれています。イカやタコはこの色素胞を収縮弛緩することによって、体色を変えています。それらの色素は層状であるため、多色を出すことができるのです。

イカが認識できる色は青緑(波長450〜500nm)で、赤色を認識できません。海の中のイカは色を認識できず、白灰黒のモノトーンの視覚をもっています。自らは色がわからないのに、変色するのは面白いですね。イカを釣る人は、様々の色の疑似餌(エギ)を使います。しかしアオリイカから見て、定番のオレンジとピンク、赤と紫は同じように見えるでしょう。

魚の色覚はなぜ豊富なのでしょうか?

魚は様々な水環境に適応しているために色覚が豊富です。基本的に魚は黄緑-赤、緑、紫、青の4色視覚ですが、その殆どは色覚多型です。金魚の仲間である骨鰾類のゼブラフィッシュは赤2、緑4、青1、紫外線1、桿体2の10種類の色覚を持っています。棘鰭(きょっき)類のメダカも、赤2、緑3、青2、紫外線1、桿体1の9種類の色覚を持っています。

魚は見る角度によって色覚を変えています。魚の眼球の背側の網膜にはLWS-2(黄緑-赤548nm)、RH2-1(青緑467nm)、RH2-2(緑476nm)の視物質があり、下を見る視覚に使っています。腹側の網膜には、それより長波長のLWS-1(黄緑-赤558nm)、RH2-3(青緑488nm)、RH2-4(緑505nm)の視物質があり、上を見る視覚に使っています。

水深200mの世界には青い光しか届きません。そこでは金目鯛のような赤い魚が増えてきます。赤色の魚は、青い光を反射しないので、目立たなくなります。魚の鱗は赤、青、緑を反射するので銀色になります。捕食者が魚を下から見上げると、太陽の光と魚の輝きは同じ様に見えて、魚は目立たなくなります。

カンブリア紀のカラフルな生き物

眼を持つ生物が出現したことで、色を見分ける生物や、体色や擬態で身を守る生物が生まれたのでしょう。『眼の誕生』の著者アンドリュー・パーカーはシドニーの博物館でウミホタルの研究をしていました。彼は動物化石に構造色を示唆する証拠を発見しました。構造色は、モルフォ蝶、タマムシ、孔雀の羽などにみられる美しい干渉色のことです。モルフォ蝶は櫛葉構造、タマムシは多層薄膜干渉、孔雀は回折干渉で発色します。色素は分解してしまいますが、構造色の構造は化石に痕跡を残します。

ウィワクシア(Wiwaxia)は、約5億年前の海に生息していたバージェス動物群に属する全長約2.5- 5cmの楕円形をした動物です。背面は多数の鱗状の骨片で全面が覆われています。体の背面に中央を挟んで左右1列に生える10本前後の鋭い棘(とげ)があり、これで身を守っていたと考えられます。また背中の鱗の表面には幅数百nmの周期的な溝があり、構造色を示していたと考えられています。カンブリア紀の浅い海の中には極彩色の生物が数多くいたのかもしれません。

視覚のメカニズム

視覚機能を支えているのは、オプシンと呼ばれる光受容タンパク質です。眼の網膜には視細胞が高密度で存在しています。視細胞にはパンケ-キ状の構造があり、その膜に沢山のオプシンが設置されています。オプシンは7個のαヘリックス構造を有しています。

オプシンは、ビタミンAの誘導体であるレチナールを7番目のヘリックスH7に保持しています。つまりレチナールは、H7のアミノ酸リジンの残基とシッフ塩基結合(C≡N)を形成しています。レチナール単体は紫外線しか吸収できないので、オプシンは単にレチナールを結合するだけでは可視光は吸収できません。しかし、分子進化の過程で、オプシン中の3番目のヘリックスH3にあるグルタミン酸のOH基から、シッフ塩基結合(C≡N)のNがHを獲得することで、レチナ-ルの電子構造が変化して、青色をピ-クとする可視光を吸収できるようになったのです。ChemSketchという分子のお絵かき無料ソフトを使って、オプシンのリジンとレチナ-ルのシッフ結合とグルタミン酸との関わりを図示してみました。

オプシンの活性化とシグナル伝達

光を受けていない不活性状態のオプシンにはシス型のレチナールが結合しています。視細胞に到達した光の受容によって、レチナールはシス型からトランス型へ構造変化します。それに伴ってオプシンの構造変化が引き起こされ、活性状態となったオプシンは、視細胞内に存在する3量体Gタンパク質と共役して情報を伝達します。活性化したGタンパク質のGDP-GTP交換反応を介して視細胞内のシグナル情報伝達系が駆動し、そこで生じた電気信号が脳へと伝わって私たちは”見えた”と感じるのです。

水晶体の進化

眼のレンズの水晶体の中はクリスタリンと呼ばれる可溶性のたんぱく質からできています。クリスタリンの組成は動物によって異なっています。脊椎動物はαとβの2種類のクリスタリンを持っています。これに加えて哺乳類はγクリスタリン、また鳥類や爬虫類はδクリスタリンを持っています。さらに鳥類でもアヒルなどには、α、β、δに加えてεとτと呼ばれるクリスタリンが存在します。

 1987年、アルギニノコハク酸リアーゼ(AL)のアミノ酸配列が、ニワトリのδクリスタリンとよく似ている(64%同じ)という驚くべき事実が見出されました。ALはアルギニンや尿素の合成を行なう酵素です。その後の研究により、両生類から爬虫類、鳥類へ進化する頃に、この酵素の遺伝子が重複して、2つになり、その片方が水晶体で強く発現して水晶体構造たんぱく質専用の遺伝子になったことが分かりました。つまり、δクリスタリン遺伝子はすでにあった酵素遺伝子を流用したものだったのです。

眼はどのように進化したのでしょうか?

植物プランクトンは、光合成ができる所に留まるために、周囲の明るさを感知する色素胞があります。貝類は複数の単眼をもっており、明るい場所を感知します。さらに窪んだ所に単眼を作ることで光のくる方向が分かるようになります。さらに眼の窪みが大きくなり、入り口が小さくなることでピンホ-ル眼が、入口にレンズができることでカメラ眼が出現しました。オウムガイはピンホ-ル眼を有しています。タコやイカなどの頭足類は大きなカメラ眼を持っています。頭足類のカメラ眼は、脊椎動物のものとは少し異なり、眼の神経線維網は網膜の下にあります。

眼の進化の主要な段階

 a) プランクトンの眼:光受容細胞が体表に露出している。周りの明るさを感知できる。

 b) カサガイの眼:窪みで光が差す方向を感知でき、細胞を損傷から守る。

 c) オウムガイの眼:ピンホール眼は光の方向を感知でき、入射光は像を結ぶ。

d) ゴカイの眼:眼球が閉じ、液体で満たされることで網膜が守られる。

 e) アワビの眼:シンプルなレンズは鮮明な像を結ぶのに役立つ。

 f) 脊椎動物:可動型レンズを持つより複雑な眼。

ヒトデの目は腕の先端にあります。アメリカムラサキウニは体全体が一つの大きな目のような働きをします。二焦点レンズや反射鏡を備えた目もあれば、上下左右が同時に見える目もあるそうです。ゲーリング博士は「動物の目は、一見異なった構造をしているように見えても、驚くほど共通の発生メカニズムをもっている」ことを見つけました。Pax-6遺伝子は眼を作る工程を担う遺伝子です。マウスやイカのPax-6遺伝子をショウジョウバエに挿入すると、ショウジョウバエに複眼が発生します。今の動物に見られる多様な目も、1つの祖先形からの変化したもと考えられています。

最初に眼をもった生物はなんでしょうか?

眼を持った最初の生物は、6億年前のエディアカラ紀の殻の柔らかい三葉虫(Trilobite)だと言われています。目があると、餌を探し見分けること、敵から逃げることに有利になります。カンブリア紀には、目を使って捕食行動や逃避行動をするために素早く動く多様な生物が発生しました。殻(方解石)の堅い三葉虫はカンブリア紀(5.4億年前)からペルム紀末(2.5億年前)の古生代に生息していました。三葉虫は5cmくらいの大きさの節足動物です。大きいものは70cmにもなるそうです。三葉虫は海底を這って、腐ったものを食べて生活していました。頭部には2組の複眼(数百の単眼)があります。目のレンズは方解石でできており、正面と両側面がよく見えます。三葉虫が堅い殻で覆われていたのは、アノマロカリスなどの捕食者から身を守るためだと考えられています。アノマロカリスの体長は1m近くあり、円形の石臼のような口をもっていました。

古生物学者アンドリュー・パーカーは「眼の進化が軍拡競争を引き起こし、多様な生物の急速な進化の引き金となった」と主張しました。これは「光スイッチ説」と呼ばれています。

マッコウクジラの深海適応能力

マッコウクジラは、3000mの深さを2時間潜航できます。クジラの血液密度はヒトの2倍です。筋肉のミオグロビンに保持できる酸素密度はヒトの10倍です。深海の水圧を受けないように、肺を空にしてから潜水します。マッコウクジラの頭には脳油袋があります。脳油は28℃で固化し、33℃で液化します。潜水時には鼻から海水を取り入れて脳油を固化して、比重を高くして潜水します。浮上時には、海水を鼻から吐き出して、血液で脳油を液化して、比重を低くして浮上します。マッコウクジラは北極から南極まで世界規模で分布しています。日本では小笠原諸島近海に雌と子供の群れが定住しており、知床半島近海には雄が見られます。母親は乳を使って、嫌がる子どものマッコウクジラを深海に誘導します。

マッコウクジラの歯は円錐形で下顎に広い間隔を空けて配置されています。1個の歯は1kgもあります。マッコウクジラの肉には蝋が含まれるため、食用の際に油抜きをします。日本では主に大和煮に用いられます。

ハクジラの超能力エコロケ-ションとは

水中は分子の拡散速度が小さいので臭覚はあまり役に立ちません。深い海中は暗いので視力より聴力が役に立ちます。マッコウクジラなどのハクジラは水中でのエコロケ-ション(反響定位)能力があります。反響定位法とは、音波を発して反響音波を感受して周囲の地形や水温、敵の位置や餌の形状などを見分ける方法です。反響定位を使えば、濁った海水中でも小魚を捕食できます。蝙蝠や魚群探知機や潜水艦ソナ-も反響定位法を使っています。水中の音波は空気中より5倍速く(1500m/s)、何百kmも遠くに伝えることができます。ハクジラはパルス状のクリックス音や甲高いホイッスル音を発して仲間と交信して餌をとります。水族館のイルカは音を使って仲間とタイミングを合わせて曲芸をします。

ハクジラはどうやって音波を発するのでしょうか?

ハクジラは鼻の穴が一つしかなく、頭部にメロン体という脂肪の塊を持っています。メロン体は音波のレンズの働きをします。鼻腔で発生させた音波は、メロン体で屈折収束することで、指向性の高い音波になります。鼻腔が一つしかないのは安定な音波を発生させるためでしょう。音波の受信は、眼の後方にある耳孔ではなく下顎骨を用いています。ここから骨伝導で内耳に伝えられます。耳骨は厚く緻密にできています。ハクジラの頭骨にはメロン体を収める窪みがあり、ACEイベントがあった年代にハクジラはすでにエコロケ-ション能力を獲得していたと考えられています。

どうしてクジラにはヒゲクジラと歯クジラがあるのでしょうか?

3400万年前のACEイベントに合わせて、原始クジラの一部は大量のオキアミが採れる「ヒゲ」を発達させたことが古クジラの化石研究から分かってきました。このころ数100万年で急速に進化し、完全なヒゲクジラが出現しました。このときにヒゲをもたないプロトケタスは絶滅しました。一方で水中でのエコロケ-ション(反響定位)能力を獲得したマッコウクジラなどのハクジラが出現し、ハクジラも形を変えて生き延びました。

1500万年前にクジラの故郷が消滅

2500万年前~1500万年前は中間的な気候で海水面は現在より100m高かったと言われています。中新世が始まる2300万年前に南極収束線が完成します。南極収束線は、南極を取り巻く潮の境界のことです。ここで南極大陸に沿って輸送される冷たい海水とその外側の亜南極の比較的暖かい海水が出会います。中新世中期1500万年前にテチス海が閉じ、クジラの故郷が消滅しました。クジラはグロ-バルな海生動物になることで、生き延びました。

850万年前の珪藻増大イベントPACE1(=PAcific Chaetoceros Explosion)

1500万年前~1000万年前にヒマラヤ山脈は標高5000mに達し、地球は再び寒冷化します。1500万年前以降には南極に氷床が現れます。この間に多くの種類のクジラが絶滅しました。850万年前には太平洋でキ-トケロス珪藻の産出増大が見つかっており、PACE1イベントと呼ばれています。寒冷化による湧昇の活性化が生じた証拠だと考えられています。PACE1イベントに合わせて、オキアミの種類が増大し、現生14種類のヒゲクジラが出現しました。このころクジラの頭骨化石のサイズが2倍になりました。餌が豊富になったために、イルカ、セイウチ、ペンギン、カワウソやイタチの種類も増加しています。

250万年前の珪藻増大イベントPACE2

270万年前に中央アメリカ海峡が閉鎖されました。温暖なメキシコ湾流が太平洋に抜けられなくなり、大西洋北部に流れ込み、北米に大量の雪を降らせました。それ以降、北半球にも氷床が現れます。250万年前にも太平洋でキ-トケロス珪藻の産出増大が見つかっており、PACE2イベントと呼ばれています。クジラの頭骨化石のサイズが6倍になりました。餌が豊富になったために、アザラシやオットセイの種類も増加しています。

ヒゲクジラ

鯨のヒゲは人間の爪と同じケラチンでできています。クロミンク鯨には長さ50cmの300枚のヒゲ板があります。口を開けて泳ぎ、海水からオキアミやカイアシなどの餌を漉しとって食べます。ヒゲクジラの餌の採り方には3種類あります。漉し採り型のセミクジラ、飲み込み型のナガスクジラ、掘り起し型のコクジラの順番に進化しました。湧昇の活発化により海水が濁り、視界が悪くなったために、ヒゲクジラは漉し採り型で小魚やオキアミを捕獲するようになったのではないかと考えられます。飲み込み型クジラは大量の海水を飲み込むためにアコ-ディオン状の畝(うね)をもっています。掘り起し型クジラは、海表面での競争を避けて、海底に棲む生物を食べるクジラです。巨大なクジラは水族館では見られません。私も巨大クジラはテレビでしか見たことがありません。

クジラの進化史

・クジラの祖先とその環境

5500万年前の始新世の初期は温暖で、海面は現在より200mも高いものでしたが、それから徐々に寒冷化していきました。そのころにはインド大陸は南極大陸から分離して、北上していました。インド大陸にはクジラの祖先であるアンブロケタスなどのカバに似た4つ足の陸生哺乳動物がいました。

3000万年前にインド大陸はユ-ラシア大陸と衝突し、ヒマラヤ山脈を形成し始めます。ヒマラヤ山脈には海底の堆積物が激しく褶曲した地層があり、多数のアンモナイトの化石が発見されています。ヒマラヤ山脈が形成されると、寒冷・乾燥化し、モンス-ン(季節風)が強化されました。ヒマラヤを流れる河川による風化浸食と風塵により、大量の栄養塩が海洋に供給されたと考えられています。

衝突前にはユ-ラシア大陸とインド大陸(あるいはアフリカ大陸)の間にはテチス海(Tethys Ocean)という浅い大海が広がっていました。テチス海は赤道上にあったので、赤道反流が西から東にテチス海を流れていました。温暖な気候の浅海では植物プランクトンが大繁殖しました。その死骸が海底に降り積もってできたのが現代の中東地区の石油だと考えられています。クジラの祖先は河畔から安全で豊富な餌が得られるテチス海に住むようになりました。体型も水中生活に適応し、プロトケタスという尾ヒレをもつ古代クジラが出現しました。

寒冷な漸新世で植物プランクトンが大量発生

漸新世が始まる3400万年前にオーストラリア大陸が南極大陸から離れ、南極還流が形成されました。低緯度地域で発生した暖流が南極大陸に接近できなくなり、急速に寒冷化が進み、両極には氷床が出現しました。氷床は太陽光を反射するので気温が下がり、氷床は拡大します。沿岸の海面が氷結すると塩分濃度の高い海水が大量に発生し沈み込みます。南極海沿岸は栄養塩濃度の高い深層海水が湧昇し、プランクトンやそれを食するオキアミが大量発生しました。植物プランクトンは光合成するので、温室効果ガスであるCO2が減少し、寒冷化に寄与します。

微化石の研究からACE(=Atlantic Chaetoceros Explosion)と呼ばれるキ-トケロス珪藻の爆発的な増大イベントが生じたことが分かっています。キ-トケロス属は湧昇流が活発な地域に生息する珪藻です。栄養状態が悪くなると、キ-トケロス珪藻は休眠胞子状態になり、海底の泥層に沈みます。湧昇流が起こり、栄養状態がよくなると、休眠胞子は表面層まで巻き上げられ、光を受けて休眠から目覚めます。通常、珪藻のガラス殻は薄く、化石として残らないのですが、キ-トケロス珪藻の休眠胞子状態のガラス殻は厚いために、20μm~50μmサイズの微化石として残ります。

三大植物プランクトンをご存知ですか?

海中の三大植物プランクトンは珪藻と渦鞭毛藻と円石藻です。これらは真核生物です。大きさは珪藻が20~50μm、渦鞭毛藻が50μm、円石藻が10μm程度です。

珪藻は、10万種ありますが、球形の中心類と細長い羽状類があり、いずれも弁当箱のようなガラス質(珪質)の殻をもっています。珪藻は細胞がガラスで囲まれているため、光を効率よく吸収できます。珪藻はガラス殻が重いために表層に自ら留まることはできませんが、渦流がある沿岸域や湧昇域では留まることができます。

珪藻は分裂時に内側に殻を形成するので、分裂するたびに少しずつ小さくなります。限界に達すると、有性生殖に切り替わり、増大胞子をつくりサイズを回復させます。沿岸湧昇域に生息するキートケロス属の珪藻は、低栄養塩濃度になると休眠胞子となり、海底に沈み、湧昇が活発になると、浮上してきます。

渦鞭毛藻は、2000種ありますが、半数は動物的なプランクトンです。鞭毛は、栄養塩濃度が低下した周囲の層を攪拌することで、周囲の栄養塩濃度を回復するのに役立ちます。あるいは鞭毛を使って、夜間に栄養塩濃度の高い深層に移動することもできます。単相で分裂して増えますが、栄養状態が悪くなると、複相(DNA2組)で接合繁殖します。休眠シスト状態にもなれます。渦鞭毛藻は赤潮の原因になります。

円石藻は、200種ありますが、すべて海産性です。コッコリスという石灰質円板の鱗片をもつ球形プランクトンです。天然のチョ-クは円石藻が沈殿してできたものです。円石藻が死ぬと沈降しますが、海底に到達する前に溶解してしまいます。円石が堆積するためには、動物プランクトンなどに捕食されて糞ペレット(fecal pellet)になる必要があります。

円石藻は微化石として大量に出土する為、現生種の何倍もの化石種が記載されており、示準化石として利用されています。円石藻の多くは貧栄養の外洋を好みます。Caイオンと炭酸水素イオンからCaCO3を形成する際にCO2を発生させますが、光合成によるCO2消費の方が多いようです。円石の役割には集光、CO2貯蔵、沈降防止、捕食防御など諸説あります。円石藻は白潮の原因になります。

円石藻はジメチル硫黄(DMS)を大気中に放出します。DMSは光化学反応して、SOxに変わります。こうした硫黄化合物は雲の核となり、雲形成を促進し、温室効果や地球の反射率を高める影響があります。

植物プランクトンはなぜ小さいのか?

植物プランクトンは光合成のために明るい表層に浮遊しなければなりません。また栄養塩の少ない表層で効率よく栄養塩を摂取するために、表面積が大きくなければなりません。しかし細胞原形質は海水より密度が高いのです。従って植物プランクトンは数十ミクロンの小さな大きさを保っています。動物プランクトンは、浮遊して小さい植物プランクトンを効率よく食べるために、小さくなっています。

植物プランクトンの生産性

植物プランクトンの寿命は6日程度です。1週間すると1回分裂し、その半数は死んで沈降するか他の動物プランクトンに捕食されます。こうした海洋生物は世代交代が非常に速く生産性が高いのが特徴です。実際、海中生物量は3Pg(炭素換算1012kg)ですが、陸上生物量300Pgの1%に過ぎません。しかし海中生物の炭素移動量は陸上生物の80%を占めています。海洋と陸上の平均的P(年間生産量)/B(生物量)比は

・ P/B(海洋)=152[g/m2/年]/10[g/m2]=15.2 [1/年]

・ P/B(陸上)=721[g/m2/年]/12300[g/m2]=0.059 [1/年]

です。大陸棚のP/B比は36となり、海洋平均値15.2の2倍以上になります。海洋は陸上より生産性が260倍(=15.2/0.059)も高いことになります。生産量の観点からすると海洋は陸上より時間が2桁以上速く流れているのです。

レッドフィールド比(Redfield、1890~1983)について

Redfield博士はアメリカ東海岸沖の深層海水中の炭素と窒素とリンの比率は

・ C:N:P=106:16:1

でほぼ一定であることを見出し、海性植物プランクトンのN/P比も深層水中のN/Pに等しいと考えました(1958)。表層のN/P比はばらつきがありますが、16より小さいです。現在500m以深の海水中の硝酸塩とリン酸塩比の平均値は、大西洋で15.0、太平洋で14.8、インド洋で14.3であると報告されています(Falkowski, 2007)。資源競争条件での化学量論モデルによれば、微細藻類の最適N/P比は、対数増殖期で8.2です(Klausmeier、2004)。近年の調査では、プランクトンの栄養含有比はプランクトンが棲息する緯度によって変わり、栄養が少ない赤道では195:28:1、栄養が豊富な極地方では78:13:1と明らかな違いが見られています(Adam Martiny、2013)。 

クジラはどのように進化してきたのでしょうか?

近年クジラの進化史が解明されつつあります。プレ-トテクトニクスによる大陸移動は、海峡封鎖や造山運動を引き起こし、海流を変化させ、気候を寒冷化させてきました。寒冷化による海底栄養塩の湧昇は、プランクトンやオキアミの大発生を引き起こし、クジラの餌を豊富に供給したのです。クジラヒゲはオキアミを効率よく捕獲できるので、クジラが巨大化しました。

1か月前に名古屋大学の須藤斎(いつき)准教授が書かれた「海と陸をつなぐ進化論」(Blue Bucks)を参考にして、クジラとプランクトンの共進化の歴史を紹介しましょう。ちなみに須藤准教授は珪藻という植物プランクトンの専門家です。須藤氏は珪藻が大発生した3つのイベントと海洋生物の進化の関係を研究されています。

大昔の海水温度を推定する酸素同位体比

酸素には3 種類の同位体が存在ますが、海水の酸素は16O(軽い水)と少量の18O(重い水)で構成されています。海水が蒸発し、積雪によって氷床に取り込まれ易いのは軽い水なので、軽い水が氷床に取り込まれます。そのため、氷床が拡大する氷期の海水は相対的に重い水が多くなり、逆に間氷期の海水は軽い水が多くなります。海水中を漂う石灰質有孔虫は海水を使って石灰質の殻を作ります。この殻には水温が低いほど、重い海水が多いほど多くの18O が取り込まれるので、酸素同位体比18O/16O は水温が低い氷期に大きくなります。

クジラ肉にはどんな利点があるのでしょうか?

クジラ肉は栄養があり、上手に調理すると大変美味しいと言われています。クジラの赤身肉は魚肉よりは牛肉に近い触感です。

・クジラ肉の利点1 ~ バレニン

鯨肉は、鶏ささみと同等の熱量で、その脂肪分は鶏ささみの半分です。だから鯨肉は筋トレやダイエットに理想的なタンパク源になります。ヒゲ鯨の肉には、抗疲労機能をもつバレニンが大量に含まれています。ニワトリや牛には100g当たり2~5mgしか含まれていませんが、ミンククジラ(ヒゲクジラ)の赤肉100gには1,900mgのバレニンが含まれています。但しマッコウクジラ(歯クジラ)には3mgしか含まれていません。

 ヒゲクジラは、春から夏にかけて栄養塩が湧昇する高緯度地方で餌を取りたっぷり脂肪を蓄えます。秋になると大移動し、低緯度地方で餌を食べずに生殖と子育てをします。低緯度地方の海は、暖かく透明なので、皮下脂肪が不十分な子クジラを育て守るために適しているのです。大海原を泳ぎ続けるヒゲ鯨のスタミナは、バレニンに秘密があると言われています。

バレニン(Balenine)とは

バレニンはイミダゾール・ジペプチドの一種で、メチル化ヒスチジンとβアラニンという2つのアミノ酸が結合した物質です。ヒスチジンはイミダゾール基を有する必須アミノ酸で、イミダゾール基は窒素を2つ含む五員環です。ヒトの生体内では、乳酸の分解促進に関わり、疲労回復に効果があります。バレニンは、消化吸収時に2つのアミノ酸に分解されますが、体中で再合成されます。ヒトの場合、脳細胞、筋肉などの消耗の著しい部位に、イミダペプチド合成酵素が豊富に存在するために、酸素消費が多く発生する部位で、バレニンが再合成されやすく、抗酸化作用が発現しやすいと言われています。

・クジラ肉の利点2 ~ ヘム鉄とDPA(ドコサペンタエン酸)

クジラの赤肉には吸収されやすいヘム鉄が含有され、貧血の予防に役立ちます。鯨肉は安全で栄養価の高い動物性タンパク源であり、アレルギー患者が安心して食べられる代替タンパク源です。クジラ肉には血液の流れをよくするDPAが含まれています。

・クジラ肉の利点3 ~ コラーゲン

クジラのベーコンにはコラーゲンが多く、その原料となる畝須(うねす)には28%ものコラーゲンが含まれています。畝須とは、クジラの下あごから腹部にかけての畝状の部分です。上部の脂身をウネ、肉部をスノコ と呼ぶので、「うねす」という名前になったそうです。クジラのベーコンは畝須を塩漬けにしてから燻製にしたものです。

世界の漁獲高

世界の漁獲高は、養殖も含めて、2.0億トンです。上位12位までを紹介すると、中国8152万トン(1位)、インドネシア2320万トン、インド1078万トン、ベトナム642万トン、米国537万トン、ロシア495万トン、日本434万トン(7位)、フィリピン423万トン、ペル-391万トン、バングラディッシュ388万トン、ノルウェ-353万トン、韓国325万トン(12位)です。中国が圧倒的1位で、日本は第7位です。中国は日本の10倍の人口ですが、漁獲高は日本の19倍です。世界の漁獲量が頭打ちとなる中で、1990年代以降には、主に中国が養殖生産量を急拡大し、世界の水産物需要の増大を支えています。

・マッコウクジラの漁獲高

マッコウクジラの餌消費量は9000万トン~2億トンと推定されています。マッコウクジラは10万匹いますが、13億人の中国人より魚を食べています。但しマッコウクジラは、人類が捕獲できない深海に生息するイカやサメを主食としています。

日本の魚の国内消費

日本は魚が足りない状況です。日本は供給魚の50%を海外から輸入しています。養殖は10%、漁獲量は40%です。日本の魚の95%は国内で消費されます。輸出されるのは5%だけです。ノルウェ-の場合は、輸入が28%、養殖が15%、漁獲量が58%です。国内消費は45%で、輸出が55%です。日本よりバランスがとれており、余裕があります。

何故日本は国際捕鯨委員会(IWC)から脱退したのでしょうか?

IWCの本来の目的は「鯨類資源の保存と有効利用」と「捕鯨産業の秩序ある発展」の2つでした。しかし1980年代に反捕鯨を唱える非捕鯨国の加盟が急増し、1982年に商業捕鯨の一時停止が採択されました。 そうした状況の中、ノルウェ-は1993年から、アイスランドは2006年から商業捕鯨を再開し、ついに日本も商業捕鯨を再開する方針を固めました。

日本人は縄文時代からクジラ類を食してきた習慣があります。日本にとって鯨類資源は重要な食料資源です。日本は、30年間科学的調査を行い、鯨類資源が持続的に利用可能であることを実証してきました。しかし非捕鯨国は捕鯨国が持続的に商業捕鯨をする必要性を認めようとしませんでした。日本政府は、IWCは本来の目的を実現できないと判断し、2018年12月26日にIWCを脱退しました。今後日本はIWCにオブザーバとして参加し、科学的知見に基づく鯨類の資源管理に貢献します。立場を共有する国々と連携し、IWCの機能回復を目指すとのことです。

実際にクジラを持続的に利用できるのでしょうか? 

クジラの種類によって持続的に利用可能な捕獲数が異なります。例えばクロミンククジラは十分な資源量が確認されているので、持続的利用が可能です。水産庁によると、クロミンククジラの推定数は51.5万匹で、毎年0.2%(1000匹)捕獲しても数量を維持できるとのことです。日本は調査のため毎年850匹を捕獲しています。希少なクジラを保護しながら、数量の多いクジラを計画的に捕獲することは、漁獲量の向上にもつながります。クジラ肉は栄養があり、上手に調理すると大変美味しいと言われています。

日本は2019年7月から30年ぶりに商業捕鯨を再開する予定です。商業捕鯨は、日本の領海及び排他的経済水域に限定され、南半球では捕獲を行いません。捕鯨はIWCの捕獲枠の範囲内で行われます。

6.量子力学的な散乱係数について

ラウドンの「光の量子論」(1994年)に量子力学的な散乱係数の詳細が書かれています。時間に依存した摂動論において、電気双極子相互作用の2次の寄与から散乱光子の放出速度τを計算します。単位時間に散乱によって光子ビ-ムから失われるエネルギ-ℏω/τと、単位断面積を単位時間に通過するエネルギcℏωn/Vとの比で散乱断面積を定義すると、

  • σ=(ℏω/τ)/(cℏωn/V)= (V/nc)・1/τ

放出速度τを散乱断面積σに書き換えられます。1/τには∫dΩが含まれているので、微分断面積が求められます。これがクラマ-ス・ハイゼンベルグの公式です。原子が基底状態に戻る弾性散乱の場合は、

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεoℏ)2
  •      ×∣∑i{(εs・D×ε・D)/(ωi-ω)+(ε・D×εs・D)/(ωi+ω)}∣2

となります。εとεsは入射光子と散乱光子の単位偏光ベクトル、Dは電気双極子相互作用です。ω=ωiで発散しますが、厳密な扱いではωは虚部を有するので発散しません。

ω>ωiとω<ωiの場合を扱う場合には、上式で十分です。

1)トンプソン散乱の場合(ω>ωi

光子の周波数ωが原子の励起周波数ωiより大きい場合には、絶対値の中の和は-ωi/ω2と近似できるので、

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo)2×∣∑iωi{(εs・D×ε・D)+(ε・D×εs・D) }∣2

原子に束縛されている電子数をZとすると、総和則から

  • iωi{(εs・D×ε・D)=(Zℏ/2m}ε・εs

となるそうなので、微分断面積は

・ dσ/dΩ=[Z・re・(ε・εs)]2

となります。ここでreは古典的電子半径

  • e=e2/4πεo・mc2=2.8×10-15 [m]

です。つまり静電エネルギe2/4πεoeが静止エネルギmc2に等しくなる半径です。

このような高周波入射光の弾性散乱はトンプソン散乱として知られています。トンプソン散乱では散乱断面積は、原子構造と無関係に、電子数Zの2乗に比例します。

2)レ-リ-散乱の場合(ω<ωi

光子の周波数ωが原子のどの励起周波数ωiより小さい場合には、分母のωを無視して

・dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo ℏ)2∣∑i (1/ωi)・{(εs・D×ε・D)+(ε・D×εs・D) }∣2

となります。水素原子の場合はあらわに計算ができて、

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo)2×[(9ℏ/16mωR^2) (ε・εs)]2

となります。ここでℏωRは水素の基底状態のエネルギ

  • ℏωR=me4/32(πεoℏ)2

です。結局、水素原子に関するレ-リ-散乱の公式

  • dσ/dΩ=(9re/8)2・(ω/ωR)4・(ε・εs)2

が得られます。

  • ω=2πc/λ

なので、レ-リ-散乱の散乱断面積は波長の4乗に反比例することが量子論でも確かめられました。

3)共鳴散乱の場合(ω=ωi)

減衰係数γiを取り入れた表式は、i番目の準位への散乱断面積は

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo ℏ)2・(ε・D1i)4/{(ωi-ω)^2+γi2}

となります。励起状態はi=2だけだとして、散乱光子の全方向について積分すると、

  • σ=(eω/c)4/18π(εo ℏ)2・D124/{(ωo-ω)2+γ2}

となります。ここで減衰係数γは

  • γ=e2ωo3D122/3πεo

です。よって散乱断面積は

  • σ=[e2ωoD122/3εo ℏc]・γ/{(ωo-ω)2+γ2}

の形に書き表せます。ω=ωoのとき、散乱断面積は入射光の波長λの2乗

  • σ=2πc22=2π/(2π/λ)2=λ2/2π

となります。原子の第一励起状態との共鳴断面積は、波長だけで決まります。

誘電率や透磁率の値はどのようにして決まったのでしょうか?

MKSA系の電磁気学には、電流の強さを表すアンペア[A]が登場します。

1[A]の定義は何でしょうか? 

1[A]は、真空中に1m(=r)間隔で平行に張られた2本の導線に同じ電流を流した時に、1m(=L)あたりの長さの導線に働く力Fによって定義されています。

・ F=μ0HIL=μ0(I/2πr)IL=μ0I2L / 2πr

・ F=2×10-7[N]=(μ0/ 2π)1[A]2・1[m]/1[m]

2本の導線に働く力が2×10-7[N]となる電流の値を1[A] と定義しました。その結果真空の透磁率μ0

・ μ0=4π×10-7 [NA-2]

となりました。真空の誘電率は、必然的に

ε0=1/c2μ0=1/{(2.99792×108m/s)2・4π×10-7 [NA-2]}=8.85419×10-12[F/m]

となります。1クーロンは、1アンペアを用いて

・ 1[C] =1[A]×1[m2]×1[s]

で定義されます。電圧[V]は、1クーロンを用いて

・ 1[V] =1[J]/1[C]

で定義され、1[F]ファラッドは、1ボルトを用いて

・ 1[F]=1[C] /1[V]

で定義されます。 1[A]を定義することで、電磁気学のすべての定数や単位が決まるのです。

5.電磁気学の単位系について

電磁気学にはMKSA単位系(SI単位系)とCGS単位系(ガウス系)があります。

一世代前にはCGS単位系が使われていましたが、今ではMKSA単位系が用いられています。少し古い本を読むとCGS単位系が使われているので、CGS単位系とMKSA単位系の関係について知っておくと便利です。以下CGS単位系の物理量にはプライムをつけて区別します。

<CGS単位系とMKSA単位系の違い>

MKSA単位系では、ク-ロン力Fは

・ F=(1/4πε0)・Q1Q2/r2

ですが、CGS単位系では

・ F= Q’1Q’2/r2

とシンプルになります。

MKSA単位系では、電束密度と電界の関係は

・ D=ε0E+P

ですが、CGS単位系では

・ D’=E’+4πP’

となります。CGS単位系はよさそうに見えるのです。

しかしマクスウエル方程式に関してはMKSA単位系の方がすっきりしています。MKSA単位系では、マクスウエル方程式は

・ divD=ρ、divB=0、rotH=i+∂D/∂t、rotE=-∂B/∂t

ですが、CGS単位系では

・ divD’=4πρ’、divB’=0、rotH’=(4π/c)i’+(1/c)∂D’/∂t、

   rotE’=-(1/c)∂B’/∂t

となります。CGS単位系はマクスウエル方程式に4πが出てきて目障りなのです。

<CGS単位系とMKSA単位系の関係>

電場の場合、次の3つの関係

・ Q= root(4πε0)Q’

・ D= root(ε0/4π)D’

・ E=E’/ root(4πε0)

を使えば換算できます。分極P=rQなので、P=root(4πε0)P’の関係です。

・ DS=Q(MKS系) →root(ε0/4π)D’=root(4πε0)Q’ →D’S=4πQ’(CGS系)

・ F=QE(MKS系) →F=root(4πε0)Q’ E’/ root(4πε0) →F=Q’ E’(CGS系)

・ D=ε0E+P(MKS系) → root(ε0/4π)D’=ε0E’/ root(4πε0)+root(4πε0)P’

・  → D’=E’+4πP’(CGS系)

が得られます。分極率αは

・ P=αε0E(MKS系) → root(4πε0)P’=αε0E’/ root(4πε0)

    → P’=(α/4π)E’(CGS系)

と変換されます。

4.分極率と屈折率の関係

計測可能な屈折率nを用いて、分極率を表します。単位体積当たりの分子数をNoとすると、分極率αが古典的に

・ α=(3/No)[(n2-1)/(n2+2)]

と表せることを説明します。

屈折率nの媒質では光速は

・ c=c0/n

と小さくなります。よって

・ n2=(c0/c)2=εμ/ε0μ≒ ε/ε0

となります。

外部電場Eo内に設置された誘電体の内部の分子を含む半径roの球を考えます。分子に分極を引き起こす分子にかかる電場Eは

・ E=Eo+Ep+Ei

の3つの成分に分けて考えることができます。ここでEpは半径roの球をくり抜いた外側の誘電体の分極が球の中心につくる電場とします。Eiは球形の分極した誘電体が球の中心につくる電場とします。なお誘電体は等方的で、印加したEoと同じ方向に分極が生じるものとします。分子の位置を原点とし、外部電場の向きをx方向とし、x軸からの角度をθとします。

分極した誘電体の内部の電場を求めるための図式

1)Epについて

 外側の誘電体の分極により、半径roの球のx>0の内壁に負の面電荷、x<0の内壁に正の面電荷が生じています。角度をθの位置にある微小面積dsの電荷密度σpは

・ σp=∣P∣cosθ

となります。Pは単位体積当たりの双極子モーメントであり、P[Cm/m3]=P[C/m2]より面電荷と同じ次元をもっています。σpdsの電荷が原点につくる電場のx軸方向は

・ dE=∣P∣cosθds/4πεoro2 ・cosθ

角度θとθ+dθに挟まれた内壁の帯状の面積は、幅rodθをもつ半径ro・sinθの円ですから、ds=2πro・sinθrodθとなります。内壁の面電荷が原点につくる電場Epは

・ ∣Ep∣=∫[0、Π] ∣P∣cos2θ/[4πεo・ro2]・2πro2・sinθdθ

・   =∣P∣/2εo∫[-1、1]2dt=∣P∣/2εo・2/3=∣P∣/3εo

・  Ep=+P/3εo

となります。

2)Eiについて

 原点に微小距離d離れた正負の電荷qがあったとします。その点のポテンシャルφを考えると、双極子のエネルギは

・ U=qφ(d、0、0)-qφ(0、0、0)≒qd=p(dφ/dx)0

となります。点rp(xp、yp、zp)にp=qdの双極子があったとき、それが任意の点(x,y,z)につくるポテンシャルφ(x,y,z)は

・ φ(x,y,z)=(p・r)/4πεor3

      =(1/4πεo)・p(z-zp)/{(x-xp)2+(y-yp)2+(z-zp)2}3/2

となります。点Pにある双極子の電場により原点にある双極子がもつエネルギは

・ U=p(dφ/dx)0=(p2/r3)(1-3 zp2/r2

となります。双極子が立方格子状に分布している場合は、格子定数aとすると、整数i、j、kに対して、

・ (xp、yp、zp)=(ai、aj、ak)

となるので、エネルギは

・ U==p2/a3 ∑( i2+j2+k2) -5/2・(i2+j2+k2-3k2

と表せます。和を取る際に(i、j、k)をサイクリックに入れ替えて3で割ると、分母は変わりませんが、

分子=1/3{(i2+j2+k2-3k2)+(k2+i2+j2-3j2)+(j2+k2+i2-3i2)}=0

となるので、U=0となります。したがってEi=0となります。

したがって、分子に働く電場の強さは

・ E=Eo+P/3εo

となります。これをロ-レンツの内部電界といいます。単位体積当たりの双極子数をNo、分子の分極率をαとすると、分極ベクトルPは

・ P=NoαεoE=Noαεo(Eo+P/3εo)

となります。これをPについて解くと

・ P=NoαεoEo/(1-Noα/3)

となります。これを電束密度DにあるPに代入すると

・ D=εoEo+P=εoEo+NoαεoEo/(1-Noα/3)

   =(1+2Noα/3)/(1-Noα/3)・εoEo

一方

・ D=εEo=(ε/εo)εo Eo

なので

・ ε/εo=(1+2Noα/3)/(1-Noα/3)

となります。αについて解くと、双極子の分極率と屈折率の関係式

・ α=(3/No)(ε/εo-1)/(ε/εo+2)=(3/No)(n2-1)/(n2+2)

が得られます。これをクラジウス・モソッティの式(1879年)といいます。

3.双極子散乱の公式の証明

それでは双極子ベクトルP(t0)

・ P(t0)=∫ρ(r’, t0)r’d3r’(t0=t-r/c)

から距離離れた位置に観測される散乱波の電場E(r,t)が、

  • E(r,t) =(1/4πε)(1/ c23)・×[×∂2P(t0)/∂t02] 

と書けることを証明します。ここでcは光速です。

電場と磁場は、電磁ポテンシャルφ、A

・ =-gradφ-∂A /∂t

・ =rot A

なる関係があります。電磁ポテンシャルφ、Aを用いたマクスウエルの方程式は

・ (△-1/c22/∂t)φ=-ρ/ε

・ (△-1/c22/∂t)A=-μi

・  1/c2・∂φ/∂t+divA=0 (Lorentz gauge)

・  1/c2=εμ

で与えられます。電磁ポテンシャルは、電荷密度ρと電流密度iに対して

・ φ(,t)=(1/4πε)∫ρ(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

・ A (,t)=(μ/4π)∫i(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

・      =(1/4πε)1/c2i(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

と表すことができます。必ずしも容易ではありませんが、この定理は上式に代入すると解になっていることで確かめられます。物理学では証明に用いる定理が証明すべき命題より難しいことが時々あります。数学的には1/rがφに係るダランベシアン作用素のグリ-ン関数核なので、ソ-ス項と1/rの積の積分は電磁場方程式の解になるということです。よく知られた定理なので、ひとまずこれを認めましょう。

物理学では大抵の場合、厳密に積分するのは困難です。ここでは電気双極子近似を導入します。電子が存在している領域半径r’ に比べ、観測地点がずっと遠くにある(r’<<r)場合を想定しているので、

・ ∣r-r’∣≒r(1-r・r’/r)

・ 1/∣r-r’∣≒1/r・(1+r・r’/r)=1/r+O(r’/r)≒1/r

・ r=∣r∣=root(x2+y2+z2)

のように近似します。なぜなら

 ∣r-r’∣=root(∣r2-2r・r’+∣r’2) ≒ r (1-2r・r’/r)1/2≒r (1-r・r’/r)

だからです。さらにテ-ラ展開の1次までとると

・ ρ(r’,t-∣r-r’∣/c)≒ρ(r’,t-r /c+r・r’/cr) ≒ρ(r’,t0r・r’/cr)

・    ≒ρ(r’,t0)+[dρ(r’,t0) /dt0]・(r・r’)/cr

となります。上式のρをφの式に代入すると、

・ φ(,t)=(1/4πεr)∫ρ(r’,t0) d3r’+(r/cr2)・(d /dt0)1/4πε∫ρ(r’,t0)r’d3r’

となります。ここで第一項は

・ Q=∫ρ(r’,t0) d3r’

を含みますが、電荷Qは原子に束縛されており、時間的に変化しないので、無視できます。

・ P(t0)=∫ρ(r’, t0)r’d3r’

ですので、スカラ-ポテンシャルは、双極子ベクトルを用いて

・ φ(,t)=(1/4πε) (r /cr2)・(dP(t0) /dt0)

と書けます。同様にベクトルポテンシャルに関して、双極子近似を適用して展開すると

・ (4πε0) A (,t)≒ (1/c2r)∫i(r’, t0r・r’/cr ) d3r’

    ≒(1/c2r)∫i(r’, t0) d3r’+(1/c32)∫di(r’, t0)/dt0 (r・r’) d3r’

    ≒(1/c2r)∫i(r’, t0) d3r’ +O(1/c3)

となり第二項は無視できます。ここで断面積S、長さr’の導線を考えると、電流は

・ i(r’, t0)=1/S・dq/dt0r’/r’=d(q/V)/dt0r’=dρ/dt0r’

と書けるので、

・  A (,t)≒(1/4πε0) (1/c2r) (d/dt0)∫ρ(r’,t0)r’ d3r’

より、ベクトルポテンシャル Aも双極子ベクトルP(t0)を用いて

・  A (,t)=(1/4πε0) (1/c2r) (dP(t0)/dt0)

と表せます。電場の表式に電磁ポテンシャルを代入すると

・(1/4πε0)(r,t)=-gradφ-∂A /∂t

       =-grad[(r /cr2)・(dP(t0) /dt0)]-∂/∂t[(1/c2r) (dP(t0)/dt0)]

となります。ところで第一項のgradのx微分を考えると、

 (d/dx)(r /cr2)=ex /cr2-(2r /cr3) dr/dx=ex /cr2-2rx/cr4=O(1/r2)+O(1/r3)

の部分は、次のx微分の項

・ -(r /cr2)(d/dx)(dP(t0) /dt0)=-(r /cr2)(d(t-r/c)/dx)(d2P(t0) /dt02)

         =-(r /cr2)(-x/cr)(d2P(t0) /dt02) ~ O(1/r)

に比べると十分遠方で早く小さくなるので、無視できることが分かります。結局

・ (1/4πε0)(r,t)≒(r/cr) [(r /cr2)・(d2P(t0) /dt02)]-(1/c2r)d2P(t0) /dt02

・    =(1/c23){r [r・d2P(t0) /dt02] -(rr) d2P(t0) /dt02

・    (r,t)=(1/4πε0) (1/c23) r×(r×d2P(t0) /dt02)

により公式が得られます。最後の等式は、A=B=C=d2P(t0) /dt02とおいて恒等式

  BA・C)-(A・BCA×(B×C

を適用して得ました。すこし難しくなってしまいましたが、双極子放射の公式が電磁気学の基本方程式から得られることを確かめました。次回は古典的な分極率の導出についてお話します。

2.レ-リ-散乱のメカニズム

<双極子放射とは>

 レ-リ-散乱のメカニズムについて古典力学的に考えましょう。太陽光は様々な波長の電磁波の集まりです。電磁波が空気分子の様な微小粒子に衝突すると向きが変わるのは何故でしょうか?

 それは電磁波が微小粒子に入射すると、粒子内で誘導分極が生じ、粒子から双極子放射が生じるからです。誘電分極とは、粒子に電場が掛かると、粒子の負電荷(電子)の中心と正電荷(原子核)の中心がずれて分極つまり電気双極子が誘導される現象です。電気双極子の大きさは正電荷と負電荷の間の距離(t)と電荷qの大きさの積です。

・ P(t)=q・(t)

電気双極子の向きは、負電荷から正電荷の向きで、入射電場と常に平行です。粒子にかかる電場の向きや大きさが変化すれば、双極子の向きも大きさも変化します。電磁波では、電場が常に振動しているので、双極子も電場に合わせて振動します。振動する双極子から再び電磁波が放出されます。これが双極子放射です。

<双極子放射がつくる電場>

入射波の電場を

  • E(t)=Eo・exp(iωt)

とおきます。tは時間、ωは角振動数です。ωは波数kとの間に

  • ω=ck

の分散関係があります。ここでc は光速です。波数は1mの中にある波の数です。波数kは波長λとの間に

  • k=2π/λ

の関係があります。粒子内に生じる双極子ベクトルをP(t)とすると、

  • P(t) =αε0E(t)=αε0Eo・exp(ickt)

とかけます。αは粒子の分極率です。P(t)は振動すると周囲に電場を形成します。時刻tに双極子から距離離れた位置に観測される散乱波の電場をE(r,t)とすると、

  • E(r,t) =(1/4πε0)(1/ c23)・×[×∂2P(t0)/∂t02]

と書けます。×はベクトルの外積です。この公式は後で証明します。ここで、時刻t0は双極子の加速振動が生じた時刻で、散乱波の観測時刻tとの間に

  • t0=t-r/c

なる関係があります。つまり時刻t0は時刻tよりr/c秒前の時刻です。方向の単位ベクトルeを導入すると、

  • =re

と書けます。散乱光の電場は

  • E(r,t) =(1/4πε0)(1/ c2r)・e×[e×∂2P(t-r/c)/∂t2]
  • =(α/4π)(1/ c2r)・e×[e×∂2Eo・exp[ick(t-r/c)]}/∂t2]
  • =-(α/4π)(k2/r)・e×[e×Eo ] ・exp[ick(t-r/c)]
  • =ElEr

となります。2回単位eベクトルと外積を取るので電場の向きは変わりません。

<θ方向の散乱強度>

いま入射電磁波はy方向に進行しており、電場Eoのz成分をEor、x成分をEolと書くことにしましょう。

  • EoEolEor=(Eol、0、Eor)

粒子の位置を原点として、散乱波の方向はxy平面内にあるものとします。x軸と散乱波の方向のなす角度をγと書きます。進行方向と散乱方向のなす角度をθ(=π/2-γ)とします。

  • e×[e×Eo ]=e×[e×Eol ]+e×[e×Eor ]=AB

を計算します。ABは直交しています。

  • e=(cosγ、sinγ、0 )、Eol=Eol(1、0、0 )
  • e×Eol =Eol(0、0、sinγ)、
  • A =e×[e×Eol ]=Eol(sinγsinγ、-sinγcosγ、0 )
  • A∣/ Eol =root[(sinγsinγ)2+(-sinγcosγ)2 ]=sinγ=sin(π/2-θ)=cosθ
  • e=(cosγ、sinγ、0 )、Eor=Eol(0、0、1 )
  • e×Eol =Eol(sinγ、-cosγ、0)、
  • B=e×[e×Eor ]=Eol(0、0、-cosγcosγ-sinγsinγ)=Eol(0、0、-1)
  • B∣/Eol =1

したがって、θ方向の散乱強度Iは

  • I(θ)E(r,t) ∣2=∣El2+∣Er2
  • El2=∣-(αk2/4πr)A exp[ick(t-r/c)]∣2=(αk2/4πr)2・∣A2
  •    =(αk2/4πr)2(cosθ)2・Eol2
  • Er2=∣-(αk2/4πr)B・exp[ick(t-r/c)]∣2=(αk2/4πr)2・∣B2
  •    =(αk2/4πr)2・Eor2

両者を加えて、

  • I(θ)(αk2/4πr)2(cosθ)2・Eol2+(αk2/4πr)2・Eor2

となります。散乱体から離れると1/r2で強度が減少します。散乱強度は波数の4乗に比例し、散乱の方向は等方的です。cosθの因子から分かるように、双極子ベクトルの方向には電場が形成されません。電場の水平成分Eolは進行方向に垂直な方向には散乱されませんが、前方と後方に等しく散乱されます。電場の垂直成分Eorは参照面内で等方的に散乱されます。粒子が大きくなるとミ-散乱となり、後方散乱は縮小し、前方散乱だけになります。ElとErの見かけの違いは、参照面をxy面にしているために生じているものであって、ElとErの全体の散乱形状に違いはありません。

<1粒子当たりの散乱断面積>

ここで入射強度Ioに対し、入射電場強度は

  • Io/2=Eol2=Eor2

を満たすとします。結局、θ方向の散乱強度として

・ I(θ)(αk2/4πr)2 [(cosθ)2+1]/2・Io

・  =(α/4πr)2・(2π/λ)4 [(cosθ)2+1]/2・Io

が得られます。散乱強度が波長の4乗に反比例しています。全方向の散乱強度は

・ I=∫dφ∫dθr2sinθ・I(θ)

・ =Io・2π∫dθr2sinθ(α/4πr)2・(2π/λ)4 [(cosθ)2+1]/2

・ =Io 2π(2π/λ)4・(α/4π)2・(1/2)∫dθ[sinθ+ sinθ(cosθ)2]

・ =Io 2π(2π/λ)4・(α/4π)2・(1/2)(2+2/3)

・ =Io 2π(2π/λ)4・(α/4π)2・(4/3)

結局、1粒子当たりの散乱断面積は

・ σ[m^2/個]=I/Io=128π5・(α/4π)2/3λ4

となります。

<分極率と屈折率の関係>

1個の分子の分極率は計測できないので、計測できる屈折率を用いて、分極率を表します。

単位体積当たりの分子数をNoとすると、分極率は

・ α=(3/No)[(n2-1)/(n2+2)]

と表せます。これについては後で説明します。δ=n-1≒10^-4<<1ですから、δの2乗のオ-ダ-を無視すると

・ α≒(3/No)2(n-1)/3=2(n-1)/No

と近似できます。n-1の波長や温度に対する依存性に関してはEdlenの実験式があります。

<散乱断面積の換算>

また1粒子当たりの散乱断面積に

・ No[個/m3]/ ρ[kg/m3]=No/ρ[個/kg]

をかけて1kg当たりの散乱断面積に換算します。同時にαを代入すると

・ σ[m2/kg]=σ[m2/個]・No/ρ[個/kg]

・ =128π5・[2(n-1)/No/4π]2/3λ4・No/ρ

ですから、結局、1kg当たりの散乱断面積の公式

・ σ[m2/kg]=32π3・[n-1]^2/[ 3Noρλ4]

が得られました。

プラスチック包装された甲州ワイン@甲府駅

1.レ-リ-散乱係数と減光率

太陽光の放射強度Iは、大気中を通過する際に散乱されて減衰します。散乱体の密度ρ[kg/m3]と散乱係数σ[m2/kg]を用いると、地表での放射強度をIoとすると、高度zでの放射強度Iは

  • I=Io・exp{-∫σρdz}

と表せます。波長λの光のレ-リ-散乱係数σRは、古典電磁気学的には

  • σR=32π^3・(n-1)^2/3Noρoλ^4

と表せます(1871年)。ここでNo[個/m3]は空気の分子数、nは空気の屈折率(=1.000292@1atm,0℃)です。

  • ρo=1.22[kg/m^3] 標準状態での空気の密度
  • No=1.22[kg/m^3]・6.02×10^23[個]/28.964×10^-3[kg]=2.54×10^25[個/m^3]

空気の屈折率(n-1)の波長依存性はEdlenの式を用いました。波長が大きくなると屈折率と散乱係数σRは減少します。

分子量Mwに対して、理想気体の状態方程式より

  • ρ=MwP/RT=(Mw/RT)Po・exp[-z/H]=ρo・exp[-z/H]
  • I=Io・exp{-σR∫ρdz}=Io・exp{-σRρoH }

となります。ここでHは高さパラメ-タで、大気の厚さH=8kmとしました。減光率は

  • (Io-I)/Io=1-exp{-σRρH}

で求めました。減光率が小さいということは散乱され難いということです。

減光率は可視領域で波長が大きくなると、急速に減少します。近紫外領域(λ~0.3μm)では40%もの太陽光が失われます。青色光(λ~0.4μm)では30%、緑色光(λ~0.5μm)では12%、赤色光(λ~0.65μm)では4%、近赤外領域(λ~0.94μm)では1%しか失われません。様々な太陽高度と波長を考慮すると、大気に入射する平均太陽放射のうち13%がレイリ-散乱されているそうです。その半分が散乱光として地表面へ到達し、残り半分は宇宙空間へ放射されます。夕焼けのときは、8km以上の距離を太陽光が進むのでその間に青色光は殆ど散乱されてしまい、赤色光だけが届くことになります。

地球の空が青いのは何故でしょうか?

地球の空が青いのは、日光に含まれる波長の短い青色光が窒素分子に散乱されやすいからです。日没時に空が赤くなるのは、太陽光が大気を通過する距離が長くなり、空気分子の光散乱が増大し、青色光が届かず、赤色光のみが届くようになるからです。月面から見上げた空は黒色です。月には空気がないので、光散乱が起こらないからです。20世紀になるまで空が何故青いのか分かっていませんでした。空気のように透明な媒質が散乱体になるとは思いもよらないことでした。

レ-リ-(Rayleigh)散乱(1910年)

空気の分子のように光の波長の1/10以下の散乱体による散乱をレ-リ-散乱といいます。レ-リ-男爵の本名はジョン・ウイリアム・ストラットです。レ-リ-卿(英国)はアルゴンの発見者で、地震の表面波(レーリ-波)や黒体放射でも有名な物理学者です。レ-リ-散乱の強度は光波長の4乗に反比例します。このことは電磁気学の知識があれば理解できるので、後で解説したいと思います。

液体の分子濃度は気体の1000倍ありますが、液体の光散乱は、気体と比較して5~50倍程度しかありません。ガラスの光散乱も非常に弱いです。これは散乱体が稠密になると、任意の横方向において、散乱波が互いに打ち消し合う分子対が常に存在するためと思われます。光ファイバ-(石英ガラス)ではレ-リ-散乱の小さな波長帯(1.5μm帯)を使っています。

ミ-(Mie)散乱(1908年)

雲を形成する水滴は、太陽からの可視光の波長に比べて同程度ないしはそれより大きい粒子になっています。このような水滴に光が当たると、ミ-散乱が起こります。ミ-散乱では、可視光のどの波長も同じように散乱されますので、雲は白色に見えます。

ブスタフ・ミ-(独)は球形粒子による散乱の理論解析を行い、ミ-散乱は波長にほとんど依存せず、粒子寸法が光波長を越えると、散乱の波長依存性はなくなることを示しました。レ-リ-散乱は等方的ですが、ミ-散乱には異方性があります。ミ-散乱はアンテナやがん細胞の判別に用いられています。

虹(rainbow)

 虹は、水滴内を太陽光が屈折反射することで、光が波長ごとに空間分解される現象です。主虹と副虹ができる理由を最初に解明したのはデカルトです。プリズムで太陽光をスペクトル分解して見せたのがニュ-トンです。虹は虫偏なのは、蛇が虫偏なのと同じ理由です。古代中国人は虹を空にアーチを架ける大蛇として見ていたからと言われています。

非弾性散乱

レ-リ-散乱とミ-散乱は光の波長が変化しない弾性散乱です。光の波長が変化する非弾性散乱には、ラマン散乱やブリルアン散乱があります。

ラマン(Raman)散乱(1928年)

ラマン散乱は分子の振動準位や回転準位の遷移に伴い、入射光とは異なる波長の光が散乱される現象です。ラマン散乱を利用して化学物質の判定を行うことができます。白色矮星の質量にチャンドラセカール限界質量があることを示したスブラマニアン・チャンドラセカ-ル(1932年)は、ラマン・チャンドラセカール(印)の叔父にあたります。

ブリルアン(Brillouin)散乱(1922年)

ブリルアン散乱は光と音響子などの凖粒子との相互作用による光散乱です。ブリルアン散乱は光ファイバの歪や温度を検知するのに使われます。レオン・ブリルアン(仏)は量子力学のWKB近似や固体物理のブリルアンゾ-ンでも有名な物理学者です。

駅伝走者の受ける風の影響はどれくらいでしょうか?

第95回箱根駅伝の往路レースの優勝は東洋大学でした。三区では青山学院大学の森田歩希選手が8位から追い上げ、トップに躍り出ました。東洋大は8秒差で2位につけました。

森田選手は1時間1分26秒の区間新記録の快走でした。三区は21.4kmですから、森田選手は平均速度5.8m/sで走破したことになります。もし5.8m/sの速度でマラソンを完走できれば、2時間1分15秒(=42.195km/5.8m/s)の記録がでます。森田選手がいかに俊足かがわかります。

最近ランニングウオッチと連携したセンサを腰につけて、手軽にランニング時の上下動を計れるようになりました。データを見ると、マラソン選手の上下動は10cm程度です。重心は放物運動をしているので、上下動Δyが分かれば滞空時間toも決まります。重力加速度をg、上方向の初速度をvoとすると、t秒後の重心位置yは

  • y=-1/2・gt^2+vot=-g/2・(t-vo/g)^2+1/2g・vo^2

でした。上下動Δyと滞空時間toは

  • to=2vo/g → vo=gto/2
  • Δy=1/2g・vo^2=1/8・gto^2 → vo=root(2gΔy)

を満たします。Δy=10cmが分かっているので、初期速度voと滞在時間to

・ vo=root(2×9.8m/ss×0.10m)=1.40m/s

  • to=2×1.40m/s /9.8m/ss=0.28sec

が分かります。森田選手の1ピッチΔxは

  • Δx=5.8m/s×0.28sec=1.62m

くらいです。

無風状態でも5.8m/sで走れば、ランナ-は5.8m/sの風を感じます。ランナ-の受ける風の影響はどれくらいでしょうか? ランナ-は直径22cm、長さ1.7mの円柱に例えて考えられます。流れに垂直に置かれた円柱の空気抵抗を求めます。

空気の動粘性係数k=1.5×10^-5 m^2/sですから、レイノルズ数は

・Re=Lu/k=0.22×5.8m/s/1.5×10^-5 m^2/s=8.5×10^4 

となります。Re=8.5×10^4は、臨界レイノルズ数Re=2×10^5よりやや小さいです。レイノルズ数が臨界Reより大きくなると、抗力係数Cは急に1より小さくなります。ちなみにバレ-ボ-ルやサッカ-ではボ-ル(直径20cm)の速度が30m/sを超えるので、臨界Reを超えて、無回転ボ-ルが予測不能の動きをすることが知られています。レイノルズ数が10^3より小さくなると、抗力係数Cは1より大きくなります。

  • L/d=1.7m/0.22m=7.7

なので、C≒1.1(=0.9~1.2)としていいでしょう。空気の密度を=1.2kg/m^3、円柱の投影面積をA=1.2m^2とすると、抗力Fは、速度の2乗に比例し、

  • F=C/2・A・uo^2=1.1/2・1.2kg/m^3×1.2m^2×5.8m/s^2≒26N

で与えられます。森田選手の体重を65kgとすると、加速度は

  • a=F/m=26N/65kg=0.4m/ss

となります。水平方向の速さは0.1m/s(=0.4m/ss×0.28s)だけ遅くなります。つまり大まかにいって、地面を蹴った瞬間の水平速度は5.9m/sでしたが、着地するときの速度は、空気抵抗により5.8m/sになったと考えられます。

では向い風5m/sの場合はどうなるでしょうか? ランナ-の感じる風速は10.8m/s(=5.8m/s+5.0m/s)となります。

  • F=1.1/2・1.2kg/m^3×1.2m^2×(10.8m/s)^2 ≒ 92N

これは26Nの3.5倍です。加速度は1.4m/ss(=0.4m/ss×3.5)となるので、水平方向の速さは0.4m/s(≒1.4m/ss×0.28s)だけ遅くなります。

  • 5.9m/s-0.4m/s=5.5m/s

向い風5m/sの場合、5.8m/sから5.5m/sに減速すると考えられます。三区21.4kmは

  • 21.4×1000m/5.5m/s=3890秒

経過します。

結局、向い風5m/sの場合、森田選手は無風状態の時より、

  • 3890秒-3686秒=204秒=3分24秒

だけ到着が遅れることになります。

ちなみにこの速度でマラソンを完走できれば、

42.195km/5.5m/s=2時間7分52秒

となります。もし追い風5.8m/sが吹き続ければ、

  • 42.195km/5.9m/s=1時間59分12秒

で2時間を切ることができます。但し風の影響を相殺するために、通常マラソンのコ-スは折り返しコースになっています。駅伝選手が臨界レイノルズ数に近いところで走っているのは面白いと思いました。