20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加した?

2018年の1月にBernd Moosmann博士が率いるヨハネス・グ-テンベルグ大学の進化生物化学研究グル-プのMatthias Granold博士らは、20億年前の地球に生じた酸素増大事件によって生体アミノ酸の種類が増加したという仮説を支持する報告をしています。

PNAS、vol. 115、no. 1 、P41–46「Modern diversification of the amino acid repertoire driven by oxygen」

有害な酸素から身を守るために、芳香族型アミノ酸であるフェニルアラニンF、チロシンY、トリプトファンWや、硫黄を含むシステインCとメチオニンM、セレンを含むセレノシステインUなどが新しいアミノ酸として登場したと考えています。これらの芳香族型アミノ酸からは様々な抗酸化物質が合成可能です。

*肩の番号は文献の出現順番を意味する

計算機による量子計算によると、マーチソン隕石に含まれる62種類のアミノ酸の最高占有分子軌道(HOMO)と最低非占有分子軌道(LUMO)のエネルギ-ギャップEgHLは11eV程度です。一方で原始的な細菌が進化するにつれて、用いられるアミノ酸のEgHLは減少していることが分かりました。1~13番目のアミノ酸のEgHLは11eV程度ですが、ヒスチジンH、フェニルアラニンF、システインC、メチオニンM、チロシンY、トリプトファンW、セレノシステインUの7種のアミノ酸は10eV~8eV程度と減少しています。

EgHLが10eV以下になると、酸素分子との反応が活発になります。これは新しいアミノ酸程、酸素と反応しやくなっていることを示唆しています。新しいアミノ酸から生成される生化学物質の多くは、EgHLが9~7eVと小さく、抗酸化作用が高い特徴があります。このことは20億年前の大酸化イベントが生じた後、大気中の酸素濃度が10%以上に上昇し、細菌類が酸素から防御するために、新しいアミノ酸と抗酸化物質が生成されたことを示唆しています。

マーチソン隕石(Murchison meteorite)は、1969年9月28日にオーストラリア・ビクトリア州のマーチソン村に飛来した炭素コンドライトの隕石です。隕石中にピペコリン酸といった生体内で見つかる有機酸や、グリシン、アラニン、グルタミン酸といったタンパク質を構成するアミノ酸のほか、イソバリン、シュードロイシンといった、生体では見られないアミノ酸も含まれていました。これらのアミノ酸はラセミ体であったために、地球外で生成され、地球に輸送されたと考えられています。1997年にアラニンに含まれる窒素15N の同位体比が隕石の標本ごとに大きくばらつくことから、アミノ酸の窒素は地球由来のものではないと考えられています。

セレノシステインUは、21番目のアミノ酸と呼ばれており、システインCの硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸です。SeH(セレノール)基はシステインの SH(チオール)基より電離しやすいため、より高い抗酸化作用があります。セレノシステインはmRNAのUGAコドン(終止コドン)に対応します。mRNA上のコドンと対合するtRNAの3塩基をアンチコドンと呼びます。セレノシステインのアンチコドンはUCAで、これはセリンに対応します。セリンのOH基をSeH基に置換するとセレノシステインが得られます。真核生物や古細菌では、リン酸化酵素PSTKがセリンをリン酸化し、SepSecSがリン酸化セリンをセレノシステインに変換します(2010年)。