Alは植物にどんな問題を引き起こしているのでしょうか?

Alは土壌中の希少なリン酸とキレ-ト結合して[Al≡PO3]の非可給態にします。つまりAlはリン酸基O=P(OH)2の2つのOH基の酸素に挟まれて結合します。あるいは種子に含まれるフィチン酸は、6つのリン酸を含みますが、そのうち4つのリン酸がAlとキレ-ト結合し、難分解性の不溶態[4Al≡フィチン酸]を形成します。糸状菌は、フィタ-ゼという酵素でフィチン酸を分解し、植物にPを供給する手助けをします。しかし糸状菌は[Al≡フィチン酸]を分解することはできません。つまりAlはキレ-ト結合してAl≡PO3を形成し、植物がPを吸収するのを妨げているのです。植物は根からクエン酸などを放出して、リン酸を得ます。

  • [Al≡H2PO4] + クエン酸 → [Al≡クエン酸] + H2PO4

リン酸の拡散係数は小さく、同じ土壌において硝酸イオンが1日に3mm拡散するのに対して、リン酸は0.13mmしか拡散しません。従って植物の根の周りはPが欠乏しています。菌体は植物よりP濃度が25倍高いです。植物は根から糖を分泌し、根の周囲に菌体を引き付け、菌遺体のPを吸収します。

植物はどのようにして難分解性の腐植を分解するのでしょうか?

植物の根の細胞壁はAlと結合することができます。例えば

  • [Al≡有機物] + 根細胞壁 → Al≡根細胞壁 + 有機物

といった反応により、有機物が遊離します。細菌やカビには有機物を摂取する口がありません。細菌は外部に酵素を分泌して、有機物を分解して、吸収します。Alと結合した根細胞は脱落し、根の先端のムシゲルに堆積します。これはやがて細菌のエサになります。

根の細胞壁がAlと結合する理由

植物の細胞壁にはヘミセルロ-スが含まれており、多糖類鎖にはフェノ-ル基を有するフェルラ酸などがあり、フェルラ酸同士の結合により多糖類鎖同士が結合しています。隣接するフェルラ酸の2つのフェノ-ル基はAlをキレ-ト結合します。植物の細胞壁に含まれるポリ・ペクチン酸にはカルボキシル基があり、これもAlとキレ-ト結合します。

難溶性の腐植から有機物を遊離させるもう一つの方法は有機酸を使う方法です。植物の根からは有機酸が分泌されています。例えば

  • [Al≡有機物] + クエン酸 → [Al≡クエン酸] + 有機物

といった反応により、有機物が遊離します。遊離した有機物は細菌によって分解されて、植物の養分になります。植物の根から分泌されるクエン酸やシュウ酸やリンゴ酸もAlとキレ-ト結合をします。

植物はどうやって[Fe3+≡リン酸]からFeやリン酸を吸収しているのでしょうか?

野菜は被子植物です。被子植物には双子葉植物と単子葉植物があります。進化的には単子葉植物の方が新しいです。単子葉植物は、草食動物に対抗するために、成長点が低く、種子に養分を集中させています。単子葉は、養分が少なく、ガラス質で消化され難い特徴があります。

双子葉植物には、細胞壁の内側の細胞膜にFe3+をFe2+に還元する膜タンパク質酵素があります。

[Fe3+≡リン酸] + 膜タンパク質酵素 → Fe2+膜タンパク質酵素+ リン酸

となり、還元されたFe2+は根の表皮細胞の膜輸送タンパク質で細胞内部に輸送されます。

Feの還元力は、リン酸があり、鉄欠乏の条件で発揮されます。

単子葉植物の場合は、根からネムギ酸などの有機酸を放出して、水溶性の[Fe3+≡ムギネ酸]の形にして細胞内に吸収します。

但しマメ科のル-ピンは、クエン酸を使って、Feを吸収します(1983年ガ-トナ-)。双子葉のキマメ(樹豆)は[Fe3+≡リン酸]を利用し、イネ科のソルガム(雑穀)は[Ca2+≡リン酸]からリン酸を得ます。

土壌中でAlはどんな働きをしているのでしょうか?

アルミニウムイオン(Al3+)は価数が3価と大きいので、植物には有害です。Alは植物を構成するのに必要な元素ではありません。しかしAlは土壌中で重要な働きをしています。

1.Alは粘土に不可欠な元素

岩石の50%~70%は石英(SiO2)、15%はアルミナ(Al2O3)、残りはFe2O3やK2Oです。だから物理風化で細かくなった一次鉱物はSiAlFeKを含みます。さらに植物にKを奪われ、化学風化を受けて結晶化した二次鉱物はSiとAl(あるいはFe)を含んでいます。つまり粘土はAl2O3とSiO2から出来ており、Alは粘土に不可欠な元素なのです。

2.Alは土壌のミネラルを保持する

Alは正8面体のシート、Siは正4面体のシート構造を形成しています。例えば代表的な粘土鉱物であるカオリナイトは、Alシ-トとSiシ-トが1:1、スメクタイトは2:1に積み重なった構造をしています。粘土鉱物のAl3+がMg2+やCa2+に置き換わることで、結晶表面はマイナスに帯電(但し側面はプラスに帯電)します。これによって粘土はK+やMg2+やCa2+などの陽イオンを引き付け、CEC(陽電荷交換容量)を得ます。ちなみにカオリナイトのCECは3~15meq/100gであるのに対し、スメクタイトのCECは80~150meq/100gもあります。ここでmeqはミリ・エクイバレント(当量)と読みます。つまりAlのおかげで土壌は養分を保持できるのです。

3.Alは腐植を作り、土壌の有機物を保持する

私たちがよく目にする黒ぼく土は、火山灰なので、粒子が細かいために、多くのSiとAl(Fe)が溶出しています。ところでイネやススキなどのイネ科の植物の葉の縁はSiO2のガラス質で鋭くなっています。イネ科植物は大量のSiとKを吸収するので、土壌中に多くのAlが遊離します。一方有機物には大量のカルボキシル基が含まれています。2つのカルボキシル基の酸素はAlを挟み込みキレ-ト結合をします。つまり遊離したAlは有機物と強固に結合し、 [Al≡有機物]を形成します。これは難分解性の不溶態で、有機物を分解され難く、隙間が多い三次元構造にします。これが腐植と呼ばれる黒褐色の有機物です。つまりAlは土壌の有機物(腐植)を長期間保持する働きがあるのです。

菌遺体に含まれるたんぱく質には粘着性があり、土壌を団粒化します。一方、糸状菌は菌糸の耐水性を高めるグロマリンという不溶性タンパク質を分泌しています。団粒構造が安定に保持されるのは、糸状菌の遺体が団粒構造に耐水性を与えるためです。

ちなみに腐植のCECは30~280meq/100gと幅が広く大きいです。腐植にはカルボキシル基が多く含まれているため、負に帯電しています。カオリナイト土質の場合は、腐食を含む堆肥を入れると、CECが増大するので、作物の収量増加が期待できそうですね。

持続的な農業を実現するにはどうしたらいいのでしょうか?

持続的な農業

自然界の生物は、捕食者(動物)、生産者(植物)、分解者(菌類)の三者から成ります。菌類は主に土壌に生息し、全ての生物の遺体を食べるために分解し、土壌に養分を与えています。植物は、光合成で糖を作り、根から菌類が生成した養分(NPKなど)を吸い上げて、タンパク質を作ります。植物には筋肉はありませんが、様々な化学物質を細胞内で合成するための酵素(タンパク質)が必要なのです。自然界の持続的活動は、三者の生物がバランスし、物質が循環することで成り立っています。農業を持続的に実施するためには、自然界のバランスや循環を維持しなければなりません。

慣行農法

植物を土に植えて、化学肥料と水をやれば、植物は成長します。しかし化学肥料は石油や鉱物資源により生産されるので持続的ではありません。また土壌には養分が残留しているので、化学肥料を施肥してよい栄養バランスの土壌を実現することは容易ではありません。過剰に施肥すると害虫が発生します。化学肥料だけでは、連作障害が発生しやすいため、様々な除草剤や農薬を使用することになります。化学肥料を用いた慣行農法では健康な土壌ができず、長期的には土壌の劣化や流出を引き起こします。

農業は土作りだと言われます。なぜなら健康な土壌に、健康な作物が育つからです。土壌は、鉱物(粘土と微砂と砂の混合物)と有機物(生物の遺体の分解物)と土壌生物(細菌、カビ、土壌動物)から成ります。健康な土壌には3つの条件が必要だと言われています。

<健康な土壌の3条件>

1.物理的に団粒構造があり、通気性(水はけ)と保湿性が保たれている。

2.化学的に豊富なNPKやミネラルのバランスが取れ、弱酸性である。

3.生物的に細菌やカビや土壌生物の多様性が保たれ、病害が抑制されている。

土壌の団粒構造を実現するには腐植、すなわち糸状菌が放出するグロマリンが必要です。化学肥料では土壌微生物は育たないので、土壌の団粒構造ができません。そうすると乾燥に弱く、流出し易い土壌になってしまいます。土壌が固くなれば、作物の根はりが悪くなり、養分を吸収できる範囲や吸収率が低下して、作物の品質や収量が低下してしまいます。

有機農業

畑から作物を収穫すると、その分養分が減ってしまいます。持続的に収穫するためには、堆肥を施肥して、養分を補給する必要があります。これがいわゆる有機農業です。堆肥には、多くの炭素と少量の窒素やリンや硫黄などの成分が含まれています。堆肥は土壌生物のエサになります。堆肥を用いた方が土壌生物の多様性が保たれるので、病害を抑制しやすいのです。堆肥は有機態窒素を含むので、日照の少ない冬作物用の肥料として優れています。通常、堆肥を施肥するときには、土壌と混ぜて耕起します。耕起を避けて、最小限に施肥する人もいます。

「土・牛・微生物」(原題Growing a Revolution)

本書は地形学者のデビット・モンゴメリ—が、世界各地を飛び回り、不耕起農法で肥沃な土壌を作った農民たちと出会う旅の物語である。本書は324ページで13章からなる。取材時の様子が文学的に描かれている一方で、巻末には約300編の引用論文が記載されており、内容は極めて科学的である。博士は、米国で起こった不耕起栽培農家を取材し、不耕起栽培こそが環境保全型農業を実現することを示し、この農業革命が成功するための三原則を提案した。日本も不耕起栽培を深く学び、慣行農業を大きく転換することが望ましい。

 Dr. David R. Montgomery

農耕の歴史

これまでの農耕の歴史を振り返ると、革命的技術として、第一は犂(すき)と畜力の農耕、第二は輪作と堆肥の利用、第三は機械化と工業化、第四は化学肥料と遺伝子技術の導入が挙げられる。モンゴメリ-博士が提案するのは、第五の農耕革命である「土壌生物と共生する農業」だ。

耕起の弊害

私たちは、農業とは田畑を耕すことだという固定観念を持っている。耕起の主な目的は雑草を除去することである。雑草は作物から光と栄養を奪うからである。しかし耕起は、短期的には作物の養分を増やすが、長期的には土壌を乾燥させ、養分と微生物を失わせてしまう。これまでの文明社会が滅亡した原因は、耕起による土壌流出である。

耕起の発明は土壌の生産と浸食の均衡を根本的に変化させた

土壌流出

私たちは土壌流出や劣化にあまり馴染みがない。日本は雨が多く、本州の土壌は比較的安定しているからである。しかし世界の土壌劣化は著しい。中国は全部、アメリカではフロリダ半島付近以外の土壌は、全て劣化している。慣行農法では1年に1mmの厚さの土壌が失われるので、300年で殆どの斜面から表土は失われる。しかもトラクタ-の発達によって、牛や飼葉や牧草地が要らなくなり、畜糞による肥沃化もなくなった。

不耕起栽培の発端

アメリカで不耕起農法に関心が集まったのは、皮肉なことに1965年にパラコート(paraquat)という除草剤が販売されたからである。除草剤があれば耕起しなくても除草できる。不耕起だと、雨水がよく地面に浸透し、作物が干ばつを乗り切れる耕運機の燃料代が少なくて済む。作物の切り株を残すと、肥料の出費も少なくなることに気づいた。毎年7万台以上売れていた犂は1991年には1500台になった。1970年にモンサント社がラウンドアップ除草剤とグリホサ-ト耐性をもつ作物を開発したことで、不耕起栽培の採用に拍車がかかった。すると農家は残りの二つの原則も受け入れ始めた。そのうち除草剤や農薬がなくても十分な収量が得られることが分かり、不耕起栽培が環境保全型農業として確立した。

不耕起栽培農地の面積

不耕起栽培が実施されていた面積は、1970年には300万haに満たなかったが、2013年には15700万haを超えた。これは世界の耕地の11%である。その42%が南アメリカで34%が北米とカナダである。2013年現在アメリカ国内の耕地面積の21%(3560万ha)が環境保全型農地になっている。他の地域ではまだ数%程度である。

不耕起栽培の三原則

モンゴメリ—博士は、数々の不耕起栽培農場の視察と膨大な科学技術文献から、土壌生物と共生する農業が成功するための三原則、すなわち

1)不耕起、2)被覆作物、3)多様性輪作

を導き出した。被覆作物と輪作を利用する農法は古くから知られていたが、犂で耕起していたために持続可能な農業ではなかった。この三原則すべてに従えば、慣行農業より少ない投資で同程度以上の収量が得られるという。この不耕起栽培は、化学肥料、農薬、燃料の使用を大幅に抑制できるからである。この三原則のどれか一つでも満たさなければ、有機農業といえども、土壌は疲弊し、収量は低下してしまう。

被覆作物

被覆作物には複数のマメ科の植物とそれ以外の植物を用いる。例えばトウモロコシ畑に大豆を混作する。被覆作物は、土壌を守り保湿するマルチング効果だけでなく、菌根菌を通じて土壌に養分を与える効果があるという。土壌の炭素量を高めるためには、上から下への土づくりが欠かせない。菌根菌は植物の根とつながることで、植物は広い範囲から養分を吸収することができる。

多様性輪作

多様性のある輪作は、連作障害や病害虫から作物を守る効果がある。多様な植物で覆われていると安定した自然状態に近づく。トウモロコシと大豆の輪作は、トウモロコシに窒素肥料を大豆に炭素肥料を与える。化学肥料は微生物の餌にはならないが、炭素肥料は植物と共生する微生物の餌になる。輪作作物の残渣は、空気中のCO2の炭素を土に戻すことになる。イネ科植物は、菌根菌の作用によって、大豆にリンを与えている。ソバのような被覆作物の根は、枯れた時に酸を出し、リンの可溶化を助ける。ソバは種を付ける前に刈り取る。

有機物0.5%の灰土と有機物8%の黒土

牛と菌根菌

牛には収穫後のトウモロコシの株や被覆作物を食べさせる。牛の放牧は土地を痩せさせると言われているが、牛を適度に移動させれば、土地を肥やすことができる。植物は、牛などに葉を食べられると、糖を含む根滲出液を菌根菌に与えるからである。その代わりに菌根菌は植物に防虫剤を与えている。被覆作物の根滲出液は土壌の有機物含有量を増やし、他の微生物の栄養となる。菌根菌は植物に無機の微量元素も与えている。土中のリンはアルミと結合し不水溶性塩になっているが、菌根菌やある種の細菌は、糖液と引き換えに、酸でリンを可溶化して、植物に供給する。耕起は菌糸を切り刻むので、植物の根とのつながりを壊してしまう。

グロマリンによる土壌の団粒化

菌根菌は、菌糸の水漏れを防ぐためにグロマリンという物質を放出する。グロマリンは1996年に米国のサラ・ライト博士(女史)によって発見されたタンパク質である。グロマリンは防水性接着剤の性質をもち、土壌の団粒状態を固定する働きがある。菌類は成長するのに団粒構造を必要とする。グロマリンで固定された団粒は水に浸されても崩壊しないため、菌類の生活環境を守る。健康な土壌の物理的構造は生きた生物によって作られることが証明されたため、グロマリンの発見は日本の不耕起栽培家たちにも大きな希望を与えた。

グロマリンの発見者のサラ・ライト博士

化学肥料の問題点

農地を耕起したため、この100年間でアメリカの土壌の有機物量は6%から3%未満に低下した。耕起すると有機物が酸素に触れてCO2に分解するからである。有機物が減ると乾燥と浸食が増え、災害に弱くなる。痩せた土地で作物を作るために、化学肥料を投入した。化学肥料メ-カは独占企業である。コ-ク社(窒素肥料)やモザイク社(リン酸塩)は望み通りの値段を付けて販売している。農民の稼ぎの殆どは、肥料や農業機器メーカの利益になってしまうため、肥料の販売人は麻薬の売人に例えられている。施肥した窒素とリンの半分は湖沼に流れ込み環境破壊をもたらす。化学肥料は土壌を酸性化させ土壌生物が棲めない環境にしてしまう。

熱帯地方の取り組み

熱帯地方は動植物の種類が多く、環境保全が必要である。しかし熱帯地方は、地温が高くなり、有機物の分解速度が速いため、土壌に有機物が蓄積しにくい。バイオ燃料用の穀皮などの農業廃棄物を低酸素条件下で加熱することで作られるバイオ炭は、多孔質なので、土壌に入れることで、pHや土質を改善し、微生物の生息地となる。土壌中の重金属を吸着し、重金属が植物や水源に入らないようにするのに役立つ。

不耕起栽培が普及しない理由

慣行農法で訓練されてきた人は、やり方を変えたくない思いがある。商品作物中心の補助金と価格維持は単一栽培や単純な輪作に有利である。作物保険制度があると、農家は被覆作物を栽培したがらない。一番の問題は慣行農法に対する政府の補助金である。政府は三年間の土づくりの期間、農家を支える政策をとるなどして、作物保険制度と補助金を土壌の健康を増進するように変えることが望ましい。

街を活性化させる不耕起栽培

ブラント氏は1万エ-カ(4000ha)の農地を取得したら、それを小さく分割し、若い農家に経営させたいと述べている。不耕起栽培は、初期投資や維持費用がかからないので、小規模でも利益が出る。小規模農家が復活すれば、アメリカの小さな街が再活性化すると考えている。環境保全型農業の普及には、若者をよく教育し、農場後継者を探している年配農家とつなげるプログラムが必要であるという。日本でも慣行農業は労働時間が長く若者には人気がない。不耕起栽培は労働時間が大幅に削減できるので、若者に人気がでると思う。不耕起栽培が普及すると、慣行農業に資材を売る人が得ていた利益は、農民に還元されるだろう。

植物の細胞壁の構造はどうなっているのでしょうか?

植物の細胞壁は、セルロ-ス、ペクチン、ヘミセルロ-スなどの繊維が架橋性多糖やタンパク質で絡み合い、リグニンで固化された構造をしています。強固な細胞壁のおかげで植物は起立しています。そのためよくセルロ-スは鉄筋、ペクチンはコンクリ-トに例えられますが、細胞壁は生きた組織です。なぜなら細胞壁の中には様々な酵素タンパク質が含まれており、細胞の中で起こる生命活動に深く関わっているからです。

セルロースやペクチンは糖の鎖です。セルロースとはD-グルコースという糖がβ-1,4-結合で長く結合した高分子です。グルコ-スにはα型とβ型があります。各々の OH 基のグルコ-ス環に対する上下関係で区別します。C1とC4に結合したOH基がグルコ-ス環に対して同じ側に突き出しているのがα型です。αグルコ-スが鎖状に結合すると水素結合のせいでラセン型のアミロ-ス(デンプン)になります。アミロ-スはマルト-ス(麦芽糖)が重合した構造をしています。βグルコ-スが鎖状に結合するとシート型のセルロ-スになります。セルロ-スはラセン型でないので、ヨウ素デンプン反応を示しません。セルロ-スはセルビオ-スが重合した構造をしています。セルビオ-スは2つのβグルコ-スの片方が裏返されて結合しています。面白いですね。

セルロースの構成する細胞壁繊維は微繊維の集合体から成ります。微繊維は結晶性ミセルが数個集まった構造で直径は30nmです。結晶性ミセルはセルロース分子40本が水素結合で束ねられた構造体(直径5nm)です。微繊維間隙幅は10nmで、この空隙にはキシログリカンなどのヘミセルロースが満たされており、微繊維間の構造的強度を高めています。

図1に植物の一次細胞壁の構造モデルを示します。色とりどりの●と■は多糖類を構成する糖残基を示しています。一次細胞壁は、結晶性のセルロース微繊維がヘミセルロースにより架橋された網状構造が骨格となり、その隙間を巨大分子であるペクチンが埋める構造モデルが広く受け入れられています。

セルロース微繊維は、細胞膜上のセルロース合成酵素により合成されます。合成酵素は細胞内の表層微小管に沿って動くため、微繊維の向きは表層微小管により決定されます。ヘミセルロースやペクチンは、ゴルジ体内で多数の膜貫通型の糖転移酵素の働きで合成された後、膜交通を介して細胞壁中に分泌されます。細胞壁中では、それぞれXTH(=Xyloglucan endoTransglucosylase/Hydrolase)やPME(=Pectin Methyl Esterase)などによる修飾を受けながら、細胞壁の高次構造に組み込まれます。

図2にエンド型キシログルカン転移酵素・加水分解酵素(XTH)による細胞壁中のキシログルカン架橋のつなぎ換え反応による細胞壁再編モデルを示します。つなぎ換え反応の際に切断されるキシログルカン鎖(供与鎖)を青色,つながれるキシログルカン鎖(受容鎖)を赤色で表示しています。細胞壁が伸展するのは、XTHによるつなぎ換え反応により、一次細胞壁のセルロースとキシログルカン網状構造の再編が起こるからです。

ペクチンはポリ・ガラクツロン酸の重合体です。ガラクツロン酸(galacturonic acid)はガラクトースが酸化されたウロン酸です。ガラクトースはC2とC5のOH基が同じ方向を向いている糖です。C5にCH2OHがついているのがガラクトースで、C5にCOOHがついているのがウロン酸です。ちょっとした違いですが、糖鎖の化学は立体異性体の区別が難しいです。

図3にペクチン・メチル・エステラーゼ(PME)による脱メチル化を介したホモガラクツロナン(=HG)のカルシウム架橋の形成モデルを示します。

ペクチンの全ドメイン内で最も大きな領域を占めるHGドメインは、ガラクツロン酸がα-(1→4)-グリコシド結合した直鎖状の多糖として細胞内のゴルジ体で合成されると同時に、ガラクツロン酸残基中のカルボキシル基がメチルエステル化され、電荷をもたない状態で細胞壁中へ分泌されます。一方、PMEは不活性な前駆体(Pro-PME)としてゴルジ体を経て分泌される過程で不活性化ドメイン(PMEI)が切り離され、活性型PMEとなります。 メチルエステル化されたMe-HGは細胞壁中に分泌された後、PME酵素により脱メチル化されます。脱メチル化されることで、HGはCaイオンを介して高度な分子間架橋を形成してゲル化し、植物の細胞に強度と柔軟性を与えます。ペクチンのRGIIドメインは側鎖中のアピオース残基のジオール基間で、ホウ素(B)を介して分子間架橋を形成します。つまりCaやBが植物の必須元素である理由のひとつは、細胞壁を形成するのに不可欠な元素だからです。

ヘミセルロースはキシランやマンナンのほか、グルコマンナンやグルクロノ・キシランなどのような複合多糖もあります。ヘミセルロースは結晶性セルロース微繊維同士の凝集を防ぎ、細胞壁の伸展性を高めています。また化学的に安定な結晶性セルロース微繊維の表面を多様な分子種からなるヘミセルロースで覆うことで、化学反応を伴う細胞壁の形質変化を可能にしています。

多くの被子植物の細胞壁はタイプIと呼ばれ、セルロース、ペクチン、キシログルカンが多く含まれています。イネ目の細胞壁はタイプIIと呼ばれ、セルロース、キシラン、βグルカンが多く、ペクチンやキシログルカンが少ないです。タイプIIではタンパク質含量が低く、代わりにフェノール酸の架橋がその役割を果たしています。

参考文献 横山隆亮他、化学と生物53巻No.2 P107-114 (2015)「植物細胞壁: 高次構造の構築と再編」、東北大学大学院生命科学研究科

植物はどうやって光合成をするのでしょうか?

植物は葉緑体の細胞膜に埋め込まれた、PSⅡ、シトクロム、PSⅠの膜タンパク質複合体でATPを生産し、ATPと細胞質にあるカルビン回路を使って、光合成をおこないます。太陽光を吸収したクロロフィルaは電子を放出し、その電子を順次伝達していく過程で、H+を汲み上げ、次のカルビン回路に必要なATPとNADPHを合成します。電子を失ったクロロフィルaは、水の分解で生じた電子を補填されます。水の光分解は、葉緑体のチラコイド膜に埋め込まれた光合成系(PSⅡ)で行われます。

下図はチラコイド膜の側面から見たPSⅡ膜タンパク質複合体の構造図です。PSⅡ複合体は、対称軸の両側にCP41・D1・D2・CP47の構造を有するタンパク質の二量体です。反応中心は、チラコイド内腔(ル-メン)とチラコイド膜の境界(下面)にあります。右側は水分子の分布図です。膜は疎水性なので水は少ないです。反応中心でチラコイド・ル-メンの水を分解しています。

植物はPSⅡ複合体に結合したマンガン(Mn)クラスタ-で水を光分解しています。

  • 2H2O + hv → O2 + 4H+ +4e

これによって、チラコイド内腔のH+濃度を高め、H+がATP合成酵素を通過し、ストロマ側でATPが生産されます。発生した酸素は葉の気孔から放出されます。植物が放出する酸素は、CO2ではなく、根から吸収したH2Oの酸素に由来しています。

Mnクラスタで生じた電子は、チロシン基(Tyr)を経由して、光励起時に電子を失ったクロロフィルa(P680)に供給されます。P680とは680nmの波長光を吸収する色素(Pigment)のことです。P680が光励起された後にMnクラスタから電子が供給されることは重要です。もしも逆だと、発生した電子がMnクラスタ近傍に貯まり、酸素と結びついて活性酸素を生じさせてしまうからです。

P680が放出した電子はフェオフィチンPhe(Pheophytin)、QA、QBの順に受け渡されていきます。Pheはクロロフィル分子からMg2+がとれてH原子2つと置き換わったものです。

QBのプラストキノン(PQ)はチラコイド膜中で自由に動くことができます。このPQはストロマ中の2個のH+を取り込んでジヒドロ・プラストキノン(PQH2)、つまりキノ-ルになります。

PSⅡから飛び出したPQH2は、シトクロムb6/f複合体に電子を渡します。この複合体から再び電子はプラストシアニン(PC)へと渡され、チラコイド内腔を拡散し、光合成系Ⅰ(PSⅠ)に入っていきます。このシトクロムb6/f複合体においてPQH2からPCへの電子伝達で0.4eVのエネルギが生じます。このエネルギでストロマからチラコイド内腔にH+をくみ出しています。

光合成系Ⅰ(PSⅠ)

シトクロム複合体によって還元されたPCは、PSⅠの反応中心にあるクロロフィルP700(吸収波長700nm)に電子を渡します。PSⅠ複合体は数十種のサブユニットから構成され、集光性タンパク質複合体LHCⅠ(Light-Harvesting protein Complex)が光を吸収すると、反応中心のP700が励起され電子を放出します。チラコイド膜上で、それぞれの反応中心を取り巻くように多くのLHCが存在し、太陽光を集めて反応中心に供給しています。

電子は、P700→A0(1分子クロロフィル)→Q(フィロキノン)→Fx→FA・FB(Fe-Sタンパク質)という順に伝達され、フェレドキシン(FD)(Fe-Sタンパク質)に渡されます。電子はストロマの補酵素2NADP+(ニコチン酸アミド・アデノシン・ジヌクレオチドリン酸)に移り、FAD(フェレドキシン-NADP+ レダクターゼ)の助けを借りて2NADPH2+が作られます。電子を失ったP700は、PCから再び電子を受け取ります。

ATPにエネルギが貯えられるとはどういうことでしょうか?

ATPが加水分解するときに自由エネルギが放出されるということです。しかしこれはリン酸同士の結合にエネルギが貯えられているのではありません。さらに注意すべきことは標準状態の自由エネルギ変化値は、細胞内での値とは異なることです。大抵の細胞では、ADPよりATPの方がずっと濃度が高いので、生理的な条件下では標準状態の2倍の自由エネルギが得られます。

ATP(アデノシン三リン酸)はリン酸基を3個もっています。それらは内側からα、β、γと名付けられています。ATPが加水分解により、γリン酸を失い、ADP(アデノシン二リン酸)と無機リン酸Piになるとき-7.3kcal/molの自由エネルギが生成します。どこのリン酸結合が切れても同じ自由エネルギが生成しますが、AMP(アデノシン一リン酸)からαリン酸を加水分解するときには、-3.4kcal/molの自由エネルギしか生成しません。

pH7のとき、ATPは4個の負電荷をもち、それらは近接して反発しています。加水分解すると、

  •  ATP4- + H2O → ADP3- +HPO42-

に分かれ、電気的反発のひずみが緩和され、HPO42-は共鳴混成体をつくり安定化します。電子濃度が高い酸素イオンの配置が異なる4つの状態が共鳴します。

ATPの加水分解時の標準状態の自由エネルギ変化

・ΔG⁰=-7.3kcal/mol

です。ΔG⁰はATPやADPやPiが標準状態、すなわち各濃度が1M(=mol/L)のときの自由エネルギ変化です。細胞内では、それらの濃度は異なっており、通常1Mより遥かに低い濃度です。細胞内での自由エネルギ変化は

  •  ΔG=ΔG⁰+RT・ln{[ADP][Pi]/ [ATP]}

で与えられます。細胞内での典型的な濃度は

  • [ADP]=60μM、[Pi]=5mM、[ATP]=5mM

ですので、

  • [ADP][Pi]/ [ATP]=60μM・5mM/5mM=6×10—5M
  • ΔG=ΔG⁰-6.0kcal/mol=-13.3kcal/mol

となります。大抵の細胞では、ADPよりATPの方がずっと濃度が高いので、生理的な条件下では標準状態の2倍の自由エネルギが得られます。逆にこの程度の影響しかないと捉えるのであれば、細胞内での非平衡性は比較的小さいと考えられます。

ちなみに平衡状態では

  • ΔG=ΔG⁰+RT・ln{[ADP][Pi]/ [ATP]}=0

より、

  • ΔG⁰=-RT・ln{[ADP][Pi]/ [ATP]}=—8.314[J/molK]・310[K] ・ln(1.5×105

=—8.314[J/molK]・310[K]・11.92=—30717[J/mol]=—7.3[kcal/mol]

となっています。

計算の詳細

  • 8.314[J/molK]・310[K] ・ln(6×10—5)=-25.0kJ/mol=-6.0kcal/mol

・ln(6×10—5)=loge10・log(6×10—5)=2.302・(log6-5)=2.302・(0.778-5)=-9.72

ミトコンドリアで活性酸素はどのように発生するのでしょうか?

ミトコンドリアは生体内の約95%の酸素を消費し、そのうち1~3%が活性酸素種に変換されると言われています。ミトコンドリアの内膜には呼吸鎖の4つの膜タンパク質複合体(酵素)が並んでいます。ATP産生に酸素が必要なのは、最終的に伝達電子を受け取って無害な水に換えるためです。前回紹介したミトコンドリアでのATP産生のメカニズムのポイントは以下の通りです。

東邦大学  松本 紋子准教授  

・ミトコンドリアのマトリクス内部のクエン酸回路でつくられたNADHやFADH2が酸化されて、複合体に電子を供給する。

・電子が内膜にある4つの複合体を通過する度に、複合体がマトリクスのプロトン(H+)を膜間腔に汲み上げる。

・膜間腔に溜まったH+が内膜にあるATP合成酵素を通過してマトリクスに放出される際に、マトリクス内でADPがATPに変換される。

・最終的に伝達電子は酸素とH+と反応して水になる。

出典調査中

次にミトコンドリアでの活性酸素の生成についてお話します。酸素分子はミトコンドリアの膜を自由に通過できるので、ミトコンドリア内部には多くの酸素分子があります。複合体間を移動していく伝達電子は高エネルギなので、酸素分子と反応し易くなっています。

・  O2 + e- → O2

そのときにスーパーオキシドラジカルO2・が生じます。ラジカルとは反応しやすい不対電子をもった分子種のことです。O2・が発生するのは、複合体Iのマトリックス側、複合体IIIのマトリックスと膜間腔側です。

 生体内にはスーパーオキシドジスムターゼ(SOD:superoxide dismutase)が存在し、O2-を酸素と過酸化水素H2O2に不均化します。

  •    2O2・ + 2H+ → H2O2 +O2

不均化とは複数の同一分子が反応して異なる分子になることです。膜間腔側に放出されたO2・は活性中心にCu/Znを有するSOD1により、

  •    Cu2—SOD1 + O2・ → Cu—SOD1 + O2   
  •    Cu—SOD1 + O2・ + 2H+ → Cu2—SOD1 + H2O2  

となります。マトリックス側に放出されたO2・は活性中心にMnを有するSOD2により、

  •   Mn3+—SOD2 + O2・ → Mn2+—SOD2 + O2   
  •   Mn2+—SOD2 + O2・ + 2H+ → Mn3+—SOD2 + H2O2  

となります。ミトコンドリアのマトリックスに存在するSOD2の遺伝子をノックアウトしたマウスは胎生致死になります。これはミトコンドリアで発生するスーパーオキシドを消去することは生命維持に不可欠であることを示しています。

 過酸化水素は、ラジカルではありませんが、活性酸素種のひとつです。過酸化水素はグルコースオキシダーゼなどによって酸素分子からの二電子還元によっても生成されます。

過酸化水素はミトコンドリアの細胞膜を通過できるので、細胞内の鉄と反応し、ヒドロキシラジカル•OHを生じます。

  •    H2O2 + Fe2 → •OH + OH + Fe3+

この反応はフェントン反応と呼ばれ、生体内で生じる殆どの•OHはフェントン反応で生じると考えられています。あるいは過酸化水素はO2・と反応し、•OHを生じます。

  •    H2O2 + O2•- → •OH + OH— + O2 

この反応はハーバー・ワイス反応と呼ばれます。•OHは活性酸素種の中でも最も反応性が高く、タンパク質や脂質、糖質、核酸などの生体成分を酸化します。従って、その前駆体である過酸化水素を消去することは重要です。細胞質内にはグルタチオンペルオキシダーゼ/グルタチオンリダクターゼや、ペルオキシレドキシン/チオレドキシン/チオレドキシンリダクターゼ、カタラーゼなどの過酸化水素を還元する抗酸化機構があり、これらの酵素反応によって水へと還元されます。カタラーゼは

  •  2 H2O2 →  2 H2O  + O2

なる反応を触媒します。レバ-にはカタラ—ゼが含まれているので、過酸化水素水にレバ-を浸すと酸素が発生します。グルタチオンリダクターゼは

  • 2 GSH + H2O2 → GSSG + 2 H2O
  • 2 GSH + ROOH → GSSG + ROH + H2O

なる反応を触媒します。GSHは還元型グルタチオン、 GSSGは酸化型グルタチオンです。ROOHは過酸化脂質、ROHはアルコ-ルを表しています。

 酸素分子にある2個の不対電子のスピン[↑][↑]は、三重項酸素(3O2)という比較的安定な基底状態で存在しています。リボフラビンやポルフィリン、抗生物質や抗炎症薬など光増感剤がある物質の存在下では、酸素分子は光反応により励起状態となり、一重項酸素(1O2)[↑↓][ ]になります。空になった電子軌道が電子を求めることにより、一重項酸素は強い酸化力を持ち、二重結合を有する不飽和脂肪酸を過酸化脂質に変えます。また、ポルフィリン症患者は強い日光に当たると一重項酸素により皮膚障害が起きます。

表1に活性酸素種の反応速度定数 (単位:L mol⁻¹sec⁻¹)を示します。・OHはO2・の1億倍も強い酸化力があると言われています。


呼吸鎖複合体をコードしているミトコンドリアDNAは、ヒストン・タンパクによるクロマチン複合体構造が存在せず、DNA修復機能が弱いです。このためミトコンドリアDNAは核DNAに比べ活性酸素種による傷害を受けやすく、遺伝子変異も蓄積しやすいです。ミトコンドリアDNAの傷害は、呼吸鎖複合体の分子構築の異常、電子伝達効率の低下と活性酸素種発生量の増加を引き起こすと考えられています。

このようにミトコンドリアからは絶えず活性酸素種が発生していますが、抗酸化酵素により消去されてレドックス(酸化還元)バランスが保たれています。しかし、老化や疾患などにより活性酸素種の過剰発生や抗酸化能が低下すると、レドックスバランスが崩れ、酸化ストレスが引き起こされます。植物は自分の身を守るために抗酸化物質を蓄えています。私たちが野菜を食べるのは、熱量や必須アミノ酸を摂るだけでなく、野菜が蓄えた抗酸化物質をもらう利点があります。

呼吸は細胞内でどのように行われているのでしょうか?

呼吸は細胞内の細胞小器官であるミトコンドリアで行われています。1個の肝細胞に500~1000個のミトコンドリアが含まれ、細胞容積の15~20%を占めています。ミトコンドリアは活発に移動し、分裂と融合を繰り返しています。

ミトコンドリアは1μm程度の繭のような形をしており、多くの襞(ひだ:クリステ)をもつ内膜とそれを囲む外膜からなります。外膜には孔が多く、ATP、NAD、CoAなどの物質が出入りします。内膜は透過性が低いですが、酸素などの中性の分子は内膜を透過します。内膜には呼吸鎖など100種類以上の膜タンパク質が埋まっています。内膜の表面積は外膜の5倍です。内膜の脂質はコレステロ-ルが少ないため流動性に富んでいます。内膜の内側はマトリックス、内膜と外膜の間は膜間腔と呼ばれています。マトリクスには高濃度のタンパク質が含まれており、DNAやリボソ-ム、クエン酸回路、β酸化、尿素回路などの代謝系があります。ミトコンドリアはピルビン酸と酸素を取り入れて、ATPと水を生産します。ピルビン酸はグルコ-ス(糖)が解糖系で分解された栄養物です。細胞はATPをエネルギ源に使って、糖の合成など様々な代謝反応を行います。

呼吸鎖(respiratory chain)は、クエン酸回路でつくられたNADHやFADH2を使って、ATPを大量合成するシステムです。電子がクリステの内膜にある4つの複合体を通過すると、複合体がマトリクスのプロトン(H+)を膜間腔に汲み上げます。膜間腔に溜まったH+が内膜にあるATP合成酵素を通過してマトリクスに放出される際に、マトリクス内でADPがATPに変換されます。マトリクスはpH8で、膜間腔はpH7(中性)なので、マトリクス内のH+濃度は膜間腔の1/10程度になっています。内膜に生じた電位差と拡散濃度差のエネルギでATPが合成されます。合成の駆動力の80%は電位差によるものです。

ミトコンドリアのH+駆動力pmf(proton motive force)は、膜電位Δψ=160mV、

  • pmf=Δψ-2.303RT・ΔpH/F
  • =Δψ-2.303・8.314[J/mol K]・310K・(-1)/96.491[J/mol mV]
  • =160+62=222mV

一方、葉緑体は、幅2~4μm、長さが5~10μmと大きく、ミトコンドリアより大きい環状のDNAがあります。光合成系はチラコイドという内膜で囲まれた空間で行われます。光のエネルギを使って、チラコイド内腔にある水を酸素とH+と電子に分解します。電子がシトクロム複合体を通過するときに、H+がチラコイド内腔に放出されます。チラコイド内腔の溜まったH+がストロマに放出されるときに、ストロマでATPが合成されます。呼吸鎖とはH+を溜める場所が逆になっています。チラコイド内腔のH+濃度はストロマの1000倍です。合成の駆動力は主に濃度差によるものです。

  • Pmf=30mV(電位差)+120mV(濃度差)=150mV

NADHはニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (nicotinamide adenine dinucleotide) の略称です。NADHは、全ての真核生物と多くの古細菌、真正細菌で用いられる電子伝達体です。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型 (NAD+) および還元型 (NADH) の2つの状態があります。

FADはフラビンアデニンジヌクレオチド(flavin adenine dinucleotide)の略称です。真核生物の代謝でのFADの一次供給源はクエン酸回路とβ酸化です。クエン酸回路では、FADはコハク酸をフマル酸に酸化するコハク酸デヒドロゲナーゼのエネルギ源となっています。一方、β酸化ではアシルCoAデヒドロゲナーゼの酵素反応の補酵素として機能します。

ビルトイン型補酵素とはどのようなものでしょうか?

TTQはメチルアミンの酸化還元、CTQはアミンの酸化還元に関与するキノン補酵素です。これらの補酵素は、酵素タンパク質を構成するアミノ酸残基同士の(架橋)結合から直接形成されるので、ビルトイン型補酵素と呼ばれています。これらのビルトイン型補酵素は、酸化還元反応や脱離反応など種々の酵素反応に必須の役割を果たしていることが分かってきました。

TTQはメタノール資化性細菌のメチルアミンデヒドロゲナーゼ(MADH)という酵素、CTQはキノヘムプロテイン・アミンデヒドロゲナーゼ(QHNDH)という酵素に含まれる補酵素であり、どちらも脱水素反応を触媒します。MADHはα2β2サブユニット構造をしています。各サブユニットの構造遺伝子は、11遺伝子で構成されています。

TTQをよく見るとトリプトファン残基が結合した構造を有していることが分かります。

TTQ は、βユニットの57番目のトリプトファン残基のインドール環がオルトキノン型に酸化されている特徴と、同一ポリペプチド鎖内で約50残基離れた位置にある108番目のトリプトファン残基と架橋結合した特徴を有しています。オルトキノンとはベンゼン環に二重結合した2つの酸素原子が隣接した化合物です。インドール環がオルトキノン型に酸化されるのは、αユニットに含まれるヘム鉄と過酸化水素によるものです。

TTQを含有するMADHは、メチルアミンを酸化してホルムアルデヒドとアンモニアを生成する反応

  • CH3NH2 + 1/2・O2 → HCHO + NH3

を触媒します。TTQはこの反応過程でメチルアミンとシッフ塩基を形成して還元型となります。メチルアミンにより2電子還元されたTTQは、セミキノンラジカル中間体を経由して、生理的な電子受容体であるアミシアニンと呼ばれるブルー銅タンパク質に電子を受け渡します。

酵素タンパク質中に新規な補酵素が見つかることは頻繁に起こることではありません。ビルトイン型補酵素の場合、1 9 9 6年にLTQの構造が決定され、2001年にQHNDH酵素に新しい補酵素CTQが発見されました。

QHNDH酵素は、αβγの異なるサブユニットで構成されており、基質アミン類を脱水素してアルデヒドに酸化する反応

  • R-CH2-NH2 + 1/2・O2 → R-CHO + NH3

を触媒します。γユニットの37番目のシスチン(C)と43番目のトリプトファン(W)が硫黄Sを介して架橋結合したものがCTQキノン補酵素です。

あるグラム陰性細菌の培地中に n-ブチルアミンを加えると、エネルギー源として利用するためにQHNDH酵素が細胞膜内に誘導生成されます。αユニットには2分子のヘムcが結合しており、そのヘムはγユニットのCTQの形成に必須であることが分かっています。触媒反応においては、基質アミンに由来する2電子はキノン補酵素、ヘムcを経由して、チトクロム c550などの電子受容体タンパク質に受け渡され、最終的には末端酸化酵素によりO2の水への還元に使われます。

ビルトイン型補酵素には、通常の補酵素にはない利点があります。第一に、水溶液中では不安定な補酵素でも、疎水的なタンパク質内部においては安定していることです。第二に、アミノ酸残基から創りだされる点で、他の生合成系に依存しない合理性があることです。

遺伝暗号にはない新しいペプチド・ビルトイン型補酵素が次々と見つかり、タンパク質の翻訳後修飾による補酵素の生成機構が次第に解明されつつあります。遺伝子配列中に直接的には顕示されていない様々な機能獲得戦略を解明していくことが、ポストゲノム時代の生化学者に課せられた重要な研究課題の一つとなっています。

参考文献:生化学 第83巻 第8号,pp.6 9 1(2011)

トリプトファンから生成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

トリプトファンから生成される抗酸化物質には、メラトニン(melatoninn)、システイン・トリプトフィル・キノン(CTQ)、トリプトファン・トリプトフィル・キノン(TTQ)などがあります。 メラトニンはトリプトファンのインド-ル環にメトキシ基(-OCH3)が結合した構造をしています。

メラトニンは、動物、植物、微生物に広く存在するホルモンです。動物では、メラトニンの血中濃度は1日の周期で変化しており、概日リズムによる同調を行っています。 メラトニンは、血液脳関門も通り抜けるために、体全体に行きわたる強力な抗酸化物質であり、特に核やミトコンドリアにあるDNAを保護します。睡眠前に0.3 mg程度 の少量 のメラトニンを服用すると、概日周期を早くし、早い入眠と起床を促すと言われています。但し、メラトニンには性腺抑制作用もあり、多く摂取すると月経を止める作用があります。米国ではメラトニンはドラッグストアで販売されています。

TTQとCTQは、ビタミン補酵素ではなく、キノン補酵素です。キノンとはベンゼン環の水素が酸素と置換した化合物です。そもそも補酵素とは何でしょうか? 補酵素は酵素に活性を持たせるものです。一般に酵素は、補酵素とアポ酵素が混在する条件と基質分子(反応物質)が存在することにより、化学反応を触媒できます。アポ酵素とは、補酵素を欠いているDNAによって規定される酵素のタンパク質部分のことです。補酵素がアポ酵素と緩く結合することにより初めて酵素活性が生じます。

フェニルアラニンから生成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

ヒドロキシフェニルピルビン酸とチロシンから生成される抗酸化物質についてはすでに紹介しました。ここではフェニルアラニンとトリプトファンから生成される抗酸化物質について紹介します。

フェニルアラニンからは、ケルセチン(quercetin)、クマリルアルコール(Coumaryl alcohol)、レスベラトロ-ル(resveratrol)などが誘導されます。これらはポリフェノ-ルであり、最も強力な活性酸素であるOHラジカルを消去する効果があります。

・ケルセチン

ケルセチンは野菜や果物に含まれるポリフェノールの一種であり、フラボノイドに分類されます。 ケルセチンには強力な抗酸化作用をはじめ、動脈硬化の予防や血糖値やコレステロール値を低下させる作用があります。ケルセチンはタマネギやソバをはじめ多くの植物に含まれます。

・クマリルアルコール

クマリルアルコールは、フィトケミカルです。重合すると、リグニンまたはリグナンとなります。クマリルアルコールの誘導体は、食用の抗酸化物質として作用します。

・レスベラトロ-ル

レスベラトロールはポリフェノールの一種です。いくつかの植物でファイトアレキシンとして機能しており、またブドウの果皮などにも含まれる抗酸化物質として知られています。

レスベラトロールは赤ワインに含まれることから、心血管関連疾患の予防効果が期待されています。2006年にNature誌にてレスベラトロールがマウスの寿命を延長させるとの成果が発表され、大きな注目を集めました。

線虫や酵母は、カロリー摂取制限によって、長生きすることが見出されました。サーチュイン遺伝子は、長寿遺伝子または抗老化遺伝子とも呼ばれ、飢餓やカロリー制限、運動によって活性化します。近年、レスベラトロールがサーチュインタンパク質を活性化するという報告がありました。

サーチュイン自体は、ヒストン脱アセチル化酵素です。ヒストンが脱アセチル化されると、ヒストンのアミノ基が増えアルカリ性になり、酸性のDNAとの親和力が高まり、ヒストンとDNAが強く結び付いて、遺伝子の発現が抑制されます。飢餓環境下ではサーチュイン遺伝子が働き、DNAの活動が抑制され、結果的にDNAの損傷防止につながるために、長寿になるという考え方です。

ビタミンEの抗酸化作用はどのようにして生じるのでしょうか?

ビタミンEの抗酸化作用は脂質ラジカルを捕捉して生じます。まずは脂質の酸化機構を復習しましょう。ヒドロキシ・ラジカルOH・は脂質LHからH・を引き抜き、

  •  LH + OH・ → L・ + H2O (連鎖開始反応)

脂質ラジカルL・を生じさせます。L・はO2と反応し、過酸化脂質ラジカルLO2・を生じさせ、LO2・は脂質LHと反応し、L・とLOOHを生じさせます。

  •  L・ + O2 → LO2・ (連鎖反応1)
  •  LH → LOOH + L・ (連鎖反応2)

その結果、連鎖的に脂質酸化が進行するのでした。

ビタミンEは、脂質ラジカルL・と反応し

  •  L・ + ビタミンE → LH + ビタミンE・

となるので、ビタミン Eは脂質ラジカルの発生を抑制します。つまりビタミンEは連鎖開始反応を抑制するラジカル捕捉型抗酸化物です。また生じたビタミンE・は

  •  LO2・ + ビタミンE・ → ビタミンE-OOL 複合体

となるので、過酸化脂質ラジカルLO2・を捕捉することで連鎖的な酸化反応も抑制します。但し過酸化脂質LOOHを生じさせる反応

  •  LO2・ + ビタミンE → LOOH + ビタミンE・

もあります。生体内ではビタミンE・はビタミンCによって還元され、元のビタミンEに戻ります。

生体内において、脂質は細胞膜やミトコンドリアの膜にあります。膜の脂質が活性酸素OH・に攻撃された場合、脂質ラジカルL・が生じますが、ビタミンEがL・をLHに戻します。生じたビタミンE*はビタミンCによって還元され、生じたデヒドロ・ビタミンCはグルタチオンSHによって還元され、生じたGSSHは、エネルギ通貨であるNADPHによってGSHに戻されます。結局、総反応式は

  • LH + OH・ +NADPH → LH + H2O + NADP+

となります。

ビタミンEは8種類あるのですが、体の中では、肝臓で、α-トコフェロールだけが優先的に脂肪やコレステロールを運ぶアポタンパク質に結合して他の細胞に運ばれます。他のビタミンEは、細胞内で解毒酵素とβ酸化によって水に溶けやすくされ、尿から体外へ排出されます。

酸化ストレスに対する防御システムにはどのようなものがあるでしょうか?

酸化ストレスに対する防御システムは機能別に4種類あります。

1.予防型抗酸化物 (preventive antioxidant)

カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD) 、グルタチオンペルオキシダーゼ、グルタチオンSトランスフェーラーなどのタンパク質酵素は、活性酸素やフリーラジカルの生成を抑える機能があるので、予防型抗酸化物と呼ばれています。

2.ラジカル捕捉型抗酸化物(radical-scavenging antioxidant)

ラジカル捕捉型抗酸化物には、ビタミン C、ビタミン E、尿酸などの連鎖開始反応を抑制するタイプと、ビリルビン、アルブミン、カロテノイド、ユビキノール、フラボノイドなどの連鎖成長反応を抑制するタイプのものがあります。即ち、ラジカルの発生を抑えるタイプと、生じたラジカルを早く消滅させるタイプがあります。これらの抗酸化物は生成した活性酸素やフリーラジカルを速やかに消去、捕捉、安定化する機能があるので、ラジカル捕捉型抗酸化物と呼ばれています。

ラジカル捕捉型抗酸化物の多くは、馴染み深いビタミンやポリフェノール、コエンザイム Q などの低分子化合物です。これらの抗酸化物は活性酸素を捕捉するか安定化させて、細胞を防御したり、酸化傷害の拡大を防ぐ役割を担っています。

3.修復再生型抗酸化物 (repair、de novo antioxidant)

リパーゼ、プロテアーゼ、DNA修復酵素、アシル・トランスフェラーゼなどの酵素は、酸化変性物質を修復する機能があるので、修復再生型抗酸化物と呼ばれています。

4.適応機能 (adaptation)

必要に応じて上記の防御機能を誘導して適応する系があります。

脂質の酸化反応はどのように生じるのでしょうか?

酵素によらない酸化反応は、自動酸化とも呼ばれ、開始反応、成長反応、停止反応から成るラジカル連鎖反応です。脂質(LH)は生体中で特に酸化されやすく、酸化されると生体膜流動性が低下し、生体膜の機能が損なわれます。酵素的酸化反応は主にリポキシゲナーゼにより触媒されます。

  1. 開始反応 LH → L・+ H・

開始反応では脂質から水素が引き抜かれて脂質ラジカルL・が生成します。二重結合に隣接した炭素は電子を奪われているので、その炭素上のC-H結合は弱まっており、水素が引き抜かれ易くなっています。二重結合がある不飽和脂肪は酸化されやすいのはそのためです。水素引き抜きにはヒドロキシルラジカル・OHが関与します。生じた不対電子は隣接する二重結合のπ電子と共鳴状態になります。

2.成長反応:

L・+ O2 → LOO・

LOO・+ LH → LOOH + L・

脂質ラジカルL・に酸素が反応して過酸化脂質ラジカルLOO・が生成します。これは脂質ヒドロ・ペルオキシド・ラジカルとも呼ばれます。次にLOO・が脂質LHと反応して、水素を引き抜き、過酸化脂質LOOHと脂質ラジカルL・が生じます。L・は再び酸素と反応して同じことが連鎖的に繰り返されます。図1にこれらの脂質の連鎖的酸化反応を図式的に表します。

3.停止反応: 2L・→L-L 

L・+ LOO・→ LOOL

2LOO・→ LOOL + O2

 連鎖反応を止めるにはラジカル分子どうしの反応を待ちます。抗酸化剤はL・、LOO・ 、LO・を捕捉しお互いに反応させることで、連鎖反応を停止させます。一重項酸素も脂質アシル基(R-CO-)の二重結合と直接反応し、LOOHを生成します。葉緑体のチラコイド膜は脂質の不飽和度が高く、酸素濃度も高いため、脂質酸化を受けやすいです。

ヒドロキシフェニルピルビン酸から合成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

ヒドロキシフェニルピルビン酸(HPピルビン酸)はチロシンYのアミノ基を酸素で置換した芳香族化合物です。前回説明したようにHPピルビン酸(hydroxy-phenyl-pyruvate)は、シキミ酸(shikimate)、コリスミ酸(chorismate)、プレフェン酸(prephenate)を経て生合成されます。シキミ酸はベンゼン環に3つのOHと1つのCOOHが付加したか化合物です。HPピルビン酸からチロシンYが合成されますが、逆にチロシントランスアミナーゼによって、チロシンYからHPピルビン酸を合成することもできます。

HPピルビン酸から合成される抗酸化物質は、トコフェロ-ル(=ビタミンE)、トコトリエノ-ル、プラストキノ-ル、ユビキノ-ルなどがあります。これらの脂溶性ビタミン類には、クロマン(Chromane)またはベンゾ・ジヒドロ・ピラン(benzo-dihydro-pyran)と呼ばれる酸素を含む複素ベンゼン環を有する特徴があります。

トコフェロ-ル(tocopherol)のtocosはギリシャ語で「子供を産む」、pheroは「力を与える」、olは「OH基をもつ」という意味です。トコフェロ-ルが不足するとネズミが不妊症や流産が生じることが知られていました。トコフェロ-ルは強力でしかも安全な酸化防止剤として知られています。トコフェロールは植物に多く含まれています。特に小麦胚芽油、大豆油、トウモロコシ油、綿実油に豊富に含まれています。ビタミンEの生理活性に関しては、赤血球の抗溶血活性がよく用いられます。赤血球膜は酸化的ストレスにより溶血しますが、それをどの程度抑制するかによって評価するものです。

トコトリエノールはトコフェロールの約40~60倍もの抗酸化力を持つことから、米国では「スーパービタミンE」とも呼ばれています。トコフェロールは様々な植物油から抽出できるのに対して、トコトリエノールはパーム油やココナッツ油、米ぬか油などの特定の植物油にごく少量しか含まれていません。

プラストキノール(PQ)は葉緑体の膜貫通タンパク質複合体の一つです。プラストキノールは光化学系IIから得た電子をシトクロムb6/f複合体(cytochrome b6/f complex)に伝達したり、プロトン(H+)を葉緑体の膜の内外(つまりストロマとチラコイドルーメン)間で輸送することでATPを合成するための電気化学的なプロトン勾配を作り出しています。

  • プラストキノン + H2O → プラストキノ-ル+ 1/2・O2 + 2H+

ユビキノ-ル(UQ)にはメトキシ基(-OCH3)が2つあります。イソプレンの長い側鎖はユビキノ-ルを生体膜中に保持する役目を果たしています。ユビキノールの2つの水酸基(-OH)をカルボニル基(=O)に置き換えたのがユビキノンです。ユビキノンは2電子還元を受けユビキノールになります。ユビキノンはミトコンドリア内膜の電子伝達に関与しています。特に電子伝達系、呼吸鎖複合体I(NADH脱水素酵素複合体)から呼吸鎖複合体III(シトクロムbc1複合体)への電子伝達に寄与しています。

呼吸鎖複合体Iでは、

  • NADH + ユビキノン(UQox) → NAD+ + ユビキノール (UQred)

呼吸鎖複合体IIIでは

  • ユビキノール + シトクロムc (Cytox, Fe3+) → ユビキノン + Cytred(Fe2+)

という反応が生じています。

シキミ酸経路とはどんな代謝経路でしょうか?

シキミ酸経路は、植物や微生物が芳香族化合物を生合成する重要な代謝経路です。チロシンやトリプトファンなどの新しい芳香族アミノ酸は様々の抗酸化物質を作り出します。これらの芳香族アミノ酸はシキミ酸経路(shikimic acid pathway)で合成されます。

シキミ酸は、ホスホエノールピルビン酸(PEP)とエリトロース-4-リン酸(E4P)の脱リン酸反応と環形成反応により、3-デヒドロキナ酸を生じます。さらに脱水反応により、3-デヒドロシキミ酸となり、最後に水素が付加して、シキミ酸となります。

シキミ酸はリン酸と脱水反応して、3-ホスホシキミ酸となります。3-ホスホシキミ酸はホスホエノールピルビン酸と反応して、3-ホスホエノ-ルピルビルシキミ酸となります。3-ホスホエノ-ルピルビルシキミ酸は脱リン酸反応により、コリスミ酸(chorismic acid)となります。

コリスミ酸経路

コリスミ酸は、植物の代謝過程の中間体として重要な役割を演じる化合物です。コリスミ酸からは、フェニルアラニン、チロシンなどの芳香族アミノ酸やトリプトファンなどのインドール化合物が得られます。コリスミ酸は、植物ホルモンのサリチル酸やアルカロイドなど、様々な生体物質の原料でもあります。

まずコリスミ酸からはプレフェン酸が生合成されます。プレフェン酸のCOOH基が取れると4-ヒドロキシフェニルピルビン酸が得られます。さらにカルボニル基(=O)がNH2基に置換すると、チロシンが得られます。プレフェン酸からはフェニルアラニンが得られます。フェニルアラニンはチロシンからOH基を除去した芳香族アミノ酸です。ヒドロキシフェニルピルビン酸からは、トコフェロ-ルなどの抗酸化物質が得られます。

コリスミ酸からトリプトファンの合成経路

この経路は6段階の反応からなります。まずコリスミ酸は、アントラニル酸シンターゼの下でグルタミンと反応して、ベンゼン環にNH2基が付加したアントラニル酸を生じます。アントラニル酸はリン酸化合物と何段階か反応し、ベンゼン環にNを含む五員環が結合したインド-ルを生じます。インド-ルは便臭で有名な物質です。インド-ルはセリンと脱水反応してトリプトファンが生じます。反応を触媒する酵素はトリプトファンシンターゼです。

結局、シキミ酸からコリスミ酸を経てトリプトファン1、コリスミ酸からプレフェン酸を経て、ヒドロキシフェニルピルビン酸2とフェニルアラニン3とチロシン4が生成されます。これら4つ芳香族化合物は抗酸化物質の原料になっています。

チロシンからどのような抗酸化物質が合成されるのでしょうか?

チロシンYから合成される抗酸化物質の殆どはキノンです。例えばTPQ、LTQ、CTC、PQQ、インド-ルキノンがあります。キノンはベンゼン環の2つの炭素をカルボニル基(C=O)に置き換えた構造を含む化合物です。このキノンの酸素がNHやCH2などに置き換わったものをキノノイドと呼びます。キノンは基本的に酸化還元反応の補助因子で、オキシダ-ゼやハイドロゲナ-ゼにおいて電子伝達反応を可能にします。

トパキノン(TPQ)は銅アミン酸化酵素です。リシン・チロシルキノン(LTQ)はペプチド内のリシンを酸化します。システイン・チロシル・コファクタ-(CTC)は酸化酵素の活性発現に必要な因子です。

ピロロ・キノリンキノン(PQQ =Pyrroloquinoline quinone)は酸化還元反応に関与する電子伝達体です。1964年にJ.G. Haugeらにより、細菌のグルコース脱水素酵素に含まれるニコチンアミドとフラビンに次ぐ3番目の酸化還元補酵素として見出されました。PQQは必須アミノ酸であるリジンの分解に関わる酵素を助けています。PQQを含まない餌を与えたマウスは、成長が悪く、皮膚がもろくなり、繁殖能力が減少します。

ちなみに脂溶性ビタミンのビタミンKはキノイドの一つです。天然のものはビタミンK1(フィロキノン)とビタミンK2(メナキノン類)があります。ビタミンK1は植物の葉緑体で生産され、ビタミンK2は腸内細菌から生産されます。これらは血液凝固や丈夫な骨づくりに不可欠です。

このようにキノンは生物学的に重要な物質です。キノンは光合成の光化学系I・光化学系II などの電子伝達系において、電子受容体としての働きをしています。光化学系I には2対のフィロキノン、光化学系II には2対のプラストキノンが存在します。

キノンはタンパク質と反応して結合する性質があります。昆虫の外骨格が脱皮後に硬化するのは、キチン質の外骨格の基質に大量に埋め込まれたタンパク質にキノンが結合することで生じます。白内障は、水晶体のクリスタリンがアミノ酸から変異したキノンと結合することで生じると言われています。

インド-ルキノンは、真正メラニン(eumelanin)色素の前駆体です。真正メラニンにはインド-ルキノンの重合体が含まれています。メラニンはチロシンから作られます。このチロシンにチロシナーゼという酸化酵素が働き、ドーパになります。更にチロシナーゼはドーパをドーパキノンに変化させます。ドーパキノンは化学的反応性が高いので、酵素の力を借りる事なくドーパクロム、インドールキノンへと変化し、最終的には酸化重合して、黒褐色の真性メラニンになります。ドーパキノンとシステインが反応することで、システィニルドーパを経て亜メラニン(Pheomelanin)が合成されます。メラニンは水や全ての有機溶媒に不溶で安定です。 人間などの動物は、細胞核のDNAを損壊する太陽からの紫外線を毛や皮膚のメラニン色素で吸収しています。

一重項酸素はどうやって作られるのでしょうか?

一重項酸素1O2は光増感法で作ります。3O2と1O2には0.973eVのエネルギ差があり、熱的には励起されません。電気双極子遷移は,スピン角運動量,軌道角運動量およびパリティに関していずれも禁制のため,3O2から1O2への遷移確率は極めて小さいです。波長1274nmの赤外光を照射して、同じエネルギ差を持つ色素を励起して、色素が基底状態に戻るときに、三重項酸素を一重項酸素に励起させて作ります。これを光増感法といいます。

ビタミンB2(リボフラビン)は、代謝、エネルギ産生に関与する酸化還元酵素の補酵素です。紫外線を浴びると、ビタミンB2などの生体内の色素が増感剤の役目をして一重項酸素が発生することがあります。

一重項酸素は生体分子を破壊するので、生体はこれを除去する機構を備えています。生体内から一重項酸素を除去する物質にはα-トコフェロール、β-カロテン、ビタミンB2、ビタミンC、ビタミンE、尿酸などがあります。これらの物質は、励起されたビタミンB2からエネルギを吸収し、一重項酸素を出さずにビタミンB2を基底状態に戻します。紫外線から肌を守るサンスクリーン剤は紫外線のエネルギを吸収して励起状態になりますが、励起状態からのエネルギー移動により一重項酸素が生成することがあります。

一重項酸素は通常の酸素分子とどう違うのでしょうか?

O2分子の基底状態は三重項酸素3O2で、一重項酸素1O2は通常の酸素分子の励起状態です。

下図に三重項酸素3O2と一重項酸素1O2の分子軌道のエネルギを示します。2つの酸素原子が結合すると、結合性軌道と反結合性軌道*が生じます。これらの違いは、一番エネルギが高い2つの電子にあります。

三重項酸素3O2は [↑]πx*[↑]πy*で2つのラジカル(不対電子)があります。スピンが揃っているので常磁性があります。三重項酸素は単結合でつながっていて、それぞれの原子上にラジカルを持つビラジカル構造を持っています。

一方、1O2は[↑↓]πx*[ ]πy*なので、ラジカルではありませんが、πy*の空の状態が電子を求めるために、他の分子から電子を引き抜く力があります。一重項酸素の酸化力は三重項酸素より強いです。一重項酸素原子間に二重結合を持っています。[↑]πx*[↓]πy*も一重項状態ですが、不安定で寿命が短いので、通常は考えません。

一重項酸素は、エネルギー準位の低い最低空軌道(LUMO)を持つことになるので、ジエンとディールス・アルダー反応を行い、環状ペルオキシドを形成したり、二重結合とエン反応してヒドロペルオキシドを形成したりします。

活性酸素はどうして発生するのでしょうか?

活性酸素は主にミトコンドリア中の呼吸鎖の電子伝達系の複合体Ⅲにおける反応で生成されます。ユビキノン(Q)がユビセミキノン(・Q-)を経由してユビキノ-ル(QH2)になる過程で、1%程度のユビセミキノン(・Q-)は酸素と反応して、スーパーオキサイドアニオン(O2-)を生成します。

代表的な活性酸素にはヒドロキシルラジカル(・OH)、スーパーオキシドアニオン(・O2)、過酸化水素および一重項酸素分子1O2などがあります。活性酸素は細胞を分解し、癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因となります。細胞内にはカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ、ペルオキシダーゼなど、活性酸素を無害化する抗酸化酵素があり、活性酸素から生体を守っています。白血球やマクロファージは活性酸素を利用して細菌などを分解しています。

次表に抗酸化物質が消去できる活性酸素の種類を示します。ビタミンEは、フリーラジカルを消失させることにより自らがビタミンEラジカルとなり、フリーラジカルによる脂質の連鎖的酸化を阻止します。発生したビタミンEラジカルは、ビタミンCなどの抗酸化物質によりビタミンEに再生されます。

大阪武雄、日本化学会 『活性酸素』 丸善、1999年、p.27。

グルタチオン(Glutathione, GSH)は、グルタミン酸、システイン(活性な硫黄を含む)、グリシンの3つのアミノ酸から成るトリペプチドです。ただし、グルタミン酸とシステインの結合は、通常のペプチド結合とは異なり、γ-グルタミル結合になっています。このためグルタチオンは、ほとんどのプロテアーゼに対して分解されません。グルタチオンは、細胞内で発生した活性酸素種や、過酸化物と反応してこれを還元し、消去します。酸化したグルタチオンは、グルタチオン還元酵素とNADPHの還元力を利用して、元のグルタチオンに戻ります。またグルタチオンは毒物を、システイン残基のチオール基に結合させて細胞外に排出する解毒機能があります。

新しいアミノ酸には酸素ラジカルを消去する効果があるのでしょうか?

Granold博士らは20種の標準アミノ酸に対してペルオキシルラジカル(ROO*)の消去活性を測定しました。その結果、新しいアミノ酸であるトリプトファンWやチロシンYには、高いラジカル消去活性が見出だされました。アミノ酸に脂質を修飾すると、抗酸化効果が高まります。

図A、Bの縦軸はペルオキシルラジカル(ROO*)の消去率、横軸は20種の標準アミノ酸を示します。図Aにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:3の場合、図Bにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:2000の場合の消去率を示します。図Aでは、EgHL~10eVの閾値以下のすべてのアミノ酸(ヒスチジンH以上のアミノ酸)は、フェニルアラニンF以外、ラジカル消去活性がありました。フェニルアラニンは異常に高いラジカル化エンタルピ(58kcal/mol)をもつため、活性は低いと考えます。トリプトファンWとチロシンYのラジカル化エンタルピは37kcal/molと38 kcal/molと低いです。ラジカル発生剤が多い条件(図B)でもトリプトファンWとチロシンYには、高いラジカル消去活性が見られました。

図CにトリプトファンW、アセチル化トリプトファン・エチルエステル(NAc-W-OEt)、NDo-W-OEtの化学構造式を示します。NDo-W-OEtはトリプトファンWの脂質性を高めたものです。脂質性の高いアミノ酸の方が、抗酸化効果が高まります。

図Dに修飾アミノ酸に対する脂質過酸化反応(Lipid peroxidation:脂質の酸化的分解反応)の抑制効果を示します。鉄イオン誘導を用いた脂質過酸化は、脂質酸化ストレスのバイオマーカであるマロンジアルデヒドCH2(CHO)2 (malondialdehyde: MDA)の生成量を測定することでモニタしました。脂質性の高いNDo-W-OEtとNDo-Y-OEtはマロンジアルデヒドの生成量が少ないです。これは脂質性の高いアミノ酸の方が脂質酸化を抑制する効果が高いことを示しています。

図EにNDo-W-OEt あるいはNDo-F-OEtを加えた神経細胞をtBuOOHペリオキサイド(100μM)に浸した時の蛍光顕微鏡像を示します。生きた細胞は赤で、死んだ細胞は青で染色されています。NDo-W-OEtはtBuOOHペリオキサイドのラジカル消去活性が高いために神経細胞は生存しましたが、NDo-F-OEtでは消去活性が低いために、神経細胞は死んでしまいました。

図Fにアミノ酸脂質誘導体による細胞生存率を示します。トリプトファンWとチロシンYの脂質誘導体だけが過酸化毒から細胞を守る効果が見られました。ちなみにトリプトファンやチロシンだけでは細胞を酸化剤から守れません。図Gに示すように、異なるアミノ酸誘導体(10 μM)を加えた繊維芽細胞(fibroblasts)にtBuOO(50 μM)酸化剤を加えた場合の生存率でも同様の傾向が見られました。

20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加した?

2018年の1月にBernd Moosmann博士が率いるヨハネス・グ-テンベルグ大学の進化生物化学研究グル-プのMatthias Granold博士らは、20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加したという仮説を支持する報告をしています。

PNAS、vol. 115、no. 1 、P41–46「Modern diversification of the amino acid repertoire driven by oxygen」

有害な酸素から身を守るために、芳香族型アミノ酸であるフェニルアラニンF、チロシンY、トリプトファンWや、硫黄を含むシステインCとメチオニンM、セレンを含むセレノシステインUなどが新しいアミノ酸として登場したと考えています。これらの芳香族型アミノ酸からは様々な抗酸化物質が合成可能です。

*肩の番号は文献の出現順番を意味する

計算機による量子計算によると、マーチソン隕石に含まれる62種類のアミノ酸の最高占有分子軌道(HOMO)と最低非占有分子軌道(LUMO)のエネルギ-ギャップEgHLは11eV程度です。一方で原始的な細菌が進化するにつれて、用いられるアミノ酸のEgHLは減少していることが分かりました。1~13番目のアミノ酸のEgHLは11eV程度ですが、ヒスチジンH、フェニルアラニンF、システインC、メチオニンM、チロシンY、トリプトファンW、セレノシステインUの7種のアミノ酸は10eV~8eV程度と減少しています。

EgHLが10eV以下になると、酸素分子との反応が活発になります。これは新しいアミノ酸程、酸素と反応しやくなっていることを示唆しています。新しいアミノ酸から生成される生化学物質の多くは、EgHLが9~7eVと小さく、抗酸化作用が高い特徴があります。このことは20億年前の大酸化イベントが生じた後、大気中の酸素濃度が10%以上に上昇し、細菌類が酸素から防御するために、新しいアミノ酸と抗酸化物質が生成されたことを示唆しています。

マーチソン隕石(Murchison meteorite)は、1969年9月28日にオーストラリア・ビクトリア州のマーチソン村に飛来した炭素コンドライトの隕石です。隕石中にピペコリン酸といった生体内で見つかる有機酸や、グリシン、アラニン、グルタミン酸といったタンパク質を構成するアミノ酸のほか、イソバリン、シュードロイシンといった、生体では見られないアミノ酸も含まれていました。これらのアミノ酸はラセミ体であったために、地球外で生成され、地球に輸送されたと考えられています。1997年にアラニンに含まれる窒素15N の同位体比が隕石の標本ごとに大きくばらつくことから、アミノ酸の窒素は地球由来のものではないと考えられています。

セレノシステインUは、21番目のアミノ酸と呼ばれており、システインCの硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸です。SeH(セレノール)基はシステインの SH(チオール)基より電離しやすいため、より高い抗酸化作用があります。セレノシステインはmRNAのUGAコドン(終止コドン)に対応します。mRNA上のコドンと対合するtRNAの3塩基をアンチコドンと呼びます。セレノシステインのアンチコドンはUCAで、これはセリンに対応します。セリンのOH基をSeH基に置換するとセレノシステインが得られます。真核生物や古細菌では、リン酸化酵素PSTKがセリンをリン酸化し、SepSecSがリン酸化セリンをセレノシステインに変換します(2010年)。

遺伝暗号はどのように進化したのでしょうか?

次にコドンの最初の塩基にアデニンAが追加され、16種類のアミノ酸を生成できる(CAG)NS-原始遺伝暗号が誕生したと考えています。脂肪性のイソロイシンの他に、メチオニン、トレオニン、アスパラギン、セリンといった極性非電荷型側鎖(OH基、SH基、NH2基)をもつアミノ酸、リジンなど側鎖にNH3+をもつアミノ酸が生成できるようになりました。

最終的に、コドンの最初の塩基にウラシルUが追加され、20種類のアミノ酸を生成できる現在の普遍遺伝暗号が誕生しました。人間を初めとする地球上のすべての生物が生きていく上で必要なすべてのタンパク質をこの20種のアミノ酸だけで作り上げることができます。但しミトコンドリアや葉緑体などの細胞小器官では、非普遍遺伝暗号が使用されています。

こした遺伝暗号の進化を支持する証拠として、

1)第一塩基がGのコドンには、非普遍遺伝暗号が全く発見されていない。

2)非普遍遺伝暗号の数が、Cの段、Aの段、Uの段の順に多くなっている。

ことが挙げられます。つまり初期の遺伝暗号ほどより重要であるため、非普遍遺伝暗号が使用される頻度が少ないのです。

どうして4つのアミノ酸を基本的だと考えるのでしょうか?

[GADV]-アミノ酸は、いずれも原始地球上で容易に合成される簡単な構造を持ち、炭素隕石にも多く含まれています。この4つのアミノ酸はタンパク質の様々な二次構造を決める機能を有しています。グリシンはターン/コイル形成能の高いアミノ酸、アラニンはα‐へリックス形成能の高いアミノ酸、アスパラギン酸は化学反応を進めるカルボキシル基を持つ親水性アミノ酸、バリンはβ‐シート形成能の高い疎水性アミノ酸、という優れた性質があります。また4種のアミノ酸をランダムにつないでも、その表面に様々な触媒活性を持ち得る水溶性で球状のタンパク質を高い確率で形成できるからです。

その後、GNS原始遺伝暗号が現れたと考えています。コドンの最初の塩基は必ずグアニンGです。最後のSはGかCのいずれかを表しています。つまりGAGに対応するグルタミン酸が加わり、5種類のアミノ酸から、タンパク質が形成されたと考えられます。グルタミン酸が加わることで、得られるタンパク質の機能が高められたために、GNS原始遺伝暗号が定着したと考えられます。

次にコドンの最初の塩基にシトシンCが追加され、10種類のアミノ酸を生成できるSNS-原始遺伝暗号が誕生しました。ロイシンやプロリンなどの脂肪性アミノ酸の他に、中性アミノ基を側鎖にもつグルタミン(CAG)や、荷電性アミノ基を側鎖にもつヒスチジン(CAC)やアルギニン(CGC)が追加されました。

コンピュータシミュレ-ションで、SNS だけの繰り返し配列でもタンパク質の 6つの構造形成条件、(1)疎水性・親水性度、(2)α-へリックス形成能、(3)β-シート形成能、(4)ターン・コイル形成能、および、(5)酸性アミノ酸含量と(6)塩基性アミノ酸含量、を満足できることが確かめられています。現在の地球上に棲息しているGC含量の高い微生物はSNS遺伝暗号によってコードされる10種のアミノ酸を75%ほども使っています。太古の生物は、わずか10種のアミノ酸で極めて高い能力を発揮していたのではないかと考えられます。

どうして生物は20種類のアミノ酸を使っているのでしょうか?

タンパク質の機能を高めるために、遺伝暗号が進化し、現在の20種類のアミノ酸を生成する普遍遺伝暗号が誕生したと考えられます。アミノ酸はコドンと呼ばれる3つの塩基の組み合わせで決定されます。遺伝に用いられるRNAの塩基は、アデニンA、グアニンG、ウラシルU、シトシンCの4種類です。現在の遺伝暗号は普遍遺伝暗号をよばれ、コドン表が20種類のアミノ酸を規定しています。

池原健二教授は、過去の生物は、少数のアミノ酸からタンパク質を作り、生体を構成していたのではないかと考え、GADVタンパク質ワールド仮説を提唱しています。「GADV」とは、グリシン(G)、アラニン(A)、アスパラギン酸(D)、バリン(V)の4種類のアミノ酸のことです。これらのアミノ酸は、最初のコドンがグリシンGで始まります。つまりコドン表の一番下のGの段のアミノ酸が最古の生物を構成していたと考えています。太古代の生物は、現在と異なる原始的な遺伝暗号(コドン表)を持っていたことになります。最初のものはGNC原始遺伝暗号と呼ばれています。2番目のNはG,C,A,Uの4種類の塩基のいずれかを表しています。

生体タンパク質を構成するアミノ酸20種類(=6+6+3+5)の分類

生体タンパク質を構成するアミノ酸は20種類です。必須アミノ酸は9種類、非必須アミノ酸は11種類です。具体的には、必須アミノ酸は、非極性脂肪族型のバリンV、ロイシンL、イソロイシンI、極性非電荷型のトレオニンTとメチオニンM、芳香族型のフェニルアラニンFとトリプトファンW、極性カチオン電荷型のリジンKとヒスチジンHの9種類です。

非必須アミノ酸は、アスパラギン、アスパラギン酸、アラニン、アルギニン、グリシン、グルタミン、グルタミン酸、システイン、チミン、チロシン、プロリンの11種類です。これらは9種類の必須アミノ酸から合成されます。

タンパクの標準アミノ酸残基の中には修飾されたアミノ酸も存在します。グルタミン酸から合成されるγ-アミノ酪酸(GABA)は、非標準アミノ酸であり、抑制性の神経伝達物質として作用します。

1)非極性脂肪族型側鎖を持つアミノ酸 6種類

グリシンG、アラニンA、バリンV、ロイシンL、イソロイシンI、プロリンPの6種類のアミノ酸は非極性のアルキル基を側鎖に持ちます。それらのアミノ酸はタンパク質の折り畳みの際に内側に入ります。プロリンを除くアミノ酸群はカルボキシ基に結合するα炭素に第1級アミノ基が結合したα-アミノ酸と呼ばれます。プロリンはアミノ基に炭素が2つ結合した第2級アミノ基を持つので、本当はイミノ酸です。

2)極性非電荷型側鎖を持つアミノ酸 6種類

極性アミノ酸は、側鎖に極性のある官能基を持つために、水に溶ける性質があります。非電荷型とは、側鎖の官能基が中性でイオン化していないという意味です。セリンS、トレオニンT、システインC、メチオニンM、アスパラギンN、グルタミンQの6種類のアミノ酸は、側鎖にOH基やSH基などの水素結合供与基、NH2基などの水素結合受容基を持つため、親水的な性質を持ちます。アミノ酸は、水素結合や静電的な相互作用を通じて、薬物と引き合います。システインC、メチオニンMは硫黄Sを有します。セリン、トレオニンは側鎖にOH基、システインはSH基を有します。これらは求核性に優れるために酵素の活性基として機能します。

またシステインは、中性・塩基性条件下において、重金属イオンにより容易に酸化されます。その結果、ジスルフィド結合(S=S)が形成、シスチンが生成します。これは、タンパク質の高次構造を決める上で重要です。

3)芳香族型側鎖を持つアミノ酸 3種類

フェニルアラニンF、チロシンY、トリプトファンWの3種類のアミノ酸は側鎖に芳香環を持ちます。これらのアミノ酸は、芳香環を持つため、π-πスタッキング、CH-π相互作用、非極性相互作用を通じて、薬物と引き合います。また、チロシンYはフェノール類であるため、弱い酸性を示し、水素結合やイオン結合が発現します。トリプトファンWに関しては、NH を介した水素結合が発現します。芳香族側鎖は紫外線を吸収します。

4)極性電荷型側鎖を持つアミノ酸 5種類

極性電荷型側鎖を持つアミノ酸には、カチオン型側鎖NH3+を持つ3種類のアミノ酸とアニオン型側鎖COO-を持つ2種類のアミノ酸があります。

カチオン型側鎖

リシンK、アルギニンR、ヒスチジンHの3種類のアミノ酸は塩基性のNH2基を持ちます。これらの側鎖は生体中で容易にプロトン化NH3され、正電荷を帯びています。したがって、薬物側に酸性官能基があれば、水素結合だけでなく、イオン結合も発現します。電荷同士は方向依存性の小さい長距離クーロン力で相互作用します。

 アニオン型側鎖

これは 酸性官能基を側鎖に持つアミノ酸です。アスパラギン酸D、グルタミン酸Eの2種類のアミノ酸は、側鎖に酸性のカルボキシル基を持ちます。これらの側鎖は生体中で容易に脱プロトン化され、負電荷を帯びています。薬物側に塩基性官能基があれば、水素結合だけでなく、イオン結合も発現します。

細胞内のアミノ酸はどんな状態にあるのでしょうか?

生体の細胞は主にタンパク質と脂質と核酸からできています。細胞内のタンパク質は20種類のアミノ酸が1次元的に結合し、3次元的に折りたたまれた構造をしています。タンパク質は、骨格筋だけでなく、細胞内の様々な化学反応を司る酵素として活躍しています。細胞内のアミノ酸はどんな状態にあるのでしょうか?

実は細胞内のアミノ酸は、酸塩基解離状態にあります。

PHが2.4~9.8の水溶液中では、アミノ酸のアミノ基はNH3、カルボキシル基はCOOに解離しています。生理的条件下でのアミノ酸の状態を両性イオンや双極イオンと呼びます。

アミノ基NH2のNには孤立電子対があり、そこにH+イオンが配位するので、NH3イオンとなります。アミノ酸のカルボキシル基COOHは、H+を放出したあとに、COOイオンになり、共鳴安定化します。アミノ酸のNH3側と別のアミノ酸のCOO側は引き合うので、ペプチドを形成しやすくなっています。

ちなみに酸性溶液中では、アミノ酸のアミノ基はNH3のままで、COOはCOOHになります。アルカリ溶液中では、アミノ酸のアミノ基NH3はNH2となり、カルボキシル基はCOOのままです。ChemSketchでアミノ酸を描いてみました。

アミノ酸は脱水縮合によりペプチド結合を形成します。2個縮合したものはジペプチド、複数結合したものをポリペプチドと呼びます。ペプチドは線状につながるので途中で分岐することはありません。アミノ酸残基とは、ポリペプチドにおける各アミノ酸のことです。タンパクを構成する標準アミノ酸は高々20種類ですが。2個つながっただけでも配列の場合の数は202=400通りもあります。タンパクの多様性は非常に高いことが分かります。

真核生物が多細胞化できたのはどうしてでしょうか?

多細胞化により、複雑な構造と機能をもてるようになり、生物としての多様な展開が可能になりました。多細胞生物というのは、構成細胞が機能的にも形態的にも分化し、役割分担していて、細胞集団全体(個体)として統合されています。脳や心臓などの各組織を形成するには、単細胞生物よりたくさんの遺伝子が必要になります。ゲノム重複は遺伝子を増大させるので、多細胞生物を出現させる大きな一因になりました。真核生物は、細胞が格段に大きく、ゲノム重複で増えた多量のDNAを安定に保持できる核の仕切りをもっています。それによって真核生物は多細胞生物に進化できたのでしょう。

ゲノム重複とは

Hox遺伝子群は発生過程で体の各部分の構造を作り出す13個の遺伝子が配列した遺伝子群です。Hox遺伝子群は、脊索動物のナメクジウオでは1セット、無顎類のヤツメウナギでは2セット、顎口類の魚類以上では4セットあります。4倍体の親同士からは、4倍体の子孫が生まれます。哺乳類は、遺伝子セットの倍化が2回起きた結果、4倍体になりました。但し哺乳類の4セットは、お互いに似ているけれども完全に同じ遺伝子のセットではありません。

ゲノム重複でできた遺伝子は、ラクシャリー(贅沢)遺伝子と呼ばれています。大野乾(すすむ) 博士は、50年も前から、ゲノム重複が生物の新規性をもたらしたという仮説を提唱してきました。ゲノム重複で冗長性が生じると、進化の制約が緩み、タンパク質を変える遺伝子変異などが蓄積し、新しい機能が進化しやすくなるという説です。ゲノム重複は高校の教科書に載せるべき情報なのかもしれませんね。

色覚と明暗のどちらが先に見えるように進化したのでしょうか?

ヒトは暗くなると色を識別できなくなります、しかし夜行性のカエルは夜でも色を識別できるそうです。ところで色覚と明暗のどちらが先に進化したのでしょうか? 

明暗視は桿体細胞のロドプシンが担い、色覚は錐体細胞の視物質が担っています。色覚は情報処理が複雑なので、明暗視の方が先に進化したように思われますが、実際は錐体の視物質を先に創り出し、その後にロドプシンが創り出されました。

但し、魚類や両生類では、ピノプシンという桿体の視物質(光受容タンパク質)が、最初に機能していたことが分かってきました。ピノプシンは爬虫類や鳥類では脳内に存在していますが、哺乳類にはありません。爬虫類や鳥類は脳で明るさを感じられるのですね。

女性の方がより繊細に色を区別できる?

ヒトの赤の視物質には多型が見つかっています。視物質であるオプシン・タンパク質の180番目のアミノ酸がセリンとアラニンの場合があり、同じ赤でも色合いが異なります。赤の視覚多型は男性に6:4の割合で存在しています。実はこの赤の視物質の遺伝子はX染色体上にあります。

女性はX染色体を2本持つので、青と緑と2種類の赤の4色性の色覚を持つ人が存在します。女性の方がより繊細に色を区別できるのかもしれません。

男性はX染色体が1本しかないので、赤緑が区別できないといった色覚異常が生じやすいと言われています。男性の5%には色覚異常があります。赤と青を区別できれば、赤と緑を区別できそうな気がしますが、実際はそうではないようです。赤と緑を区別できないと、森の中で熟した実を見つけられないことになります。だから木の実の採取は女性が担当していたのかもしれません。

ちなみにサルには色覚異常がなく、チンパンジには0.5%程度あります。また中南米に棲む新世界ザルには3色型と2色型が見られます。これはカモフラージュした昆虫の採食では2色型の方が優れているからだと考えられています。

脊椎動物の視物質とその進化

人間は、赤、青、緑に感受性が高い3つの視物質を持っています。その組み合わせで多様な色を見分けることができます。他の動物はどうでしょうか?実は脊椎動物は基本的に5つの視物質を持っています。5つとは、赤、紫、青、緑の視物質と明暗を感じるロドプシンです。そして赤、紫、青、緑、ロドプシンの順番で分岐して進化してきました。

霊長類以外の哺乳類は基本的に赤と青の2つの視物質を持っています。哺乳類は2億5000万年ほど前に現れましたが、6500万年前に恐竜が滅びるまで、夜行性だったので、緑と紫の視物質を失ったのです。しかしニホンザルや霊長類は、赤、青、緑の3色性の視覚をもっています。分子系統樹で見ると、4000万年前に、ヒトの赤の視物質から緑の視物質が出現したことが分かります。金魚やニワトリの方が視物質が多いのは少し驚きですね。

体色を変えるイカは色が分かるのでしょうか?

イカやタコには色素胞と呼ばれる器官があります。その器官には、黄褐色系のオモクロームという色素が含まれています。イカやタコはこの色素胞を収縮弛緩することによって、体色を変えています。それらの色素は層状であるため、多色を出すことができるのです。

イカが認識できる色は青緑(波長450〜500nm)で、赤色を認識できません。海の中のイカは色を認識できず、白灰黒のモノトーンの視覚をもっています。自らは色がわからないのに、変色するのは面白いですね。イカを釣る人は、様々の色の疑似餌(エギ)を使います。しかしアオリイカから見て、定番のオレンジとピンク、赤と紫は同じように見えるでしょう。

魚の色覚はなぜ豊富なのでしょうか?

魚は様々な水環境に適応しているために色覚が豊富です。基本的に魚は黄緑-赤、緑、紫、青の4色視覚ですが、その殆どは色覚多型です。金魚の仲間である骨鰾類のゼブラフィッシュは赤2、緑4、青1、紫外線1、桿体2の10種類の色覚を持っています。棘鰭(きょっき)類のメダカも、赤2、緑3、青2、紫外線1、桿体1の9種類の色覚を持っています。

魚は見る角度によって色覚を変えています。魚の眼球の背側の網膜にはLWS-2(黄緑-赤548nm)、RH2-1(青緑467nm)、RH2-2(緑476nm)の視物質があり、下を見る視覚に使っています。腹側の網膜には、それより長波長のLWS-1(黄緑-赤558nm)、RH2-3(青緑488nm)、RH2-4(緑505nm)の視物質があり、上を見る視覚に使っています。

水深200mの世界には青い光しか届きません。そこでは金目鯛のような赤い魚が増えてきます。赤色の魚は、青い光を反射しないので、目立たなくなります。魚の鱗は赤、青、緑を反射するので銀色になります。捕食者が魚を下から見上げると、太陽の光と魚の輝きは同じ様に見えて、魚は目立たなくなります。

カンブリア紀のカラフルな生き物

眼を持つ生物が出現したことで、色を見分ける生物や、体色や擬態で身を守る生物が生まれたのでしょう。『眼の誕生』の著者アンドリュー・パーカーはシドニーの博物館でウミホタルの研究をしていました。彼は動物化石に構造色を示唆する証拠を発見しました。構造色は、モルフォ蝶、タマムシ、孔雀の羽などにみられる美しい干渉色のことです。モルフォ蝶は櫛葉構造、タマムシは多層薄膜干渉、孔雀は回折干渉で発色します。色素は分解してしまいますが、構造色の構造は化石に痕跡を残します。

ウィワクシア(Wiwaxia)は、約5億年前の海に生息していたバージェス動物群に属する全長約2.5- 5cmの楕円形をした動物です。背面は多数の鱗状の骨片で全面が覆われています。体の背面に中央を挟んで左右1列に生える10本前後の鋭い棘(とげ)があり、これで身を守っていたと考えられます。また背中の鱗の表面には幅数百nmの周期的な溝があり、構造色を示していたと考えられています。カンブリア紀の浅い海の中には極彩色の生物が数多くいたのかもしれません。

視覚のメカニズム

視覚機能を支えているのは、オプシンと呼ばれる光受容タンパク質です。眼の網膜には視細胞が高密度で存在しています。視細胞にはパンケ-キ状の構造があり、その膜に沢山のオプシンが設置されています。オプシンは7個のαヘリックス構造を有しています。

オプシンは、ビタミンAの誘導体であるレチナールを7番目のヘリックスH7に保持しています。つまりレチナールは、H7のアミノ酸リジンの残基とシッフ塩基結合(C≡N)を形成しています。レチナール単体は紫外線しか吸収できないので、オプシンは単にレチナールを結合するだけでは可視光は吸収できません。しかし、分子進化の過程で、オプシン中の3番目のヘリックスH3にあるグルタミン酸のOH基から、シッフ塩基結合(C≡N)のNがHを獲得することで、レチナ-ルの電子構造が変化して、青色をピ-クとする可視光を吸収できるようになったのです。ChemSketchという分子のお絵かき無料ソフトを使って、オプシンのリジンとレチナ-ルのシッフ結合とグルタミン酸との関わりを図示してみました。

オプシンの活性化とシグナル伝達

光を受けていない不活性状態のオプシンにはシス型のレチナールが結合しています。視細胞に到達した光の受容によって、レチナールはシス型からトランス型へ構造変化します。それに伴ってオプシンの構造変化が引き起こされ、活性状態となったオプシンは、視細胞内に存在する3量体Gタンパク質と共役して情報を伝達します。活性化したGタンパク質のGDP-GTP交換反応を介して視細胞内のシグナル情報伝達系が駆動し、そこで生じた電気信号が脳へと伝わって私たちは”見えた”と感じるのです。

水晶体の進化

眼のレンズの水晶体の中はクリスタリンと呼ばれる可溶性のたんぱく質からできています。クリスタリンの組成は動物によって異なっています。脊椎動物はαとβの2種類のクリスタリンを持っています。これに加えて哺乳類はγクリスタリン、また鳥類や爬虫類はδクリスタリンを持っています。さらに鳥類でもアヒルなどには、α、β、δに加えてεとτと呼ばれるクリスタリンが存在します。

 1987年、アルギニノコハク酸リアーゼ(AL)のアミノ酸配列が、ニワトリのδクリスタリンとよく似ている(64%同じ)という驚くべき事実が見出されました。ALはアルギニンや尿素の合成を行なう酵素です。その後の研究により、両生類から爬虫類、鳥類へ進化する頃に、この酵素の遺伝子が重複して、2つになり、その片方が水晶体で強く発現して水晶体構造たんぱく質専用の遺伝子になったことが分かりました。つまり、δクリスタリン遺伝子はすでにあった酵素遺伝子を流用したものだったのです。

眼はどのように進化したのでしょうか?

植物プランクトンは、光合成ができる所に留まるために、周囲の明るさを感知する色素胞があります。貝類は複数の単眼をもっており、明るい場所を感知します。さらに窪んだ所に単眼を作ることで光のくる方向が分かるようになります。さらに眼の窪みが大きくなり、入り口が小さくなることでピンホ-ル眼が、入口にレンズができることでカメラ眼が出現しました。オウムガイはピンホ-ル眼を有しています。タコやイカなどの頭足類は大きなカメラ眼を持っています。頭足類のカメラ眼は、脊椎動物のものとは少し異なり、眼の神経線維網は網膜の下にあります。

眼の進化の主要な段階

 a) プランクトンの眼:光受容細胞が体表に露出している。周りの明るさを感知できる。

 b) カサガイの眼:窪みで光が差す方向を感知でき、細胞を損傷から守る。

 c) オウムガイの眼:ピンホール眼は光の方向を感知でき、入射光は像を結ぶ。

d) ゴカイの眼:眼球が閉じ、液体で満たされることで網膜が守られる。

 e) アワビの眼:シンプルなレンズは鮮明な像を結ぶのに役立つ。

 f) 脊椎動物:可動型レンズを持つより複雑な眼。

ヒトデの目は腕の先端にあります。アメリカムラサキウニは体全体が一つの大きな目のような働きをします。二焦点レンズや反射鏡を備えた目もあれば、上下左右が同時に見える目もあるそうです。ゲーリング博士は「動物の目は、一見異なった構造をしているように見えても、驚くほど共通の発生メカニズムをもっている」ことを見つけました。Pax-6遺伝子は眼を作る工程を担う遺伝子です。マウスやイカのPax-6遺伝子をショウジョウバエに挿入すると、ショウジョウバエに複眼が発生します。今の動物に見られる多様な目も、1つの祖先形からの変化したもと考えられています。

最初に眼をもった生物はなんでしょうか?

眼を持った最初の生物は、6億年前のエディアカラ紀の殻の柔らかい三葉虫(Trilobite)だと言われています。目があると、餌を探し見分けること、敵から逃げることに有利になります。カンブリア紀には、目を使って捕食行動や逃避行動をするために素早く動く多様な生物が発生しました。殻(方解石)の堅い三葉虫はカンブリア紀(5.4億年前)からペルム紀末(2.5億年前)の古生代に生息していました。三葉虫は5cmくらいの大きさの節足動物です。大きいものは70cmにもなるそうです。三葉虫は海底を這って、腐ったものを食べて生活していました。頭部には2組の複眼(数百の単眼)があります。目のレンズは方解石でできており、正面と両側面がよく見えます。三葉虫が堅い殻で覆われていたのは、アノマロカリスなどの捕食者から身を守るためだと考えられています。アノマロカリスの体長は1m近くあり、円形の石臼のような口をもっていました。

古生物学者アンドリュー・パーカーは「眼の進化が軍拡競争を引き起こし、多様な生物の急速な進化の引き金となった」と主張しました。これは「光スイッチ説」と呼ばれています。

マッコウクジラの深海適応能力

マッコウクジラは、3000mの深さを2時間潜航できます。クジラの血液密度はヒトの2倍です。筋肉のミオグロビンに保持できる酸素密度はヒトの10倍です。深海の水圧を受けないように、肺を空にしてから潜水します。マッコウクジラの頭には脳油袋があります。脳油は28℃で固化し、33℃で液化します。潜水時には鼻から海水を取り入れて脳油を固化して、比重を高くして潜水します。浮上時には、海水を鼻から吐き出して、血液で脳油を液化して、比重を低くして浮上します。マッコウクジラは北極から南極まで世界規模で分布しています。日本では小笠原諸島近海に雌と子供の群れが定住しており、知床半島近海には雄が見られます。母親は乳を使って、嫌がる子どものマッコウクジラを深海に誘導します。

マッコウクジラの歯は円錐形で下顎に広い間隔を空けて配置されています。1個の歯は1kgもあります。マッコウクジラの肉には蝋が含まれるため、食用の際に油抜きをします。日本では主に大和煮に用いられます。

ハクジラの超能力エコロケ-ションとは

水中は分子の拡散速度が小さいので臭覚はあまり役に立ちません。深い海中は暗いので視力より聴力が役に立ちます。マッコウクジラなどのハクジラは水中でのエコロケ-ション(反響定位)能力があります。反響定位法とは、音波を発して反響音波を感受して周囲の地形や水温、敵の位置や餌の形状などを見分ける方法です。反響定位を使えば、濁った海水中でも小魚を捕食できます。蝙蝠や魚群探知機や潜水艦ソナ-も反響定位法を使っています。水中の音波は空気中より5倍速く(1500m/s)、何百kmも遠くに伝えることができます。ハクジラはパルス状のクリックス音や甲高いホイッスル音を発して仲間と交信して餌をとります。水族館のイルカは音を使って仲間とタイミングを合わせて曲芸をします。

ハクジラはどうやって音波を発するのでしょうか?

ハクジラは鼻の穴が一つしかなく、頭部にメロン体という脂肪の塊を持っています。メロン体は音波のレンズの働きをします。鼻腔で発生させた音波は、メロン体で屈折収束することで、指向性の高い音波になります。鼻腔が一つしかないのは安定な音波を発生させるためでしょう。音波の受信は、眼の後方にある耳孔ではなく下顎骨を用いています。ここから骨伝導で内耳に伝えられます。耳骨は厚く緻密にできています。ハクジラの頭骨にはメロン体を収める窪みがあり、ACEイベントがあった年代にハクジラはすでにエコロケ-ション能力を獲得していたと考えられています。

どうしてクジラにはヒゲクジラと歯クジラがあるのでしょうか?

3400万年前のACEイベントに合わせて、原始クジラの一部は大量のオキアミが採れる「ヒゲ」を発達させたことが古クジラの化石研究から分かってきました。このころ数100万年で急速に進化し、完全なヒゲクジラが出現しました。このときにヒゲをもたないプロトケタスは絶滅しました。一方で水中でのエコロケ-ション(反響定位)能力を獲得したマッコウクジラなどのハクジラが出現し、ハクジラも形を変えて生き延びました。

1500万年前にクジラの故郷が消滅

2500万年前~1500万年前は中間的な気候で海水面は現在より100m高かったと言われています。中新世が始まる2300万年前に南極収束線が完成します。南極収束線は、南極を取り巻く潮の境界のことです。ここで南極大陸に沿って輸送される冷たい海水とその外側の亜南極の比較的暖かい海水が出会います。中新世中期1500万年前にテチス海が閉じ、クジラの故郷が消滅しました。クジラはグロ-バルな海生動物になることで、生き延びました。

850万年前の珪藻増大イベントPACE1(=PAcific Chaetoceros Explosion)

1500万年前~1000万年前にヒマラヤ山脈は標高5000mに達し、地球は再び寒冷化します。1500万年前以降には南極に氷床が現れます。この間に多くの種類のクジラが絶滅しました。850万年前には太平洋でキ-トケロス珪藻の産出増大が見つかっており、PACE1イベントと呼ばれています。寒冷化による湧昇の活性化が生じた証拠だと考えられています。PACE1イベントに合わせて、オキアミの種類が増大し、現生14種類のヒゲクジラが出現しました。このころクジラの頭骨化石のサイズが2倍になりました。餌が豊富になったために、イルカ、セイウチ、ペンギン、カワウソやイタチの種類も増加しています。

250万年前の珪藻増大イベントPACE2

270万年前に中央アメリカ海峡が閉鎖されました。温暖なメキシコ湾流が太平洋に抜けられなくなり、大西洋北部に流れ込み、北米に大量の雪を降らせました。それ以降、北半球にも氷床が現れます。250万年前にも太平洋でキ-トケロス珪藻の産出増大が見つかっており、PACE2イベントと呼ばれています。クジラの頭骨化石のサイズが6倍になりました。餌が豊富になったために、アザラシやオットセイの種類も増加しています。

ヒゲクジラ

鯨のヒゲは人間の爪と同じケラチンでできています。クロミンク鯨には長さ50cmの300枚のヒゲ板があります。口を開けて泳ぎ、海水からオキアミやカイアシなどの餌を漉しとって食べます。ヒゲクジラの餌の採り方には3種類あります。漉し採り型のセミクジラ、飲み込み型のナガスクジラ、掘り起し型のコクジラの順番に進化しました。湧昇の活発化により海水が濁り、視界が悪くなったために、ヒゲクジラは漉し採り型で小魚やオキアミを捕獲するようになったのではないかと考えられます。飲み込み型クジラは大量の海水を飲み込むためにアコ-ディオン状の畝(うね)をもっています。掘り起し型クジラは、海表面での競争を避けて、海底に棲む生物を食べるクジラです。巨大なクジラは水族館では見られません。私も巨大クジラはテレビでしか見たことがありません。

クジラの進化史

・クジラの祖先とその環境

5500万年前の始新世の初期は温暖で、海面は現在より200mも高いものでしたが、それから徐々に寒冷化していきました。そのころにはインド大陸は南極大陸から分離して、北上していました。インド大陸にはクジラの祖先であるアンブロケタスなどのカバに似た4つ足の陸生哺乳動物がいました。

3000万年前にインド大陸はユ-ラシア大陸と衝突し、ヒマラヤ山脈を形成し始めます。ヒマラヤ山脈には海底の堆積物が激しく褶曲した地層があり、多数のアンモナイトの化石が発見されています。ヒマラヤ山脈が形成されると、寒冷・乾燥化し、モンス-ン(季節風)が強化されました。ヒマラヤを流れる河川による風化浸食と風塵により、大量の栄養塩が海洋に供給されたと考えられています。

衝突前にはユ-ラシア大陸とインド大陸(あるいはアフリカ大陸)の間にはテチス海(Tethys Ocean)という浅い大海が広がっていました。テチス海は赤道上にあったので、赤道反流が西から東にテチス海を流れていました。温暖な気候の浅海では植物プランクトンが大繁殖しました。その死骸が海底に降り積もってできたのが現代の中東地区の石油だと考えられています。クジラの祖先は河畔から安全で豊富な餌が得られるテチス海に住むようになりました。体型も水中生活に適応し、プロトケタスという尾ヒレをもつ古代クジラが出現しました。

寒冷な漸新世で植物プランクトンが大量発生

漸新世が始まる3400万年前にオーストラリア大陸が南極大陸から離れ、南極還流が形成されました。低緯度地域で発生した暖流が南極大陸に接近できなくなり、急速に寒冷化が進み、両極には氷床が出現しました。氷床は太陽光を反射するので気温が下がり、氷床は拡大します。沿岸の海面が氷結すると塩分濃度の高い海水が大量に発生し沈み込みます。南極海沿岸は栄養塩濃度の高い深層海水が湧昇し、プランクトンやそれを食するオキアミが大量発生しました。植物プランクトンは光合成するので、温室効果ガスであるCO2が減少し、寒冷化に寄与します。

微化石の研究からACE(=Atlantic Chaetoceros Explosion)と呼ばれるキ-トケロス珪藻の爆発的な増大イベントが生じたことが分かっています。キ-トケロス属は湧昇流が活発な地域に生息する珪藻です。栄養状態が悪くなると、キ-トケロス珪藻は休眠胞子状態になり、海底の泥層に沈みます。湧昇流が起こり、栄養状態がよくなると、休眠胞子は表面層まで巻き上げられ、光を受けて休眠から目覚めます。通常、珪藻のガラス殻は薄く、化石として残らないのですが、キ-トケロス珪藻の休眠胞子状態のガラス殻は厚いために、20μm~50μmサイズの微化石として残ります。

三大植物プランクトンをご存知ですか?

海中の三大植物プランクトンは珪藻と渦鞭毛藻と円石藻です。これらは真核生物です。大きさは珪藻が20~50μm、渦鞭毛藻が50μm、円石藻が10μm程度です。

珪藻は、10万種ありますが、球形の中心類と細長い羽状類があり、いずれも弁当箱のようなガラス質(珪質)の殻をもっています。珪藻は細胞がガラスで囲まれているため、光を効率よく吸収できます。珪藻はガラス殻が重いために表層に自ら留まることはできませんが、渦流がある沿岸域や湧昇域では留まることができます。

珪藻は分裂時に内側に殻を形成するので、分裂するたびに少しずつ小さくなります。限界に達すると、有性生殖に切り替わり、増大胞子をつくりサイズを回復させます。沿岸湧昇域に生息するキートケロス属の珪藻は、低栄養塩濃度になると休眠胞子となり、海底に沈み、湧昇が活発になると、浮上してきます。

渦鞭毛藻は、2000種ありますが、半数は動物的なプランクトンです。鞭毛は、栄養塩濃度が低下した周囲の層を攪拌することで、周囲の栄養塩濃度を回復するのに役立ちます。あるいは鞭毛を使って、夜間に栄養塩濃度の高い深層に移動することもできます。単相で分裂して増えますが、栄養状態が悪くなると、複相(DNA2組)で接合繁殖します。休眠シスト状態にもなれます。渦鞭毛藻は赤潮の原因になります。

円石藻は、200種ありますが、すべて海産性です。コッコリスという石灰質円板の鱗片をもつ球形プランクトンです。天然のチョ-クは円石藻が沈殿してできたものです。円石藻が死ぬと沈降しますが、海底に到達する前に溶解してしまいます。円石が堆積するためには、動物プランクトンなどに捕食されて糞ペレット(fecal pellet)になる必要があります。

円石藻は微化石として大量に出土する為、現生種の何倍もの化石種が記載されており、示準化石として利用されています。円石藻の多くは貧栄養の外洋を好みます。Caイオンと炭酸水素イオンからCaCO3を形成する際にCO2を発生させますが、光合成によるCO2消費の方が多いようです。円石の役割には集光、CO2貯蔵、沈降防止、捕食防御など諸説あります。円石藻は白潮の原因になります。

円石藻はジメチル硫黄(DMS)を大気中に放出します。DMSは光化学反応して、SOxに変わります。こうした硫黄化合物は雲の核となり、雲形成を促進し、温室効果や地球の反射率を高める影響があります。

クジラはどのように進化してきたのでしょうか?

近年クジラの進化史が解明されつつあります。プレ-トテクトニクスによる大陸移動は、海峡封鎖や造山運動を引き起こし、海流を変化させ、気候を寒冷化させてきました。寒冷化による海底栄養塩の湧昇は、プランクトンやオキアミの大発生を引き起こし、クジラの餌を豊富に供給したのです。クジラヒゲはオキアミを効率よく捕獲できるので、クジラが巨大化しました。

1か月前に名古屋大学の須藤斎(いつき)准教授が書かれた「海と陸をつなぐ進化論」(Blue Bucks)を参考にして、クジラとプランクトンの共進化の歴史を紹介しましょう。ちなみに須藤准教授は珪藻という植物プランクトンの専門家です。須藤氏は珪藻が大発生した3つのイベントと海洋生物の進化の関係を研究されています。

大昔の海水温度を推定する酸素同位体比

酸素には3 種類の同位体が存在ますが、海水の酸素は16O(軽い水)と少量の18O(重い水)で構成されています。海水が蒸発し、積雪によって氷床に取り込まれ易いのは軽い水なので、軽い水が氷床に取り込まれます。そのため、氷床が拡大する氷期の海水は相対的に重い水が多くなり、逆に間氷期の海水は軽い水が多くなります。海水中を漂う石灰質有孔虫は海水を使って石灰質の殻を作ります。この殻には水温が低いほど、重い海水が多いほど多くの18O が取り込まれるので、酸素同位体比18O/16O は水温が低い氷期に大きくなります。

クジラ肉にはどんな利点があるのでしょうか?

クジラ肉は栄養があり、上手に調理すると大変美味しいと言われています。クジラの赤身肉は魚肉よりは牛肉に近い触感です。

・クジラ肉の利点1 ~ バレニン

鯨肉は、鶏ささみと同等の熱量で、その脂肪分は鶏ささみの半分です。だから鯨肉は筋トレやダイエットに理想的なタンパク源になります。ヒゲ鯨の肉には、抗疲労機能をもつバレニンが大量に含まれています。ニワトリや牛には100g当たり2~5mgしか含まれていませんが、ミンククジラ(ヒゲクジラ)の赤肉100gには1,900mgのバレニンが含まれています。但しマッコウクジラ(歯クジラ)には3mgしか含まれていません。

 ヒゲクジラは、春から夏にかけて栄養塩が湧昇する高緯度地方で餌を取りたっぷり脂肪を蓄えます。秋になると大移動し、低緯度地方で餌を食べずに生殖と子育てをします。低緯度地方の海は、暖かく透明なので、皮下脂肪が不十分な子クジラを育て守るために適しているのです。大海原を泳ぎ続けるヒゲ鯨のスタミナは、バレニンに秘密があると言われています。

バレニン(Balenine)とは

バレニンはイミダゾール・ジペプチドの一種で、メチル化ヒスチジンとβアラニンという2つのアミノ酸が結合した物質です。ヒスチジンはイミダゾール基を有する必須アミノ酸で、イミダゾール基は窒素を2つ含む五員環です。ヒトの生体内では、乳酸の分解促進に関わり、疲労回復に効果があります。バレニンは、消化吸収時に2つのアミノ酸に分解されますが、体中で再合成されます。ヒトの場合、脳細胞、筋肉などの消耗の著しい部位に、イミダペプチド合成酵素が豊富に存在するために、酸素消費が多く発生する部位で、バレニンが再合成されやすく、抗酸化作用が発現しやすいと言われています。

・クジラ肉の利点2 ~ ヘム鉄とDPA(ドコサペンタエン酸)

クジラの赤肉には吸収されやすいヘム鉄が含有され、貧血の予防に役立ちます。鯨肉は安全で栄養価の高い動物性タンパク源であり、アレルギー患者が安心して食べられる代替タンパク源です。クジラ肉には血液の流れをよくするDPAが含まれています。

・クジラ肉の利点3 ~ コラーゲン

クジラのベーコンにはコラーゲンが多く、その原料となる畝須(うねす)には28%ものコラーゲンが含まれています。畝須とは、クジラの下あごから腹部にかけての畝状の部分です。上部の脂身をウネ、肉部をスノコ と呼ぶので、「うねす」という名前になったそうです。クジラのベーコンは畝須を塩漬けにしてから燻製にしたものです。

世界の漁獲高

世界の漁獲高は、養殖も含めて、2.0億トンです。上位12位までを紹介すると、中国8152万トン(1位)、インドネシア2320万トン、インド1078万トン、ベトナム642万トン、米国537万トン、ロシア495万トン、日本434万トン(7位)、フィリピン423万トン、ペル-391万トン、バングラディッシュ388万トン、ノルウェ-353万トン、韓国325万トン(12位)です。中国が圧倒的1位で、日本は第7位です。中国は日本の10倍の人口ですが、漁獲高は日本の19倍です。世界の漁獲量が頭打ちとなる中で、1990年代以降には、主に中国が養殖生産量を急拡大し、世界の水産物需要の増大を支えています。

・マッコウクジラの漁獲高

マッコウクジラの餌消費量は9000万トン~2億トンと推定されています。マッコウクジラは10万匹いますが、13億人の中国人より魚を食べています。但しマッコウクジラは、人類が捕獲できない深海に生息するイカやサメを主食としています。

日本の魚の国内消費

日本は魚が足りない状況です。日本は供給魚の50%を海外から輸入しています。養殖は10%、漁獲量は40%です。日本の魚の95%は国内で消費されます。輸出されるのは5%だけです。ノルウェ-の場合は、輸入が28%、養殖が15%、漁獲量が58%です。国内消費は45%で、輸出が55%です。日本よりバランスがとれており、余裕があります。

何故日本は国際捕鯨委員会(IWC)から脱退したのでしょうか?

IWCの本来の目的は「鯨類資源の保存と有効利用」と「捕鯨産業の秩序ある発展」の2つでした。しかし1980年代に反捕鯨を唱える非捕鯨国の加盟が急増し、1982年に商業捕鯨の一時停止が採択されました。 そうした状況の中、ノルウェ-は1993年から、アイスランドは2006年から商業捕鯨を再開し、ついに日本も商業捕鯨を再開する方針を固めました。

日本人は縄文時代からクジラ類を食してきた習慣があります。日本にとって鯨類資源は重要な食料資源です。日本は、30年間科学的調査を行い、鯨類資源が持続的に利用可能であることを実証してきました。しかし非捕鯨国は捕鯨国が持続的に商業捕鯨をする必要性を認めようとしませんでした。日本政府は、IWCは本来の目的を実現できないと判断し、2018年12月26日にIWCを脱退しました。今後日本はIWCにオブザーバとして参加し、科学的知見に基づく鯨類の資源管理に貢献します。立場を共有する国々と連携し、IWCの機能回復を目指すとのことです。

実際にクジラを持続的に利用できるのでしょうか? 

クジラの種類によって持続的に利用可能な捕獲数が異なります。例えばクロミンククジラは十分な資源量が確認されているので、持続的利用が可能です。水産庁によると、クロミンククジラの推定数は51.5万匹で、毎年0.2%(1000匹)捕獲しても数量を維持できるとのことです。日本は調査のため毎年850匹を捕獲しています。希少なクジラを保護しながら、数量の多いクジラを計画的に捕獲することは、漁獲量の向上にもつながります。クジラ肉は栄養があり、上手に調理すると大変美味しいと言われています。

日本は2019年7月から30年ぶりに商業捕鯨を再開する予定です。商業捕鯨は、日本の領海及び排他的経済水域に限定され、南半球では捕獲を行いません。捕鯨はIWCの捕獲枠の範囲内で行われます。

6-3.理想の土壌とはどのようなものでしょうか?

・塩基バランスがとれた土壌のミネラル含有量
pH6.5でCEC=15meq/100gの土壌でCaO:MgO:K2O=5:2:1(当量比)の理想的な土壌のミネラル含有量を求めてみましょう。pH6.5の塩基飽和度は80%ですから、ミネラル電荷の総量は、土壌100g当たり12meq(=15meq×0.8)となります。
CaO:MgO:K2O=12meq×5/8:12meq×2/8:12meq×1/8=7.5meq:3.0meq:1.5meq
です。合計12meq(=7.5+3.0+1.5)。これを重量比に換算すると
CaO:MgO:K2O=7.5meq×28mg/meq:3.0meq×20mg/meq:1.5meq×47mg/meqより、
CEC=15meq/100gの土壌では、
・ CaO:MgO:K2O=210mg:60mg:70mg=61.8%:17.6%:20.6%(重量比)
となります。当量比(62.5%:25%:12.5%)に比べると、重量比はMgが少し減った分だけKが増えたようにみえます。
もしCEC=30meq/100gの土壌であれば、それぞれ2倍になり
・ CaO:MgO:K2O=420mg:120mg:140mg (合計680mg)
となります。理想的なCaO重量はMgOの3.5倍、K2Oの3.0倍です。
pH6.0の場合は、塩基飽和度は70%ですから、上記の比率を0.875倍(=70%/80%)すれば求まります。CEC=30meq/100gの土壌の場合
・ CaO:MgO:K2O=368mg:105mg:122mg (合計595mg)
となります。pHを6.5から6.0に下げると、85mg(680mg-595mg)のミネラルが減少します。この土質の場合pH1だけ変化させるには、170mg/100gのミネラルが必要です。これは1反当たり170kgの施肥量に相当します。30kg/袋で6袋分のミネラルが必要です。

・不足肥料の計算
 土壌分析の結果に基づいて不足肥料の計算をしてみましょう。例えば土壌分析の結果、CEC=28meq/100gかつ
・ CaO:MgO:K2O=280mg:100mg:94mg (合計480mg)
であったとしましょう。この当量比は
・CaO:MgO:K2O=280mg/28:100mg/20:94mg/47=10meq:5meq:2meq(合計17meq)
となります。飽和塩基度は
・ 17meq/28meq×100=60%
です。土壌pH5.5と酸性になっています。pH6.5にするには、
・ CEC=17meq×80%/60%=23meq
を狙って、23meqを5:2:1に分配します。
CaO:MgO:K2O=23meq×5/8:23meq×2/8:23meq×1/8=14.4:5.8:2.8(合計23)
ですから、電荷比を重量比に換算すると
CaO:MgO:K2O=14.4meq×28(mg/meq):5.8meq×20:2.8meq×47 より
・ CaO:MgO:K2O==403mg:116mg:132mg
となります。不足分は、100g土壌あたり
・ ⊿CaO:⊿MgO:⊿K2O=403mg-280mg:116mg-100mg:132mg-94mg
=123mg:16mg:38mg
となります。これを1反当たりの施肥量に換算します。

・施肥量の計算
まず耕深10cm(ロ-タリ-)、土壌比重1g/cm3を仮定し、1反当たりの施肥重量(kg)を求めます。その後で耕深と土壌比重の計測値から施肥量を補正します。1反は10a(アール)で1000m^2です。肥料を入れる体積は100m^3となります。土壌比重は1g/cm3=1ton/m^3なので、100m^2の土壌重量は100tonになります。CaOを100g当たり123mg投入する場合、100万倍して、1反(100ton)当たり123kg施肥することになります。つまりmgをkgに変更するだけで、1反当たりの施肥量に換算できます。従って施肥量は
・ ⊿CaO:⊿MgO:⊿K2O=123kg:16kg:38kg (10m×100mの面積)
となります。20cm深さの場合は、施肥量を2倍にします。比重1.2の場合は1.2倍します。肥料の種類が異なる場合は換算します。CaCO3ならば、分子量100gなので、CaOの分子量56gに対して、1.78倍(=100/56)の重さの施肥量になります。堆肥のときは、堆肥に含まれる3つのミネラルを分析で求めて、不足分を補うように計算しなければなりません。施肥するときは、もちろん肥料をよく混ぜて、畑に均一に撒いて、深さを一定にして均一に耕さなければなりません。CECの低い土壌は追肥をして収量を上げます。

・収穫量の予想
 収穫量はCECから予想できます。CEC=10meq/100gとします。窒素含有量は20%程度、窒素の原子量は14gなので、土壌100g当たり
・ N量=10meq×0.2×14=28mg/100g
1反の土壌重量は100トンだったので、1反当たり28kgになります。作物は施肥量の70%程度を吸収すると言われているので、
・作物が利用できるN量=20kg/反(=28kg/反×0.7)
です。。肥料の値段は5万円以内でしょう。トウモロコシ1tを作るのに窒素は20kg必要(実に10kg、茎葉に10kg)です。
・ トウモロコシの収穫量=20(kg/反)/20(kg/t)=1.0ton/反
となります。1本400gが200円くらいです。
・ 売上=1000(kg/反)/0.4kg×200円=50万円/反
CEC=30 meq/100gであったとしても、トウモロコシの反収は150万円程度です
一方トマトの場合は、1tを作るのに窒素は5kg必要です。
・ トマトの収穫量=20(kg/反)/5(kg/t)=4.0ton/反
となります。1個200gが200円くらいなので
・ 売上=4000(kg/反)/0.2kg×200円=400万円/反
となります。但しトマトは脇芽の除去など手間がかかります。CEC=15meq/100gで反収600万円なので、生活がなりたちそうです。
それでも息子はトウモロコシ農家になりたいなどと申しております。トウモロコシは6月など早い時期に出荷できれば、9月の3倍の値段で売れます。特別に高価な品種であるとか、お祭りとか娯楽施設など高値で卸せるのであればいいですけど、そうでなければ難しい作物ではないでしょうか。


・塩基バランス
 塩基飽和度とはCECに占めるCa、Mg、Kの合計の割合です。塩基飽和度が80%だとPH=6.5になり、作物の成長に望ましいです。電荷量Eqに換算した比率で「Ca:Mg:K=5:2:1」の割合が理想的な塩基バランスだとされています。この塩基バランスで、作物にあった塩基飽和度のとき、経験的に作物の品質は安定します。
塩基バランスが崩れて苦土が少ないとリン酸が土壌にたくさんあっても吸収できないなどの障害がおこります。塩基バランスを整えると、リン酸の吸収がよくなって病害虫も少なくなり、農薬散布がいらなくなります。また、土壌微生物の環境が改善され有機物の分解と腐植の生成が進み土壌の養分保持力も向上します。塩基バランスや飽和度が崩れた土壌に微生物資材を使っても効果はでません。
 こどもの頃フル-チェというおやつが好きでした。これは果物の糖に牛乳を混ぜてゲル状に固めたものです。ペクチンとCaが反応して固まります。細胞壁はセルロ-ス繊維にペクチンから成っています。Caを摂ると細胞壁が固くなり、病虫害に強くなり日持ちがする野菜ができます。Kは浸透圧を調整しています。Kが多くなると水分が多くなるので果物が膨らんで柔らかくなるイメ-ジです。例えば柔らかいバナナはKが多いです。つまり直観的にはCaは作物を締める働き、Kは作物を緩める働きをします。だからそのバランスをとることが必要です。

6-2土壌分析とはどのようなものでしょうか?

土壌分析や堆肥分析では、100gの土壌に残留している各種ミネラルの質量、土壌や堆肥のpHやCECを得ることができます。収穫したい作物量に必要なミネラル量に対する不足分を求め、適正なミネラルの施肥量を知ることができます。土壌分析は3000円~1万円程度で外注することができます。施肥量の計算ソフトも開発されています。以下に土壌分析に必要な知識について述べます。

・陽イオン交換容量CEC(=Cation Exchange Capacity)
土壌粒子は負に帯電しているので、その周囲にCa2+、Mg2*、K+、NH4+、H+、Na+などの正イオンをよく吸着します。CECは土壌の持つ陰イオン電荷の総数です。つまりCECは土壌が含有できる陽イオン電荷の総数でもあります。CECが高ければ、ミネラルが豊富な土壌ですので、高い収穫量が期待できます。良い土壌は、土壌100g 当たりのCECが15mEq以上と言われています。

mEqはミリ当量(Equivarennt)と読みます。meと表記されることもあります。Eq=原子量/原子価です。つまりEqは素電荷1モル当たりの原子の質量を表しています。農学では陽イオンを酸化物で考えます。
Caの場合、石灰CaOの分子量は56g(=40+16)で、2価なので、1Eq=56g/2=28g
Mgの場合、苦土MgOの分子量は40g(=24+16)で、2価なので、1Eq=40g/2=20g
Kの場合、K2Oの分子量は94g(=39×2+16)で、1価が2つで、1Eq=94g/2=47g
となります。言い換えれば28gのCaOは、電子1モル(=6×10^23個)の電気量、つまり1Fd(ファラディ)の電気量をもちます。1[Fd]=NA・e=96485[C]です。
ここでは、
・ 石灰1mEqは28mg、苦土1mEqは20mg、加里1mEqは47mg
であることを覚えておきましょう。

・CECのイメ-ジ
土壌粒子は、中華料理店の円卓に例えられます。円卓の座席が交換基で座席数がCECです。Ca、Mg、Kのミネラルが座席を占め、残りの席はH+で占められていると考えます。H+の席数が多ければ、土壌酸性度が高い(pH<7)ことになります。酸性化が進行すれば、Ca、Mg、Kのミネラルが減少し、Mn、Fe、Znの可溶化による過剰症を引き起こします。
土壌酸性度が中性(pH=7)とは、すべての席がミネラルで占められていて、H+イオンが殆どない状態です。アルカリ性は座席が満席で、円卓の外にミネラルが溢れている状態です。土壌がアルカリ化するとMn、Fe、Znの欠乏症を引き起こします。酸性土壌がよくないのはミネラルが少ないからです。

塩基飽和度とは円卓の座席を占有するCa、Mg、Kの合計座席数の割合です。pH=6.5で塩基飽和度が80%、pH=6.0で塩基飽和度が70%、pH=5.5で塩基飽和度が60%となります。pHにはpH(H2O)とpH(KCl)の2種類があります。pH(H2O)はH2Oで溶出して測定したpHで土壌水溶液の水素イオン濃度です。pH(KCl)はKClで溶出して測定したpHで、土壌粒子に吸着した水素イオンも含めた濃度です。そのためpH(KCl)の値はpH(H2O)より1程度低くなるのが普通です。その差が土壌粒子に吸着した水素イオン数に対応しています。

・CECの測定方法
CECの測定は、pH7の酢酸アンモニウム溶液(CH3OO-NH4+)1mol/Lを用います。土壌の交換基に付着している様々な陽イオンを全てNH4+イオンに交換し、過剰のNH4+をアルコールで洗浄します。その後、KCl(塩化カリウム)溶液を注いで、NH4+イオンを全てK+イオンに交換し、浸出させて得られたNH4+イオンを定量して、陽イオン交換容量を求めます。NH4+イオンの定量は、KOH、フェノールおよびニトロプルシッドナトリウムの混合溶液と次亜塩素酸ナトリウム溶液を加え、インドフェノールの青色を発色させて比色します。

・交換性塩基(石灰CaO、苦土MgO、カリK2O)の測定方法
pH7の酢酸アンモニウム1mol/L(塩基抽出試薬)を用いて置換溶出して、交換性塩基を抽出します。具体的には土壌1gを計って100mlのポリ瓶に入れ、塩基抽出試薬20mlを加え、30分間振り混ぜた液をろ過します。抽出ろ液、標準液(CaO:150mg/L)、ブランク(塩基抽出試薬)にそれぞれ発色試薬を混ぜて静置した後、分光光度計(波長530nm)で3つの試料の吸光度を測定します。MgOの標準試薬は30mg/L、分光波長470nmで行います。Ca価数は2より、標準液(CaO:150mg/L)は、土壌含量CaO 300mg/100gに相当します。
・試料のCaO含有量(mg/100g)=300/[標準液CaOの吸光度]×[試料の吸光度]×補正値
で算出します。