血管が収縮するメカニズムについて(2)

さてもう少し詳しく見てみましょう。血管収縮の情報伝達物質が平滑筋細胞の受容体に結合すると、Gqタンパク質の活性化と脱分極が生じます。脱分極が生じると電位依存性のCaチャネルが開きます。細胞の内外には電位差があります。通常細胞内は-80mV程度の分極状態に保たれています。Ca2+イオンが細胞内に入ると、細胞内の電位がプラスになります。これを脱分極状態といいます。L型Caチャネルは細胞内の電位が高くなると開き、Ca2+が細胞内に入ります。

Gqタンパク質はGタンパク質(グアニンヌクレオチド結合タンパク質)の1つです。Gタンパク質は、Gs、Gi、Go、Gq、Gt、Golfの6種類があります。Gsはアデニル酸シクラーゼを促進、Giはアデニル酸シクラーゼを抑制します。Goは神経組織に多く発現しています。GqはホスホリパーゼCβを活性化し、GtとGolfはそれぞれ視細胞(網膜)と臭細胞のシグナル伝達系に重要な役割を果たしています。Gタンパク質はα、β、γの3つのサブユニットからなる三量体です。αサブユニットにはGDPが結合しています。受容体に伝達物質が結合すると、Gタンパク質は、GDPがリン酸化されてGTPとなり、αサブユニットーGTPがβγサブユニットから切り離されます。Gqタンパク質のαサブユニットーGTPはホスホリパーゼCを活性化します。αサブユニットに含まれるGTPア-ゼの働きにより、αサブユニットーGTPはαサブユニットーGDPとなり、βγサブユニットに結合して元のGqタンパク質に戻ります。

ホスホリパーゼC(PLC=PhosphoLipase C)は、リン酸エステル基の直前でリン脂質を切断する酵素です。細胞膜にはPIP2(ホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸)という脂質があります。先ほど述べたようにPLCはGqタンパク質を介して活性化します。活性化したPLCは、PIP2のホスホジエステル結合を加水分解し、DAG(ジアシルグリセロール)とIP3(イノシトール1,4,5-トリスリン酸)を発生させます。DAGは脂質なので細胞膜にとどまります。

IP3は細胞質ゾルを介して拡散し、筋小胞体 (ER) にあるイノシトール・トリスリン酸受容体チャネルに結合します。筋小胞体はCaの貯蔵庫になっており、筋小胞体からCa2+が細胞質ゾル内に放出されます。放出されたCa²⁺は、同じく筋小胞体上にあるリアノジン受容体(RyR)に結合し、さらにCa²⁺の放出を引き起こします。

DAGはCaと共にプロテインキナーゼC(PKC=Protein kinaseC)を活性化します。プロテインキナーゼCはその他のタンパク質分子をリン酸化し、細胞活性を変化させる酵素です。活性化PKCは

Rhoキナ-ゼ + Rho-GDP + Pi → Rhoキナ-ゼーRho-GTP(活性化状態)

によって、Rhoキナ-ゼを活性化します。

キナーゼはATPのリン酸基をアミノ酸残基にあるOH基に移動させ、共有結合させます。活性化Rhoキナ-ゼはミオシン軽鎖ホスファタ-ゼにATPのリン酸を付加して不活性化するので、血管の収縮状態が維持されます。キナーゼがリン酸化するアミノ酸の99%以上はセリンとスレオニンですが、チロシンのリン酸化は生物学的に重要です。

 酵素は他の酵素によって活性化されて生体反応を促進します。多くの場合リン酸を付けたり外したりすることで酵素の活性化を制御しています。私たちの知らないところで、私たちの身体は驚異的な生体反応のネットワ-クを保っています。精緻な生体反応のメカニズムを知れば知るほど、健康に対して感謝の念が湧いてきます。

血管が収縮するメカニズムについて(1)

風邪を引くと体温が上がります。多くの人は漠然と免疫細胞がウイルスを攻撃するから発熱すると考えています。正確には免疫系が体温を高く設定するためにウイルスが弱まり、免疫細胞の攻撃を受けて分解します。ウイルスは平熱の体温のとき自分の酵素反応が最も早く進行するので、体温が上がると活動が弱まるのだと考えられます。

私たちは体温を上げるのに毛細血管を細く収縮させます。毛細血管を収縮させると血流が低下して放熱が抑制されて体温が上がります。血管の内側は内皮細胞で覆われており、その外側に平滑筋細胞があります。平滑筋細胞が収縮すると血管が細くなります。血圧をあげるときにも血管を収縮させます。横紋筋は随意的に動かせますが、平滑筋は随意的に動かせません。横紋筋の収縮制御機構は解明されていますが、平滑筋の収縮制御機構は複雑でまだ解明されていない部分もあります。血管の収縮には1分以内、1時間以内、1日以内の3つの反応速度の異なる収縮があります。また血管には動脈と静脈、太いものや細いものや毛細血管によっても収縮の機構は異なります。ここでは数時間で収縮する静脈の毛細血管を想定し、その平滑筋の一般的な収縮機構について調べたことをお話したいと思います。

血管の内皮細胞から放出された情報伝達物質は平滑筋細胞の細胞膜にある受容体に結合すると、様々な反応が生じた結果、筋原線維のミオシン分子がリン酸化されて、アクチン分子上を滑って収縮します。血管を収縮させる情報伝達物質には、ノルアドレナリン(NA)、アセチルコリン(Ach)、アンジオテンシンⅡ(アミノ酸が8個のペプチド酵素)などがあります。NOやH2O2など血管を拡張させる物質もあります。

 ミオシンにリン酸を付加する酵素がミオシン軽鎖キナ-ゼです。キナ-ゼというのはリン酸を付加する酵素のことです。Caとカルモジュリンの複合体がミオシン軽鎖キナ-ゼを活性化します。カルモジュリンはCaを4原子吸着すると、直角の腕のような構造をしたタンパク質になります。

結局、血管を収縮させる情報伝達物質が平滑筋細胞の受容体に結合すると、細胞内のCa濃度が上昇することで、Ca-カルモジュリン複合体の濃度が増加して、血管が収縮します。

一方、ミオシン軽鎖ホスファタ-ゼというリン酸化ミオシンからリン酸を除去する酵素があります。ミオシン軽鎖ホスファタ-ゼを不活性化すれば、血管の収縮が保たれます。具体的には、活性化したRhoキナ-ゼがミオシン軽鎖ホスファタ-ゼにRhoとリン酸を付加するとミオシン軽鎖ホスファタ-ゼが不活性化します。血管収縮過程には、活性化したRhoキナ-ゼを増やす作用があり、それによってミオシン軽鎖ホスファタ-ゼが不活性化して、リン酸化ミオシンからリン酸を除去する力が弱まり、血管の収縮が保たれます。結構ややこしいですね。

Rhoタンパク質とはRas homolog(ラス相同性)タンパク質のことで、Rasはラットの肉腫(Rat sarcoma)から見つかった低分子(21kDa)のGTP結合タンパク質の一種です。Gタンパク質と同様に不活性状態ではGDPが結合しており、シグナルを受けて活性化するとGTPとなります。相同性とは遺伝子配列が共通の祖先をもつ類似性のことです。Rhoタンパク質は転写や細胞増殖、細胞の運動性の獲得のほか、細胞死の抑制など数多くの現象に関わっています。

4.東日本の東西圧縮による隆起

1500万年前にフィリピン海プレ-トは、北西方向に移動方向を変更したために、東日本にかかる力は、太平洋プレートだけになりました。フィリピン海プレ-トが北上してきたために、太平洋プレートが東日本に沈み込み難くなり、太平洋プレートの東日本への沈み込み帯(日本海溝)が30kmも大陸側に移動し、東日本を東西に圧縮するようになりました。太平洋プレ-トによる東西圧縮によって、殆どが海底下にあった東日本は隆起して、新潟県の八海山をはじめ奥羽山脈や北アルプスなどが形成されました。

高山の形成により、季節風が大量の降雨をもたらし、土砂が堆積し平野部を拡大させました。急な河川は透明度が高いので、川底の岩に苔が繁茂し、アユが繁殖しました。急で短い河川はCa濃度が低いので、出し汁がよく取れる軟水が得られます。日本の位置と複雑な地形が、四季、絶景、温泉、豊かな水と生態系を生み出し、日本の和食文化を生み出しました。プレ-ト運動により、日本人は数々の災害を受ける一方で、豊かな自然の恵みを享受できるようになったのです。

3.西日本のカルデラ大噴火

1500万年前に高温のフィリピン海プレ-トは、南下する西日本の下に沈み込み、地下に大量のマグマを貯蓄し始めました。フィリピン海プレ-トの沈み込み角度は小さいので、比較的浅い領域にマグマが発生しました。フィリピン海プレ-トと接する、静岡、紀伊半島、四国南岸、九州南岸部の地下には大規模なマグマ溜まり(カルデラ)が形成され、400万年前に大規模なカルデラ噴火を生じました。

紀伊半島のカルデラ大噴火では火山灰が2000mも堆積し、世界の気温が10℃も低下したと言われています。現在の紀伊半島には巨石と温泉が環状に分布していますが、これはカルデラ噴火跡を示しています。溶岩のカルデラが固まって地下に巨大な花崗岩(60km幅、20km厚)が形成されました。花崗岩の密度は玄武岩プレ-トの密度より小さいので、プレ-トの沈み込みにより花崗岩は10kmも隆起して、火山帯のない西日本の南部を山岳地帯に変えました。

2.火山島の連続衝突

太平洋プレ-トはフィリピン海プレ-トの下に沈み込んでいます。沈み込むときに高温高圧により海水を吸った太平洋プレ-トから水が絞り出され、マントルの融点を低下させて、マグマを発生させ、上昇したマグマが火山噴火を起こします。そのためプレ-ト境界線に沿ってフィリピン海プレ-ト上に火山列島が形成されていました。2500万年前にプレ-ト境界の端は現在の沖縄周辺にあり、火山列島は東西方向に並んでいました。

太平洋プレ-トは重く沈み込みが激しいので、マントル対流によってフィリピン海プレ-ト縁を高温に加熱し、引っ張りました。通常沈み込むプレ-トの温度は400℃程度ですが、このとき生成したフィリピン海プレ-トの温度は1000℃もの高温になっていたと考えられています。ちなみに400℃以上になったプレ-トの部分は柔軟になり、地震を起こし難くなります。

2500~1500万年前にかけて太平洋プレ-トとフィリピン海プレ-トの境界線は後退し北東方向に移動しました。1500万年前にプレ-ト境界の移動は止まり、境界線の端は現在の伊豆地方にありました。移動が停止したのは、日本海溝と伊豆小笠原海溝が直線的になり安定したからと思われます。1500万年前に1000℃の高温になったフィリピン海プレ-トが北から北西方向に向きを変え、西日本の地下に沈み込み始めました。その理由はよくわかっていません。

 フィリピン海プレ-トの移動方向とプレ-ト上の火山島の配列方向が一致したために、現在の伊豆地方に火山島が連続衝突して東西日本の間が埋まりました。プレ-ト境界は変形し伊豆地方に食い込み、頂点部の火山活動が活発になり富士山が形成されました。甲府から富士山の方を眺めると、様々な山地が見えますが、それらは衝突した火山島の名残です。火山島の衝突により櫛形山系、御坂山系が生じ、500万年前には丹沢山系、伊豆半島が衝突付加しました。これらは南の火山島であり、丹沢山にはかつて海底にあったことを示す枕状溶岩やサンゴの化石が見られます。丹沢山系の高山から土砂が流れ込み、50万年前に関東平野が形成されました。伊豆半島の両側の相模湾と駿河湾は海溝が形成され、湾内では金目鯛などの深海魚が獲れます。

1.大陸縁の分裂と移動

3000万年前のユーラシア大陸の沿岸部には草原が広がっており。パラケラテリウムなどの大型哺乳類やマチカネワニなどの爬虫類が生息していました。太平洋プレ-トの西端部はユーラシア大陸の縁で深く沈み込んでいました。太平洋プレ-トの西端部は1.3億年と古く、厚さは100kmと冷たく重かったので、深く沈み込んでいたと考えられます。大陸縁の地下では、プレ-トによって押しのけられた深部の高温のマントル(カンラン岩)が上昇し、断面において時計回りにマントルの対流が生じたと考えられます。

 

2017年にコンピュ-タシミュレ-ションによって、対流により浅部のマントルは沈み込むプレ-トを逆方向に押し戻し、プレ-トが沈み込む海溝は徐々に大陸から離れて行くことが示唆されました。これを海溝の自発的後退といいます。ちなみに2018年にはプレ-トが褶曲して沈み込む海溝では、プレ-トに含まれる二酸化炭素の影響で褶曲部付近のプレ-ト直下のマントルが融解し摩擦が低減して、沈み込みやすくなっていることが報告されています。

大陸の縁はマントル対流により引っ張られて、亀裂が生じ、拡大したと考えられます。2500万年前に海水がこの巨大な裂け目に入り込み、日本列島の原型が生まれました。高温のマントルの上昇により、日本海の海底プレ-トは900℃以上の高温になっていたと考えられています。こうした現象は、現在の小笠原諸島の火山島付近の地下において、地震波速度の小さいマグマ領域が観測され、その地域の溶岩に高濃度のZrが含まれており、Hfなどの存在比からプレ-ト由来のジルコン(融点900℃以上)が、沈み込み時の高温で溶出してマグマに混入したことが解明されています(2018年)。

引き延ばされた日本海の海底には大陸と平行に多くの亀裂が入り、枕状溶岩を産出しました。日本海の海底火山の噴火により火山灰が大量に堆積しました。青森県の仏ケ浦では白い火山灰からできた地層が浸食を受け、奇妙な岩石が立ち並ぶ絶景が見られます。富山県の沿岸部には水深1000mの深海が残っており、深海生物のホタルイカがとれます。亀裂には金を溶かした熱水が入り込み、佐渡には金鉱床が出現しました。大陸から引き剥がされたために、日本海側には絶壁の景勝地が数多く形成されています。日本海の中央にある大和塊は大陸の一部が移動してできた海底台地です。

1900~1600万年前にかけて日本列島の原型は大陸から離れ、現在の位置に移動しました。西日本は陸地でしたが、東日本の殆どは海底下にありました。西日本はフィリピン海プレ-トによって引っ張られ、東日本は太平洋プレ-トによって引っ張られたために、両者は観音扉を開くように少し回転しながら移動しました。1500万年より古い溶岩の磁化方向を調べると、東日本と西日本で地磁気の方向がずれていることが、その回転移動の証拠となっています。飛騨地帯の片麻岩は大陸で形成されたものですが、同じものが韓国でも見られます。飛騨川の飛水峡のチャ-ト岩中には、1億年前の放散虫の化石が見られますが、これと全く同じ化石を有するチャ-ト岩がロシアのハバロフスクで見られます。これらは日本列島が大陸の一部であった証拠であると考えられています。

日本列島の誕生の物語

2017年7月に放送されたNHKの番組「GEO JAPANグレ-トネ-チャ―」の再放送で、日本列島誕生の物語が紹介されました。大陸や島は海洋底のプレ-トの運動によって形成されます。日本列島はいつ頃どのようにして形成されたのでしょうか?日本列島の形成過程は長い間謎に包まれていました。近年の研究調査により、日本列島は4つの稀有な地質学的事件により誕生したことが解明されつつあります。

日本列島の原型は、今から3000万年前に太平洋プレ-トの運動によってユーラシア大陸の縁が裂けて、裂け目が拡大して生じ、1500万年前に現在の位置に移動しました。東日本と西日本になる部分は別々にやや回転しながら移動しました。当時、東日本の殆どは海面下にあり、西日本は山がなく乾燥したステップ平原でした。通常大陸が裂ける場合は、亀裂は中央部で生じます。なぜなら大陸に覆われたマントル部は放熱し難いので、大陸の中央部が高温になり、マントルで高温のプル-ム上昇が発生しやすいからです。大陸の縁が裂けたのは、太平洋プレ-トが最大のプレ-トで、大陸の縁が西端に位置していたからだと考えられています。

次に引き延ばされたフィリピン海プレ-トの影響で、太平洋側の各地に巨大なカルデラ噴火が起こり、西日本に山地が形成されました。さらにフィリピン海プレ-トの運動方向が北から北西に変化し、太平洋プレ-トの沈み込み帯が大陸方向に移動して、東日本は東西に圧縮されて隆起し、奥羽山脈や北アルプスなどが形成されました。同時に東日本と西日本の間に伊豆小笠原の火山島が次々と同一地点で衝突し、関東平野が出現し、東日本と西日本が合体して日本列島が誕生したのです。

 大陸から分裂したときの亀裂は絶壁となり、日本海側の切り立った海岸にその面影が残っています。亀裂には金の鉱床が形成され、佐渡の金鉱となっています。日本海沿岸部に深い亀裂が残ったため、富山県沿岸部では深海生物であるホタルイカが獲れます。紀伊半島には火山がありませんが、カルデラ噴火口跡に沿って花崗岩質の巨岩や温泉が環状に点在しています。巨石は神社で信仰の対象になっています。丹沢山地や伊豆半島は、火山島の連続衝突により供給され、富士山が誕生し、高山の風化や河川による浸食作用で関東平野が形成され、広大な稲作地帯となりました。伊豆の相模湾や駿河湾には食い込んだ海溝があり、金目鯛などの美味な深海魚が生息しています。東西圧縮により隆起した東日本の奥羽山脈や南北アルプス山脈は、温帯地域としてトップクラスの降水量をもたらしました。北海道には日高山脈が形成されました。急な清流には、アユなど川底の石についた苔を食べる魚が生息しています。急流の軟水によって昆布の出汁は風味を増します。日本の位置と複雑な地形が、四季、絶景、温泉、豊かな水と生態系を生み出し、日本の和食文化を生み出しました。プレ-ト運動により、日本人は数々の災害を受ける一方で、豊かな自然の恵みを享受できるようになったのです。