視覚のメカニズム

視覚機能を支えているのは、オプシンと呼ばれる光受容タンパク質です。眼の網膜には視細胞が高密度で存在しています。視細胞にはパンケ-キ状の構造があり、その膜に沢山のオプシンが設置されています。オプシンは7個のαヘリックス構造を有しています。

オプシンは、ビタミンAの誘導体であるレチナールを7番目のヘリックスH7に保持しています。つまりレチナールは、H7のアミノ酸リジンの残基とシッフ塩基結合(C≡N)を形成しています。レチナール単体は紫外線しか吸収できないので、オプシンは単にレチナールを結合するだけでは可視光は吸収できません。しかし、分子進化の過程で、オプシン中の3番目のヘリックスH3にあるグルタミン酸のOH基から、シッフ塩基結合(C≡N)のNがHを獲得することで、レチナ-ルの電子構造が変化して、青色をピ-クとする可視光を吸収できるようになったのです。ChemSketchという分子のお絵かき無料ソフトを使って、オプシンのリジンとレチナ-ルのシッフ結合とグルタミン酸との関わりを図示してみました。

オプシンの活性化とシグナル伝達

光を受けていない不活性状態のオプシンにはシス型のレチナールが結合しています。視細胞に到達した光の受容によって、レチナールはシス型からトランス型へ構造変化します。それに伴ってオプシンの構造変化が引き起こされ、活性状態となったオプシンは、視細胞内に存在する3量体Gタンパク質と共役して情報を伝達します。活性化したGタンパク質のGDP-GTP交換反応を介して視細胞内のシグナル情報伝達系が駆動し、そこで生じた電気信号が脳へと伝わって私たちは”見えた”と感じるのです。

水晶体の進化

眼のレンズの水晶体の中はクリスタリンと呼ばれる可溶性のたんぱく質からできています。クリスタリンの組成は動物によって異なっています。脊椎動物はαとβの2種類のクリスタリンを持っています。これに加えて哺乳類はγクリスタリン、また鳥類や爬虫類はδクリスタリンを持っています。さらに鳥類でもアヒルなどには、α、β、δに加えてεとτと呼ばれるクリスタリンが存在します。

 1987年、アルギニノコハク酸リアーゼ(AL)のアミノ酸配列が、ニワトリのδクリスタリンとよく似ている(64%同じ)という驚くべき事実が見出されました。ALはアルギニンや尿素の合成を行なう酵素です。その後の研究により、両生類から爬虫類、鳥類へ進化する頃に、この酵素の遺伝子が重複して、2つになり、その片方が水晶体で強く発現して水晶体構造たんぱく質専用の遺伝子になったことが分かりました。つまり、δクリスタリン遺伝子はすでにあった酵素遺伝子を流用したものだったのです。

眼はどのように進化したのでしょうか?

植物プランクトンは、光合成ができる所に留まるために、周囲の明るさを感知する色素胞があります。貝類は複数の単眼をもっており、明るい場所を感知します。さらに窪んだ所に単眼を作ることで光のくる方向が分かるようになります。さらに眼の窪みが大きくなり、入り口が小さくなることでピンホ-ル眼が、入口にレンズができることでカメラ眼が出現しました。オウムガイはピンホ-ル眼を有しています。タコやイカなどの頭足類は大きなカメラ眼を持っています。頭足類のカメラ眼は、脊椎動物のものとは少し異なり、眼の神経線維網は網膜の下にあります。

眼の進化の主要な段階

 a) プランクトンの眼:光受容細胞が体表に露出している。周りの明るさを感知できる。

 b) カサガイの眼:窪みで光が差す方向を感知でき、細胞を損傷から守る。

 c) オウムガイの眼:ピンホール眼は光の方向を感知でき、入射光は像を結ぶ。

d) ゴカイの眼:眼球が閉じ、液体で満たされることで網膜が守られる。

 e) アワビの眼:シンプルなレンズは鮮明な像を結ぶのに役立つ。

 f) 脊椎動物:可動型レンズを持つより複雑な眼。

ヒトデの目は腕の先端にあります。アメリカムラサキウニは体全体が一つの大きな目のような働きをします。二焦点レンズや反射鏡を備えた目もあれば、上下左右が同時に見える目もあるそうです。ゲーリング博士は「動物の目は、一見異なった構造をしているように見えても、驚くほど共通の発生メカニズムをもっている」ことを見つけました。Pax-6遺伝子は眼を作る工程を担う遺伝子です。マウスやイカのPax-6遺伝子をショウジョウバエに挿入すると、ショウジョウバエに複眼が発生します。今の動物に見られる多様な目も、1つの祖先形からの変化したもと考えられています。

最初に眼をもった生物はなんでしょうか?

眼を持った最初の生物は、6億年前のエディアカラ紀の殻の柔らかい三葉虫(Trilobite)だと言われています。目があると、餌を探し見分けること、敵から逃げることに有利になります。カンブリア紀には、目を使って捕食行動や逃避行動をするために素早く動く多様な生物が発生しました。殻(方解石)の堅い三葉虫はカンブリア紀(5.4億年前)からペルム紀末(2.5億年前)の古生代に生息していました。三葉虫は5cmくらいの大きさの節足動物です。大きいものは70cmにもなるそうです。三葉虫は海底を這って、腐ったものを食べて生活していました。頭部には2組の複眼(数百の単眼)があります。目のレンズは方解石でできており、正面と両側面がよく見えます。三葉虫が堅い殻で覆われていたのは、アノマロカリスなどの捕食者から身を守るためだと考えられています。アノマロカリスの体長は1m近くあり、円形の石臼のような口をもっていました。

古生物学者アンドリュー・パーカーは「眼の進化が軍拡競争を引き起こし、多様な生物の急速な進化の引き金となった」と主張しました。これは「光スイッチ説」と呼ばれています。