3.双極子散乱の公式の証明

それでは双極子ベクトルP(t0)

・ P(t0)=∫ρ(r’, t0)r’d3r’(t0=t-r/c)

から距離離れた位置に観測される散乱波の電場E(r,t)が、

  • E(r,t) =(1/4πε)(1/ c23)・×[×∂2P(t0)/∂t02] 

と書けることを証明します。ここでcは光速です。

電場と磁場は、電磁ポテンシャルφ、A

・ =-gradφ-∂A /∂t

・ =rot A

なる関係があります。電磁ポテンシャルφ、Aを用いたマクスウエルの方程式は

・ (△-1/c22/∂t)φ=-ρ/ε

・ (△-1/c22/∂t)A=-μi

・  1/c2・∂φ/∂t+divA=0 (Lorentz gauge)

・  1/c2=εμ

で与えられます。電磁ポテンシャルは、電荷密度ρと電流密度iに対して

・ φ(,t)=(1/4πε)∫ρ(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

・ A (,t)=(μ/4π)∫i(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

・      =(1/4πε)1/c2i(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

と表すことができます。必ずしも容易ではありませんが、この定理は上式に代入すると解になっていることで確かめられます。物理学では証明に用いる定理が証明すべき命題より難しいことが時々あります。数学的には1/rがφに係るダランベシアン作用素のグリ-ン関数核なので、ソ-ス項と1/rの積の積分は電磁場方程式の解になるということです。よく知られた定理なので、ひとまずこれを認めましょう。

物理学では大抵の場合、厳密に積分するのは困難です。ここでは電気双極子近似を導入します。電子が存在している領域半径r’ に比べ、観測地点がずっと遠くにある(r’<<r)場合を想定しているので、

・ ∣r-r’∣≒r(1-r・r’/r)

・ 1/∣r-r’∣≒1/r・(1+r・r’/r)=1/r+O(r’/r)≒1/r

・ r=∣r∣=root(x2+y2+z2)

のように近似します。なぜなら

 ∣r-r’∣=root(∣r2-2r・r’+∣r’2) ≒ r (1-2r・r’/r)1/2≒r (1-r・r’/r)

だからです。さらにテ-ラ展開の1次までとると

・ ρ(r’,t-∣r-r’∣/c)≒ρ(r’,t-r /c+r・r’/cr) ≒ρ(r’,t0r・r’/cr)

・    ≒ρ(r’,t0)+[dρ(r’,t0) /dt0]・(r・r’)/cr

となります。上式のρをφの式に代入すると、

・ φ(,t)=(1/4πεr)∫ρ(r’,t0) d3r’+(r/cr2)・(d /dt0)1/4πε∫ρ(r’,t0)r’d3r’

となります。ここで第一項は

・ Q=∫ρ(r’,t0) d3r’

を含みますが、電荷Qは原子に束縛されており、時間的に変化しないので、無視できます。

・ P(t0)=∫ρ(r’, t0)r’d3r’

ですので、スカラ-ポテンシャルは、双極子ベクトルを用いて

・ φ(,t)=(1/4πε) (r /cr2)・(dP(t0) /dt0)

と書けます。同様にベクトルポテンシャルに関して、双極子近似を適用して展開すると

・ (4πε0) A (,t)≒ (1/c2r)∫i(r’, t0r・r’/cr ) d3r’

    ≒(1/c2r)∫i(r’, t0) d3r’+(1/c32)∫di(r’, t0)/dt0 (r・r’) d3r’

    ≒(1/c2r)∫i(r’, t0) d3r’ +O(1/c3)

となり第二項は無視できます。ここで断面積S、長さr’の導線を考えると、電流は

・ i(r’, t0)=1/S・dq/dt0r’/r’=d(q/V)/dt0r’=dρ/dt0r’

と書けるので、

・  A (,t)≒(1/4πε0) (1/c2r) (d/dt0)∫ρ(r’,t0)r’ d3r’

より、ベクトルポテンシャル Aも双極子ベクトルP(t0)を用いて

・  A (,t)=(1/4πε0) (1/c2r) (dP(t0)/dt0)

と表せます。電場の表式に電磁ポテンシャルを代入すると

・(1/4πε0)(r,t)=-gradφ-∂A /∂t

       =-grad[(r /cr2)・(dP(t0) /dt0)]-∂/∂t[(1/c2r) (dP(t0)/dt0)]

となります。ところで第一項のgradのx微分を考えると、

 (d/dx)(r /cr2)=ex /cr2-(2r /cr3) dr/dx=ex /cr2-2rx/cr4=O(1/r2)+O(1/r3)

の部分は、次のx微分の項

・ -(r /cr2)(d/dx)(dP(t0) /dt0)=-(r /cr2)(d(t-r/c)/dx)(d2P(t0) /dt02)

         =-(r /cr2)(-x/cr)(d2P(t0) /dt02) ~ O(1/r)

に比べると十分遠方で早く小さくなるので、無視できることが分かります。結局

・ (1/4πε0)(r,t)≒(r/cr) [(r /cr2)・(d2P(t0) /dt02)]-(1/c2r)d2P(t0) /dt02

・    =(1/c23){r [r・d2P(t0) /dt02] -(rr) d2P(t0) /dt02

・    (r,t)=(1/4πε0) (1/c23) r×(r×d2P(t0) /dt02)

により公式が得られます。最後の等式は、A=B=C=d2P(t0) /dt02とおいて恒等式

  BA・C)-(A・BCA×(B×C

を適用して得ました。すこし難しくなってしまいましたが、双極子放射の公式が電磁気学の基本方程式から得られることを確かめました。次回は古典的な分極率の導出についてお話します。

2.レ-リ-散乱のメカニズム

<双極子放射とは>

 レ-リ-散乱のメカニズムについて古典力学的に考えましょう。太陽光は様々な波長の電磁波の集まりです。電磁波が空気分子の様な微小粒子に衝突すると向きが変わるのは何故でしょうか?

 それは電磁波が微小粒子に入射すると、粒子内で誘導分極が生じ、粒子から双極子放射が生じるからです。誘電分極とは、粒子に電場が掛かると、粒子の負電荷(電子)の中心と正電荷(原子核)の中心がずれて分極つまり電気双極子が誘導される現象です。電気双極子の大きさは正電荷と負電荷の間の距離(t)と電荷qの大きさの積です。

・ P(t)=q・(t)

電気双極子の向きは、負電荷から正電荷の向きで、入射電場と常に平行です。粒子にかかる電場の向きや大きさが変化すれば、双極子の向きも大きさも変化します。電磁波では、電場が常に振動しているので、双極子も電場に合わせて振動します。振動する双極子から再び電磁波が放出されます。これが双極子放射です。

<双極子放射がつくる電場>

入射波の電場を

  • E(t)=Eo・exp(iωt)

とおきます。tは時間、ωは角振動数です。ωは波数kとの間に

  • ω=ck

の分散関係があります。ここでc は光速です。波数は1mの中にある波の数です。波数kは波長λとの間に

  • k=2π/λ

の関係があります。粒子内に生じる双極子ベクトルをP(t)とすると、

  • P(t) =αε0E(t)=αε0Eo・exp(ickt)

とかけます。αは粒子の分極率です。P(t)は振動すると周囲に電場を形成します。時刻tに双極子から距離離れた位置に観測される散乱波の電場をE(r,t)とすると、

  • E(r,t) =(1/4πε0)(1/ c23)・×[×∂2P(t0)/∂t02]

と書けます。×はベクトルの外積です。この公式は後で証明します。ここで、時刻t0は双極子の加速振動が生じた時刻で、散乱波の観測時刻tとの間に

  • t0=t-r/c

なる関係があります。つまり時刻t0は時刻tよりr/c秒前の時刻です。方向の単位ベクトルeを導入すると、

  • =re

と書けます。散乱光の電場は

  • E(r,t) =(1/4πε0)(1/ c2r)・e×[e×∂2P(t-r/c)/∂t2]
  • =(α/4π)(1/ c2r)・e×[e×∂2Eo・exp[ick(t-r/c)]}/∂t2]
  • =-(α/4π)(k2/r)・e×[e×Eo ] ・exp[ick(t-r/c)]
  • =ElEr

となります。2回単位eベクトルと外積を取るので電場の向きは変わりません。

<θ方向の散乱強度>

いま入射電磁波はy方向に進行しており、電場Eoのz成分をEor、x成分をEolと書くことにしましょう。

  • EoEolEor=(Eol、0、Eor)

粒子の位置を原点として、散乱波の方向はxy平面内にあるものとします。x軸と散乱波の方向のなす角度をγと書きます。進行方向と散乱方向のなす角度をθ(=π/2-γ)とします。

  • e×[e×Eo ]=e×[e×Eol ]+e×[e×Eor ]=AB

を計算します。ABは直交しています。

  • e=(cosγ、sinγ、0 )、Eol=Eol(1、0、0 )
  • e×Eol =Eol(0、0、sinγ)、
  • A =e×[e×Eol ]=Eol(sinγsinγ、-sinγcosγ、0 )
  • A∣/ Eol =root[(sinγsinγ)2+(-sinγcosγ)2 ]=sinγ=sin(π/2-θ)=cosθ
  • e=(cosγ、sinγ、0 )、Eor=Eol(0、0、1 )
  • e×Eol =Eol(sinγ、-cosγ、0)、
  • B=e×[e×Eor ]=Eol(0、0、-cosγcosγ-sinγsinγ)=Eol(0、0、-1)
  • B∣/Eol =1

したがって、θ方向の散乱強度Iは

  • I(θ)E(r,t) ∣2=∣El2+∣Er2
  • El2=∣-(αk2/4πr)A exp[ick(t-r/c)]∣2=(αk2/4πr)2・∣A2
  •    =(αk2/4πr)2(cosθ)2・Eol2
  • Er2=∣-(αk2/4πr)B・exp[ick(t-r/c)]∣2=(αk2/4πr)2・∣B2
  •    =(αk2/4πr)2・Eor2

両者を加えて、

  • I(θ)(αk2/4πr)2(cosθ)2・Eol2+(αk2/4πr)2・Eor2

となります。散乱体から離れると1/r2で強度が減少します。散乱強度は波数の4乗に比例し、散乱の方向は等方的です。cosθの因子から分かるように、双極子ベクトルの方向には電場が形成されません。電場の水平成分Eolは進行方向に垂直な方向には散乱されませんが、前方と後方に等しく散乱されます。電場の垂直成分Eorは参照面内で等方的に散乱されます。粒子が大きくなるとミ-散乱となり、後方散乱は縮小し、前方散乱だけになります。ElとErの見かけの違いは、参照面をxy面にしているために生じているものであって、ElとErの全体の散乱形状に違いはありません。

<1粒子当たりの散乱断面積>

ここで入射強度Ioに対し、入射電場強度は

  • Io/2=Eol2=Eor2

を満たすとします。結局、θ方向の散乱強度として

・ I(θ)(αk2/4πr)2 [(cosθ)2+1]/2・Io

・  =(α/4πr)2・(2π/λ)4 [(cosθ)2+1]/2・Io

が得られます。散乱強度が波長の4乗に反比例しています。全方向の散乱強度は

・ I=∫dφ∫dθr2sinθ・I(θ)

・ =Io・2π∫dθr2sinθ(α/4πr)2・(2π/λ)4 [(cosθ)2+1]/2

・ =Io 2π(2π/λ)4・(α/4π)2・(1/2)∫dθ[sinθ+ sinθ(cosθ)2]

・ =Io 2π(2π/λ)4・(α/4π)2・(1/2)(2+2/3)

・ =Io 2π(2π/λ)4・(α/4π)2・(4/3)

結局、1粒子当たりの散乱断面積は

・ σ[m^2/個]=I/Io=128π5・(α/4π)2/3λ4

となります。

<分極率と屈折率の関係>

1個の分子の分極率は計測できないので、計測できる屈折率を用いて、分極率を表します。

単位体積当たりの分子数をNoとすると、分極率は

・ α=(3/No)[(n2-1)/(n2+2)]

と表せます。これについては後で説明します。δ=n-1≒10^-4<<1ですから、δの2乗のオ-ダ-を無視すると

・ α≒(3/No)2(n-1)/3=2(n-1)/No

と近似できます。n-1の波長や温度に対する依存性に関してはEdlenの実験式があります。

<散乱断面積の換算>

また1粒子当たりの散乱断面積に

・ No[個/m3]/ ρ[kg/m3]=No/ρ[個/kg]

をかけて1kg当たりの散乱断面積に換算します。同時にαを代入すると

・ σ[m2/kg]=σ[m2/個]・No/ρ[個/kg]

・ =128π5・[2(n-1)/No/4π]2/3λ4・No/ρ

ですから、結局、1kg当たりの散乱断面積の公式

・ σ[m2/kg]=32π3・[n-1]^2/[ 3Noρλ4]

が得られました。

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1.レ-リ-散乱係数と減光率

太陽光の放射強度Iは、大気中を通過する際に散乱されて減衰します。散乱体の密度ρ[kg/m3]と散乱係数σ[m2/kg]を用いると、地表での放射強度をIoとすると、高度zでの放射強度Iは

  • I=Io・exp{-∫σρdz}

と表せます。波長λの光のレ-リ-散乱係数σRは、古典電磁気学的には

  • σR=32π^3・(n-1)^2/3Noρoλ^4

と表せます(1871年)。ここでNo[個/m3]は空気の分子数、nは空気の屈折率(=1.000292@1atm,0℃)です。

  • ρo=1.22[kg/m^3] 標準状態での空気の密度
  • No=1.22[kg/m^3]・6.02×10^23[個]/28.964×10^-3[kg]=2.54×10^25[個/m^3]

空気の屈折率(n-1)の波長依存性はEdlenの式を用いました。波長が大きくなると屈折率と散乱係数σRは減少します。

分子量Mwに対して、理想気体の状態方程式より

  • ρ=MwP/RT=(Mw/RT)Po・exp[-z/H]=ρo・exp[-z/H]
  • I=Io・exp{-σR∫ρdz}=Io・exp{-σRρoH }

となります。ここでHは高さパラメ-タで、大気の厚さH=8kmとしました。減光率は

  • (Io-I)/Io=1-exp{-σRρH}

で求めました。減光率が小さいということは散乱され難いということです。

減光率は可視領域で波長が大きくなると、急速に減少します。近紫外領域(λ~0.3μm)では40%もの太陽光が失われます。青色光(λ~0.4μm)では30%、緑色光(λ~0.5μm)では12%、赤色光(λ~0.65μm)では4%、近赤外領域(λ~0.94μm)では1%しか失われません。様々な太陽高度と波長を考慮すると、大気に入射する平均太陽放射のうち13%がレイリ-散乱されているそうです。その半分が散乱光として地表面へ到達し、残り半分は宇宙空間へ放射されます。夕焼けのときは、8km以上の距離を太陽光が進むのでその間に青色光は殆ど散乱されてしまい、赤色光だけが届くことになります。