4.東日本の東西圧縮による隆起

1500万年前にフィリピン海プレ-トは、北西方向に移動方向を変更したために、東日本にかかる力は、太平洋プレートだけになりました。フィリピン海プレ-トが北上してきたために、太平洋プレートが東日本に沈み込み難くなり、太平洋プレートの東日本への沈み込み帯(日本海溝)が30kmも大陸側に移動し、東日本を東西に圧縮するようになりました。太平洋プレ-トによる東西圧縮によって、殆どが海底下にあった東日本は隆起して、新潟県の八海山をはじめ奥羽山脈や北アルプスなどが形成されました。

高山の形成により、季節風が大量の降雨をもたらし、土砂が堆積し平野部を拡大させました。急な河川は透明度が高いので、川底の岩に苔が繁茂し、アユが繁殖しました。急で短い河川はCa濃度が低いので、出し汁がよく取れる軟水が得られます。日本の位置と複雑な地形が、四季、絶景、温泉、豊かな水と生態系を生み出し、日本の和食文化を生み出しました。プレ-ト運動により、日本人は数々の災害を受ける一方で、豊かな自然の恵みを享受できるようになったのです。

3.西日本のカルデラ大噴火

1500万年前に高温のフィリピン海プレ-トは、南下する西日本の下に沈み込み、地下に大量のマグマを貯蓄し始めました。フィリピン海プレ-トの沈み込み角度は小さいので、比較的浅い領域にマグマが発生しました。フィリピン海プレ-トと接する、静岡、紀伊半島、四国南岸、九州南岸部の地下には大規模なマグマ溜まり(カルデラ)が形成され、400万年前に大規模なカルデラ噴火を生じました。

紀伊半島のカルデラ大噴火では火山灰が2000mも堆積し、世界の気温が10℃も低下したと言われています。現在の紀伊半島には巨石と温泉が環状に分布していますが、これはカルデラ噴火跡を示しています。溶岩のカルデラが固まって地下に巨大な花崗岩(60km幅、20km厚)が形成されました。花崗岩の密度は玄武岩プレ-トの密度より小さいので、プレ-トの沈み込みにより花崗岩は10kmも隆起して、火山帯のない西日本の南部を山岳地帯に変えました。

2.火山島の連続衝突

太平洋プレ-トはフィリピン海プレ-トの下に沈み込んでいます。沈み込むときに高温高圧により海水を吸った太平洋プレ-トから水が絞り出され、マントルの融点を低下させて、マグマを発生させ、上昇したマグマが火山噴火を起こします。そのためプレ-ト境界線に沿ってフィリピン海プレ-ト上に火山列島が形成されていました。2500万年前にプレ-ト境界の端は現在の沖縄周辺にあり、火山列島は東西方向に並んでいました。

太平洋プレ-トは重く沈み込みが激しいので、マントル対流によってフィリピン海プレ-ト縁を高温に加熱し、引っ張りました。通常沈み込むプレ-トの温度は400℃程度ですが、このとき生成したフィリピン海プレ-トの温度は1000℃もの高温になっていたと考えられています。ちなみに400℃以上になったプレ-トの部分は柔軟になり、地震を起こし難くなります。

2500~1500万年前にかけて太平洋プレ-トとフィリピン海プレ-トの境界線は後退し北東方向に移動しました。1500万年前にプレ-ト境界の移動は止まり、境界線の端は現在の伊豆地方にありました。移動が停止したのは、日本海溝と伊豆小笠原海溝が直線的になり安定したからと思われます。1500万年前に1000℃の高温になったフィリピン海プレ-トが北から北西方向に向きを変え、西日本の地下に沈み込み始めました。その理由はよくわかっていません。

 フィリピン海プレ-トの移動方向とプレ-ト上の火山島の配列方向が一致したために、現在の伊豆地方に火山島が連続衝突して東西日本の間が埋まりました。プレ-ト境界は変形し伊豆地方に食い込み、頂点部の火山活動が活発になり富士山が形成されました。甲府から富士山の方を眺めると、様々な山地が見えますが、それらは衝突した火山島の名残です。火山島の衝突により櫛形山系、御坂山系が生じ、500万年前には丹沢山系、伊豆半島が衝突付加しました。これらは南の火山島であり、丹沢山にはかつて海底にあったことを示す枕状溶岩やサンゴの化石が見られます。丹沢山系の高山から土砂が流れ込み、50万年前に関東平野が形成されました。伊豆半島の両側の相模湾と駿河湾は海溝が形成され、湾内では金目鯛などの深海魚が獲れます。

1.大陸縁の分裂と移動

3000万年前のユーラシア大陸の沿岸部には草原が広がっており。パラケラテリウムなどの大型哺乳類やマチカネワニなどの爬虫類が生息していました。太平洋プレ-トの西端部はユーラシア大陸の縁で深く沈み込んでいました。太平洋プレ-トの西端部は1.3億年と古く、厚さは100kmと冷たく重かったので、深く沈み込んでいたと考えられます。大陸縁の地下では、プレ-トによって押しのけられた深部の高温のマントル(カンラン岩)が上昇し、断面において時計回りにマントルの対流が生じたと考えられます。

 

2017年にコンピュ-タシミュレ-ションによって、対流により浅部のマントルは沈み込むプレ-トを逆方向に押し戻し、プレ-トが沈み込む海溝は徐々に大陸から離れて行くことが示唆されました。これを海溝の自発的後退といいます。ちなみに2018年にはプレ-トが褶曲して沈み込む海溝では、プレ-トに含まれる二酸化炭素の影響で褶曲部付近のプレ-ト直下のマントルが融解し摩擦が低減して、沈み込みやすくなっていることが報告されています。

大陸の縁はマントル対流により引っ張られて、亀裂が生じ、拡大したと考えられます。2500万年前に海水がこの巨大な裂け目に入り込み、日本列島の原型が生まれました。高温のマントルの上昇により、日本海の海底プレ-トは900℃以上の高温になっていたと考えられています。こうした現象は、現在の小笠原諸島の火山島付近の地下において、地震波速度の小さいマグマ領域が観測され、その地域の溶岩に高濃度のZrが含まれており、Hfなどの存在比からプレ-ト由来のジルコン(融点900℃以上)が、沈み込み時の高温で溶出してマグマに混入したことが解明されています(2018年)。

引き延ばされた日本海の海底には大陸と平行に多くの亀裂が入り、枕状溶岩を産出しました。日本海の海底火山の噴火により火山灰が大量に堆積しました。青森県の仏ケ浦では白い火山灰からできた地層が浸食を受け、奇妙な岩石が立ち並ぶ絶景が見られます。富山県の沿岸部には水深1000mの深海が残っており、深海生物のホタルイカがとれます。亀裂には金を溶かした熱水が入り込み、佐渡には金鉱床が出現しました。大陸から引き剥がされたために、日本海側には絶壁の景勝地が数多く形成されています。日本海の中央にある大和塊は大陸の一部が移動してできた海底台地です。

1900~1600万年前にかけて日本列島の原型は大陸から離れ、現在の位置に移動しました。西日本は陸地でしたが、東日本の殆どは海底下にありました。西日本はフィリピン海プレ-トによって引っ張られ、東日本は太平洋プレ-トによって引っ張られたために、両者は観音扉を開くように少し回転しながら移動しました。1500万年より古い溶岩の磁化方向を調べると、東日本と西日本で地磁気の方向がずれていることが、その回転移動の証拠となっています。飛騨地帯の片麻岩は大陸で形成されたものですが、同じものが韓国でも見られます。飛騨川の飛水峡のチャ-ト岩中には、1億年前の放散虫の化石が見られますが、これと全く同じ化石を有するチャ-ト岩がロシアのハバロフスクで見られます。これらは日本列島が大陸の一部であった証拠であると考えられています。

日本列島の誕生の物語

2017年7月に放送されたNHKの番組「GEO JAPANグレ-トネ-チャ―」の再放送で、日本列島誕生の物語が紹介されました。大陸や島は海洋底のプレ-トの運動によって形成されます。日本列島はいつ頃どのようにして形成されたのでしょうか?日本列島の形成過程は長い間謎に包まれていました。近年の研究調査により、日本列島は4つの稀有な地質学的事件により誕生したことが解明されつつあります。

日本列島の原型は、今から3000万年前に太平洋プレ-トの運動によってユーラシア大陸の縁が裂けて、裂け目が拡大して生じ、1500万年前に現在の位置に移動しました。東日本と西日本になる部分は別々にやや回転しながら移動しました。当時、東日本の殆どは海面下にあり、西日本は山がなく乾燥したステップ平原でした。通常大陸が裂ける場合は、亀裂は中央部で生じます。なぜなら大陸に覆われたマントル部は放熱し難いので、大陸の中央部が高温になり、マントルで高温のプル-ム上昇が発生しやすいからです。大陸の縁が裂けたのは、太平洋プレ-トが最大のプレ-トで、大陸の縁が西端に位置していたからだと考えられています。

次に引き延ばされたフィリピン海プレ-トの影響で、太平洋側の各地に巨大なカルデラ噴火が起こり、西日本に山地が形成されました。さらにフィリピン海プレ-トの運動方向が北から北西に変化し、太平洋プレ-トの沈み込み帯が大陸方向に移動して、東日本は東西に圧縮されて隆起し、奥羽山脈や北アルプスなどが形成されました。同時に東日本と西日本の間に伊豆小笠原の火山島が次々と同一地点で衝突し、関東平野が出現し、東日本と西日本が合体して日本列島が誕生したのです。

 大陸から分裂したときの亀裂は絶壁となり、日本海側の切り立った海岸にその面影が残っています。亀裂には金の鉱床が形成され、佐渡の金鉱となっています。日本海沿岸部に深い亀裂が残ったため、富山県沿岸部では深海生物であるホタルイカが獲れます。紀伊半島には火山がありませんが、カルデラ噴火口跡に沿って花崗岩質の巨岩や温泉が環状に点在しています。巨石は神社で信仰の対象になっています。丹沢山地や伊豆半島は、火山島の連続衝突により供給され、富士山が誕生し、高山の風化や河川による浸食作用で関東平野が形成され、広大な稲作地帯となりました。伊豆の相模湾や駿河湾には食い込んだ海溝があり、金目鯛などの美味な深海魚が生息しています。東西圧縮により隆起した東日本の奥羽山脈や南北アルプス山脈は、温帯地域としてトップクラスの降水量をもたらしました。北海道には日高山脈が形成されました。急な清流には、アユなど川底の石についた苔を食べる魚が生息しています。急流の軟水によって昆布の出汁は風味を増します。日本の位置と複雑な地形が、四季、絶景、温泉、豊かな水と生態系を生み出し、日本の和食文化を生み出しました。プレ-ト運動により、日本人は数々の災害を受ける一方で、豊かな自然の恵みを享受できるようになったのです。

和食の旨さはマグマのおかげ?

4月22日午後10時にNHKのEテレで又吉直樹のヘウレーカ「和食の旨さはマグマのおかげ?」が放映されました。神戸大学の地質学者の巽(たつみ)好幸教授が、大引伸昭調理師の和食を食べながら、和食の恵みは日本が火山列島であることに起因していることを説明しました。巽教授は、海底の地質調査により巨大噴火を予測する研究をされていますが、美食地質学を提唱しています。
日本は軟水でフランスは硬水です。水質の違いは食文化に大きな影響を与えます。フランスはチキンスープ、日本は昆布だしを愛好しています。その理由を実験で説明しました。
硬水で加熱すると、肉のタンパク質とカルシウムが結合して灰汁(あく)となり、肉の臭みを除去することができます。しかし硬水は昆布の表面にアルギン酸カルシウムの膜ができて昆布の旨みが十分抽出できません。お米は軟水で炊いた方がふっくらします。
日本の河川は100km程度、フランスの河川は1000km程度あります。日本の河川は急勾配なので、岩石中のカルシウムが水に溶け込む時間が少ないので軟水になります。硬水は1リットル中に1.4gものミネラルを含みますが、軟水は0.4gしか含まれていません。
日本列島は3000万年前に大陸から分離を始め、300万年前から山脈が形成されました。年間数mm程度の隆起速度で1万mもの高さになりますが、風化で3000m級の山脈になったようです。これが日本の水質を決めました。
ホタルイカが採れるのは富山湾が1000mもの深海だからですが、日本列島の形成に起因しています。日本近海で寒流と暖流がぶつかるために魚種の多い漁場が形成されました。
蕎麦の名産地と火山帯は重なります。蕎麦は寒冷で痩せた火山灰土でよく育つからです。縄文人は津波を避けるために、丘陵の端に住んでいました。弥生人は稲作をするために海辺の平野に住んでいました。弥生遺跡には津波の跡が見られます。
日本人は自然の試練と恩恵を受けてきました。自然災害に直面してきたから、日本人は無常観を基調とする仏教を受け入れてきたのかもしれませんね。