植物はどうやって水を光分解するのでしょうか?

植物は葉緑体のチラコイド膜に埋め込まれた光合成系Ⅱ(PSⅡ)の膜タンパク質の中にあるマンガン(Mn)クラスタ-で水を光分解しています。

  • 2H2O + hv → O2 + 4H+ +4e

これによって、チラコイド内腔のH+濃度を高め、H+がATP合成酵素を通過し、ストロマ側でATPが生産されるのでした。光化学系Ⅱの構造は2011年に神谷と沈らのグループによって、0.2nmの精度で解明されました。

Mnクラスタは、4個のMn原子と1個のCa原子、5個のO原子からなる歪んだ椅子のような形状をしています。P680が酸化されるたびにMnクラスタで発生した電子が受け渡されます。

この反応は、Kokサイクル(1970年)と呼ばれ、4段階で進み(S0→S1→S2→S3→S4)、最終的に遷移状態のS4を経てS0状態に戻る際に、水が酸化されて一挙に酸素分子を発生します。S4状態の解明はまだされていないようです。下図にKokサイクルの一つのモデルを示します。椅子の背もたれの肩にある第4番目のMn原子には2個のH2O分子が結合しています。光のエネルギで、そのH2O分子が酸化され、水素と電子が奪われます。

高等植物や藻類やシアノバクテリアは光化学系IIを使った光合成を行うので、Mnが必須であることが分かります。

植物はどうやって光合成をするのでしょうか?

植物は葉緑体の細胞膜に埋め込まれた、PSⅡ、シトクロム、PSⅠの膜タンパク質複合体でATPを生産し、ATPと細胞質にあるカルビン回路を使って、光合成をおこないます。太陽光を吸収したクロロフィルaは電子を放出し、その電子を順次伝達していく過程で、H+を汲み上げ、次のカルビン回路に必要なATPとNADPHを合成します。電子を失ったクロロフィルaは、水の分解で生じた電子を補填されます。水の光分解は、葉緑体のチラコイド膜に埋め込まれた光合成系(PSⅡ)で行われます。

下図はチラコイド膜の側面から見たPSⅡ膜タンパク質複合体の構造図です。PSⅡ複合体は、対称軸の両側にCP41・D1・D2・CP47の構造を有するタンパク質の二量体です。反応中心は、チラコイド内腔(ル-メン)とチラコイド膜の境界(下面)にあります。右側は水分子の分布図です。膜は疎水性なので水は少ないです。反応中心でチラコイド・ル-メンの水を分解しています。

植物はPSⅡ複合体に結合したマンガン(Mn)クラスタ-で水を光分解しています。

  • 2H2O + hv → O2 + 4H+ +4e

これによって、チラコイド内腔のH+濃度を高め、H+がATP合成酵素を通過し、ストロマ側でATPが生産されます。発生した酸素は葉の気孔から放出されます。植物が放出する酸素は、CO2ではなく、根から吸収したH2Oの酸素に由来しています。

Mnクラスタで生じた電子は、チロシン基(Tyr)を経由して、光励起時に電子を失ったクロロフィルa(P680)に供給されます。P680とは680nmの波長光を吸収する色素(Pigment)のことです。P680が光励起された後にMnクラスタから電子が供給されることは重要です。もしも逆だと、発生した電子がMnクラスタ近傍に貯まり、酸素と結びついて活性酸素を生じさせてしまうからです。

P680が放出した電子はフェオフィチンPhe(Pheophytin)、QA、QBの順に受け渡されていきます。Pheはクロロフィル分子からMg2+がとれてH原子2つと置き換わったものです。

QBのプラストキノン(PQ)はチラコイド膜中で自由に動くことができます。このPQはストロマ中の2個のH+を取り込んでジヒドロ・プラストキノン(PQH2)、つまりキノ-ルになります。

PSⅡから飛び出したPQH2は、シトクロムb6/f複合体に電子を渡します。この複合体から再び電子はプラストシアニン(PC)へと渡され、チラコイド内腔を拡散し、光合成系Ⅰ(PSⅠ)に入っていきます。このシトクロムb6/f複合体においてPQH2からPCへの電子伝達で0.4eVのエネルギが生じます。このエネルギでストロマからチラコイド内腔にH+をくみ出しています。

光合成系Ⅰ(PSⅠ)

シトクロム複合体によって還元されたPCは、PSⅠの反応中心にあるクロロフィルP700(吸収波長700nm)に電子を渡します。PSⅠ複合体は数十種のサブユニットから構成され、集光性タンパク質複合体LHCⅠ(Light-Harvesting protein Complex)が光を吸収すると、反応中心のP700が励起され電子を放出します。チラコイド膜上で、それぞれの反応中心を取り巻くように多くのLHCが存在し、太陽光を集めて反応中心に供給しています。

電子は、P700→A0(1分子クロロフィル)→Q(フィロキノン)→Fx→FA・FB(Fe-Sタンパク質)という順に伝達され、フェレドキシン(FD)(Fe-Sタンパク質)に渡されます。電子はストロマの補酵素2NADP+(ニコチン酸アミド・アデノシン・ジヌクレオチドリン酸)に移り、FAD(フェレドキシン-NADP+ レダクターゼ)の助けを借りて2NADPH2+が作られます。電子を失ったP700は、PCから再び電子を受け取ります。

ATPにエネルギが貯えられるとはどういうことでしょうか?

ATPが加水分解するときに自由エネルギが放出されるということです。しかしこれはリン酸同士の結合にエネルギが貯えられているのではありません。さらに注意すべきことは標準状態の自由エネルギ変化値は、細胞内での値とは異なることです。大抵の細胞では、ADPよりATPの方がずっと濃度が高いので、生理的な条件下では標準状態の2倍の自由エネルギが得られます。

ATP(アデノシン三リン酸)はリン酸基を3個もっています。それらは内側からα、β、γと名付けられています。ATPが加水分解により、γリン酸を失い、ADP(アデノシン二リン酸)と無機リン酸Piになるとき-7.3kcal/molの自由エネルギが生成します。どこのリン酸結合が切れても同じ自由エネルギが生成しますが、AMP(アデノシン一リン酸)からαリン酸を加水分解するときには、-3.4kcal/molの自由エネルギしか生成しません。

pH7のとき、ATPは4個の負電荷をもち、それらは近接して反発しています。加水分解すると、

  •  ATP4- + H2O → ADP3- +HPO42-

に分かれ、電気的反発のひずみが緩和され、HPO42-は共鳴混成体をつくり安定化します。電子濃度が高い酸素イオンの配置が異なる4つの状態が共鳴します。

ATPの加水分解時の標準状態の自由エネルギ変化

・ΔG⁰=-7.3kcal/mol

です。ΔG⁰はATPやADPやPiが標準状態、すなわち各濃度が1M(=mol/L)のときの自由エネルギ変化です。細胞内では、それらの濃度は異なっており、通常1Mより遥かに低い濃度です。細胞内での自由エネルギ変化は

  •  ΔG=ΔG⁰+RT・ln{[ADP][Pi]/ [ATP]}

で与えられます。細胞内での典型的な濃度は

  • [ADP]=60μM、[Pi]=5mM、[ATP]=5mM

ですので、

  • [ADP][Pi]/ [ATP]=60μM・5mM/5mM=6×10—5M
  • ΔG=ΔG⁰-6.0kcal/mol=-13.3kcal/mol

となります。大抵の細胞では、ADPよりATPの方がずっと濃度が高いので、生理的な条件下では標準状態の2倍の自由エネルギが得られます。逆にこの程度の影響しかないと捉えるのであれば、細胞内での非平衡性は比較的小さいと考えられます。

ちなみに平衡状態では

  • ΔG=ΔG⁰+RT・ln{[ADP][Pi]/ [ATP]}=0

より、

  • ΔG⁰=-RT・ln{[ADP][Pi]/ [ATP]}=—8.314[J/molK]・310[K] ・ln(1.5×105

=—8.314[J/molK]・310[K]・11.92=—30717[J/mol]=—7.3[kcal/mol]

となっています。

計算の詳細

  • 8.314[J/molK]・310[K] ・ln(6×10—5)=-25.0kJ/mol=-6.0kcal/mol

・ln(6×10—5)=loge10・log(6×10—5)=2.302・(log6-5)=2.302・(0.778-5)=-9.72

溶液の自由エネルギ変化はどう表せるでしょうか?

物質Aの純粋な液体の自由エネルギをG゜、物質Aが溶けた理想溶液の自由エネルギをGとします。溶液中の成分Aのモル分率をxAとすると、成分Aの溶解に伴う自由エネルギの変化は

  •  G-G⁰=RT・lnxA

と表せます。ここで気体定数R=8.314[J/mol・K]、Tは絶対温度です。溶液の自由エネルギを考えるときには、溶液の濃度が効いてきます。

純粋液体Aと平衡状態にある気相の蒸気圧をPA⁰、その自由エネルギをGg⁰とすると、温度変化はないので、自由エネルギの変化はエントロピ項の上昇分となり、

  •  Gg⁰-G⁰=-RT・ln PA

が成り立ちます(導出の詳細は最後に記載)。成分Aが溶けた理想溶液と平衡状態にある気相中の成分Aの蒸気圧をPAとすると、

  •  Gg⁰-G=-RT・ln PA

が成り立ちます。ラウ-ルの法則より、溶液の成分Aの蒸気圧はそのモル分率xAに比例するので、

  •  PA=xA・PA

が成り立ちます。上の2つの式の差をとると、Gg⁰が消去できて、

  •  G-G⁰=RT・ln PA-RT・ln PA⁰=RT・lnxA

の関係式が得られます。これが物質Aの溶解に伴う自由エネルギの変化です。 一般に、純粋な成分の自由エネルギG⁰に対して、

  •  G=G⁰+RT・lnx  (0<x<1)

と書けます。第二項は負なので、溶解により成分の自由エネルギは減少します。

例えばx=0.2、310Kの場合、

  •  ΔG=8.314×310×ln0.2=-8.314×310×1.6094=-4.15[kJ/mol]

減少します。

ところで自由エネルギGは、

  • G=H—TS=U+PV—TS
  • dG=(TdS-PdV)+VdP+PdV-TdS-SdT=VdP-SdT

であるから、

  • V=(∂G/∂P)T、S=- (∂G/∂T)P

(∂S/∂P)T=-(∂V/∂T)P=-R/P when V=RT/P

上式をPで積分すると

  • TΔS=T(S2-S1)=-RT・ln(P2/P1)

が得られます。

ミトコンドリアで活性酸素はどのように発生するのでしょうか?

ミトコンドリアは生体内の約95%の酸素を消費し、そのうち1~3%が活性酸素種に変換されると言われています。ミトコンドリアの内膜には呼吸鎖の4つの膜タンパク質複合体(酵素)が並んでいます。ATP産生に酸素が必要なのは、最終的に伝達電子を受け取って無害な水に換えるためです。前回紹介したミトコンドリアでのATP産生のメカニズムのポイントは以下の通りです。

東邦大学  松本 紋子准教授  

・ミトコンドリアのマトリクス内部のクエン酸回路でつくられたNADHやFADH2が酸化されて、複合体に電子を供給する。

・電子が内膜にある4つの複合体を通過する度に、複合体がマトリクスのプロトン(H+)を膜間腔に汲み上げる。

・膜間腔に溜まったH+が内膜にあるATP合成酵素を通過してマトリクスに放出される際に、マトリクス内でADPがATPに変換される。

・最終的に伝達電子は酸素とH+と反応して水になる。

出典調査中

次にミトコンドリアでの活性酸素の生成についてお話します。酸素分子はミトコンドリアの膜を自由に通過できるので、ミトコンドリア内部には多くの酸素分子があります。複合体間を移動していく伝達電子は高エネルギなので、酸素分子と反応し易くなっています。

・  O2 + e- → O2

そのときにスーパーオキシドラジカルO2・が生じます。ラジカルとは反応しやすい不対電子をもった分子種のことです。O2・が発生するのは、複合体Iのマトリックス側、複合体IIIのマトリックスと膜間腔側です。

 生体内にはスーパーオキシドジスムターゼ(SOD:superoxide dismutase)が存在し、O2-を酸素と過酸化水素H2O2に不均化します。

  •    2O2・ + 2H+ → H2O2 +O2

不均化とは複数の同一分子が反応して異なる分子になることです。膜間腔側に放出されたO2・は活性中心にCu/Znを有するSOD1により、

  •    Cu2—SOD1 + O2・ → Cu—SOD1 + O2   
  •    Cu—SOD1 + O2・ + 2H+ → Cu2—SOD1 + H2O2  

となります。マトリックス側に放出されたO2・は活性中心にMnを有するSOD2により、

  •   Mn3+—SOD2 + O2・ → Mn2+—SOD2 + O2   
  •   Mn2+—SOD2 + O2・ + 2H+ → Mn3+—SOD2 + H2O2  

となります。ミトコンドリアのマトリックスに存在するSOD2の遺伝子をノックアウトしたマウスは胎生致死になります。これはミトコンドリアで発生するスーパーオキシドを消去することは生命維持に不可欠であることを示しています。

 過酸化水素は、ラジカルではありませんが、活性酸素種のひとつです。過酸化水素はグルコースオキシダーゼなどによって酸素分子からの二電子還元によっても生成されます。

過酸化水素はミトコンドリアの細胞膜を通過できるので、細胞内の鉄と反応し、ヒドロキシラジカル•OHを生じます。

  •    H2O2 + Fe2 → •OH + OH + Fe3+

この反応はフェントン反応と呼ばれ、生体内で生じる殆どの•OHはフェントン反応で生じると考えられています。あるいは過酸化水素はO2・と反応し、•OHを生じます。

  •    H2O2 + O2•- → •OH + OH— + O2 

この反応はハーバー・ワイス反応と呼ばれます。•OHは活性酸素種の中でも最も反応性が高く、タンパク質や脂質、糖質、核酸などの生体成分を酸化します。従って、その前駆体である過酸化水素を消去することは重要です。細胞質内にはグルタチオンペルオキシダーゼ/グルタチオンリダクターゼや、ペルオキシレドキシン/チオレドキシン/チオレドキシンリダクターゼ、カタラーゼなどの過酸化水素を還元する抗酸化機構があり、これらの酵素反応によって水へと還元されます。カタラーゼは

  •  2 H2O2 →  2 H2O  + O2

なる反応を触媒します。レバ-にはカタラ—ゼが含まれているので、過酸化水素水にレバ-を浸すと酸素が発生します。グルタチオンリダクターゼは

  • 2 GSH + H2O2 → GSSG + 2 H2O
  • 2 GSH + ROOH → GSSG + ROH + H2O

なる反応を触媒します。GSHは還元型グルタチオン、 GSSGは酸化型グルタチオンです。ROOHは過酸化脂質、ROHはアルコ-ルを表しています。

 酸素分子にある2個の不対電子のスピン[↑][↑]は、三重項酸素(3O2)という比較的安定な基底状態で存在しています。リボフラビンやポルフィリン、抗生物質や抗炎症薬など光増感剤がある物質の存在下では、酸素分子は光反応により励起状態となり、一重項酸素(1O2)[↑↓][ ]になります。空になった電子軌道が電子を求めることにより、一重項酸素は強い酸化力を持ち、二重結合を有する不飽和脂肪酸を過酸化脂質に変えます。また、ポルフィリン症患者は強い日光に当たると一重項酸素により皮膚障害が起きます。

表1に活性酸素種の反応速度定数 (単位:L mol⁻¹sec⁻¹)を示します。・OHはO2・の1億倍も強い酸化力があると言われています。


呼吸鎖複合体をコードしているミトコンドリアDNAは、ヒストン・タンパクによるクロマチン複合体構造が存在せず、DNA修復機能が弱いです。このためミトコンドリアDNAは核DNAに比べ活性酸素種による傷害を受けやすく、遺伝子変異も蓄積しやすいです。ミトコンドリアDNAの傷害は、呼吸鎖複合体の分子構築の異常、電子伝達効率の低下と活性酸素種発生量の増加を引き起こすと考えられています。

このようにミトコンドリアからは絶えず活性酸素種が発生していますが、抗酸化酵素により消去されてレドックス(酸化還元)バランスが保たれています。しかし、老化や疾患などにより活性酸素種の過剰発生や抗酸化能が低下すると、レドックスバランスが崩れ、酸化ストレスが引き起こされます。植物は自分の身を守るために抗酸化物質を蓄えています。私たちが野菜を食べるのは、熱量や必須アミノ酸を摂るだけでなく、野菜が蓄えた抗酸化物質をもらう利点があります。

呼吸は細胞内でどのように行われているのでしょうか?

呼吸は細胞内の細胞小器官であるミトコンドリアで行われています。1個の肝細胞に500~1000個のミトコンドリアが含まれ、細胞容積の15~20%を占めています。ミトコンドリアは活発に移動し、分裂と融合を繰り返しています。

ミトコンドリアは1μm程度の繭のような形をしており、多くの襞(ひだ:クリステ)をもつ内膜とそれを囲む外膜からなります。外膜には孔が多く、ATP、NAD、CoAなどの物質が出入りします。内膜は透過性が低いですが、酸素などの中性の分子は内膜を透過します。内膜には呼吸鎖など100種類以上の膜タンパク質が埋まっています。内膜の表面積は外膜の5倍です。内膜の脂質はコレステロ-ルが少ないため流動性に富んでいます。内膜の内側はマトリックス、内膜と外膜の間は膜間腔と呼ばれています。マトリクスには高濃度のタンパク質が含まれており、DNAやリボソ-ム、クエン酸回路、β酸化、尿素回路などの代謝系があります。ミトコンドリアはピルビン酸と酸素を取り入れて、ATPと水を生産します。ピルビン酸はグルコ-ス(糖)が解糖系で分解された栄養物です。細胞はATPをエネルギ源に使って、糖の合成など様々な代謝反応を行います。

呼吸鎖(respiratory chain)は、クエン酸回路でつくられたNADHやFADH2を使って、ATPを大量合成するシステムです。電子がクリステの内膜にある4つの複合体を通過すると、複合体がマトリクスのプロトン(H+)を膜間腔に汲み上げます。膜間腔に溜まったH+が内膜にあるATP合成酵素を通過してマトリクスに放出される際に、マトリクス内でADPがATPに変換されます。マトリクスはpH8で、膜間腔はpH7(中性)なので、マトリクス内のH+濃度は膜間腔の1/10程度になっています。内膜に生じた電位差と拡散濃度差のエネルギでATPが合成されます。合成の駆動力の80%は電位差によるものです。

ミトコンドリアのH+駆動力pmf(proton motive force)は、膜電位Δψ=160mV、

  • pmf=Δψ-2.303RT・ΔpH/F
  • =Δψ-2.303・8.314[J/mol K]・310K・(-1)/96.491[J/mol mV]
  • =160+62=222mV

一方、葉緑体は、幅2~4μm、長さが5~10μmと大きく、ミトコンドリアより大きい環状のDNAがあります。光合成系はチラコイドという内膜で囲まれた空間で行われます。光のエネルギを使って、チラコイド内腔にある水を酸素とH+と電子に分解します。電子がシトクロム複合体を通過するときに、H+がチラコイド内腔に放出されます。チラコイド内腔の溜まったH+がストロマに放出されるときに、ストロマでATPが合成されます。呼吸鎖とはH+を溜める場所が逆になっています。チラコイド内腔のH+濃度はストロマの1000倍です。合成の駆動力は主に濃度差によるものです。

  • Pmf=30mV(電位差)+120mV(濃度差)=150mV

NADHはニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (nicotinamide adenine dinucleotide) の略称です。NADHは、全ての真核生物と多くの古細菌、真正細菌で用いられる電子伝達体です。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型 (NAD+) および還元型 (NADH) の2つの状態があります。

FADはフラビンアデニンジヌクレオチド(flavin adenine dinucleotide)の略称です。真核生物の代謝でのFADの一次供給源はクエン酸回路とβ酸化です。クエン酸回路では、FADはコハク酸をフマル酸に酸化するコハク酸デヒドロゲナーゼのエネルギ源となっています。一方、β酸化ではアシルCoAデヒドロゲナーゼの酵素反応の補酵素として機能します。

ビルトイン型補酵素とはどのようなものでしょうか?

TTQはメチルアミンの酸化還元、CTQはアミンの酸化還元に関与するキノン補酵素です。これらの補酵素は、酵素タンパク質を構成するアミノ酸残基同士の(架橋)結合から直接形成されるので、ビルトイン型補酵素と呼ばれています。これらのビルトイン型補酵素は、酸化還元反応や脱離反応など種々の酵素反応に必須の役割を果たしていることが分かってきました。

TTQはメタノール資化性細菌のメチルアミンデヒドロゲナーゼ(MADH)という酵素、CTQはキノヘムプロテイン・アミンデヒドロゲナーゼ(QHNDH)という酵素に含まれる補酵素であり、どちらも脱水素反応を触媒します。MADHはα2β2サブユニット構造をしています。各サブユニットの構造遺伝子は、11遺伝子で構成されています。

TTQをよく見るとトリプトファン残基が結合した構造を有していることが分かります。

TTQ は、βユニットの57番目のトリプトファン残基のインドール環がオルトキノン型に酸化されている特徴と、同一ポリペプチド鎖内で約50残基離れた位置にある108番目のトリプトファン残基と架橋結合した特徴を有しています。オルトキノンとはベンゼン環に二重結合した2つの酸素原子が隣接した化合物です。インドール環がオルトキノン型に酸化されるのは、αユニットに含まれるヘム鉄と過酸化水素によるものです。

TTQを含有するMADHは、メチルアミンを酸化してホルムアルデヒドとアンモニアを生成する反応

  • CH3NH2 + 1/2・O2 → HCHO + NH3

を触媒します。TTQはこの反応過程でメチルアミンとシッフ塩基を形成して還元型となります。メチルアミンにより2電子還元されたTTQは、セミキノンラジカル中間体を経由して、生理的な電子受容体であるアミシアニンと呼ばれるブルー銅タンパク質に電子を受け渡します。

酵素タンパク質中に新規な補酵素が見つかることは頻繁に起こることではありません。ビルトイン型補酵素の場合、1 9 9 6年にLTQの構造が決定され、2001年にQHNDH酵素に新しい補酵素CTQが発見されました。

QHNDH酵素は、αβγの異なるサブユニットで構成されており、基質アミン類を脱水素してアルデヒドに酸化する反応

  • R-CH2-NH2 + 1/2・O2 → R-CHO + NH3

を触媒します。γユニットの37番目のシスチン(C)と43番目のトリプトファン(W)が硫黄Sを介して架橋結合したものがCTQキノン補酵素です。

あるグラム陰性細菌の培地中に n-ブチルアミンを加えると、エネルギー源として利用するためにQHNDH酵素が細胞膜内に誘導生成されます。αユニットには2分子のヘムcが結合しており、そのヘムはγユニットのCTQの形成に必須であることが分かっています。触媒反応においては、基質アミンに由来する2電子はキノン補酵素、ヘムcを経由して、チトクロム c550などの電子受容体タンパク質に受け渡され、最終的には末端酸化酵素によりO2の水への還元に使われます。

ビルトイン型補酵素には、通常の補酵素にはない利点があります。第一に、水溶液中では不安定な補酵素でも、疎水的なタンパク質内部においては安定していることです。第二に、アミノ酸残基から創りだされる点で、他の生合成系に依存しない合理性があることです。

遺伝暗号にはない新しいペプチド・ビルトイン型補酵素が次々と見つかり、タンパク質の翻訳後修飾による補酵素の生成機構が次第に解明されつつあります。遺伝子配列中に直接的には顕示されていない様々な機能獲得戦略を解明していくことが、ポストゲノム時代の生化学者に課せられた重要な研究課題の一つとなっています。

参考文献:生化学 第83巻 第8号,pp.6 9 1(2011)

トリプトファンから生成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

トリプトファンから生成される抗酸化物質には、メラトニン(melatoninn)、システイン・トリプトフィル・キノン(CTQ)、トリプトファン・トリプトフィル・キノン(TTQ)などがあります。 メラトニンはトリプトファンのインド-ル環にメトキシ基(-OCH3)が結合した構造をしています。

メラトニンは、動物、植物、微生物に広く存在するホルモンです。動物では、メラトニンの血中濃度は1日の周期で変化しており、概日リズムによる同調を行っています。 メラトニンは、血液脳関門も通り抜けるために、体全体に行きわたる強力な抗酸化物質であり、特に核やミトコンドリアにあるDNAを保護します。睡眠前に0.3 mg程度 の少量 のメラトニンを服用すると、概日周期を早くし、早い入眠と起床を促すと言われています。但し、メラトニンには性腺抑制作用もあり、多く摂取すると月経を止める作用があります。米国ではメラトニンはドラッグストアで販売されています。

TTQとCTQは、ビタミン補酵素ではなく、キノン補酵素です。キノンとはベンゼン環の水素が酸素と置換した化合物です。そもそも補酵素とは何でしょうか? 補酵素は酵素に活性を持たせるものです。一般に酵素は、補酵素とアポ酵素が混在する条件と基質分子(反応物質)が存在することにより、化学反応を触媒できます。アポ酵素とは、補酵素を欠いているDNAによって規定される酵素のタンパク質部分のことです。補酵素がアポ酵素と緩く結合することにより初めて酵素活性が生じます。

フェニルアラニンから生成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

ヒドロキシフェニルピルビン酸とチロシンから生成される抗酸化物質についてはすでに紹介しました。ここではフェニルアラニンとトリプトファンから生成される抗酸化物質について紹介します。

フェニルアラニンからは、ケルセチン(quercetin)、クマリルアルコール(Coumaryl alcohol)、レスベラトロ-ル(resveratrol)などが誘導されます。これらはポリフェノ-ルであり、最も強力な活性酸素であるOHラジカルを消去する効果があります。

・ケルセチン

ケルセチンは野菜や果物に含まれるポリフェノールの一種であり、フラボノイドに分類されます。 ケルセチンには強力な抗酸化作用をはじめ、動脈硬化の予防や血糖値やコレステロール値を低下させる作用があります。ケルセチンはタマネギやソバをはじめ多くの植物に含まれます。

・クマリルアルコール

クマリルアルコールは、フィトケミカルです。重合すると、リグニンまたはリグナンとなります。クマリルアルコールの誘導体は、食用の抗酸化物質として作用します。

・レスベラトロ-ル

レスベラトロールはポリフェノールの一種です。いくつかの植物でファイトアレキシンとして機能しており、またブドウの果皮などにも含まれる抗酸化物質として知られています。

レスベラトロールは赤ワインに含まれることから、心血管関連疾患の予防効果が期待されています。2006年にNature誌にてレスベラトロールがマウスの寿命を延長させるとの成果が発表され、大きな注目を集めました。

線虫や酵母は、カロリー摂取制限によって、長生きすることが見出されました。サーチュイン遺伝子は、長寿遺伝子または抗老化遺伝子とも呼ばれ、飢餓やカロリー制限、運動によって活性化します。近年、レスベラトロールがサーチュインタンパク質を活性化するという報告がありました。

サーチュイン自体は、ヒストン脱アセチル化酵素です。ヒストンが脱アセチル化されると、ヒストンのアミノ基が増えアルカリ性になり、酸性のDNAとの親和力が高まり、ヒストンとDNAが強く結び付いて、遺伝子の発現が抑制されます。飢餓環境下ではサーチュイン遺伝子が働き、DNAの活動が抑制され、結果的にDNAの損傷防止につながるために、長寿になるという考え方です。

ビタミンEの抗酸化作用はどのようにして生じるのでしょうか?

ビタミンEの抗酸化作用は脂質ラジカルを捕捉して生じます。まずは脂質の酸化機構を復習しましょう。ヒドロキシ・ラジカルOH・は脂質LHからH・を引き抜き、

  •  LH + OH・ → L・ + H2O (連鎖開始反応)

脂質ラジカルL・を生じさせます。L・はO2と反応し、過酸化脂質ラジカルLO2・を生じさせ、LO2・は脂質LHと反応し、L・とLOOHを生じさせます。

  •  L・ + O2 → LO2・ (連鎖反応1)
  •  LH → LOOH + L・ (連鎖反応2)

その結果、連鎖的に脂質酸化が進行するのでした。

ビタミンEは、脂質ラジカルL・と反応し

  •  L・ + ビタミンE → LH + ビタミンE・

となるので、ビタミン Eは脂質ラジカルの発生を抑制します。つまりビタミンEは連鎖開始反応を抑制するラジカル捕捉型抗酸化物です。また生じたビタミンE・は

  •  LO2・ + ビタミンE・ → ビタミンE-OOL 複合体

となるので、過酸化脂質ラジカルLO2・を捕捉することで連鎖的な酸化反応も抑制します。但し過酸化脂質LOOHを生じさせる反応

  •  LO2・ + ビタミンE → LOOH + ビタミンE・

もあります。生体内ではビタミンE・はビタミンCによって還元され、元のビタミンEに戻ります。

生体内において、脂質は細胞膜やミトコンドリアの膜にあります。膜の脂質が活性酸素OH・に攻撃された場合、脂質ラジカルL・が生じますが、ビタミンEがL・をLHに戻します。生じたビタミンE*はビタミンCによって還元され、生じたデヒドロ・ビタミンCはグルタチオンSHによって還元され、生じたGSSHは、エネルギ通貨であるNADPHによってGSHに戻されます。結局、総反応式は

  • LH + OH・ +NADPH → LH + H2O + NADP+

となります。

ビタミンEは8種類あるのですが、体の中では、肝臓で、α-トコフェロールだけが優先的に脂肪やコレステロールを運ぶアポタンパク質に結合して他の細胞に運ばれます。他のビタミンEは、細胞内で解毒酵素とβ酸化によって水に溶けやすくされ、尿から体外へ排出されます。

酸化ストレスに対する防御システムにはどのようなものがあるでしょうか?

酸化ストレスに対する防御システムは機能別に4種類あります。

1.予防型抗酸化物 (preventive antioxidant)

カタラーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD) 、グルタチオンペルオキシダーゼ、グルタチオンSトランスフェーラーなどのタンパク質酵素は、活性酸素やフリーラジカルの生成を抑える機能があるので、予防型抗酸化物と呼ばれています。

2.ラジカル捕捉型抗酸化物(radical-scavenging antioxidant)

ラジカル捕捉型抗酸化物には、ビタミン C、ビタミン E、尿酸などの連鎖開始反応を抑制するタイプと、ビリルビン、アルブミン、カロテノイド、ユビキノール、フラボノイドなどの連鎖成長反応を抑制するタイプのものがあります。即ち、ラジカルの発生を抑えるタイプと、生じたラジカルを早く消滅させるタイプがあります。これらの抗酸化物は生成した活性酸素やフリーラジカルを速やかに消去、捕捉、安定化する機能があるので、ラジカル捕捉型抗酸化物と呼ばれています。

ラジカル捕捉型抗酸化物の多くは、馴染み深いビタミンやポリフェノール、コエンザイム Q などの低分子化合物です。これらの抗酸化物は活性酸素を捕捉するか安定化させて、細胞を防御したり、酸化傷害の拡大を防ぐ役割を担っています。

3.修復再生型抗酸化物 (repair、de novo antioxidant)

リパーゼ、プロテアーゼ、DNA修復酵素、アシル・トランスフェラーゼなどの酵素は、酸化変性物質を修復する機能があるので、修復再生型抗酸化物と呼ばれています。

4.適応機能 (adaptation)

必要に応じて上記の防御機能を誘導して適応する系があります。

脂質の酸化反応はどのように生じるのでしょうか?

酵素によらない酸化反応は、自動酸化とも呼ばれ、開始反応、成長反応、停止反応から成るラジカル連鎖反応です。脂質(LH)は生体中で特に酸化されやすく、酸化されると生体膜流動性が低下し、生体膜の機能が損なわれます。酵素的酸化反応は主にリポキシゲナーゼにより触媒されます。

  1. 開始反応 LH → L・+ H・

開始反応では脂質から水素が引き抜かれて脂質ラジカルL・が生成します。二重結合に隣接した炭素は電子を奪われているので、その炭素上のC-H結合は弱まっており、水素が引き抜かれ易くなっています。二重結合がある不飽和脂肪は酸化されやすいのはそのためです。水素引き抜きにはヒドロキシルラジカル・OHが関与します。生じた不対電子は隣接する二重結合のπ電子と共鳴状態になります。

2.成長反応:

L・+ O2 → LOO・

LOO・+ LH → LOOH + L・

脂質ラジカルL・に酸素が反応して過酸化脂質ラジカルLOO・が生成します。これは脂質ヒドロ・ペルオキシド・ラジカルとも呼ばれます。次にLOO・が脂質LHと反応して、水素を引き抜き、過酸化脂質LOOHと脂質ラジカルL・が生じます。L・は再び酸素と反応して同じことが連鎖的に繰り返されます。図1にこれらの脂質の連鎖的酸化反応を図式的に表します。

3.停止反応: 2L・→L-L 

L・+ LOO・→ LOOL

2LOO・→ LOOL + O2

 連鎖反応を止めるにはラジカル分子どうしの反応を待ちます。抗酸化剤はL・、LOO・ 、LO・を捕捉しお互いに反応させることで、連鎖反応を停止させます。一重項酸素も脂質アシル基(R-CO-)の二重結合と直接反応し、LOOHを生成します。葉緑体のチラコイド膜は脂質の不飽和度が高く、酸素濃度も高いため、脂質酸化を受けやすいです。

ヒドロキシフェニルピルビン酸から合成される抗酸化物質にはどのようなものがあるでしょうか?

ヒドロキシフェニルピルビン酸(HPピルビン酸)はチロシンYのアミノ基を酸素で置換した芳香族化合物です。前回説明したようにHPピルビン酸(hydroxy-phenyl-pyruvate)は、シキミ酸(shikimate)、コリスミ酸(chorismate)、プレフェン酸(prephenate)を経て生合成されます。シキミ酸はベンゼン環に3つのOHと1つのCOOHが付加したか化合物です。HPピルビン酸からチロシンYが合成されますが、逆にチロシントランスアミナーゼによって、チロシンYからHPピルビン酸を合成することもできます。

HPピルビン酸から合成される抗酸化物質は、トコフェロ-ル(=ビタミンE)、トコトリエノ-ル、プラストキノ-ル、ユビキノ-ルなどがあります。これらの脂溶性ビタミン類には、クロマン(Chromane)またはベンゾ・ジヒドロ・ピラン(benzo-dihydro-pyran)と呼ばれる酸素を含む複素ベンゼン環を有する特徴があります。

トコフェロ-ル(tocopherol)のtocosはギリシャ語で「子供を産む」、pheroは「力を与える」、olは「OH基をもつ」という意味です。トコフェロ-ルが不足するとネズミが不妊症や流産が生じることが知られていました。トコフェロ-ルは強力でしかも安全な酸化防止剤として知られています。トコフェロールは植物に多く含まれています。特に小麦胚芽油、大豆油、トウモロコシ油、綿実油に豊富に含まれています。ビタミンEの生理活性に関しては、赤血球の抗溶血活性がよく用いられます。赤血球膜は酸化的ストレスにより溶血しますが、それをどの程度抑制するかによって評価するものです。

トコトリエノールはトコフェロールの約40~60倍もの抗酸化力を持つことから、米国では「スーパービタミンE」とも呼ばれています。トコフェロールは様々な植物油から抽出できるのに対して、トコトリエノールはパーム油やココナッツ油、米ぬか油などの特定の植物油にごく少量しか含まれていません。

プラストキノール(PQ)は葉緑体の膜貫通タンパク質複合体の一つです。プラストキノールは光化学系IIから得た電子をシトクロムb6/f複合体(cytochrome b6/f complex)に伝達したり、プロトン(H+)を葉緑体の膜の内外(つまりストロマとチラコイドルーメン)間で輸送することでATPを合成するための電気化学的なプロトン勾配を作り出しています。

  • プラストキノン + H2O → プラストキノ-ル+ 1/2・O2 + 2H+

ユビキノ-ル(UQ)にはメトキシ基(-OCH3)が2つあります。イソプレンの長い側鎖はユビキノ-ルを生体膜中に保持する役目を果たしています。ユビキノールの2つの水酸基(-OH)をカルボニル基(=O)に置き換えたのがユビキノンです。ユビキノンは2電子還元を受けユビキノールになります。ユビキノンはミトコンドリア内膜の電子伝達に関与しています。特に電子伝達系、呼吸鎖複合体I(NADH脱水素酵素複合体)から呼吸鎖複合体III(シトクロムbc1複合体)への電子伝達に寄与しています。

呼吸鎖複合体Iでは、

  • NADH + ユビキノン(UQox) → NAD+ + ユビキノール (UQred)

呼吸鎖複合体IIIでは

  • ユビキノール + シトクロムc (Cytox, Fe3+) → ユビキノン + Cytred(Fe2+)

という反応が生じています。

シキミ酸経路とはどんな代謝経路でしょうか?

シキミ酸経路は、植物や微生物が芳香族化合物を生合成する重要な代謝経路です。チロシンやトリプトファンなどの新しい芳香族アミノ酸は様々の抗酸化物質を作り出します。これらの芳香族アミノ酸はシキミ酸経路(shikimic acid pathway)で合成されます。

シキミ酸は、ホスホエノールピルビン酸(PEP)とエリトロース-4-リン酸(E4P)の脱リン酸反応と環形成反応により、3-デヒドロキナ酸を生じます。さらに脱水反応により、3-デヒドロシキミ酸となり、最後に水素が付加して、シキミ酸となります。

シキミ酸はリン酸と脱水反応して、3-ホスホシキミ酸となります。3-ホスホシキミ酸はホスホエノールピルビン酸と反応して、3-ホスホエノ-ルピルビルシキミ酸となります。3-ホスホエノ-ルピルビルシキミ酸は脱リン酸反応により、コリスミ酸(chorismic acid)となります。

コリスミ酸経路

コリスミ酸は、植物の代謝過程の中間体として重要な役割を演じる化合物です。コリスミ酸からは、フェニルアラニン、チロシンなどの芳香族アミノ酸やトリプトファンなどのインドール化合物が得られます。コリスミ酸は、植物ホルモンのサリチル酸やアルカロイドなど、様々な生体物質の原料でもあります。

まずコリスミ酸からはプレフェン酸が生合成されます。プレフェン酸のCOOH基が取れると4-ヒドロキシフェニルピルビン酸が得られます。さらにカルボニル基(=O)がNH2基に置換すると、チロシンが得られます。プレフェン酸からはフェニルアラニンが得られます。フェニルアラニンはチロシンからOH基を除去した芳香族アミノ酸です。ヒドロキシフェニルピルビン酸からは、トコフェロ-ルなどの抗酸化物質が得られます。

コリスミ酸からトリプトファンの合成経路

この経路は6段階の反応からなります。まずコリスミ酸は、アントラニル酸シンターゼの下でグルタミンと反応して、ベンゼン環にNH2基が付加したアントラニル酸を生じます。アントラニル酸はリン酸化合物と何段階か反応し、ベンゼン環にNを含む五員環が結合したインド-ルを生じます。インド-ルは便臭で有名な物質です。インド-ルはセリンと脱水反応してトリプトファンが生じます。反応を触媒する酵素はトリプトファンシンターゼです。

結局、シキミ酸からコリスミ酸を経てトリプトファン1、コリスミ酸からプレフェン酸を経て、ヒドロキシフェニルピルビン酸2とフェニルアラニン3とチロシン4が生成されます。これら4つ芳香族化合物は抗酸化物質の原料になっています。

チロシンからどのような抗酸化物質が合成されるのでしょうか?

チロシンYから合成される抗酸化物質の殆どはキノンです。例えばTPQ、LTQ、CTC、PQQ、インド-ルキノンがあります。キノンはベンゼン環の2つの炭素をカルボニル基(C=O)に置き換えた構造を含む化合物です。このキノンの酸素がNHやCH2などに置き換わったものをキノノイドと呼びます。キノンは基本的に酸化還元反応の補助因子で、オキシダ-ゼやハイドロゲナ-ゼにおいて電子伝達反応を可能にします。

トパキノン(TPQ)は銅アミン酸化酵素です。リシン・チロシルキノン(LTQ)はペプチド内のリシンを酸化します。システイン・チロシル・コファクタ-(CTC)は酸化酵素の活性発現に必要な因子です。

ピロロ・キノリンキノン(PQQ =Pyrroloquinoline quinone)は酸化還元反応に関与する電子伝達体です。1964年にJ.G. Haugeらにより、細菌のグルコース脱水素酵素に含まれるニコチンアミドとフラビンに次ぐ3番目の酸化還元補酵素として見出されました。PQQは必須アミノ酸であるリジンの分解に関わる酵素を助けています。PQQを含まない餌を与えたマウスは、成長が悪く、皮膚がもろくなり、繁殖能力が減少します。

ちなみに脂溶性ビタミンのビタミンKはキノイドの一つです。天然のものはビタミンK1(フィロキノン)とビタミンK2(メナキノン類)があります。ビタミンK1は植物の葉緑体で生産され、ビタミンK2は腸内細菌から生産されます。これらは血液凝固や丈夫な骨づくりに不可欠です。

このようにキノンは生物学的に重要な物質です。キノンは光合成の光化学系I・光化学系II などの電子伝達系において、電子受容体としての働きをしています。光化学系I には2対のフィロキノン、光化学系II には2対のプラストキノンが存在します。

キノンはタンパク質と反応して結合する性質があります。昆虫の外骨格が脱皮後に硬化するのは、キチン質の外骨格の基質に大量に埋め込まれたタンパク質にキノンが結合することで生じます。白内障は、水晶体のクリスタリンがアミノ酸から変異したキノンと結合することで生じると言われています。

インド-ルキノンは、真正メラニン(eumelanin)色素の前駆体です。真正メラニンにはインド-ルキノンの重合体が含まれています。メラニンはチロシンから作られます。このチロシンにチロシナーゼという酸化酵素が働き、ドーパになります。更にチロシナーゼはドーパをドーパキノンに変化させます。ドーパキノンは化学的反応性が高いので、酵素の力を借りる事なくドーパクロム、インドールキノンへと変化し、最終的には酸化重合して、黒褐色の真性メラニンになります。ドーパキノンとシステインが反応することで、システィニルドーパを経て亜メラニン(Pheomelanin)が合成されます。メラニンは水や全ての有機溶媒に不溶で安定です。 人間などの動物は、細胞核のDNAを損壊する太陽からの紫外線を毛や皮膚のメラニン色素で吸収しています。

一重項酸素はどうやって作られるのでしょうか?

一重項酸素1O2は光増感法で作ります。3O2と1O2には0.973eVのエネルギ差があり、熱的には励起されません。電気双極子遷移は,スピン角運動量,軌道角運動量およびパリティに関していずれも禁制のため,3O2から1O2への遷移確率は極めて小さいです。波長1274nmの赤外光を照射して、同じエネルギ差を持つ色素を励起して、色素が基底状態に戻るときに、三重項酸素を一重項酸素に励起させて作ります。これを光増感法といいます。

ビタミンB2(リボフラビン)は、代謝、エネルギ産生に関与する酸化還元酵素の補酵素です。紫外線を浴びると、ビタミンB2などの生体内の色素が増感剤の役目をして一重項酸素が発生することがあります。

一重項酸素は生体分子を破壊するので、生体はこれを除去する機構を備えています。生体内から一重項酸素を除去する物質にはα-トコフェロール、β-カロテン、ビタミンB2、ビタミンC、ビタミンE、尿酸などがあります。これらの物質は、励起されたビタミンB2からエネルギを吸収し、一重項酸素を出さずにビタミンB2を基底状態に戻します。紫外線から肌を守るサンスクリーン剤は紫外線のエネルギを吸収して励起状態になりますが、励起状態からのエネルギー移動により一重項酸素が生成することがあります。

一重項酸素は通常の酸素分子とどう違うのでしょうか?

O2分子の基底状態は三重項酸素3O2で、一重項酸素1O2は通常の酸素分子の励起状態です。

下図に三重項酸素3O2と一重項酸素1O2の分子軌道のエネルギを示します。2つの酸素原子が結合すると、結合性軌道と反結合性軌道*が生じます。これらの違いは、一番エネルギが高い2つの電子にあります。

三重項酸素3O2は [↑]πx*[↑]πy*で2つのラジカル(不対電子)があります。スピンが揃っているので常磁性があります。三重項酸素は単結合でつながっていて、それぞれの原子上にラジカルを持つビラジカル構造を持っています。

一方、1O2は[↑↓]πx*[ ]πy*なので、ラジカルではありませんが、πy*の空の状態が電子を求めるために、他の分子から電子を引き抜く力があります。一重項酸素の酸化力は三重項酸素より強いです。一重項酸素原子間に二重結合を持っています。[↑]πx*[↓]πy*も一重項状態ですが、不安定で寿命が短いので、通常は考えません。

一重項酸素は、エネルギー準位の低い最低空軌道(LUMO)を持つことになるので、ジエンとディールス・アルダー反応を行い、環状ペルオキシドを形成したり、二重結合とエン反応してヒドロペルオキシドを形成したりします。

活性酸素はどうして発生するのでしょうか?

活性酸素は主にミトコンドリア中の呼吸鎖の電子伝達系の複合体Ⅲにおける反応で生成されます。ユビキノン(Q)がユビセミキノン(・Q-)を経由してユビキノ-ル(QH2)になる過程で、1%程度のユビセミキノン(・Q-)は酸素と反応して、スーパーオキサイドアニオン(O2-)を生成します。

代表的な活性酸素にはヒドロキシルラジカル(・OH)、スーパーオキシドアニオン(・O2)、過酸化水素および一重項酸素分子1O2などがあります。活性酸素は細胞を分解し、癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因となります。細胞内にはカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ、ペルオキシダーゼなど、活性酸素を無害化する抗酸化酵素があり、活性酸素から生体を守っています。白血球やマクロファージは活性酸素を利用して細菌などを分解しています。

次表に抗酸化物質が消去できる活性酸素の種類を示します。ビタミンEは、フリーラジカルを消失させることにより自らがビタミンEラジカルとなり、フリーラジカルによる脂質の連鎖的酸化を阻止します。発生したビタミンEラジカルは、ビタミンCなどの抗酸化物質によりビタミンEに再生されます。

大阪武雄、日本化学会 『活性酸素』 丸善、1999年、p.27。

グルタチオン(Glutathione, GSH)は、グルタミン酸、システイン(活性な硫黄を含む)、グリシンの3つのアミノ酸から成るトリペプチドです。ただし、グルタミン酸とシステインの結合は、通常のペプチド結合とは異なり、γ-グルタミル結合になっています。このためグルタチオンは、ほとんどのプロテアーゼに対して分解されません。グルタチオンは、細胞内で発生した活性酸素種や、過酸化物と反応してこれを還元し、消去します。酸化したグルタチオンは、グルタチオン還元酵素とNADPHの還元力を利用して、元のグルタチオンに戻ります。またグルタチオンは毒物を、システイン残基のチオール基に結合させて細胞外に排出する解毒機能があります。

新しいアミノ酸には酸素ラジカルを消去する効果があるのでしょうか?

Granold博士らは20種の標準アミノ酸に対してペルオキシルラジカル(ROO*)の消去活性を測定しました。その結果、新しいアミノ酸であるトリプトファンWやチロシンYには、高いラジカル消去活性が見出だされました。アミノ酸に脂質を修飾すると、抗酸化効果が高まります。

図A、Bの縦軸はペルオキシルラジカル(ROO*)の消去率、横軸は20種の標準アミノ酸を示します。図Aにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:3の場合、図Bにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:2000の場合の消去率を示します。図Aでは、EgHL~10eVの閾値以下のすべてのアミノ酸(ヒスチジンH以上のアミノ酸)は、フェニルアラニンF以外、ラジカル消去活性がありました。フェニルアラニンは異常に高いラジカル化エンタルピ(58kcal/mol)をもつため、活性は低いと考えます。トリプトファンWとチロシンYのラジカル化エンタルピは37kcal/molと38 kcal/molと低いです。ラジカル発生剤が多い条件(図B)でもトリプトファンWとチロシンYには、高いラジカル消去活性が見られました。

図CにトリプトファンW、アセチル化トリプトファン・エチルエステル(NAc-W-OEt)、NDo-W-OEtの化学構造式を示します。NDo-W-OEtはトリプトファンWの脂質性を高めたものです。脂質性の高いアミノ酸の方が、抗酸化効果が高まります。

図Dに修飾アミノ酸に対する脂質過酸化反応(Lipid peroxidation:脂質の酸化的分解反応)の抑制効果を示します。鉄イオン誘導を用いた脂質過酸化は、脂質酸化ストレスのバイオマーカであるマロンジアルデヒドCH2(CHO)2 (malondialdehyde: MDA)の生成量を測定することでモニタしました。脂質性の高いNDo-W-OEtとNDo-Y-OEtはマロンジアルデヒドの生成量が少ないです。これは脂質性の高いアミノ酸の方が脂質酸化を抑制する効果が高いことを示しています。

図EにNDo-W-OEt あるいはNDo-F-OEtを加えた神経細胞をtBuOOHペリオキサイド(100μM)に浸した時の蛍光顕微鏡像を示します。生きた細胞は赤で、死んだ細胞は青で染色されています。NDo-W-OEtはtBuOOHペリオキサイドのラジカル消去活性が高いために神経細胞は生存しましたが、NDo-F-OEtでは消去活性が低いために、神経細胞は死んでしまいました。

図Fにアミノ酸脂質誘導体による細胞生存率を示します。トリプトファンWとチロシンYの脂質誘導体だけが過酸化毒から細胞を守る効果が見られました。ちなみにトリプトファンやチロシンだけでは細胞を酸化剤から守れません。図Gに示すように、異なるアミノ酸誘導体(10 μM)を加えた繊維芽細胞(fibroblasts)にtBuOO(50 μM)酸化剤を加えた場合の生存率でも同様の傾向が見られました。

20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加した?

2018年の1月にBernd Moosmann博士が率いるヨハネス・グ-テンベルグ大学の進化生物化学研究グル-プのMatthias Granold博士らは、20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加したという仮説を支持する報告をしています。

PNAS、vol. 115、no. 1 、P41–46「Modern diversification of the amino acid repertoire driven by oxygen」

有害な酸素から身を守るために、芳香族型アミノ酸であるフェニルアラニンF、チロシンY、トリプトファンWや、硫黄を含むシステインCとメチオニンM、セレンを含むセレノシステインUなどが新しいアミノ酸として登場したと考えています。これらの芳香族型アミノ酸からは様々な抗酸化物質が合成可能です。

*肩の番号は文献の出現順番を意味する

計算機による量子計算によると、マーチソン隕石に含まれる62種類のアミノ酸の最高占有分子軌道(HOMO)と最低非占有分子軌道(LUMO)のエネルギ-ギャップEgHLは11eV程度です。一方で原始的な細菌が進化するにつれて、用いられるアミノ酸のEgHLは減少していることが分かりました。1~13番目のアミノ酸のEgHLは11eV程度ですが、ヒスチジンH、フェニルアラニンF、システインC、メチオニンM、チロシンY、トリプトファンW、セレノシステインUの7種のアミノ酸は10eV~8eV程度と減少しています。

EgHLが10eV以下になると、酸素分子との反応が活発になります。これは新しいアミノ酸程、酸素と反応しやくなっていることを示唆しています。新しいアミノ酸から生成される生化学物質の多くは、EgHLが9~7eVと小さく、抗酸化作用が高い特徴があります。このことは20億年前の大酸化イベントが生じた後、大気中の酸素濃度が10%以上に上昇し、細菌類が酸素から防御するために、新しいアミノ酸と抗酸化物質が生成されたことを示唆しています。

マーチソン隕石(Murchison meteorite)は、1969年9月28日にオーストラリア・ビクトリア州のマーチソン村に飛来した炭素コンドライトの隕石です。隕石中にピペコリン酸といった生体内で見つかる有機酸や、グリシン、アラニン、グルタミン酸といったタンパク質を構成するアミノ酸のほか、イソバリン、シュードロイシンといった、生体では見られないアミノ酸も含まれていました。これらのアミノ酸はラセミ体であったために、地球外で生成され、地球に輸送されたと考えられています。1997年にアラニンに含まれる窒素15N の同位体比が隕石の標本ごとに大きくばらつくことから、アミノ酸の窒素は地球由来のものではないと考えられています。

セレノシステインUは、21番目のアミノ酸と呼ばれており、システインCの硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸です。SeH(セレノール)基はシステインの SH(チオール)基より電離しやすいため、より高い抗酸化作用があります。セレノシステインはmRNAのUGAコドン(終止コドン)に対応します。mRNA上のコドンと対合するtRNAの3塩基をアンチコドンと呼びます。セレノシステインのアンチコドンはUCAで、これはセリンに対応します。セリンのOH基をSeH基に置換するとセレノシステインが得られます。真核生物や古細菌では、リン酸化酵素PSTKがセリンをリン酸化し、SepSecSがリン酸化セリンをセレノシステインに変換します(2010年)。

遺伝暗号はどのように進化したのでしょうか?

次にコドンの最初の塩基にアデニンAが追加され、16種類のアミノ酸を生成できる(CAG)NS-原始遺伝暗号が誕生したと考えています。脂肪性のイソロイシンの他に、メチオニン、トレオニン、アスパラギン、セリンといった極性非電荷型側鎖(OH基、SH基、NH2基)をもつアミノ酸、リジンなど側鎖にNH3+をもつアミノ酸が生成できるようになりました。

最終的に、コドンの最初の塩基にウラシルUが追加され、20種類のアミノ酸を生成できる現在の普遍遺伝暗号が誕生しました。人間を初めとする地球上のすべての生物が生きていく上で必要なすべてのタンパク質をこの20種のアミノ酸だけで作り上げることができます。但しミトコンドリアや葉緑体などの細胞小器官では、非普遍遺伝暗号が使用されています。

こした遺伝暗号の進化を支持する証拠として、

1)第一塩基がGのコドンには、非普遍遺伝暗号が全く発見されていない。

2)非普遍遺伝暗号の数が、Cの段、Aの段、Uの段の順に多くなっている。

ことが挙げられます。つまり初期の遺伝暗号ほどより重要であるため、非普遍遺伝暗号が使用される頻度が少ないのです。

どうして4つのアミノ酸を基本的だと考えるのでしょうか?

[GADV]-アミノ酸は、いずれも原始地球上で容易に合成される簡単な構造を持ち、炭素隕石にも多く含まれています。この4つのアミノ酸はタンパク質の様々な二次構造を決める機能を有しています。グリシンはターン/コイル形成能の高いアミノ酸、アラニンはα‐へリックス形成能の高いアミノ酸、アスパラギン酸は化学反応を進めるカルボキシル基を持つ親水性アミノ酸、バリンはβ‐シート形成能の高い疎水性アミノ酸、という優れた性質があります。また4種のアミノ酸をランダムにつないでも、その表面に様々な触媒活性を持ち得る水溶性で球状のタンパク質を高い確率で形成できるからです。

その後、GNS原始遺伝暗号が現れたと考えています。コドンの最初の塩基は必ずグアニンGです。最後のSはGかCのいずれかを表しています。つまりGAGに対応するグルタミン酸が加わり、5種類のアミノ酸から、タンパク質が形成されたと考えられます。グルタミン酸が加わることで、得られるタンパク質の機能が高められたために、GNS原始遺伝暗号が定着したと考えられます。

次にコドンの最初の塩基にシトシンCが追加され、10種類のアミノ酸を生成できるSNS-原始遺伝暗号が誕生しました。ロイシンやプロリンなどの脂肪性アミノ酸の他に、中性アミノ基を側鎖にもつグルタミン(CAG)や、荷電性アミノ基を側鎖にもつヒスチジン(CAC)やアルギニン(CGC)が追加されました。

コンピュータシミュレ-ションで、SNS だけの繰り返し配列でもタンパク質の 6つの構造形成条件、(1)疎水性・親水性度、(2)α-へリックス形成能、(3)β-シート形成能、(4)ターン・コイル形成能、および、(5)酸性アミノ酸含量と(6)塩基性アミノ酸含量、を満足できることが確かめられています。現在の地球上に棲息しているGC含量の高い微生物はSNS遺伝暗号によってコードされる10種のアミノ酸を75%ほども使っています。太古の生物は、わずか10種のアミノ酸で極めて高い能力を発揮していたのではないかと考えられます。

どうして生物は20種類のアミノ酸を使っているのでしょうか?

タンパク質の機能を高めるために、遺伝暗号が進化し、現在の20種類のアミノ酸を生成する普遍遺伝暗号が誕生したと考えられます。アミノ酸はコドンと呼ばれる3つの塩基の組み合わせで決定されます。遺伝に用いられるRNAの塩基は、アデニンA、グアニンG、ウラシルU、シトシンCの4種類です。現在の遺伝暗号は普遍遺伝暗号をよばれ、コドン表が20種類のアミノ酸を規定しています。

池原健二教授は、過去の生物は、少数のアミノ酸からタンパク質を作り、生体を構成していたのではないかと考え、GADVタンパク質ワールド仮説を提唱しています。「GADV」とは、グリシン(G)、アラニン(A)、アスパラギン酸(D)、バリン(V)の4種類のアミノ酸のことです。これらのアミノ酸は、最初のコドンがグリシンGで始まります。つまりコドン表の一番下のGの段のアミノ酸が最古の生物を構成していたと考えています。太古代の生物は、現在と異なる原始的な遺伝暗号(コドン表)を持っていたことになります。最初のものはGNC原始遺伝暗号と呼ばれています。2番目のNはG,C,A,Uの4種類の塩基のいずれかを表しています。

生体タンパク質を構成するアミノ酸20種類(=6+6+3+5)の分類

生体タンパク質を構成するアミノ酸は20種類です。必須アミノ酸は9種類、非必須アミノ酸は11種類です。具体的には、必須アミノ酸は、非極性脂肪族型のバリンV、ロイシンL、イソロイシンI、極性非電荷型のトレオニンTとメチオニンM、芳香族型のフェニルアラニンFとトリプトファンW、極性カチオン電荷型のリジンKとヒスチジンHの9種類です。

非必須アミノ酸は、アスパラギン、アスパラギン酸、アラニン、アルギニン、グリシン、グルタミン、グルタミン酸、システイン、チミン、チロシン、プロリンの11種類です。これらは9種類の必須アミノ酸から合成されます。

タンパクの標準アミノ酸残基の中には修飾されたアミノ酸も存在します。グルタミン酸から合成されるγ-アミノ酪酸(GABA)は、非標準アミノ酸であり、抑制性の神経伝達物質として作用します。

1)非極性脂肪族型側鎖を持つアミノ酸 6種類

グリシンG、アラニンA、バリンV、ロイシンL、イソロイシンI、プロリンPの6種類のアミノ酸は非極性のアルキル基を側鎖に持ちます。それらのアミノ酸はタンパク質の折り畳みの際に内側に入ります。プロリンを除くアミノ酸群はカルボキシ基に結合するα炭素に第1級アミノ基が結合したα-アミノ酸と呼ばれます。プロリンはアミノ基に炭素が2つ結合した第2級アミノ基を持つので、本当はイミノ酸です。

2)極性非電荷型側鎖を持つアミノ酸 6種類

極性アミノ酸は、側鎖に極性のある官能基を持つために、水に溶ける性質があります。非電荷型とは、側鎖の官能基が中性でイオン化していないという意味です。セリンS、トレオニンT、システインC、メチオニンM、アスパラギンN、グルタミンQの6種類のアミノ酸は、側鎖にOH基やSH基などの水素結合供与基、NH2基などの水素結合受容基を持つため、親水的な性質を持ちます。アミノ酸は、水素結合や静電的な相互作用を通じて、薬物と引き合います。システインC、メチオニンMは硫黄Sを有します。セリン、トレオニンは側鎖にOH基、システインはSH基を有します。これらは求核性に優れるために酵素の活性基として機能します。

またシステインは、中性・塩基性条件下において、重金属イオンにより容易に酸化されます。その結果、ジスルフィド結合(S=S)が形成、シスチンが生成します。これは、タンパク質の高次構造を決める上で重要です。

3)芳香族型側鎖を持つアミノ酸 3種類

フェニルアラニンF、チロシンY、トリプトファンWの3種類のアミノ酸は側鎖に芳香環を持ちます。これらのアミノ酸は、芳香環を持つため、π-πスタッキング、CH-π相互作用、非極性相互作用を通じて、薬物と引き合います。また、チロシンYはフェノール類であるため、弱い酸性を示し、水素結合やイオン結合が発現します。トリプトファンWに関しては、NH を介した水素結合が発現します。芳香族側鎖は紫外線を吸収します。

4)極性電荷型側鎖を持つアミノ酸 5種類

極性電荷型側鎖を持つアミノ酸には、カチオン型側鎖NH3+を持つ3種類のアミノ酸とアニオン型側鎖COO-を持つ2種類のアミノ酸があります。

カチオン型側鎖

リシンK、アルギニンR、ヒスチジンHの3種類のアミノ酸は塩基性のNH2基を持ちます。これらの側鎖は生体中で容易にプロトン化NH3され、正電荷を帯びています。したがって、薬物側に酸性官能基があれば、水素結合だけでなく、イオン結合も発現します。電荷同士は方向依存性の小さい長距離クーロン力で相互作用します。

 アニオン型側鎖

これは 酸性官能基を側鎖に持つアミノ酸です。アスパラギン酸D、グルタミン酸Eの2種類のアミノ酸は、側鎖に酸性のカルボキシル基を持ちます。これらの側鎖は生体中で容易に脱プロトン化され、負電荷を帯びています。薬物側に塩基性官能基があれば、水素結合だけでなく、イオン結合も発現します。

細胞内のアミノ酸はどんな状態にあるのでしょうか?

生体の細胞は主にタンパク質と脂質と核酸からできています。細胞内のタンパク質は20種類のアミノ酸が1次元的に結合し、3次元的に折りたたまれた構造をしています。タンパク質は、骨格筋だけでなく、細胞内の様々な化学反応を司る酵素として活躍しています。細胞内のアミノ酸はどんな状態にあるのでしょうか?

実は細胞内のアミノ酸は、酸塩基解離状態にあります。

PHが2.4~9.8の水溶液中では、アミノ酸のアミノ基はNH3、カルボキシル基はCOOに解離しています。生理的条件下でのアミノ酸の状態を両性イオンや双極イオンと呼びます。

アミノ基NH2のNには孤立電子対があり、そこにH+イオンが配位するので、NH3イオンとなります。アミノ酸のカルボキシル基COOHは、H+を放出したあとに、COOイオンになり、共鳴安定化します。アミノ酸のNH3側と別のアミノ酸のCOO側は引き合うので、ペプチドを形成しやすくなっています。

ちなみに酸性溶液中では、アミノ酸のアミノ基はNH3のままで、COOはCOOHになります。アルカリ溶液中では、アミノ酸のアミノ基NH3はNH2となり、カルボキシル基はCOOのままです。ChemSketchでアミノ酸を描いてみました。

アミノ酸は脱水縮合によりペプチド結合を形成します。2個縮合したものはジペプチド、複数結合したものをポリペプチドと呼びます。ペプチドは線状につながるので途中で分岐することはありません。アミノ酸残基とは、ポリペプチドにおける各アミノ酸のことです。タンパクを構成する標準アミノ酸は高々20種類ですが。2個つながっただけでも配列の場合の数は202=400通りもあります。タンパクの多様性は非常に高いことが分かります。