トリプトファンから生成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

トリプトファンから生成される抗酸化物質には、メラトニン(melatoninn)、システイン・トリプトフィル・キノン(CTQ)、トリプトファン・トリプトフィル・キノン(TTQ)などがあります。 メラトニンはトリプトファンのインド-ル環にメトキシ基(-OCH3)が結合した構造をしています。

メラトニンは、動物、植物、微生物に広く存在するホルモンです。動物では、メラトニンの血中濃度は1日の周期で変化しており、概日リズムによる同調を行っています。 メラトニンは、血液脳関門も通り抜けるために、体全体に行きわたる強力な抗酸化物質であり、特に核やミトコンドリアにあるDNAを保護します。睡眠前に0.3 mg程度 の少量 のメラトニンを服用すると、概日周期を早くし、早い入眠と起床を促すと言われています。但し、メラトニンには性腺抑制作用もあり、多く摂取すると月経を止める作用があります。米国ではメラトニンはドラッグストアで販売されています。

TTQとCTQは、ビタミン補酵素ではなく、キノン補酵素です。キノンとはベンゼン環の水素が酸素と置換した化合物です。そもそも補酵素とは何でしょうか? 補酵素は酵素に活性を持たせるものです。一般に酵素は、補酵素とアポ酵素が混在する条件と基質分子(反応物質)が存在することにより、化学反応を触媒できます。アポ酵素とは、補酵素を欠いているDNAによって規定される酵素のタンパク質部分のことです。補酵素がアポ酵素と緩く結合することにより初めて酵素活性が生じます。

フェニルアラニンから生成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

ヒドロキシフェニルピルビン酸とチロシンから生成される抗酸化物質についてはすでに紹介しました。ここではフェニルアラニンとトリプトファンから生成される抗酸化物質について紹介します。

フェニルアラニンからは、ケルセチン(quercetin)、クマリルアルコール(Coumaryl alcohol)、レスベラトロ-ル(resveratrol)などが誘導されます。これらはポリフェノ-ルであり、最も強力な活性酸素であるOHラジカルを消去する効果があります。

・ケルセチン

ケルセチンは野菜や果物に含まれるポリフェノールの一種であり、フラボノイドに分類されます。 ケルセチンには強力な抗酸化作用をはじめ、動脈硬化の予防や血糖値やコレステロール値を低下させる作用があります。ケルセチンはタマネギやソバをはじめ多くの植物に含まれます。

・クマリルアルコール

クマリルアルコールは、フィトケミカルです。重合すると、リグニンまたはリグナンとなります。クマリルアルコールの誘導体は、食用の抗酸化物質として作用します。

・レスベラトロ-ル

レスベラトロールはポリフェノールの一種です。いくつかの植物でファイトアレキシンとして機能しており、またブドウの果皮などにも含まれる抗酸化物質として知られています。

レスベラトロールは赤ワインに含まれることから、心血管関連疾患の予防効果が期待されています。2006年にNature誌にてレスベラトロールがマウスの寿命を延長させるとの成果が発表され、大きな注目を集めました。

線虫や酵母は、カロリー摂取制限によって、長生きすることが見出されました。サーチュイン遺伝子は、長寿遺伝子または抗老化遺伝子とも呼ばれ、飢餓やカロリー制限、運動によって活性化します。近年、レスベラトロールがサーチュインタンパク質を活性化するという報告がありました。

サーチュイン自体は、ヒストン脱アセチル化酵素です。ヒストンが脱アセチル化されると、ヒストンのアミノ基が増えアルカリ性になり、酸性のDNAとの親和力が高まり、ヒストンとDNAが強く結び付いて、遺伝子の発現が抑制されます。飢餓環境下ではサーチュイン遺伝子が働き、DNAの活動が抑制され、結果的にDNAの損傷防止につながるために、長寿になるという考え方です。

ビタミンEの抗酸化作用はどのようにして生じるのでしょうか?

ビタミンEの抗酸化作用は脂質ラジカルを捕捉して生じます。まずは脂質の酸化機構を復習しましょう。ヒドロキシ・ラジカルOH・は脂質LHからH・を引き抜き、

  •  LH + OH・ → L・ + H2O (連鎖開始反応)

脂質ラジカルL・を生じさせます。L・はO2と反応し、過酸化脂質ラジカルLO2・を生じさせ、LO2・は脂質LHと反応し、L・とLOOHを生じさせます。

  •  L・ + O2 → LO2・ (連鎖反応1)
  •  LH → LOOH + L・ (連鎖反応2)

その結果、連鎖的に脂質酸化が進行するのでした。

ビタミンEは、脂質ラジカルL・と反応し

  •  L・ + ビタミンE → LH + ビタミンE・

となるので、ビタミン Eは脂質ラジカルの発生を抑制します。つまりビタミンEは連鎖開始反応を抑制するラジカル捕捉型抗酸化物です。また生じたビタミンE・は

  •  LO2・ + ビタミンE・ → ビタミンE-OOL 複合体

となるので、過酸化脂質ラジカルLO2・を捕捉することで連鎖的な酸化反応も抑制します。但し過酸化脂質LOOHを生じさせる反応

  •  LO2・ + ビタミンE → LOOH + ビタミンE・

もあります。生体内ではビタミンE・はビタミンCによって還元され、元のビタミンEに戻ります。

生体内において、脂質は細胞膜やミトコンドリアの膜にあります。膜の脂質が活性酸素OH・に攻撃された場合、脂質ラジカルL・が生じますが、ビタミンEがL・をLHに戻します。生じたビタミンE*はビタミンCによって還元され、生じたデヒドロ・ビタミンCはグルタチオンSHによって還元され、生じたGSSHは、エネルギ通貨であるNADPHによってGSHに戻されます。結局、総反応式は

  • LH + OH・ +NADPH → LH + H2O + NADP+

となります。

ビタミンEは8種類あるのですが、体の中では、肝臓で、α-トコフェロールだけが優先的に脂肪やコレステロールを運ぶアポタンパク質に結合して他の細胞に運ばれます。他のビタミンEは、細胞内で解毒酵素とβ酸化によって水に溶けやすくされ、尿から体外へ排出されます。

酸化ストレスに対する防御システムにはどのようなものがあるでしょうか?

酸化ストレスに対する防御システムは機能別に4種類あります。

1.予防型抗酸化物 (preventive antioxidant)

カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD) 、グルタチオンペルオキシダーゼ、グルタチオンSトランスフェーラーなどのタンパク質酵素は、活性酸素やフリーラジカルの生成を抑える機能があるので、予防型抗酸化物と呼ばれています。

2.ラジカル捕捉型抗酸化物(radical-scavenging antioxidant)

ラジカル捕捉型抗酸化物には、ビタミン C、ビタミン E、尿酸などの連鎖開始反応を抑制するタイプと、ビリルビン、アルブミン、カロテノイド、ユビキノール、フラボノイドなどの連鎖成長反応を抑制するタイプのものがあります。即ち、ラジカルの発生を抑えるタイプと、生じたラジカルを早く消滅させるタイプがあります。これらの抗酸化物は生成した活性酸素やフリーラジカルを速やかに消去、捕捉、安定化する機能があるので、ラジカル捕捉型抗酸化物と呼ばれています。

ラジカル捕捉型抗酸化物の多くは、馴染み深いビタミンやポリフェノール、コエンザイム Q などの低分子化合物です。これらの抗酸化物は活性酸素を捕捉するか安定化させて、細胞を防御したり、酸化傷害の拡大を防ぐ役割を担っています。

3.修復再生型抗酸化物 (repair、de novo antioxidant)

リパーゼ、プロテアーゼ、DNA修復酵素、アシル・トランスフェラーゼなどの酵素は、酸化変性物質を修復する機能があるので、修復再生型抗酸化物と呼ばれています。

4.適応機能 (adaptation)

必要に応じて上記の防御機能を誘導して適応する系があります。

脂質の酸化反応はどのように生じるのでしょうか?

酵素によらない酸化反応は、自動酸化とも呼ばれ、開始反応、成長反応、停止反応から成るラジカル連鎖反応です。脂質(LH)は生体中で特に酸化されやすく、酸化されると生体膜流動性が低下し、生体膜の機能が損なわれます。酵素的酸化反応は主にリポキシゲナーゼにより触媒されます。

  1. 開始反応 LH → L・+ H・

開始反応では脂質から水素が引き抜かれて脂質ラジカルL・が生成します。二重結合に隣接した炭素は電子を奪われているので、その炭素上のC-H結合は弱まっており、水素が引き抜かれ易くなっています。二重結合がある不飽和脂肪は酸化されやすいのはそのためです。水素引き抜きにはヒドロキシルラジカル・OHが関与します。生じた不対電子は隣接する二重結合のπ電子と共鳴状態になります。

2.成長反応:

L・+ O2 → LOO・

LOO・+ LH → LOOH + L・

脂質ラジカルL・に酸素が反応して過酸化脂質ラジカルLOO・が生成します。これは脂質ヒドロ・ペルオキシド・ラジカルとも呼ばれます。次にLOO・が脂質LHと反応して、水素を引き抜き、過酸化脂質LOOHと脂質ラジカルL・が生じます。L・は再び酸素と反応して同じことが連鎖的に繰り返されます。図1にこれらの脂質の連鎖的酸化反応を図式的に表します。

3.停止反応: 2L・→L-L 

L・+ LOO・→ LOOL

2LOO・→ LOOL + O2

 連鎖反応を止めるにはラジカル分子どうしの反応を待ちます。抗酸化剤はL・、LOO・ 、LO・を捕捉しお互いに反応させることで、連鎖反応を停止させます。一重項酸素も脂質アシル基(R-CO-)の二重結合と直接反応し、LOOHを生成します。葉緑体のチラコイド膜は脂質の不飽和度が高く、酸素濃度も高いため、脂質酸化を受けやすいです。

ヒドロキシフェニルピルビン酸から合成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

ヒドロキシフェニルピルビン酸(HPピルビン酸)はチロシンYのアミノ基を酸素で置換した芳香族化合物です。前回説明したようにHPピルビン酸(hydroxy-phenyl-pyruvate)は、シキミ酸(shikimate)、コリスミ酸(chorismate)、プレフェン酸(prephenate)を経て生合成されます。シキミ酸はベンゼン環に3つのOHと1つのCOOHが付加したか化合物です。HPピルビン酸からチロシンYが合成されますが、逆にチロシントランスアミナーゼによって、チロシンYからHPピルビン酸を合成することもできます。

HPピルビン酸から合成される抗酸化物質は、トコフェロ-ル(=ビタミンE)、トコトリエノ-ル、プラストキノ-ル、ユビキノ-ルなどがあります。これらの脂溶性ビタミン類には、クロマン(Chromane)またはベンゾ・ジヒドロ・ピラン(benzo-dihydro-pyran)と呼ばれる酸素を含む複素ベンゼン環を有する特徴があります。

トコフェロ-ル(tocopherol)のtocosはギリシャ語で「子供を産む」、pheroは「力を与える」、olは「OH基をもつ」という意味です。トコフェロ-ルが不足するとネズミが不妊症や流産が生じることが知られていました。トコフェロ-ルは強力でしかも安全な酸化防止剤として知られています。トコフェロールは植物に多く含まれています。特に小麦胚芽油、大豆油、トウモロコシ油、綿実油に豊富に含まれています。ビタミンEの生理活性に関しては、赤血球の抗溶血活性がよく用いられます。赤血球膜は酸化的ストレスにより溶血しますが、それをどの程度抑制するかによって評価するものです。

トコトリエノールはトコフェロールの約40~60倍もの抗酸化力を持つことから、米国では「スーパービタミンE」とも呼ばれています。トコフェロールは様々な植物油から抽出できるのに対して、トコトリエノールはパーム油やココナッツ油、米ぬか油などの特定の植物油にごく少量しか含まれていません。

プラストキノール(PQ)は葉緑体の膜貫通タンパク質複合体の一つです。プラストキノールは光化学系IIから得た電子をシトクロムb6/f複合体(cytochrome b6/f complex)に伝達したり、プロトン(H+)を葉緑体の膜の内外(つまりストロマとチラコイドルーメン)間で輸送することでATPを合成するための電気化学的なプロトン勾配を作り出しています。

  • プラストキノン + H2O → プラストキノ-ル+ 1/2・O2 + 2H+

ユビキノ-ル(UQ)にはメトキシ基(-OCH3)が2つあります。イソプレンの長い側鎖はユビキノ-ルを生体膜中に保持する役目を果たしています。ユビキノールの2つの水酸基(-OH)をカルボニル基(=O)に置き換えたのがユビキノンです。ユビキノンは2電子還元を受けユビキノールになります。ユビキノンはミトコンドリア内膜の電子伝達に関与しています。特に電子伝達系、呼吸鎖複合体I(NADH脱水素酵素複合体)から呼吸鎖複合体III(シトクロムbc1複合体)への電子伝達に寄与しています。

呼吸鎖複合体Iでは、

  • NADH + ユビキノン(UQox) → NAD+ + ユビキノール (UQred)

呼吸鎖複合体IIIでは

  • ユビキノール + シトクロムc (Cytox, Fe3+) → ユビキノン + Cytred(Fe2+)

という反応が生じています。

シキミ酸経路とはどんな代謝経路でしょうか?

シキミ酸経路は、植物や微生物が芳香族化合物を生合成する重要な代謝経路です。チロシンやトリプトファンなどの新しい芳香族アミノ酸は様々の抗酸化物質を作り出します。これらの芳香族アミノ酸はシキミ酸経路(shikimic acid pathway)で合成されます。

シキミ酸は、ホスホエノールピルビン酸(PEP)とエリトロース-4-リン酸(E4P)の脱リン酸反応と環形成反応により、3-デヒドロキナ酸を生じます。さらに脱水反応により、3-デヒドロシキミ酸となり、最後に水素が付加して、シキミ酸となります。

シキミ酸はリン酸と脱水反応して、3-ホスホシキミ酸となります。3-ホスホシキミ酸はホスホエノールピルビン酸と反応して、3-ホスホエノ-ルピルビルシキミ酸となります。3-ホスホエノ-ルピルビルシキミ酸は脱リン酸反応により、コリスミ酸(chorismic acid)となります。

コリスミ酸経路

コリスミ酸は、植物の代謝過程の中間体として重要な役割を演じる化合物です。コリスミ酸からは、フェニルアラニン、チロシンなどの芳香族アミノ酸やトリプトファンなどのインドール化合物が得られます。コリスミ酸は、植物ホルモンのサリチル酸やアルカロイドなど、様々な生体物質の原料でもあります。

まずコリスミ酸からはプレフェン酸が生合成されます。プレフェン酸のCOOH基が取れると4-ヒドロキシフェニルピルビン酸が得られます。さらにカルボニル基(=O)がNH2基に置換すると、チロシンが得られます。プレフェン酸からはフェニルアラニンが得られます。フェニルアラニンはチロシンからOH基を除去した芳香族アミノ酸です。ヒドロキシフェニルピルビン酸からは、トコフェロ-ルなどの抗酸化物質が得られます。

コリスミ酸からトリプトファンの合成経路

この経路は6段階の反応からなります。まずコリスミ酸は、アントラニル酸シンターゼの下でグルタミンと反応して、ベンゼン環にNH2基が付加したアントラニル酸を生じます。アントラニル酸はリン酸化合物と何段階か反応し、ベンゼン環にNを含む五員環が結合したインド-ルを生じます。インド-ルは便臭で有名な物質です。インド-ルはセリンと脱水反応してトリプトファンが生じます。反応を触媒する酵素はトリプトファンシンターゼです。

結局、シキミ酸からコリスミ酸を経てトリプトファン1、コリスミ酸からプレフェン酸を経て、ヒドロキシフェニルピルビン酸2とフェニルアラニン3とチロシン4が生成されます。これら4つ芳香族化合物は抗酸化物質の原料になっています。

チロシンからどのような抗酸化物質が合成されるのでしょうか?

チロシンYから合成される抗酸化物質の殆どはキノンです。例えばTPQ、LTQ、CTC、PQQ、インド-ルキノンがあります。キノンはベンゼン環の2つの炭素をカルボニル基(C=O)に置き換えた構造を含む化合物です。このキノンの酸素がNHやCH2などに置き換わったものをキノノイドと呼びます。キノンは基本的に酸化還元反応の補助因子で、オキシダ-ゼやハイドロゲナ-ゼにおいて電子伝達反応を可能にします。

トパキノン(TPQ)は銅アミン酸化酵素です。リシン・チロシルキノン(LTQ)はペプチド内のリシンを酸化します。システイン・チロシル・コファクタ-(CTC)は酸化酵素の活性発現に必要な因子です。

ピロロ・キノリンキノン(PQQ =Pyrroloquinoline quinone)は酸化還元反応に関与する電子伝達体です。1964年にJ.G. Haugeらにより、細菌のグルコース脱水素酵素に含まれるニコチンアミドとフラビンに次ぐ3番目の酸化還元補酵素として見出されました。PQQは必須アミノ酸であるリジンの分解に関わる酵素を助けています。PQQを含まない餌を与えたマウスは、成長が悪く、皮膚がもろくなり、繁殖能力が減少します。

ちなみに脂溶性ビタミンのビタミンKはキノイドの一つです。天然のものはビタミンK1(フィロキノン)とビタミンK2(メナキノン類)があります。ビタミンK1は植物の葉緑体で生産され、ビタミンK2は腸内細菌から生産されます。これらは血液凝固や丈夫な骨づくりに不可欠です。

このようにキノンは生物学的に重要な物質です。キノンは光合成の光化学系I・光化学系II などの電子伝達系において、電子受容体としての働きをしています。光化学系I には2対のフィロキノン、光化学系II には2対のプラストキノンが存在します。

キノンはタンパク質と反応して結合する性質があります。昆虫の外骨格が脱皮後に硬化するのは、キチン質の外骨格の基質に大量に埋め込まれたタンパク質にキノンが結合することで生じます。白内障は、水晶体のクリスタリンがアミノ酸から変異したキノンと結合することで生じると言われています。

インド-ルキノンは、真正メラニン(eumelanin)色素の前駆体です。真正メラニンにはインド-ルキノンの重合体が含まれています。メラニンはチロシンから作られます。このチロシンにチロシナーゼという酸化酵素が働き、ドーパになります。更にチロシナーゼはドーパをドーパキノンに変化させます。ドーパキノンは化学的反応性が高いので、酵素の力を借りる事なくドーパクロム、インドールキノンへと変化し、最終的には酸化重合して、黒褐色の真性メラニンになります。ドーパキノンとシステインが反応することで、システィニルドーパを経て亜メラニン(Pheomelanin)が合成されます。メラニンは水や全ての有機溶媒に不溶で安定です。 人間などの動物は、細胞核のDNAを損壊する太陽からの紫外線を毛や皮膚のメラニン色素で吸収しています。

一重項酸素はどうやって作られるのでしょうか?

一重項酸素1O2は光増感法で作ります。3O2と1O2には0.973eVのエネルギ差があり、熱的には励起されません。電気双極子遷移は,スピン角運動量,軌道角運動量およびパリティに関していずれも禁制のため,3O2から1O2への遷移確率は極めて小さいです。波長1274nmの赤外光を照射して、同じエネルギ差を持つ色素を励起して、色素が基底状態に戻るときに、三重項酸素を一重項酸素に励起させて作ります。これを光増感法といいます。

ビタミンB2(リボフラビン)は、代謝、エネルギ産生に関与する酸化還元酵素の補酵素です。紫外線を浴びると、ビタミンB2などの生体内の色素が増感剤の役目をして一重項酸素が発生することがあります。

一重項酸素は生体分子を破壊するので、生体はこれを除去する機構を備えています。生体内から一重項酸素を除去する物質にはα-トコフェロール、β-カロテン、ビタミンB2、ビタミンC、ビタミンE、尿酸などがあります。これらの物質は、励起されたビタミンB2からエネルギを吸収し、一重項酸素を出さずにビタミンB2を基底状態に戻します。紫外線から肌を守るサンスクリーン剤は紫外線のエネルギを吸収して励起状態になりますが、励起状態からのエネルギー移動により一重項酸素が生成することがあります。

一重項酸素は通常の酸素分子とどう違うのでしょうか?

O2分子の基底状態は三重項酸素3O2で、一重項酸素1O2は通常の酸素分子の励起状態です。

下図に三重項酸素3O2と一重項酸素1O2の分子軌道のエネルギを示します。2つの酸素原子が結合すると、結合性軌道と反結合性軌道*が生じます。これらの違いは、一番エネルギが高い2つの電子にあります。

三重項酸素3O2は [↑]πx*[↑]πy*で2つのラジカル(不対電子)があります。スピンが揃っているので常磁性があります。三重項酸素は単結合でつながっていて、それぞれの原子上にラジカルを持つビラジカル構造を持っています。

一方、1O2は[↑↓]πx*[ ]πy*なので、ラジカルではありませんが、πy*の空の状態が電子を求めるために、他の分子から電子を引き抜く力があります。一重項酸素の酸化力は三重項酸素より強いです。一重項酸素原子間に二重結合を持っています。[↑]πx*[↓]πy*も一重項状態ですが、不安定で寿命が短いので、通常は考えません。

一重項酸素は、エネルギー準位の低い最低空軌道(LUMO)を持つことになるので、ジエンとディールス・アルダー反応を行い、環状ペルオキシドを形成したり、二重結合とエン反応してヒドロペルオキシドを形成したりします。

活性酸素はどうして発生するのでしょうか?

活性酸素は主にミトコンドリア中の呼吸鎖の電子伝達系の複合体Ⅲにおける反応で生成されます。ユビキノン(Q)がユビセミキノン(・Q-)を経由してユビキノ-ル(QH2)になる過程で、1%程度のユビセミキノン(・Q-)は酸素と反応して、スーパーオキサイドアニオン(O2-)を生成します。

代表的な活性酸素にはヒドロキシルラジカル(・OH)、スーパーオキシドアニオン(・O2)、過酸化水素および一重項酸素分子1O2などがあります。活性酸素は細胞を分解し、癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因となります。細胞内にはカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ、ペルオキシダーゼなど、活性酸素を無害化する抗酸化酵素があり、活性酸素から生体を守っています。白血球やマクロファージは活性酸素を利用して細菌などを分解しています。

次表に抗酸化物質が消去できる活性酸素の種類を示します。ビタミンEは、フリーラジカルを消失させることにより自らがビタミンEラジカルとなり、フリーラジカルによる脂質の連鎖的酸化を阻止します。発生したビタミンEラジカルは、ビタミンCなどの抗酸化物質によりビタミンEに再生されます。

大阪武雄、日本化学会 『活性酸素』 丸善、1999年、p.27。

グルタチオン(Glutathione, GSH)は、グルタミン酸、システイン(活性な硫黄を含む)、グリシンの3つのアミノ酸から成るトリペプチドです。ただし、グルタミン酸とシステインの結合は、通常のペプチド結合とは異なり、γ-グルタミル結合になっています。このためグルタチオンは、ほとんどのプロテアーゼに対して分解されません。グルタチオンは、細胞内で発生した活性酸素種や、過酸化物と反応してこれを還元し、消去します。酸化したグルタチオンは、グルタチオン還元酵素とNADPHの還元力を利用して、元のグルタチオンに戻ります。またグルタチオンは毒物を、システイン残基のチオール基に結合させて細胞外に排出する解毒機能があります。

新しいアミノ酸には酸素ラジカルを消去する効果があるのでしょうか?

Granold博士らは20種の標準アミノ酸に対してペルオキシルラジカル(ROO*)の消去活性を測定しました。その結果、新しいアミノ酸であるトリプトファンWやチロシンYには、高いラジカル消去活性が見出だされました。アミノ酸に脂質を修飾すると、抗酸化効果が高まります。

図A、Bの縦軸はペルオキシルラジカル(ROO*)の消去率、横軸は20種の標準アミノ酸を示します。図Aにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:3の場合、図Bにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:2000の場合の消去率を示します。図Aでは、EgHL~10eVの閾値以下のすべてのアミノ酸(ヒスチジンH以上のアミノ酸)は、フェニルアラニンF以外、ラジカル消去活性がありました。フェニルアラニンは異常に高いラジカル化エンタルピ(58kcal/mol)をもつため、活性は低いと考えます。トリプトファンWとチロシンYのラジカル化エンタルピは37kcal/molと38 kcal/molと低いです。ラジカル発生剤が多い条件(図B)でもトリプトファンWとチロシンYには、高いラジカル消去活性が見られました。

図CにトリプトファンW、アセチル化トリプトファン・エチルエステル(NAc-W-OEt)、NDo-W-OEtの化学構造式を示します。NDo-W-OEtはトリプトファンWの脂質性を高めたものです。脂質性の高いアミノ酸の方が、抗酸化効果が高まります。

図Dに修飾アミノ酸に対する脂質過酸化反応(Lipid peroxidation:脂質の酸化的分解反応)の抑制効果を示します。鉄イオン誘導を用いた脂質過酸化は、脂質酸化ストレスのバイオマーカであるマロンジアルデヒドCH2(CHO)2 (malondialdehyde: MDA)の生成量を測定することでモニタしました。脂質性の高いNDo-W-OEtとNDo-Y-OEtはマロンジアルデヒドの生成量が少ないです。これは脂質性の高いアミノ酸の方が脂質酸化を抑制する効果が高いことを示しています。

図EにNDo-W-OEt あるいはNDo-F-OEtを加えた神経細胞をtBuOOHペリオキサイド(100μM)に浸した時の蛍光顕微鏡像を示します。生きた細胞は赤で、死んだ細胞は青で染色されています。NDo-W-OEtはtBuOOHペリオキサイドのラジカル消去活性が高いために神経細胞は生存しましたが、NDo-F-OEtでは消去活性が低いために、神経細胞は死んでしまいました。

図Fにアミノ酸脂質誘導体による細胞生存率を示します。トリプトファンWとチロシンYの脂質誘導体だけが過酸化毒から細胞を守る効果が見られました。ちなみにトリプトファンやチロシンだけでは細胞を酸化剤から守れません。図Gに示すように、異なるアミノ酸誘導体(10 μM)を加えた繊維芽細胞(fibroblasts)にtBuOO(50 μM)酸化剤を加えた場合の生存率でも同様の傾向が見られました。

20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加した?

2018年の1月にBernd Moosmann博士が率いるヨハネス・グ-テンベルグ大学の進化生物化学研究グル-プのMatthias Granold博士らは、20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加したという仮説を支持する報告をしています。

PNAS、vol. 115、no. 1 、P41–46「Modern diversification of the amino acid repertoire driven by oxygen」

有害な酸素から身を守るために、芳香族型アミノ酸であるフェニルアラニンF、チロシンY、トリプトファンWや、硫黄を含むシステインCとメチオニンM、セレンを含むセレノシステインUなどが新しいアミノ酸として登場したと考えています。これらの芳香族型アミノ酸からは様々な抗酸化物質が合成可能です。

*肩の番号は文献の出現順番を意味する

計算機による量子計算によると、マーチソン隕石に含まれる62種類のアミノ酸の最高占有分子軌道(HOMO)と最低非占有分子軌道(LUMO)のエネルギ-ギャップEgHLは11eV程度です。一方で原始的な細菌が進化するにつれて、用いられるアミノ酸のEgHLは減少していることが分かりました。1~13番目のアミノ酸のEgHLは11eV程度ですが、ヒスチジンH、フェニルアラニンF、システインC、メチオニンM、チロシンY、トリプトファンW、セレノシステインUの7種のアミノ酸は10eV~8eV程度と減少しています。

EgHLが10eV以下になると、酸素分子との反応が活発になります。これは新しいアミノ酸程、酸素と反応しやくなっていることを示唆しています。新しいアミノ酸から生成される生化学物質の多くは、EgHLが9~7eVと小さく、抗酸化作用が高い特徴があります。このことは20億年前の大酸化イベントが生じた後、大気中の酸素濃度が10%以上に上昇し、細菌類が酸素から防御するために、新しいアミノ酸と抗酸化物質が生成されたことを示唆しています。

マーチソン隕石(Murchison meteorite)は、1969年9月28日にオーストラリア・ビクトリア州のマーチソン村に飛来した炭素コンドライトの隕石です。隕石中にピペコリン酸といった生体内で見つかる有機酸や、グリシン、アラニン、グルタミン酸といったタンパク質を構成するアミノ酸のほか、イソバリン、シュードロイシンといった、生体では見られないアミノ酸も含まれていました。これらのアミノ酸はラセミ体であったために、地球外で生成され、地球に輸送されたと考えられています。1997年にアラニンに含まれる窒素15N の同位体比が隕石の標本ごとに大きくばらつくことから、アミノ酸の窒素は地球由来のものではないと考えられています。

セレノシステインUは、21番目のアミノ酸と呼ばれており、システインCの硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸です。SeH(セレノール)基はシステインの SH(チオール)基より電離しやすいため、より高い抗酸化作用があります。セレノシステインはmRNAのUGAコドン(終止コドン)に対応します。mRNA上のコドンと対合するtRNAの3塩基をアンチコドンと呼びます。セレノシステインのアンチコドンはUCAで、これはセリンに対応します。セリンのOH基をSeH基に置換するとセレノシステインが得られます。真核生物や古細菌では、リン酸化酵素PSTKがセリンをリン酸化し、SepSecSがリン酸化セリンをセレノシステインに変換します(2010年)。

遺伝暗号はどのように進化したのでしょうか?

次にコドンの最初の塩基にアデニンAが追加され、16種類のアミノ酸を生成できる(CAG)NS-原始遺伝暗号が誕生したと考えています。脂肪性のイソロイシンの他に、メチオニン、トレオニン、アスパラギン、セリンといった極性非電荷型側鎖(OH基、SH基、NH2基)をもつアミノ酸、リジンなど側鎖にNH3+をもつアミノ酸が生成できるようになりました。

最終的に、コドンの最初の塩基にウラシルUが追加され、20種類のアミノ酸を生成できる現在の普遍遺伝暗号が誕生しました。人間を初めとする地球上のすべての生物が生きていく上で必要なすべてのタンパク質をこの20種のアミノ酸だけで作り上げることができます。但しミトコンドリアや葉緑体などの細胞小器官では、非普遍遺伝暗号が使用されています。

こした遺伝暗号の進化を支持する証拠として、

1)第一塩基がGのコドンには、非普遍遺伝暗号が全く発見されていない。

2)非普遍遺伝暗号の数が、Cの段、Aの段、Uの段の順に多くなっている。

ことが挙げられます。つまり初期の遺伝暗号ほどより重要であるため、非普遍遺伝暗号が使用される頻度が少ないのです。

どうして4つのアミノ酸を基本的だと考えるのでしょうか?

[GADV]-アミノ酸は、いずれも原始地球上で容易に合成される簡単な構造を持ち、炭素隕石にも多く含まれています。この4つのアミノ酸はタンパク質の様々な二次構造を決める機能を有しています。グリシンはターン/コイル形成能の高いアミノ酸、アラニンはα‐へリックス形成能の高いアミノ酸、アスパラギン酸は化学反応を進めるカルボキシル基を持つ親水性アミノ酸、バリンはβ‐シート形成能の高い疎水性アミノ酸、という優れた性質があります。また4種のアミノ酸をランダムにつないでも、その表面に様々な触媒活性を持ち得る水溶性で球状のタンパク質を高い確率で形成できるからです。

その後、GNS原始遺伝暗号が現れたと考えています。コドンの最初の塩基は必ずグアニンGです。最後のSはGかCのいずれかを表しています。つまりGAGに対応するグルタミン酸が加わり、5種類のアミノ酸から、タンパク質が形成されたと考えられます。グルタミン酸が加わることで、得られるタンパク質の機能が高められたために、GNS原始遺伝暗号が定着したと考えられます。

次にコドンの最初の塩基にシトシンCが追加され、10種類のアミノ酸を生成できるSNS-原始遺伝暗号が誕生しました。ロイシンやプロリンなどの脂肪性アミノ酸の他に、中性アミノ基を側鎖にもつグルタミン(CAG)や、荷電性アミノ基を側鎖にもつヒスチジン(CAC)やアルギニン(CGC)が追加されました。

コンピュータシミュレ-ションで、SNS だけの繰り返し配列でもタンパク質の 6つの構造形成条件、(1)疎水性・親水性度、(2)α-へリックス形成能、(3)β-シート形成能、(4)ターン・コイル形成能、および、(5)酸性アミノ酸含量と(6)塩基性アミノ酸含量、を満足できることが確かめられています。現在の地球上に棲息しているGC含量の高い微生物はSNS遺伝暗号によってコードされる10種のアミノ酸を75%ほども使っています。太古の生物は、わずか10種のアミノ酸で極めて高い能力を発揮していたのではないかと考えられます。

どうして生物は20種類のアミノ酸を使っているのでしょうか?

タンパク質の機能を高めるために、遺伝暗号が進化し、現在の20種類のアミノ酸を生成する普遍遺伝暗号が誕生したと考えられます。アミノ酸はコドンと呼ばれる3つの塩基の組み合わせで決定されます。遺伝に用いられるRNAの塩基は、アデニンA、グアニンG、ウラシルU、シトシンCの4種類です。現在の遺伝暗号は普遍遺伝暗号をよばれ、コドン表が20種類のアミノ酸を規定しています。

池原健二教授は、過去の生物は、少数のアミノ酸からタンパク質を作り、生体を構成していたのではないかと考え、GADVタンパク質ワールド仮説を提唱しています。「GADV」とは、グリシン(G)、アラニン(A)、アスパラギン酸(D)、バリン(V)の4種類のアミノ酸のことです。これらのアミノ酸は、最初のコドンがグリシンGで始まります。つまりコドン表の一番下のGの段のアミノ酸が最古の生物を構成していたと考えています。太古代の生物は、現在と異なる原始的な遺伝暗号(コドン表)を持っていたことになります。最初のものはGNC原始遺伝暗号と呼ばれています。2番目のNはG,C,A,Uの4種類の塩基のいずれかを表しています。

生体タンパク質を構成するアミノ酸20種類(=6+6+3+5)の分類

生体タンパク質を構成するアミノ酸は20種類です。必須アミノ酸は9種類、非必須アミノ酸は11種類です。具体的には、必須アミノ酸は、非極性脂肪族型のバリンV、ロイシンL、イソロイシンI、極性非電荷型のトレオニンTとメチオニンM、芳香族型のフェニルアラニンFとトリプトファンW、極性カチオン電荷型のリジンKとヒスチジンHの9種類です。

非必須アミノ酸は、アスパラギン、アスパラギン酸、アラニン、アルギニン、グリシン、グルタミン、グルタミン酸、システイン、チミン、チロシン、プロリンの11種類です。これらは9種類の必須アミノ酸から合成されます。

タンパクの標準アミノ酸残基の中には修飾されたアミノ酸も存在します。グルタミン酸から合成されるγ-アミノ酪酸(GABA)は、非標準アミノ酸であり、抑制性の神経伝達物質として作用します。

1)非極性脂肪族型側鎖を持つアミノ酸 6種類

グリシンG、アラニンA、バリンV、ロイシンL、イソロイシンI、プロリンPの6種類のアミノ酸は非極性のアルキル基を側鎖に持ちます。それらのアミノ酸はタンパク質の折り畳みの際に内側に入ります。プロリンを除くアミノ酸群はカルボキシ基に結合するα炭素に第1級アミノ基が結合したα-アミノ酸と呼ばれます。プロリンはアミノ基に炭素が2つ結合した第2級アミノ基を持つので、本当はイミノ酸です。

2)極性非電荷型側鎖を持つアミノ酸 6種類

極性アミノ酸は、側鎖に極性のある官能基を持つために、水に溶ける性質があります。非電荷型とは、側鎖の官能基が中性でイオン化していないという意味です。セリンS、トレオニンT、システインC、メチオニンM、アスパラギンN、グルタミンQの6種類のアミノ酸は、側鎖にOH基やSH基などの水素結合供与基、NH2基などの水素結合受容基を持つため、親水的な性質を持ちます。アミノ酸は、水素結合や静電的な相互作用を通じて、薬物と引き合います。システインC、メチオニンMは硫黄Sを有します。セリン、トレオニンは側鎖にOH基、システインはSH基を有します。これらは求核性に優れるために酵素の活性基として機能します。

またシステインは、中性・塩基性条件下において、重金属イオンにより容易に酸化されます。その結果、ジスルフィド結合(S=S)が形成、シスチンが生成します。これは、タンパク質の高次構造を決める上で重要です。

3)芳香族型側鎖を持つアミノ酸 3種類

フェニルアラニンF、チロシンY、トリプトファンWの3種類のアミノ酸は側鎖に芳香環を持ちます。これらのアミノ酸は、芳香環を持つため、π-πスタッキング、CH-π相互作用、非極性相互作用を通じて、薬物と引き合います。また、チロシンYはフェノール類であるため、弱い酸性を示し、水素結合やイオン結合が発現します。トリプトファンWに関しては、NH を介した水素結合が発現します。芳香族側鎖は紫外線を吸収します。

4)極性電荷型側鎖を持つアミノ酸 5種類

極性電荷型側鎖を持つアミノ酸には、カチオン型側鎖NH3+を持つ3種類のアミノ酸とアニオン型側鎖COO-を持つ2種類のアミノ酸があります。

カチオン型側鎖

リシンK、アルギニンR、ヒスチジンHの3種類のアミノ酸は塩基性のNH2基を持ちます。これらの側鎖は生体中で容易にプロトン化NH3され、正電荷を帯びています。したがって、薬物側に酸性官能基があれば、水素結合だけでなく、イオン結合も発現します。電荷同士は方向依存性の小さい長距離クーロン力で相互作用します。

 アニオン型側鎖

これは 酸性官能基を側鎖に持つアミノ酸です。アスパラギン酸D、グルタミン酸Eの2種類のアミノ酸は、側鎖に酸性のカルボキシル基を持ちます。これらの側鎖は生体中で容易に脱プロトン化され、負電荷を帯びています。薬物側に塩基性官能基があれば、水素結合だけでなく、イオン結合も発現します。

細胞内のアミノ酸はどんな状態にあるのでしょうか?

生体の細胞は主にタンパク質と脂質と核酸からできています。細胞内のタンパク質は20種類のアミノ酸が1次元的に結合し、3次元的に折りたたまれた構造をしています。タンパク質は、骨格筋だけでなく、細胞内の様々な化学反応を司る酵素として活躍しています。細胞内のアミノ酸はどんな状態にあるのでしょうか?

実は細胞内のアミノ酸は、酸塩基解離状態にあります。

PHが2.4~9.8の水溶液中では、アミノ酸のアミノ基はNH3、カルボキシル基はCOOに解離しています。生理的条件下でのアミノ酸の状態を両性イオンや双極イオンと呼びます。

アミノ基NH2のNには孤立電子対があり、そこにH+イオンが配位するので、NH3イオンとなります。アミノ酸のカルボキシル基COOHは、H+を放出したあとに、COOイオンになり、共鳴安定化します。アミノ酸のNH3側と別のアミノ酸のCOO側は引き合うので、ペプチドを形成しやすくなっています。

ちなみに酸性溶液中では、アミノ酸のアミノ基はNH3のままで、COOはCOOHになります。アルカリ溶液中では、アミノ酸のアミノ基NH3はNH2となり、カルボキシル基はCOOのままです。ChemSketchでアミノ酸を描いてみました。

アミノ酸は脱水縮合によりペプチド結合を形成します。2個縮合したものはジペプチド、複数結合したものをポリペプチドと呼びます。ペプチドは線状につながるので途中で分岐することはありません。アミノ酸残基とは、ポリペプチドにおける各アミノ酸のことです。タンパクを構成する標準アミノ酸は高々20種類ですが。2個つながっただけでも配列の場合の数は202=400通りもあります。タンパクの多様性は非常に高いことが分かります。

適正なクレアチニン(Creatinine)濃度はいくつでしょうか?

クレアチニンは、筋肉でクレアチニン酸から代謝される老廃物の一つで、腎臓の糸球体から排泄されます。そのため、血液中のクレアチニンの増加は、糸球体の濾過機能が低下していることを意味します。健康診断の腎機能検査では、血中のクレアチニン濃度と尿たんぱくを調べます。適切なクレアチニン濃度は男性で0.6~1.1(mg/100cc)、女性では0.4~0.8(mg/100cc)です。ただし、筋肉が多い人は高めに、筋肉が少ない人は低めの数値になります。正確な測定にはクリアランス検査が必要です。これは2時間以上かけて、尿中と血中のクレアチニン(あるいはイヌリン)の残量からろ過機能を評価するものです。

推算糸球体濾過値eGFR(=estimated Glomerular Filtration Rate)とは

そこで、多くの人のクリアランス検査の結果を利用して作られたのが、eGFR(推算糸球体濾過値です。これは、血清クレアチニン値、年齢、性別から、腎臓が正常値の何%機能しているかを推算したものです。2008年度の改定では、eGFRの算出式は

  • eGFR値(男性)=194・{[血清クレアチン濃度]^-1.094}・[年齢]^-0.287 

となっています。女性の場合は、男性のeGFR値を0.739倍して算出します。

グラフから分かるように、例えば60歳男性でクレアチニン濃度が1.0mg/dlなら、eGFRは正常値の60%ということです。これ以下だと慢性腎臓病に入ってしまします。

年齢が増えると、eGFR値は低下します。健康な人のeGFRは100 mL/分/1.73m²前後なので、eGFR値が60だと正常値の60%しか腎臓が機能していないことになります。eGFRが60 mL/分/1.73m²未満の状態が3カ月以上続くと、慢性腎臓病(CKD)と診断されます。15 mL/分/1.73m²未満は末期腎不全の状態で、透析治療や腎移植を検討しなければなりません。

55歳を超えると、知らない間に、多くの人が慢性腎臓病になっています。血液検査で得られた血清クレアチニン値からeGFR値を算出し、自分の食事、運動、睡眠、ストレス、飲酒、喫煙などの生活習慣を見直しましょう。

eGFRの面積補正

通常のeGFRの単位は(mL/min/1.73m2)です。これは「仮に体表面積が1.73m2であったなら」という条件付きで、1分間に何ミリリットルろ過できるかを示しています。1.73m2は身長170cm、体重63kgの標準体型人の体表面積に相当します。薬物投与設計には面積補正したeGFR(mL/min)を使います。

体表面積(BSA)はDu Bois式

 BSA(m2)=体重(kg)^0.425×身長(cm)^0.725×0.007184

を用いて求め、

  eGFR(mL/min)=eGFR(mL/min/1.73m2)×1.73m2/BSA

によって体表面積補正を行います。例えば、157cm、63kgならば、

  • 1.73m2/BSA=1.73m2/1.63m2=1.06

となります。eGFR=59.0(mL/min/1.73m2)でも、

  • eGFR(mL/min)=59.0×1.06=62.5

となり、60以上の値が得られます。この補正を行わないと、小柄な体格の人はeGFR値が小さくなってしまい、重症患者に分類されてしまいます。従来日本人の体表面積は1.49m2が用いられていましたが、国際的に1.73m2が用いられるようになったため、1.73m2が採用されたということです。

腸内細菌と腎臓病の関係

腎機能は、IgA腎症などの腎臓病以外に、加齢、生活習慣病で決まることをお話ししました。阿部高明教授(東北大)はある種の便秘薬をマウスに投与し、腎臓の機能改善を実証しました。今は臨床試験中です。腸内の悪玉菌は尿毒素を放出し、腎機能を低下させると考えています。便秘薬で、腸内の悪玉菌を減らすことで、腎機能が改善すると考えています。

生活習慣病は腎機能を低下させる

40歳代になると年齢とともに、糖尿病、高血圧、脂質代謝異常などの生活習慣病のリスクが高まります。これらは血管の病気と言われています。血管が密に集まる腎臓では、血管の劣化によって、腎臓病が引き起こされます。また加齢により腎機能は低下します。一度機能が低下すると、通常は元には戻りません。しかし慢性腎臓病には自覚症状がありません。日本には1300万人の慢性腎臓病患者がいると推定されています。

腎臓病は脳卒中や心筋梗塞を引き起こす

腎臓は、主に血液から水分、塩分、老廃物を除去し、尿を作る働きをしています。腎機能が60%以下に低下すると慢性腎臓病と診断されます。腎不全になれば、透析を受ける必要があります。腎機能が低下し、血中のリンが過剰になると、血管壁にリン酸カルシウムが沈着し、動脈硬化を引き起こします。透析患者になる前に、脳卒中や心筋梗塞で死亡する人も多くいるのです。

糸球体(glomerular)は血液をろ過する装置

腎臓には糸球体という血液をろ過する組織が集まっています。1個の腎臓の皮質に100 万個くらいあるとされています。糸球体は直径0.1~0.15mmですから、2cm角サイズの皮質に0.2mm間隔で配列すると100万個になります。しかし日本人の平均の糸球体数は70万個であり、アメリカ人の100万個、ドイツ人の140万個に較べると極めて少ないのです。

心拍出量の約20-25%の血液が腎臓を流れ、血漿成分のろ過が行われます。糸球体血管の内皮にはろ過のために無数の穴が開いています。内皮は陰性に荷電しており、血中タンパク質であるアルブミンや血球などの表面が陰性に荷電している物質を通過させません。糸球体でのろ過圧力は20mmHg程度です。

  • ろ過圧=入口血管圧60mmHg-出口血管圧25mmHg-ボウ-マン嚢圧15mmHg

一日にろ過される原尿は120~170リットルに達し、この99%が糸球体に続く尿細管で再吸収され、実際に尿になるのは1~1.5リットルです。 腎臓は大量の血液をろ過し、休みなく働いているのです。

次に健康診断で得られるクレアチニン濃度から、腎機能がどれだけ正常かを求める方法を紹介します。

放射強制力Fと気候感度ΔTとは何でしょうか?

IPCC第4次評価報告書によれば、放射強制力は、対流圏での循環バランスが取れた状態を初期状態とし、これに何らかの原因によってずれが生じたとき、成層圏の気温の変化を考慮したうえで、再び対流圏での循環バランスが取れるようになるまでに変わる放射の量として定義されています。CO2濃度変化が大きいほど放射強制力Fは増大します。

放射強制力は、フロンのような微量ガスの濃度増加に対しては線形に変化します。CO2ガスに対しては濃度増加比の対数に比例して変化すると考えられています。IPCC (1990)およびMyhre (1998)らは、

  • ΔF = 5.35 × ln ( C/C0 )

の式を持ちいています。例えば、地球大気中の二酸化炭素の平均濃度が300ppmから400ppmに上昇した場合CO2の放射強制力ΔFは

  • Δ F = 5.35 × ln ( C/C0 ) = 5.35 × ln (400ppm /300ppm) = 1.54[W/m2]

となります。産業革命時のCO2濃度285ppmを基準にすると、2100年直前にCO2濃度が2倍になると予測されています。この場合、CO2の放射強制力は

  • ΔF=5.35・ln(570ppm/285ppm)=5.35・ln(2)=3.7[W/m2]

となります。このとき

  • ΔT=F/λ=3.7[W/m2]/ 1.25[W/m2K] =2.96≒3K

つまり地表気温の上昇は約3Kと推定されています。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)委員会はCO2濃度変化の異なる4つのシナリオを検討しました。それらはRCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5と呼ばれています。これは2100年におけるCO2の放射強制力Fが、

  • F=2.6[W/m2] 低レベル
  • F=4.5[W/m2]、6.0[W/m2] 中レベル
  • F=8.5[W/m2] 高レベル

の4つの場合に相当しています。

有効射出温度

現在の気候では、観測可能な大気上端での上向き長波放射(OLR=Outgoing Longwave Radiation)の観測値は235W/m2(Kiehl and Trenberth 1997)です。地球を黒体とみなした時の有効射出温度は、ステファンボルツマンの法則

・R(=235)=σT4=5.67×10-8T4

より、T=254K(=-19℃)です。これは、エネルギ平衡モデル

  • (1-A)S・πr2=4R・πr2

から求めた温度、

  • T4=(1-A)S/4σ、反射率A=0.3、太陽放射S=1365W/m2

T=255K(=-18℃)とほぼ一致しています。これは温室効果ガスがないときの地表面の温度に相当します。気温減率6.5[K/km]なので、-18℃の高度は、地表面温度15℃のとき、

  • H=(15+18)[K]/6.5[K/km]=5.2[km]

です。大気上端8kmでの温度は-37℃ですが、地球からの熱放射は-18℃の大気からの黒体放射と考えられます。

1℃あたりの大気上端での放射束の変化は

  • λp=dR/dT=4σT3=4・(5.67×10-8)(254K)3=3.72[W/m2K]

となります。これをプランク応答と呼びます。我々の体温を36℃とすると、517[W/m2] の熱放射と6.7[W/m2 K]のプランク応答があります。体温が1℃上がると、6.7[W/m2]の熱が逃げるので、体が冷えます。つまりプランク応答には負のフィ-ドバック効果があります。

水蒸気の応答はプランク応答の70%程度

  • λH2O=2.5[W/m2K]

だと言われています。よって気候感度ΔTは

  • ΔT=F/λ=F/(λp-λH2O)=3.7[W/m2]/(3.72-2.5)=3.7/1.22=3.0[K]

となります。2100年にCO2の増加により放射強制が3.7[W/m2]となるシナリオでは、数十年かけて3[K]程度の気温上昇があると予測されます。

私たちはその温暖化のメカニズムをどのように理解すればいいでしょうか?

大気上端での熱エネルギの収支を考えることで、温暖化のメカニズムを理解できます。

太陽光の照射密度S[W/m2]と赤外線の放射密度R[W/m2]の差をN[W/m2]とします。Nはいわば大気に蓄えられるエネルギ密度です。

  • N=S-R(T、PCO2、PH2O、Albedo、Cloud)

ここでTは大気上端の温度、PCO2はCO2圧力、PH2Oは水蒸気圧力、Albedoは太陽光の反射率、Cloudは雲量を表し、いずれも温度Tに依存します。赤外放射Rはこれらの諸元の関数になっています。ここで太陽放射Sは1365W/m2で一定であると仮定します。十分時間が経つと、S=Rとなり、大気に蓄えられた出力密度Nはゼロの平衡状態(厳密には定常状態)になります。仮にCO2濃度が急に2倍になると、地表からの赤外放射がCO2によって遮られるので、大気上端での赤外放射Rは小さくなります。このとき

  • N=S-R>0

となり、大気にエネルギが蓄えられ、気温が上がり、大気上端の温度Tも上昇します。しかし時間が経つと、大気のエネルギNは海洋に拡散していき、やがてN=0となります。このとき大気上端の温度はΔTだけ上昇した状態でS=Rになると考えられます。

バランス方程式

まず簡単のため、Albedo、Cloudは一定とします。Sは定数なので、CO2濃度がΔPCO2変化すると、温度がΔT変化するので、大気に

ΔN=-(∂R/∂PCO2)ΔPCO2-(∂R/∂T)ΔT-(∂R/∂PH2O)(∂PH2O /∂T)ΔT

のエネルギが蓄積します。ここで

  • F=-(∂R/∂PCO2)ΔPCO2 >0
  • λp=∂R/∂T=4σT3 >0
  • λH2O=-(∂R/∂PH2O)(∂PH2O /∂T)>0

と定義します。FはCO2の放射強制力(Radiation Forcing)と呼ばれています。λpはプランク応答、λH2Oは水蒸気応答と呼ばれています。ここで応答パラメタλ(フィードバックパラメタ)を

  • λ=λp-λH2O >0

と定義すると、よく知られたバランス方程式

  • ΔN=F-λΔT>0

が得られます。FはCO2濃度上昇による大気を加熱する効果、λΔTは大気を冷却する効果を表しています。λpは冷却すなわち負の応答効果、λH2Oは加熱すなわち正の応答効果を表しています。但し1/λを気候感度パラメ-タと呼ぶ場合もあるので注意が必要です。

一般に応答パラメタλは

  • λ=λp-λH2O-λAlbedo-λCloud+λaerosol >0

雲による影響は、計算が難しいですが、太陽光の反射による冷却効果より惑星放射の吸収よる加熱効果の方が高いので正のフィ-ドバック効果があると考えられています。しかしながら応答パラメタλの値は、おおまかにはプランク応答と水蒸気応答の値で決まります。水蒸気の濃度が高いと、応答パラメタλが小さくなるので、気候感度ΔTは増大します。

温度上昇の時間変化

時刻t=0で、ΔT=0すなわち、ΔN=Fです。t=∞で、ΔN=0となります。その時間変化の時定数をτとすると、大気に蓄積するエネルギは

  • ΔN=F・exp(-t/τ)

と書けます。バランス方程式に代入すると

  • F・exp(-t/τ)=F-λΔT

これをΔTについて解くと、

  • ΔT(t)=F/λ・[1-exp(-t/τ)] → ΔT=F/λ (t→∞)

が得られます。これは、十分時間が経ち、バランスを回復した後の温度上昇ΔTがF/λとなることを示しています。ΔTを平衡気候感度あるいは気候感度と呼ばれています。

ちなみに現在の放射平衡の下では、応答パラメタλは

  • λ=1.25[W/m2K]

程度とされています。

いつかは温暖化して極端気象を増加させるのが問題

気象学者たちは、今後100年間に平均気温が2℃~3℃程度上昇する可能性が高いと警告しています。夏は熱くなるけど、冬は温暖になるから、それほど深刻な問題ではない、と思う人もいるかもしれません。しかしこの程度の温暖化で、災害や病害を引き起こす極端気象の発生件数は倍増してしまうことは深刻な問題です。計算機シミュレ-ションの結果は、温暖化によって、暑い地域はより暑く、寒い地域はより寒くなること、多雨地域はより雨量が増加し、乾燥地域はより乾燥するという傾向を示しています。温暖化でその地域がどのような被害を受けるかが予測できるようになります。

累積炭素排出に対する過渡気候応答TCRE(=Transient Climate Response to Cumulative Carbon Emissions)

2013年のIPCC委員会の報告によると、明治維新があった1870年頃からの平均気温の増加は、1870年から累積されたCO2排出量によって決まっています。これを累積炭素排出に対する過渡気候応答(TCRE)と言います。現在はこれまで400ギガトン炭素のCO2を排出し、当時から1℃気温が上昇しています。今後さらに400ギガトン炭素のCO2を累積排出すれば、当初から気温が2℃上昇すると予測されています。つまりこれは毎年のCO2の排出量を減らしても、CO2を排出する限り、いつかは2℃の気温上昇を引き起こしてしまうことを意味しています。温暖化は我々の子孫の生活を困難にする可能性が高いと考えられます。おそらく化石燃料を消費する生活から循環的な生活に変えていかなければならないのでしょう。

計算機シミュレ-ションだけでは温暖化現象のメカニズムは理解できません。それとは別に、マクロな視点で温暖化のメカニズムを理解する必要があります。

地表には太陽光が降り注ぎ、15℃程度に温められた地表は大量の赤外線を宇宙に向けて放出します。CO2などの温室効果物質はこの赤外線を吸収し、宇宙と地表に放出します。それによって、地表は15℃を維持しています。CO2がなければ、地表は-18℃程度になると考えられています。

頻発する異常気象と地球温暖化には関係があるのでしょうか?

世界気象機関(WMO=World Meteorological Organization)は、2019年1月に世界各地は異常気象に見舞われたと発表しました。米国のミネソタ州では-53.8度の猛烈な寒さ、オーストラリアのアデレードでは最高気温46.6度を記録しました。WMOのターラス事務局長は一連の異常気象と地球温暖化の関連を指摘しています。2018年の夏、甲府では1か月も猛暑日が続きました。新聞では34年ぶりのことだと報道されました。WMOは30 年間に1 回以下の頻度で発生する気象現象を異常気象あるいは極端気象と定義しています。

一方、観測デ-タによると、地球全体の年平均気温は増加傾向を示しています。年平均気温は1900年から1940年まで0.4℃上昇し、1940年から1980年まで0.1℃低下しましたが、1980年から2000年にかけて0.5℃上昇しています。産業革命前のCO2濃度は285ppmでしたが、ハワイのマウナロア山で観測されるCO2濃度は指数関数的に増大しており、2013年には400ppmを超えました。2100年になる前にCO2濃度は570ppm(=285ppm×2)になると予測されています。

気象学者たちは

・現在起きている異常気象に対する温暖化の寄与はどのくらいか?

・それが近未来にどう変わるか?

・人間の活動がどの程度温暖化に寄与しているのか?

といったことを調査しています。

全気候モデルGCM(=Global Climate Model)

気象学者たちは、全気候モデル(GCM)などの地球システムの計算機シミュレ-ションを用いて、社会経済学者との協力のもと将来の温室効果ガスの排出量を仮定した上で、温暖化の程度を予測しています。具体的には、温室効果ガスの濃度とそれらの放射強制から、気温や降水量などの気候応答を計算し、その結果を用いて温室効果ガスの濃度を計算し直しています。計算機の進歩により、現在では地球を20km区画(メッシュ)、台風などは2kmメッシュで解像できるようになりました。シミュレ-ションで過去の平均気温の変動を再現する研究も進展しています。例えば2013年のIPCCの報告を見ると、CO2の濃度増加とエアロゾルによる冷却効果を取り入れることで、1960年から2000年までの0.8℃の温度上昇を再現することに成功しています。CO2の濃度増加がない場合には、観測された0.8℃の温度上昇は生じませんでした。まだ予測値の変動幅が大きいという問題はありますが、気象予測に計算機シミュレ-ションが有効であることは認められています。

文科省の統合的気候モデル高度化プログラムでは、過去60年間の日本の上空1500mでの気温(14℃~19℃)と、猛暑日の地点数をGCMモデルで計算し、それらの相関関係を調べています(今田)。その結果、平均気温が上がれば、熱波地点数が飛躍的に増加することが分かりました。2012年から2017年までの平均気温と熱波地点数のデ-タは、温暖化ありの条件で計算した結果の分布に一致しています。毎年の気候デ-タのばらつきは大きいですが、統計的に温暖化により異常気象が増えていることは言えそうです。

具体的には2℃の増加で3000以上の地点で毎年のように猛暑が起こる可能性が指摘されています。1℃の増加で日本上空の水蒸気量は7%増加します。水蒸気は、CO2より強い温室効果があるので、温暖化を加速させます。2018年夏の日本の猛暑はかなり極端でした。平均気温は2℃上昇し、猛暑日地点数は6500点を記録しました。ジェット気流の蛇行やオホ-ツク海高気圧などが、梅雨前線を停滞させて、7月には広島に大変な豪雨をもたらしました。しかしながら異常気象のメカニズムはまだ明確ではありません。

真核生物が多細胞化できたのはどうしてでしょうか?

多細胞化により、複雑な構造と機能をもてるようになり、生物としての多様な展開が可能になりました。多細胞生物というのは、構成細胞が機能的にも形態的にも分化し、役割分担していて、細胞集団全体(個体)として統合されています。脳や心臓などの各組織を形成するには、単細胞生物よりたくさんの遺伝子が必要になります。ゲノム重複は遺伝子を増大させるので、多細胞生物を出現させる大きな一因になりました。真核生物は、細胞が格段に大きく、ゲノム重複で増えた多量のDNAを安定に保持できる核の仕切りをもっています。それによって真核生物は多細胞生物に進化できたのでしょう。

ゲノム重複とは

Hox遺伝子群は発生過程で体の各部分の構造を作り出す13個の遺伝子が配列した遺伝子群です。Hox遺伝子群は、脊索動物のナメクジウオでは1セット、無顎類のヤツメウナギでは2セット、顎口類の魚類以上では4セットあります。4倍体の親同士からは、4倍体の子孫が生まれます。哺乳類は、遺伝子セットの倍化が2回起きた結果、4倍体になりました。但し哺乳類の4セットは、お互いに似ているけれども完全に同じ遺伝子のセットではありません。

ゲノム重複でできた遺伝子は、ラクシャリー(贅沢)遺伝子と呼ばれています。大野乾(すすむ) 博士は、50年も前から、ゲノム重複が生物の新規性をもたらしたという仮説を提唱してきました。ゲノム重複で冗長性が生じると、進化の制約が緩み、タンパク質を変える遺伝子変異などが蓄積し、新しい機能が進化しやすくなるという説です。ゲノム重複は高校の教科書に載せるべき情報なのかもしれませんね。

色覚と明暗のどちらが先に見えるように進化したのでしょうか?

ヒトは暗くなると色を識別できなくなります、しかし夜行性のカエルは夜でも色を識別できるそうです。ところで色覚と明暗のどちらが先に進化したのでしょうか? 

明暗視は桿体細胞のロドプシンが担い、色覚は錐体細胞の視物質が担っています。色覚は情報処理が複雑なので、明暗視の方が先に進化したように思われますが、実際は錐体の視物質を先に創り出し、その後にロドプシンが創り出されました。

但し、魚類や両生類では、ピノプシンという桿体の視物質(光受容タンパク質)が、最初に機能していたことが分かってきました。ピノプシンは爬虫類や鳥類では脳内に存在していますが、哺乳類にはありません。爬虫類や鳥類は脳で明るさを感じられるのですね。

女性の方がより繊細に色を区別できる?

ヒトの赤の視物質には多型が見つかっています。視物質であるオプシン・タンパク質の180番目のアミノ酸がセリンとアラニンの場合があり、同じ赤でも色合いが異なります。赤の視覚多型は男性に6:4の割合で存在しています。実はこの赤の視物質の遺伝子はX染色体上にあります。

女性はX染色体を2本持つので、青と緑と2種類の赤の4色性の色覚を持つ人が存在します。女性の方がより繊細に色を区別できるのかもしれません。

男性はX染色体が1本しかないので、赤緑が区別できないといった色覚異常が生じやすいと言われています。男性の5%には色覚異常があります。赤と青を区別できれば、赤と緑を区別できそうな気がしますが、実際はそうではないようです。赤と緑を区別できないと、森の中で熟した実を見つけられないことになります。だから木の実の採取は女性が担当していたのかもしれません。

ちなみにサルには色覚異常がなく、チンパンジには0.5%程度あります。また中南米に棲む新世界ザルには3色型と2色型が見られます。これはカモフラージュした昆虫の採食では2色型の方が優れているからだと考えられています。

脊椎動物の視物質とその進化

人間は、赤、青、緑に感受性が高い3つの視物質を持っています。その組み合わせで多様な色を見分けることができます。他の動物はどうでしょうか?実は脊椎動物は基本的に5つの視物質を持っています。5つとは、赤、紫、青、緑の視物質と明暗を感じるロドプシンです。そして赤、紫、青、緑、ロドプシンの順番で分岐して進化してきました。

霊長類以外の哺乳類は基本的に赤と青の2つの視物質を持っています。哺乳類は2億5000万年ほど前に現れましたが、6500万年前に恐竜が滅びるまで、夜行性だったので、緑と紫の視物質を失ったのです。しかしニホンザルや霊長類は、赤、青、緑の3色性の視覚をもっています。分子系統樹で見ると、4000万年前に、ヒトの赤の視物質から緑の視物質が出現したことが分かります。金魚やニワトリの方が視物質が多いのは少し驚きですね。

体色を変えるイカは色が分かるのでしょうか?

イカやタコには色素胞と呼ばれる器官があります。その器官には、黄褐色系のオモクロームという色素が含まれています。イカやタコはこの色素胞を収縮弛緩することによって、体色を変えています。それらの色素は層状であるため、多色を出すことができるのです。

イカが認識できる色は青緑(波長450〜500nm)で、赤色を認識できません。海の中のイカは色を認識できず、白灰黒のモノトーンの視覚をもっています。自らは色がわからないのに、変色するのは面白いですね。イカを釣る人は、様々の色の疑似餌(エギ)を使います。しかしアオリイカから見て、定番のオレンジとピンク、赤と紫は同じように見えるでしょう。

魚の色覚はなぜ豊富なのでしょうか?

魚は様々な水環境に適応しているために色覚が豊富です。基本的に魚は黄緑-赤、緑、紫、青の4色視覚ですが、その殆どは色覚多型です。金魚の仲間である骨鰾類のゼブラフィッシュは赤2、緑4、青1、紫外線1、桿体2の10種類の色覚を持っています。棘鰭(きょっき)類のメダカも、赤2、緑3、青2、紫外線1、桿体1の9種類の色覚を持っています。

魚は見る角度によって色覚を変えています。魚の眼球の背側の網膜にはLWS-2(黄緑-赤548nm)、RH2-1(青緑467nm)、RH2-2(緑476nm)の視物質があり、下を見る視覚に使っています。腹側の網膜には、それより長波長のLWS-1(黄緑-赤558nm)、RH2-3(青緑488nm)、RH2-4(緑505nm)の視物質があり、上を見る視覚に使っています。

水深200mの世界には青い光しか届きません。そこでは金目鯛のような赤い魚が増えてきます。赤色の魚は、青い光を反射しないので、目立たなくなります。魚の鱗は赤、青、緑を反射するので銀色になります。捕食者が魚を下から見上げると、太陽の光と魚の輝きは同じ様に見えて、魚は目立たなくなります。

カンブリア紀のカラフルな生き物

眼を持つ生物が出現したことで、色を見分ける生物や、体色や擬態で身を守る生物が生まれたのでしょう。『眼の誕生』の著者アンドリュー・パーカーはシドニーの博物館でウミホタルの研究をしていました。彼は動物化石に構造色を示唆する証拠を発見しました。構造色は、モルフォ蝶、タマムシ、孔雀の羽などにみられる美しい干渉色のことです。モルフォ蝶は櫛葉構造、タマムシは多層薄膜干渉、孔雀は回折干渉で発色します。色素は分解してしまいますが、構造色の構造は化石に痕跡を残します。

ウィワクシア(Wiwaxia)は、約5億年前の海に生息していたバージェス動物群に属する全長約2.5- 5cmの楕円形をした動物です。背面は多数の鱗状の骨片で全面が覆われています。体の背面に中央を挟んで左右1列に生える10本前後の鋭い棘(とげ)があり、これで身を守っていたと考えられます。また背中の鱗の表面には幅数百nmの周期的な溝があり、構造色を示していたと考えられています。カンブリア紀の浅い海の中には極彩色の生物が数多くいたのかもしれません。

視覚のメカニズム

視覚機能を支えているのは、オプシンと呼ばれる光受容タンパク質です。眼の網膜には視細胞が高密度で存在しています。視細胞にはパンケ-キ状の構造があり、その膜に沢山のオプシンが設置されています。オプシンは7個のαヘリックス構造を有しています。

オプシンは、ビタミンAの誘導体であるレチナールを7番目のヘリックスH7に保持しています。つまりレチナールは、H7のアミノ酸リジンの残基とシッフ塩基結合(C≡N)を形成しています。レチナール単体は紫外線しか吸収できないので、オプシンは単にレチナールを結合するだけでは可視光は吸収できません。しかし、分子進化の過程で、オプシン中の3番目のヘリックスH3にあるグルタミン酸のOH基から、シッフ塩基結合(C≡N)のNがHを獲得することで、レチナ-ルの電子構造が変化して、青色をピ-クとする可視光を吸収できるようになったのです。ChemSketchという分子のお絵かき無料ソフトを使って、オプシンのリジンとレチナ-ルのシッフ結合とグルタミン酸との関わりを図示してみました。

オプシンの活性化とシグナル伝達

光を受けていない不活性状態のオプシンにはシス型のレチナールが結合しています。視細胞に到達した光の受容によって、レチナールはシス型からトランス型へ構造変化します。それに伴ってオプシンの構造変化が引き起こされ、活性状態となったオプシンは、視細胞内に存在する3量体Gタンパク質と共役して情報を伝達します。活性化したGタンパク質のGDP-GTP交換反応を介して視細胞内のシグナル情報伝達系が駆動し、そこで生じた電気信号が脳へと伝わって私たちは”見えた”と感じるのです。

水晶体の進化

眼のレンズの水晶体の中はクリスタリンと呼ばれる可溶性のたんぱく質からできています。クリスタリンの組成は動物によって異なっています。脊椎動物はαとβの2種類のクリスタリンを持っています。これに加えて哺乳類はγクリスタリン、また鳥類や爬虫類はδクリスタリンを持っています。さらに鳥類でもアヒルなどには、α、β、δに加えてεとτと呼ばれるクリスタリンが存在します。

 1987年、アルギニノコハク酸リアーゼ(AL)のアミノ酸配列が、ニワトリのδクリスタリンとよく似ている(64%同じ)という驚くべき事実が見出されました。ALはアルギニンや尿素の合成を行なう酵素です。その後の研究により、両生類から爬虫類、鳥類へ進化する頃に、この酵素の遺伝子が重複して、2つになり、その片方が水晶体で強く発現して水晶体構造たんぱく質専用の遺伝子になったことが分かりました。つまり、δクリスタリン遺伝子はすでにあった酵素遺伝子を流用したものだったのです。

眼はどのように進化したのでしょうか?

植物プランクトンは、光合成ができる所に留まるために、周囲の明るさを感知する色素胞があります。貝類は複数の単眼をもっており、明るい場所を感知します。さらに窪んだ所に単眼を作ることで光のくる方向が分かるようになります。さらに眼の窪みが大きくなり、入り口が小さくなることでピンホ-ル眼が、入口にレンズができることでカメラ眼が出現しました。オウムガイはピンホ-ル眼を有しています。タコやイカなどの頭足類は大きなカメラ眼を持っています。頭足類のカメラ眼は、脊椎動物のものとは少し異なり、眼の神経線維網は網膜の下にあります。

眼の進化の主要な段階

 a) プランクトンの眼:光受容細胞が体表に露出している。周りの明るさを感知できる。

 b) カサガイの眼:窪みで光が差す方向を感知でき、細胞を損傷から守る。

 c) オウムガイの眼:ピンホール眼は光の方向を感知でき、入射光は像を結ぶ。

d) ゴカイの眼:眼球が閉じ、液体で満たされることで網膜が守られる。

 e) アワビの眼:シンプルなレンズは鮮明な像を結ぶのに役立つ。

 f) 脊椎動物:可動型レンズを持つより複雑な眼。

ヒトデの目は腕の先端にあります。アメリカムラサキウニは体全体が一つの大きな目のような働きをします。二焦点レンズや反射鏡を備えた目もあれば、上下左右が同時に見える目もあるそうです。ゲーリング博士は「動物の目は、一見異なった構造をしているように見えても、驚くほど共通の発生メカニズムをもっている」ことを見つけました。Pax-6遺伝子は眼を作る工程を担う遺伝子です。マウスやイカのPax-6遺伝子をショウジョウバエに挿入すると、ショウジョウバエに複眼が発生します。今の動物に見られる多様な目も、1つの祖先形からの変化したもと考えられています。

最初に眼をもった生物はなんでしょうか?

眼を持った最初の生物は、6億年前のエディアカラ紀の殻の柔らかい三葉虫(Trilobite)だと言われています。目があると、餌を探し見分けること、敵から逃げることに有利になります。カンブリア紀には、目を使って捕食行動や逃避行動をするために素早く動く多様な生物が発生しました。殻(方解石)の堅い三葉虫はカンブリア紀(5.4億年前)からペルム紀末(2.5億年前)の古生代に生息していました。三葉虫は5cmくらいの大きさの節足動物です。大きいものは70cmにもなるそうです。三葉虫は海底を這って、腐ったものを食べて生活していました。頭部には2組の複眼(数百の単眼)があります。目のレンズは方解石でできており、正面と両側面がよく見えます。三葉虫が堅い殻で覆われていたのは、アノマロカリスなどの捕食者から身を守るためだと考えられています。アノマロカリスの体長は1m近くあり、円形の石臼のような口をもっていました。

古生物学者アンドリュー・パーカーは「眼の進化が軍拡競争を引き起こし、多様な生物の急速な進化の引き金となった」と主張しました。これは「光スイッチ説」と呼ばれています。

マッコウクジラの深海適応能力

マッコウクジラは、3000mの深さを2時間潜航できます。クジラの血液密度はヒトの2倍です。筋肉のミオグロビンに保持できる酸素密度はヒトの10倍です。深海の水圧を受けないように、肺を空にしてから潜水します。マッコウクジラの頭には脳油袋があります。脳油は28℃で固化し、33℃で液化します。潜水時には鼻から海水を取り入れて脳油を固化して、比重を高くして潜水します。浮上時には、海水を鼻から吐き出して、血液で脳油を液化して、比重を低くして浮上します。マッコウクジラは北極から南極まで世界規模で分布しています。日本では小笠原諸島近海に雌と子供の群れが定住しており、知床半島近海には雄が見られます。母親は乳を使って、嫌がる子どものマッコウクジラを深海に誘導します。

マッコウクジラの歯は円錐形で下顎に広い間隔を空けて配置されています。1個の歯は1kgもあります。マッコウクジラの肉には蝋が含まれるため、食用の際に油抜きをします。日本では主に大和煮に用いられます。

ハクジラの超能力エコロケ-ションとは

水中は分子の拡散速度が小さいので臭覚はあまり役に立ちません。深い海中は暗いので視力より聴力が役に立ちます。マッコウクジラなどのハクジラは水中でのエコロケ-ション(反響定位)能力があります。反響定位法とは、音波を発して反響音波を感受して周囲の地形や水温、敵の位置や餌の形状などを見分ける方法です。反響定位を使えば、濁った海水中でも小魚を捕食できます。蝙蝠や魚群探知機や潜水艦ソナ-も反響定位法を使っています。水中の音波は空気中より5倍速く(1500m/s)、何百kmも遠くに伝えることができます。ハクジラはパルス状のクリックス音や甲高いホイッスル音を発して仲間と交信して餌をとります。水族館のイルカは音を使って仲間とタイミングを合わせて曲芸をします。

ハクジラはどうやって音波を発するのでしょうか?

ハクジラは鼻の穴が一つしかなく、頭部にメロン体という脂肪の塊を持っています。メロン体は音波のレンズの働きをします。鼻腔で発生させた音波は、メロン体で屈折収束することで、指向性の高い音波になります。鼻腔が一つしかないのは安定な音波を発生させるためでしょう。音波の受信は、眼の後方にある耳孔ではなく下顎骨を用いています。ここから骨伝導で内耳に伝えられます。耳骨は厚く緻密にできています。ハクジラの頭骨にはメロン体を収める窪みがあり、ACEイベントがあった年代にハクジラはすでにエコロケ-ション能力を獲得していたと考えられています。

どうしてクジラにはヒゲクジラと歯クジラがあるのでしょうか?

3400万年前のACEイベントに合わせて、原始クジラの一部は大量のオキアミが採れる「ヒゲ」を発達させたことが古クジラの化石研究から分かってきました。このころ数100万年で急速に進化し、完全なヒゲクジラが出現しました。このときにヒゲをもたないプロトケタスは絶滅しました。一方で水中でのエコロケ-ション(反響定位)能力を獲得したマッコウクジラなどのハクジラが出現し、ハクジラも形を変えて生き延びました。

1500万年前にクジラの故郷が消滅

2500万年前~1500万年前は中間的な気候で海水面は現在より100m高かったと言われています。中新世が始まる2300万年前に南極収束線が完成します。南極収束線は、南極を取り巻く潮の境界のことです。ここで南極大陸に沿って輸送される冷たい海水とその外側の亜南極の比較的暖かい海水が出会います。中新世中期1500万年前にテチス海が閉じ、クジラの故郷が消滅しました。クジラはグロ-バルな海生動物になることで、生き延びました。

850万年前の珪藻増大イベントPACE1(=PAcific Chaetoceros Explosion)

1500万年前~1000万年前にヒマラヤ山脈は標高5000mに達し、地球は再び寒冷化します。1500万年前以降には南極に氷床が現れます。この間に多くの種類のクジラが絶滅しました。850万年前には太平洋でキ-トケロス珪藻の産出増大が見つかっており、PACE1イベントと呼ばれています。寒冷化による湧昇の活性化が生じた証拠だと考えられています。PACE1イベントに合わせて、オキアミの種類が増大し、現生14種類のヒゲクジラが出現しました。このころクジラの頭骨化石のサイズが2倍になりました。餌が豊富になったために、イルカ、セイウチ、ペンギン、カワウソやイタチの種類も増加しています。

250万年前の珪藻増大イベントPACE2

270万年前に中央アメリカ海峡が閉鎖されました。温暖なメキシコ湾流が太平洋に抜けられなくなり、大西洋北部に流れ込み、北米に大量の雪を降らせました。それ以降、北半球にも氷床が現れます。250万年前にも太平洋でキ-トケロス珪藻の産出増大が見つかっており、PACE2イベントと呼ばれています。クジラの頭骨化石のサイズが6倍になりました。餌が豊富になったために、アザラシやオットセイの種類も増加しています。

ヒゲクジラ

鯨のヒゲは人間の爪と同じケラチンでできています。クロミンク鯨には長さ50cmの300枚のヒゲ板があります。口を開けて泳ぎ、海水からオキアミやカイアシなどの餌を漉しとって食べます。ヒゲクジラの餌の採り方には3種類あります。漉し採り型のセミクジラ、飲み込み型のナガスクジラ、掘り起し型のコクジラの順番に進化しました。湧昇の活発化により海水が濁り、視界が悪くなったために、ヒゲクジラは漉し採り型で小魚やオキアミを捕獲するようになったのではないかと考えられます。飲み込み型クジラは大量の海水を飲み込むためにアコ-ディオン状の畝(うね)をもっています。掘り起し型クジラは、海表面での競争を避けて、海底に棲む生物を食べるクジラです。巨大なクジラは水族館では見られません。私も巨大クジラはテレビでしか見たことがありません。

クジラの進化史

・クジラの祖先とその環境

5500万年前の始新世の初期は温暖で、海面は現在より200mも高いものでしたが、それから徐々に寒冷化していきました。そのころにはインド大陸は南極大陸から分離して、北上していました。インド大陸にはクジラの祖先であるアンブロケタスなどのカバに似た4つ足の陸生哺乳動物がいました。

3000万年前にインド大陸はユ-ラシア大陸と衝突し、ヒマラヤ山脈を形成し始めます。ヒマラヤ山脈には海底の堆積物が激しく褶曲した地層があり、多数のアンモナイトの化石が発見されています。ヒマラヤ山脈が形成されると、寒冷・乾燥化し、モンス-ン(季節風)が強化されました。ヒマラヤを流れる河川による風化浸食と風塵により、大量の栄養塩が海洋に供給されたと考えられています。

衝突前にはユ-ラシア大陸とインド大陸(あるいはアフリカ大陸)の間にはテチス海(Tethys Ocean)という浅い大海が広がっていました。テチス海は赤道上にあったので、赤道反流が西から東にテチス海を流れていました。温暖な気候の浅海では植物プランクトンが大繁殖しました。その死骸が海底に降り積もってできたのが現代の中東地区の石油だと考えられています。クジラの祖先は河畔から安全で豊富な餌が得られるテチス海に住むようになりました。体型も水中生活に適応し、プロトケタスという尾ヒレをもつ古代クジラが出現しました。

寒冷な漸新世で植物プランクトンが大量発生

漸新世が始まる3400万年前にオーストラリア大陸が南極大陸から離れ、南極還流が形成されました。低緯度地域で発生した暖流が南極大陸に接近できなくなり、急速に寒冷化が進み、両極には氷床が出現しました。氷床は太陽光を反射するので気温が下がり、氷床は拡大します。沿岸の海面が氷結すると塩分濃度の高い海水が大量に発生し沈み込みます。南極海沿岸は栄養塩濃度の高い深層海水が湧昇し、プランクトンやそれを食するオキアミが大量発生しました。植物プランクトンは光合成するので、温室効果ガスであるCO2が減少し、寒冷化に寄与します。

微化石の研究からACE(=Atlantic Chaetoceros Explosion)と呼ばれるキ-トケロス珪藻の爆発的な増大イベントが生じたことが分かっています。キ-トケロス属は湧昇流が活発な地域に生息する珪藻です。栄養状態が悪くなると、キ-トケロス珪藻は休眠胞子状態になり、海底の泥層に沈みます。湧昇流が起こり、栄養状態がよくなると、休眠胞子は表面層まで巻き上げられ、光を受けて休眠から目覚めます。通常、珪藻のガラス殻は薄く、化石として残らないのですが、キ-トケロス珪藻の休眠胞子状態のガラス殻は厚いために、20μm~50μmサイズの微化石として残ります。

三大植物プランクトンをご存知ですか?

海中の三大植物プランクトンは珪藻と渦鞭毛藻と円石藻です。これらは真核生物です。大きさは珪藻が20~50μm、渦鞭毛藻が50μm、円石藻が10μm程度です。

珪藻は、10万種ありますが、球形の中心類と細長い羽状類があり、いずれも弁当箱のようなガラス質(珪質)の殻をもっています。珪藻は細胞がガラスで囲まれているため、光を効率よく吸収できます。珪藻はガラス殻が重いために表層に自ら留まることはできませんが、渦流がある沿岸域や湧昇域では留まることができます。

珪藻は分裂時に内側に殻を形成するので、分裂するたびに少しずつ小さくなります。限界に達すると、有性生殖に切り替わり、増大胞子をつくりサイズを回復させます。沿岸湧昇域に生息するキートケロス属の珪藻は、低栄養塩濃度になると休眠胞子となり、海底に沈み、湧昇が活発になると、浮上してきます。

渦鞭毛藻は、2000種ありますが、半数は動物的なプランクトンです。鞭毛は、栄養塩濃度が低下した周囲の層を攪拌することで、周囲の栄養塩濃度を回復するのに役立ちます。あるいは鞭毛を使って、夜間に栄養塩濃度の高い深層に移動することもできます。単相で分裂して増えますが、栄養状態が悪くなると、複相(DNA2組)で接合繁殖します。休眠シスト状態にもなれます。渦鞭毛藻は赤潮の原因になります。

円石藻は、200種ありますが、すべて海産性です。コッコリスという石灰質円板の鱗片をもつ球形プランクトンです。天然のチョ-クは円石藻が沈殿してできたものです。円石藻が死ぬと沈降しますが、海底に到達する前に溶解してしまいます。円石が堆積するためには、動物プランクトンなどに捕食されて糞ペレット(fecal pellet)になる必要があります。

円石藻は微化石として大量に出土する為、現生種の何倍もの化石種が記載されており、示準化石として利用されています。円石藻の多くは貧栄養の外洋を好みます。Caイオンと炭酸水素イオンからCaCO3を形成する際にCO2を発生させますが、光合成によるCO2消費の方が多いようです。円石の役割には集光、CO2貯蔵、沈降防止、捕食防御など諸説あります。円石藻は白潮の原因になります。

円石藻はジメチル硫黄(DMS)を大気中に放出します。DMSは光化学反応して、SOxに変わります。こうした硫黄化合物は雲の核となり、雲形成を促進し、温室効果や地球の反射率を高める影響があります。

植物プランクトンはなぜ小さいのか?

植物プランクトンは光合成のために明るい表層に浮遊しなければなりません。また栄養塩の少ない表層で効率よく栄養塩を摂取するために、表面積が大きくなければなりません。しかし細胞原形質は海水より密度が高いのです。従って植物プランクトンは数十ミクロンの小さな大きさを保っています。動物プランクトンは、浮遊して小さい植物プランクトンを効率よく食べるために、小さくなっています。

植物プランクトンの生産性

植物プランクトンの寿命は6日程度です。1週間すると1回分裂し、その半数は死んで沈降するか他の動物プランクトンに捕食されます。こうした海洋生物は世代交代が非常に速く生産性が高いのが特徴です。実際、海中生物量は3Pg(炭素換算1012kg)ですが、陸上生物量300Pgの1%に過ぎません。しかし海中生物の炭素移動量は陸上生物の80%を占めています。海洋と陸上の平均的P(年間生産量)/B(生物量)比は

・ P/B(海洋)=152[g/m2/年]/10[g/m2]=15.2 [1/年]

・ P/B(陸上)=721[g/m2/年]/12300[g/m2]=0.059 [1/年]

です。大陸棚のP/B比は36となり、海洋平均値15.2の2倍以上になります。海洋は陸上より生産性が260倍(=15.2/0.059)も高いことになります。生産量の観点からすると海洋は陸上より時間が2桁以上速く流れているのです。

レッドフィールド比(Redfield、1890~1983)について

Redfield博士はアメリカ東海岸沖の深層海水中の炭素と窒素とリンの比率は

・ C:N:P=106:16:1

でほぼ一定であることを見出し、海性植物プランクトンのN/P比も深層水中のN/Pに等しいと考えました(1958)。表層のN/P比はばらつきがありますが、16より小さいです。現在500m以深の海水中の硝酸塩とリン酸塩比の平均値は、大西洋で15.0、太平洋で14.8、インド洋で14.3であると報告されています(Falkowski, 2007)。資源競争条件での化学量論モデルによれば、微細藻類の最適N/P比は、対数増殖期で8.2です(Klausmeier、2004)。近年の調査では、プランクトンの栄養含有比はプランクトンが棲息する緯度によって変わり、栄養が少ない赤道では195:28:1、栄養が豊富な極地方では78:13:1と明らかな違いが見られています(Adam Martiny、2013)。 

クジラはどのように進化してきたのでしょうか?

近年クジラの進化史が解明されつつあります。プレ-トテクトニクスによる大陸移動は、海峡封鎖や造山運動を引き起こし、海流を変化させ、気候を寒冷化させてきました。寒冷化による海底栄養塩の湧昇は、プランクトンやオキアミの大発生を引き起こし、クジラの餌を豊富に供給したのです。クジラヒゲはオキアミを効率よく捕獲できるので、クジラが巨大化しました。

1か月前に名古屋大学の須藤斎(いつき)准教授が書かれた「海と陸をつなぐ進化論」(Blue Bucks)を参考にして、クジラとプランクトンの共進化の歴史を紹介しましょう。ちなみに須藤准教授は珪藻という植物プランクトンの専門家です。須藤氏は珪藻が大発生した3つのイベントと海洋生物の進化の関係を研究されています。

大昔の海水温度を推定する酸素同位体比

酸素には3 種類の同位体が存在ますが、海水の酸素は16O(軽い水)と少量の18O(重い水)で構成されています。海水が蒸発し、積雪によって氷床に取り込まれ易いのは軽い水なので、軽い水が氷床に取り込まれます。そのため、氷床が拡大する氷期の海水は相対的に重い水が多くなり、逆に間氷期の海水は軽い水が多くなります。海水中を漂う石灰質有孔虫は海水を使って石灰質の殻を作ります。この殻には水温が低いほど、重い海水が多いほど多くの18O が取り込まれるので、酸素同位体比18O/16O は水温が低い氷期に大きくなります。

クジラ肉にはどんな利点があるのでしょうか?

クジラ肉は栄養があり、上手に調理すると大変美味しいと言われています。クジラの赤身肉は魚肉よりは牛肉に近い触感です。

・クジラ肉の利点1 ~ バレニン

鯨肉は、鶏ささみと同等の熱量で、その脂肪分は鶏ささみの半分です。だから鯨肉は筋トレやダイエットに理想的なタンパク源になります。ヒゲ鯨の肉には、抗疲労機能をもつバレニンが大量に含まれています。ニワトリや牛には100g当たり2~5mgしか含まれていませんが、ミンククジラ(ヒゲクジラ)の赤肉100gには1,900mgのバレニンが含まれています。但しマッコウクジラ(歯クジラ)には3mgしか含まれていません。

 ヒゲクジラは、春から夏にかけて栄養塩が湧昇する高緯度地方で餌を取りたっぷり脂肪を蓄えます。秋になると大移動し、低緯度地方で餌を食べずに生殖と子育てをします。低緯度地方の海は、暖かく透明なので、皮下脂肪が不十分な子クジラを育て守るために適しているのです。大海原を泳ぎ続けるヒゲ鯨のスタミナは、バレニンに秘密があると言われています。

バレニン(Balenine)とは

バレニンはイミダゾール・ジペプチドの一種で、メチル化ヒスチジンとβアラニンという2つのアミノ酸が結合した物質です。ヒスチジンはイミダゾール基を有する必須アミノ酸で、イミダゾール基は窒素を2つ含む五員環です。ヒトの生体内では、乳酸の分解促進に関わり、疲労回復に効果があります。バレニンは、消化吸収時に2つのアミノ酸に分解されますが、体中で再合成されます。ヒトの場合、脳細胞、筋肉などの消耗の著しい部位に、イミダペプチド合成酵素が豊富に存在するために、酸素消費が多く発生する部位で、バレニンが再合成されやすく、抗酸化作用が発現しやすいと言われています。

・クジラ肉の利点2 ~ ヘム鉄とDPA(ドコサペンタエン酸)

クジラの赤肉には吸収されやすいヘム鉄が含有され、貧血の予防に役立ちます。鯨肉は安全で栄養価の高い動物性タンパク源であり、アレルギー患者が安心して食べられる代替タンパク源です。クジラ肉には血液の流れをよくするDPAが含まれています。

・クジラ肉の利点3 ~ コラーゲン

クジラのベーコンにはコラーゲンが多く、その原料となる畝須(うねす)には28%ものコラーゲンが含まれています。畝須とは、クジラの下あごから腹部にかけての畝状の部分です。上部の脂身をウネ、肉部をスノコ と呼ぶので、「うねす」という名前になったそうです。クジラのベーコンは畝須を塩漬けにしてから燻製にしたものです。

世界の漁獲高

世界の漁獲高は、養殖も含めて、2.0億トンです。上位12位までを紹介すると、中国8152万トン(1位)、インドネシア2320万トン、インド1078万トン、ベトナム642万トン、米国537万トン、ロシア495万トン、日本434万トン(7位)、フィリピン423万トン、ペル-391万トン、バングラディッシュ388万トン、ノルウェ-353万トン、韓国325万トン(12位)です。中国が圧倒的1位で、日本は第7位です。中国は日本の10倍の人口ですが、漁獲高は日本の19倍です。世界の漁獲量が頭打ちとなる中で、1990年代以降には、主に中国が養殖生産量を急拡大し、世界の水産物需要の増大を支えています。

・マッコウクジラの漁獲高

マッコウクジラの餌消費量は9000万トン~2億トンと推定されています。マッコウクジラは10万匹いますが、13億人の中国人より魚を食べています。但しマッコウクジラは、人類が捕獲できない深海に生息するイカやサメを主食としています。

日本の魚の国内消費

日本は魚が足りない状況です。日本は供給魚の50%を海外から輸入しています。養殖は10%、漁獲量は40%です。日本の魚の95%は国内で消費されます。輸出されるのは5%だけです。ノルウェ-の場合は、輸入が28%、養殖が15%、漁獲量が58%です。国内消費は45%で、輸出が55%です。日本よりバランスがとれており、余裕があります。

何故日本は国際捕鯨委員会(IWC)から脱退したのでしょうか?

IWCの本来の目的は「鯨類資源の保存と有効利用」と「捕鯨産業の秩序ある発展」の2つでした。しかし1980年代に反捕鯨を唱える非捕鯨国の加盟が急増し、1982年に商業捕鯨の一時停止が採択されました。 そうした状況の中、ノルウェ-は1993年から、アイスランドは2006年から商業捕鯨を再開し、ついに日本も商業捕鯨を再開する方針を固めました。

日本人は縄文時代からクジラ類を食してきた習慣があります。日本にとって鯨類資源は重要な食料資源です。日本は、30年間科学的調査を行い、鯨類資源が持続的に利用可能であることを実証してきました。しかし非捕鯨国は捕鯨国が持続的に商業捕鯨をする必要性を認めようとしませんでした。日本政府は、IWCは本来の目的を実現できないと判断し、2018年12月26日にIWCを脱退しました。今後日本はIWCにオブザーバとして参加し、科学的知見に基づく鯨類の資源管理に貢献します。立場を共有する国々と連携し、IWCの機能回復を目指すとのことです。

実際にクジラを持続的に利用できるのでしょうか? 

クジラの種類によって持続的に利用可能な捕獲数が異なります。例えばクロミンククジラは十分な資源量が確認されているので、持続的利用が可能です。水産庁によると、クロミンククジラの推定数は51.5万匹で、毎年0.2%(1000匹)捕獲しても数量を維持できるとのことです。日本は調査のため毎年850匹を捕獲しています。希少なクジラを保護しながら、数量の多いクジラを計画的に捕獲することは、漁獲量の向上にもつながります。クジラ肉は栄養があり、上手に調理すると大変美味しいと言われています。

日本は2019年7月から30年ぶりに商業捕鯨を再開する予定です。商業捕鯨は、日本の領海及び排他的経済水域に限定され、南半球では捕獲を行いません。捕鯨はIWCの捕獲枠の範囲内で行われます。

6.量子力学的な散乱係数について

ラウドンの「光の量子論」(1994年)に量子力学的な散乱係数の詳細が書かれています。時間に依存した摂動論において、電気双極子相互作用の2次の寄与から散乱光子の放出速度τを計算します。単位時間に散乱によって光子ビ-ムから失われるエネルギ-ℏω/τと、単位断面積を単位時間に通過するエネルギcℏωn/Vとの比で散乱断面積を定義すると、

  • σ=(ℏω/τ)/(cℏωn/V)= (V/nc)・1/τ

放出速度τを散乱断面積σに書き換えられます。1/τには∫dΩが含まれているので、微分断面積が求められます。これがクラマ-ス・ハイゼンベルグの公式です。原子が基底状態に戻る弾性散乱の場合は、

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεoℏ)2
  •      ×∣∑i{(εs・D×ε・D)/(ωi-ω)+(ε・D×εs・D)/(ωi+ω)}∣2

となります。εとεsは入射光子と散乱光子の単位偏光ベクトル、Dは電気双極子相互作用です。ω=ωiで発散しますが、厳密な扱いではωは虚部を有するので発散しません。

ω>ωiとω<ωiの場合を扱う場合には、上式で十分です。

1)トンプソン散乱の場合(ω>ωi

光子の周波数ωが原子の励起周波数ωiより大きい場合には、絶対値の中の和は-ωi/ω2と近似できるので、

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo)2×∣∑iωi{(εs・D×ε・D)+(ε・D×εs・D) }∣2

原子に束縛されている電子数をZとすると、総和則から

  • iωi{(εs・D×ε・D)=(Zℏ/2m}ε・εs

となるそうなので、微分断面積は

・ dσ/dΩ=[Z・re・(ε・εs)]2

となります。ここでreは古典的電子半径

  • e=e2/4πεo・mc2=2.8×10-15 [m]

です。つまり静電エネルギe2/4πεoeが静止エネルギmc2に等しくなる半径です。

このような高周波入射光の弾性散乱はトンプソン散乱として知られています。トンプソン散乱では散乱断面積は、原子構造と無関係に、電子数Zの2乗に比例します。

2)レ-リ-散乱の場合(ω<ωi

光子の周波数ωが原子のどの励起周波数ωiより小さい場合には、分母のωを無視して

・dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo ℏ)2∣∑i (1/ωi)・{(εs・D×ε・D)+(ε・D×εs・D) }∣2

となります。水素原子の場合はあらわに計算ができて、

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo)2×[(9ℏ/16mωR^2) (ε・εs)]2

となります。ここでℏωRは水素の基底状態のエネルギ

  • ℏωR=me4/32(πεoℏ)2

です。結局、水素原子に関するレ-リ-散乱の公式

  • dσ/dΩ=(9re/8)2・(ω/ωR)4・(ε・εs)2

が得られます。

  • ω=2πc/λ

なので、レ-リ-散乱の散乱断面積は波長の4乗に反比例することが量子論でも確かめられました。

3)共鳴散乱の場合(ω=ωi)

減衰係数γiを取り入れた表式は、i番目の準位への散乱断面積は

  • dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo ℏ)2・(ε・D1i)4/{(ωi-ω)^2+γi2}

となります。励起状態はi=2だけだとして、散乱光子の全方向について積分すると、

  • σ=(eω/c)4/18π(εo ℏ)2・D124/{(ωo-ω)2+γ2}

となります。ここで減衰係数γは

  • γ=e2ωo3D122/3πεo

です。よって散乱断面積は

  • σ=[e2ωoD122/3εo ℏc]・γ/{(ωo-ω)2+γ2}

の形に書き表せます。ω=ωoのとき、散乱断面積は入射光の波長λの2乗

  • σ=2πc22=2π/(2π/λ)2=λ2/2π

となります。原子の第一励起状態との共鳴断面積は、波長だけで決まります。

誘電率や透磁率の値はどのようにして決まったのでしょうか?

MKSA系の電磁気学には、電流の強さを表すアンペア[A]が登場します。

1[A]の定義は何でしょうか? 

1[A]は、真空中に1m(=r)間隔で平行に張られた2本の導線に同じ電流を流した時に、1m(=L)あたりの長さの導線に働く力Fによって定義されています。

・ F=μ0HIL=μ0(I/2πr)IL=μ0I2L / 2πr

・ F=2×10-7[N]=(μ0/ 2π)1[A]2・1[m]/1[m]

2本の導線に働く力が2×10-7[N]となる電流の値を1[A] と定義しました。その結果真空の透磁率μ0

・ μ0=4π×10-7 [NA-2]

となりました。真空の誘電率は、必然的に

ε0=1/c2μ0=1/{(2.99792×108m/s)2・4π×10-7 [NA-2]}=8.85419×10-12[F/m]

となります。1クーロンは、1アンペアを用いて

・ 1[C] =1[A]×1[m2]×1[s]

で定義されます。電圧[V]は、1クーロンを用いて

・ 1[V] =1[J]/1[C]

で定義され、1[F]ファラッドは、1ボルトを用いて

・ 1[F]=1[C] /1[V]

で定義されます。 1[A]を定義することで、電磁気学のすべての定数や単位が決まるのです。

5.電磁気学の単位系について

電磁気学にはMKSA単位系(SI単位系)とCGS単位系(ガウス系)があります。

一世代前にはCGS単位系が使われていましたが、今ではMKSA単位系が用いられています。少し古い本を読むとCGS単位系が使われているので、CGS単位系とMKSA単位系の関係について知っておくと便利です。以下CGS単位系の物理量にはプライムをつけて区別します。

<CGS単位系とMKSA単位系の違い>

MKSA単位系では、ク-ロン力Fは

・ F=(1/4πε0)・Q1Q2/r2

ですが、CGS単位系では

・ F= Q’1Q’2/r2

とシンプルになります。

MKSA単位系では、電束密度と電界の関係は

・ D=ε0E+P

ですが、CGS単位系では

・ D’=E’+4πP’

となります。CGS単位系はよさそうに見えるのです。

しかしマクスウエル方程式に関してはMKSA単位系の方がすっきりしています。MKSA単位系では、マクスウエル方程式は

・ divD=ρ、divB=0、rotH=i+∂D/∂t、rotE=-∂B/∂t

ですが、CGS単位系では

・ divD’=4πρ’、divB’=0、rotH’=(4π/c)i’+(1/c)∂D’/∂t、

   rotE’=-(1/c)∂B’/∂t

となります。CGS単位系はマクスウエル方程式に4πが出てきて目障りなのです。

<CGS単位系とMKSA単位系の関係>

電場の場合、次の3つの関係

・ Q= root(4πε0)Q’

・ D= root(ε0/4π)D’

・ E=E’/ root(4πε0)

を使えば換算できます。分極P=rQなので、P=root(4πε0)P’の関係です。

・ DS=Q(MKS系) →root(ε0/4π)D’=root(4πε0)Q’ →D’S=4πQ’(CGS系)

・ F=QE(MKS系) →F=root(4πε0)Q’ E’/ root(4πε0) →F=Q’ E’(CGS系)

・ D=ε0E+P(MKS系) → root(ε0/4π)D’=ε0E’/ root(4πε0)+root(4πε0)P’

・  → D’=E’+4πP’(CGS系)

が得られます。分極率αは

・ P=αε0E(MKS系) → root(4πε0)P’=αε0E’/ root(4πε0)

    → P’=(α/4π)E’(CGS系)

と変換されます。

4.分極率と屈折率の関係

計測可能な屈折率nを用いて、分極率を表します。単位体積当たりの分子数をNoとすると、分極率αが古典的に

・ α=(3/No)[(n2-1)/(n2+2)]

と表せることを説明します。

屈折率nの媒質では光速は

・ c=c0/n

と小さくなります。よって

・ n2=(c0/c)2=εμ/ε0μ≒ ε/ε0

となります。

外部電場Eo内に設置された誘電体の内部の分子を含む半径roの球を考えます。分子に分極を引き起こす分子にかかる電場Eは

・ E=Eo+Ep+Ei

の3つの成分に分けて考えることができます。ここでEpは半径roの球をくり抜いた外側の誘電体の分極が球の中心につくる電場とします。Eiは球形の分極した誘電体が球の中心につくる電場とします。なお誘電体は等方的で、印加したEoと同じ方向に分極が生じるものとします。分子の位置を原点とし、外部電場の向きをx方向とし、x軸からの角度をθとします。

分極した誘電体の内部の電場を求めるための図式

1)Epについて

 外側の誘電体の分極により、半径roの球のx>0の内壁に負の面電荷、x<0の内壁に正の面電荷が生じています。角度をθの位置にある微小面積dsの電荷密度σpは

・ σp=∣P∣cosθ

となります。Pは単位体積当たりの双極子モーメントであり、P[Cm/m3]=P[C/m2]より面電荷と同じ次元をもっています。σpdsの電荷が原点につくる電場のx軸方向は

・ dE=∣P∣cosθds/4πεoro2 ・cosθ

角度θとθ+dθに挟まれた内壁の帯状の面積は、幅rodθをもつ半径ro・sinθの円ですから、ds=2πro・sinθrodθとなります。内壁の面電荷が原点につくる電場Epは

・ ∣Ep∣=∫[0、Π] ∣P∣cos2θ/[4πεo・ro2]・2πro2・sinθdθ

・   =∣P∣/2εo∫[-1、1]2dt=∣P∣/2εo・2/3=∣P∣/3εo

・  Ep=+P/3εo

となります。

2)Eiについて

 原点に微小距離d離れた正負の電荷qがあったとします。その点のポテンシャルφを考えると、双極子のエネルギは

・ U=qφ(d、0、0)-qφ(0、0、0)≒qd=p(dφ/dx)0

となります。点rp(xp、yp、zp)にp=qdの双極子があったとき、それが任意の点(x,y,z)につくるポテンシャルφ(x,y,z)は

・ φ(x,y,z)=(p・r)/4πεor3

      =(1/4πεo)・p(z-zp)/{(x-xp)2+(y-yp)2+(z-zp)2}3/2

となります。点Pにある双極子の電場により原点にある双極子がもつエネルギは

・ U=p(dφ/dx)0=(p2/r3)(1-3 zp2/r2

となります。双極子が立方格子状に分布している場合は、格子定数aとすると、整数i、j、kに対して、

・ (xp、yp、zp)=(ai、aj、ak)

となるので、エネルギは

・ U==p2/a3 ∑( i2+j2+k2) -5/2・(i2+j2+k2-3k2

と表せます。和を取る際に(i、j、k)をサイクリックに入れ替えて3で割ると、分母は変わりませんが、

分子=1/3{(i2+j2+k2-3k2)+(k2+i2+j2-3j2)+(j2+k2+i2-3i2)}=0

となるので、U=0となります。したがってEi=0となります。

したがって、分子に働く電場の強さは

・ E=Eo+P/3εo

となります。これをロ-レンツの内部電界といいます。単位体積当たりの双極子数をNo、分子の分極率をαとすると、分極ベクトルPは

・ P=NoαεoE=Noαεo(Eo+P/3εo)

となります。これをPについて解くと

・ P=NoαεoEo/(1-Noα/3)

となります。これを電束密度DにあるPに代入すると

・ D=εoEo+P=εoEo+NoαεoEo/(1-Noα/3)

   =(1+2Noα/3)/(1-Noα/3)・εoEo

一方

・ D=εEo=(ε/εo)εo Eo

なので

・ ε/εo=(1+2Noα/3)/(1-Noα/3)

となります。αについて解くと、双極子の分極率と屈折率の関係式

・ α=(3/No)(ε/εo-1)/(ε/εo+2)=(3/No)(n2-1)/(n2+2)

が得られます。これをクラジウス・モソッティの式(1879年)といいます。

3.双極子散乱の公式の証明

それでは双極子ベクトルP(t0)

・ P(t0)=∫ρ(r’, t0)r’d3r’(t0=t-r/c)

から距離離れた位置に観測される散乱波の電場E(r,t)が、

  • E(r,t) =(1/4πε)(1/ c23)・×[×∂2P(t0)/∂t02] 

と書けることを証明します。ここでcは光速です。

電場と磁場は、電磁ポテンシャルφ、A

・ =-gradφ-∂A /∂t

・ =rot A

なる関係があります。電磁ポテンシャルφ、Aを用いたマクスウエルの方程式は

・ (△-1/c22/∂t)φ=-ρ/ε

・ (△-1/c22/∂t)A=-μi

・  1/c2・∂φ/∂t+divA=0 (Lorentz gauge)

・  1/c2=εμ

で与えられます。電磁ポテンシャルは、電荷密度ρと電流密度iに対して

・ φ(,t)=(1/4πε)∫ρ(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

・ A (,t)=(μ/4π)∫i(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

・      =(1/4πε)1/c2i(r’,t-∣r-r’∣/c)/ ∣r-r’∣d3r’

と表すことができます。必ずしも容易ではありませんが、この定理は上式に代入すると解になっていることで確かめられます。物理学では証明に用いる定理が証明すべき命題より難しいことが時々あります。数学的には1/rがφに係るダランベシアン作用素のグリ-ン関数核なので、ソ-ス項と1/rの積の積分は電磁場方程式の解になるということです。よく知られた定理なので、ひとまずこれを認めましょう。

物理学では大抵の場合、厳密に積分するのは困難です。ここでは電気双極子近似を導入します。電子が存在している領域半径r’ に比べ、観測地点がずっと遠くにある(r’<<r)場合を想定しているので、

・ ∣r-r’∣≒r(1-r・r’/r)

・ 1/∣r-r’∣≒1/r・(1+r・r’/r)=1/r+O(r’/r)≒1/r

・ r=∣r∣=root(x2+y2+z2)

のように近似します。なぜなら

 ∣r-r’∣=root(∣r2-2r・r’+∣r’2) ≒ r (1-2r・r’/r)1/2≒r (1-r・r’/r)

だからです。さらにテ-ラ展開の1次までとると

・ ρ(r’,t-∣r-r’∣/c)≒ρ(r’,t-r /c+r・r’/cr) ≒ρ(r’,t0r・r’/cr)

・    ≒ρ(r’,t0)+[dρ(r’,t0) /dt0]・(r・r’)/cr

となります。上式のρをφの式に代入すると、

・ φ(,t)=(1/4πεr)∫ρ(r’,t0) d3r’+(r/cr2)・(d /dt0)1/4πε∫ρ(r’,t0)r’d3r’

となります。ここで第一項は

・ Q=∫ρ(r’,t0) d3r’

を含みますが、電荷Qは原子に束縛されており、時間的に変化しないので、無視できます。

・ P(t0)=∫ρ(r’, t0)r’d3r’

ですので、スカラ-ポテンシャルは、双極子ベクトルを用いて

・ φ(,t)=(1/4πε) (r /cr2)・(dP(t0) /dt0)

と書けます。同様にベクトルポテンシャルに関して、双極子近似を適用して展開すると

・ (4πε0) A (,t)≒ (1/c2r)∫i(r’, t0r・r’/cr ) d3r’

    ≒(1/c2r)∫i(r’, t0) d3r’+(1/c32)∫di(r’, t0)/dt0 (r・r’) d3r’

    ≒(1/c2r)∫i(r’, t0) d3r’ +O(1/c3)

となり第二項は無視できます。ここで断面積S、長さr’の導線を考えると、電流は

・ i(r’, t0)=1/S・dq/dt0r’/r’=d(q/V)/dt0r’=dρ/dt0r’

と書けるので、

・  A (,t)≒(1/4πε0) (1/c2r) (d/dt0)∫ρ(r’,t0)r’ d3r’

より、ベクトルポテンシャル Aも双極子ベクトルP(t0)を用いて

・  A (,t)=(1/4πε0) (1/c2r) (dP(t0)/dt0)

と表せます。電場の表式に電磁ポテンシャルを代入すると

・(1/4πε0)(r,t)=-gradφ-∂A /∂t

       =-grad[(r /cr2)・(dP(t0) /dt0)]-∂/∂t[(1/c2r) (dP(t0)/dt0)]

となります。ところで第一項のgradのx微分を考えると、

 (d/dx)(r /cr2)=ex /cr2-(2r /cr3) dr/dx=ex /cr2-2rx/cr4=O(1/r2)+O(1/r3)

の部分は、次のx微分の項

・ -(r /cr2)(d/dx)(dP(t0) /dt0)=-(r /cr2)(d(t-r/c)/dx)(d2P(t0) /dt02)

         =-(r /cr2)(-x/cr)(d2P(t0) /dt02) ~ O(1/r)

に比べると十分遠方で早く小さくなるので、無視できることが分かります。結局

・ (1/4πε0)(r,t)≒(r/cr) [(r /cr2)・(d2P(t0) /dt02)]-(1/c2r)d2P(t0) /dt02

・    =(1/c23){r [r・d2P(t0) /dt02] -(rr) d2P(t0) /dt02

・    (r,t)=(1/4πε0) (1/c23) r×(r×d2P(t0) /dt02)

により公式が得られます。最後の等式は、A=B=C=d2P(t0) /dt02とおいて恒等式

  BA・C)-(A・BCA×(B×C

を適用して得ました。すこし難しくなってしまいましたが、双極子放射の公式が電磁気学の基本方程式から得られることを確かめました。次回は古典的な分極率の導出についてお話します。