4.どうしてそれらの元素は生物の必須元素になったのでしょうか?

それは生物の生きていた環境に利用しやすい形で存在していたからだと考えられます。古代の生物は、海水中に生息していたため、海水によく溶けている元素を利用して進化してきたのでしょう。古代の海洋環境から、海水に溶けていた元素を推定できれば、生物進化の手がかりを得ることができます。
太古代(40億年前~25億年前)は大気も海洋も還元的で、海底にはFeSなどの硫化物が豊富でした。初期の生物は38億年前には存在していたので、硫化物環境で得られる元素を利用したと考えられます。原生代(25億年前~5億年前)初期には、シアノバクテリアが酸素を放出し、大量の鉄酸化物が堆積しました。それによって大気中の酸素濃度は現在の1%程度に増加し、海洋は少し酸化的になりました。顕生代(5億年前)以後は、植物が誕生したことで酸素濃度が劇的に増加し、海洋は酸化的で、海底にはマンガン酸化物などが形成されました。現代型生物は酸化的な環境で得られる元素を利用したと考えられます。
特に22億年前の全球凍結が急速な温暖化によって解除されたとき、花崗岩の風化が進み、海洋のリン濃度が上昇しました。それによってシアノバクテリアが増殖し、大量の酸素を放出したと考えられています。当時の海洋には鉄分が少なく、海底にはマンガン酸化物が堆積し、海洋は急速に酸化的になったと考えられています。その後オゾン層が形成され、紫外線を免れた植物が上陸し、石炭紀には裸子植物の森により現在よりも高い大気酸素濃度が実現されていました。

微量元素の挙動評価には、さまざまな化学環境下における吸着挙動を理解することが重要です。昨年、東京大学の高橋嘉夫教授らは、放射光(XAFS)による測定からW(タングステン)とMo(モリブデン)では、酸化的な海水底にあるFe-Mn酸化物との結合形態に違いがあることを見出しました。WO4^2-はFe-Mn酸化物の表面に内圏錯体として強く結合するために、酸化的な海水中のW濃度は小さいです。一方MoO4^2-はFe-Mn酸化物の表面に外圏錯体として弱く吸着するために、酸化的な海水中のMo濃度は大きくなるというのです。一方、天然試料や室内分析から、還元的な海洋では、FeSが沈殿しており、MoはFeSに吸着しやすいですが、WはFeSに吸着しにくく、Wイオンとして海中に溶けることが分かりました。高橋教授らは、生物にとって、酸化的海洋ではMoの方がWより利用しやすいが、還元的な海洋ではWの方がMoより利用しやすかったと結論しました。現代生物にとってMoは必須元素で、Wは毒性元素となりました。しかし古代生物にとってはWが必須元素で、Moが毒性元素であった可能性があります。

高橋教授らは、酸化的な海水おいてFe-Mn酸化物に接する海水への溶解度が小さい順に各元素を並べました。以下にそれらを4つに分けて表示します。

1)海水に殆ど溶けない元素(酸化的な海水)
・溶解度[10^-10]<Pb<Co<[10^-9]<Mn=Ce=Te<[10^-8]
 CoとMnは微量必須元素である。PbとTeには毒性がある。
セリウム(Ce)酸化物は研磨剤に使われ、毒性はない。
 
2)海水に溶けにくい元素
・溶解度[10^-8]=La=Fe<Ho<Er<Zr<Tl=Cu=[10^-7]
・溶解度[10^-7]<Al<Ni<Zn<Be=W=[10^-6]
 FeとCuとZnは微量必須元素である。Tl、Al、Be、Wには毒性がある。

3)海水に溶けやすい元素
・溶解度「10^-6]<P=V<Sb<Ba=Cr=[10^-5]
・溶解度[10^-5]<As<Cd<Si<Se<[10^-4]=Mo<U<<[10^-3]
 Pは多量必須元素、Cr、Se、Moは微量必須元素である。
Sb、Ba、As、Cd、Uには毒性がある。
Vを必須とする動物がいる。Siは血管や腱に含まれ、有用元素の指摘もある。

4)海水によく溶ける元素
・溶解度[10^-3]<<Sr<Ca<[10^-2]<B<Li<K=[10^-1]=Mg<S<Na<[1]<Cl<Br
 Caは多量必須元素、K、Mg、S、Na、Clは少量必須元素である。
Brは存在量が少なく気化しやすいので、海水によく溶ける元素には有害なものはない。
SrとBとBrを必須とする動物がいる。Brはショウジョウバエで必須(2014)
Bは植物の必須元素。Naに関しては、NAD-ME型のC4植物で必須性が証明されている。
 Liは人体に極微量含まれ、有用元素の指摘もある。

以上の結果から分かること
・微量元素は海水に溶けにくい元素であり、生物が入手困難な元素である。
・多量元素や少量元素は海水に溶けやすく、生物が入手容易な元素である。
・海水に溶けやすい元素に有害なものはない。
・Co、Mn、Feは溶解度が極めて小さく、入手困難な元素である。
・Pは多量元素であるが、溶解度が小さく、入手が容易ではない。

化学種の置かれている環境や化学種の存在形態によって、環境中の存在場所と存在量、移動速度が異なります。地球分子化学では、個々の元素について、そのミクロな性質から環境中の分布量や変化速度などのマクロな性質を解き明かします。細菌はミクロな性質を変えて環境にマクロな変化を引き起こしてきました。植物は、環境に物質を放出して必要な元素のミクロな存在形態を変えて吸収し、環境にマクロな植生変化を生じさせます。例えば、日照りが続くとFeがFe(OH)3という不溶性物質になるので、植物は利用できなくなります。大麦はムギネ酸を生合成し、土壌中に分泌することで、Feとムギネ酸の錯体を形成し、水に可溶化してFeを吸収しています。

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