新型コロナウイルスのプライマー・プローブ配列

島津製作所の試薬キットでは、米国の感染症センターの「2019-Novel Coronavirus (2019-nCoV) Real-time rRT-PCR Panel Primers and Probes」に記載された新型コロナウイルスの核カプシド(Nucleocapsid)を構成するN遺伝子の2か所(N1、N2)の部分を検出するプライマーとプローブが含まれています。プライマーは3’端にOH基を有し伸長起点となりますが、プローブは3’端がブロックされているため伸長できないようになっています。

N1 順方向プライマ-  :5’-GAC CCC AAA ATC AGC GAA AT-3’(20mer)

N1 逆方向プライマ-  :5’-TCT GGT TAC TGC CAG TTG AAT CTG-3’ (24mer)

N1プロ-ブ:5’-ROX-ACC CCG CAT TAC GTT TGG TGG ACC-BHQ2-3’ (24mer)

N2順方向プライマ-    :5’-TTA CAA ACA TTG GCC GCA AA-3’(20mer)

N2逆方向プライマ-   :5’-GCG CGA CAT TCC GAA GAA-3’ (18mer)

N2プロ-ブ:5’-FAM-ACA ATT TGC CCC CAG CGC TTC AG-BHQ1-3’(23mer)

プライマーのTm値は通常55~65℃に設定し、効率的、特異性の高いPCR増幅をめざします。GC含有率は40~60%とし、結合を促進するため3’端はCもしくはGにします。専用ソフトを使ってプライマー内部の二次構造形成を避け、GCリッチ領域とATリッチ領域の分布バランスを取ります。4個以上の連続した同一塩基の配列や繰り返し配列を避け、片方のプライマー内部での3塩基以上の相補的配列や1対のプライマー間での相補的配列は避けます。

プライマーの3’末端側の約8塩基は酵素が結合して伸長反応をプロモートする領域であり最も特異性が求められます。また、5’末端領域は、Tm値と特異性を高める領域として利用します。FAMは緑(515~530nm)、ROXはオレンジ(610~650nm)、Cy5は赤(675~695nm)です。

島津は生体試料からRNAの精製工程を取らずに、直接RT-PCR測定を行うことができるAmpdirect Technologyを開発しました。生体試料に含まれるタンパク質等の正電荷物質は鋳型DNA/RNAに、ある種の糖や色素等の負電荷物質はDNAポリメラーゼに吸着し、PCRを阻害します。Ampdirect中和液にはこれらの物質を抑制する働きがあるので、生体試料から直接RT-PCRが可能になります。

85分で96検体の同時のリアルタイムRT-PCR分析が可能です。

リアルタイムPCRでサンプル中の標的DNAの濃度を求める方法

リアルタイムPCRでは、DNAの増幅量を常時検出して解析する方法であり、迅速性と定量性に優れています。分析にはサーマルサイクラーと分光蛍光光度計を一体化したリアルタイムPCR装置を用います。増幅するPCR産物量をサイクルごとに蛍光物質で標識し、その蛍光強度を測定することで増幅曲線を作成します。初期の DNA 量が多ければ多いほど、増幅するPCR産物量が検出可能な量に達するまでのサイクル数が少なくて済むため、より少ないサイクル数で増幅曲線が起き上がっていきます。

リアルタイムPCRによる定量の原理を下図に示します。段階希釈した既知量のDNA標準資料のPCR解析を行います。初期の DNA 量が多いサンプルから順に等間隔で並んだ増幅曲線が得られます。これをもとに、増幅が指数関数的に起こる領域で一定の増幅産物量になるサイクル数Ct値(Cycle threshold)を横軸に、初発のDNA量を縦軸にプロットし、検量線を作成します。 未知濃度のDNAサンプルについて、同じ条件下でPCRを行い、Ct値を求めます。このCt値と検量線から、サンプル中のDNA濃度を推定します。

TaqManプローブ法とは

新型コロナウイルスのPCR検査には主にTaqManプローブ法による定量RT-PCRが用いられています。TaqManプローブ法は、DNAプローブの5’端に蛍光色素(Reporter)、3’端に消光色素(Quencher)を結合させた蛍光標識されたDNAプロ-ブ(TaqManプロ-ブ)を用いる方法です。一本鎖のDNAの標的配列の3’端側に前方プライマ-、5’端側にTaqManプローブが結合します。アニ-リング段階でPCRプライマ-の伸長反応が進むと、Taqポリメラ-ゼ(DNA合成酵素)が移動して、TaqManプローブに接触します。Taqポリメラーゼの5’→3’エキソヌクレアーゼ活性によりTaqManプローブが加水分解され、塩基がバラバラになります。その後PCRプライマ-の伸長反応が進み、後方プライマまでDNAが合成されます。レポーターとクエンチャーの距離が離れるので蛍光シグナルが発せられます。蛍光強度を検出することで標的配列の複製量を推定できます。プローブの消光作用は双極子-双極子機構によるFRET quenchingです。消光距離は1~10nmで分子同士の接触は必要ありありません。

TaqManプローブ法はプライマー二量体の非特異的な検出がない利点があります。複数のプローブに別の蛍光物質を標識しておけば、マルチプレックス解析を実行できます。

FRETプローブ法

  FRETとは、蛍光共鳴エネルギー転移(Fluorescence Resonance Energy Transfer)のことです。目的mRNAに特異的な2本のオリゴヌクレオチドのうち、一方の3’末端に蛍光物質A、もう一方の5’末端に蛍光物質Bが修飾されているFRETプローブを用いる手法です。  この2本のオリゴヌクレオチドが、PCR産物に同時にハイブリダイズすると蛍光物質Aの蛍光で蛍光物質Bが励起されることで強い蛍光を発すること利用して測定します。

 

ヘアピンプロ-ブ法

ターゲットにハイブリダイズする際に、ステム・ループ構造を有するヘアピン型プローブが引き伸ばされるとクエンチング効果が解け、蛍光を発する測定方法です。蛍光物質はフルオレセイン(6-FAM)、クエンチャーは DABCYL が用いられます。ステム・ループ構造プロ ーブの消光作用は電子交換機構を原理とした 衝突的消光(Collisional quenching)と呼ばれています。有効距離は 0.3~1nm で、これは蛍光物質とクエンチャーの電子軌道が重なる距離です。

リアルタイムPCRとは

リアルタイムPCRは、蛍光物質を利用してPCRサイクルごとに増える蛍光の増加を検出することでDNAの濃度変化を検出する測定方法です。リアルタイムPCRは定量性があるのでqPCR(Quantitative)とも言われます。ウイルス検出の場合RNAをcDNAにしてリアルタイムPCRを用いるので、RT-qPCR法と書きます。RTは逆転写、qが定量つまりリアルタイムの意味です。RT-qPCR法では元のサンプルに含まれているウイルスの量が分かります。従来の PCR 法に比べて、電気泳動が不要なので、クリ-ンに迅速かつ簡便に解析できます。リアルタイムPCRには、インターカレーション法とハイブリダイゼーション法の2つの方法があります。これらは蛍光の検出方法が異なります。

インターカレーション法は、二本鎖DNAの鎖間に入り込み蛍光を発する色素(SYBR Green Ⅰなどの蛍光物質)を用いる方法です。二本鎖DNAの鎖間に入り込むことをインターカレートといいます。この方法では、PCRの伸長反応のときに二本鎖DNAの中に取り込まれた蛍光物質の蛍光強度を測定することによって、増幅したDNA量を推定できます。

インターカレーション法は安価で使用しやすいのですが、蛍光色素に特異性がないため、どの二本鎖DNAにも結合してしまい、プライマ-二量体を検知してしまう欠点があります。

ハイブリダイゼーション法は、蛍光物質で標識したDNAプローブを用いる方法です。DNAプローブはPCRプライマ-と同様の鋳型DNAの内部配列を持つ短い1本鎖DNAです。

ハイブリダイゼーション(分子交雑)とは、DNA核酸の分子がA-TやG-Cなどのように相補的に水素結合して複合体を形成することをいいます。蛍光標識したDNAプローブは、PCRプライマーと同様に、鋳型DNAに結合(Hybridize)するため、その蛍光DNAプロ-ブ量を蛍光強度を測定することで求めることができます。主にハイブリダイゼーション法にはTaqManプローブ法、FRETプローブ法、ヘアピンプロ-ブ法などがあります。

新型コロナウイルスを特定するPCR検査とは

新型コロナウイルスの検査方法には、PCR検査、抗原検査、抗体検査の3種類あります。抗原検査はウイルスの持つたんぱく質、抗体検査はウイルスに対抗して生成された抗体を検出します。PCR検査はウイルスの遺伝子情報用いてウイルスを検出する検査方法です。新型コロナウイルス情報が毎日報道されるので、PCRはすっかり有名になりました。

PCR(=Polymerase Chain Reaction)法は、1983年に米国のキャリー・マリス(Kary Mullis)によって発明され、シータス社によって発展させられたDNAの増幅方法です。DNAポリメラーゼと呼ばれる酵素の働きを利用して、一連の温度変化のサイクルを経て任意の遺伝子領域を検出・検査できる量まで複製増幅する技術です。DNAポリメラーゼは、1本鎖のDNAを元の2本鎖のDNAに修復する酵素です。これは1958年コーンバーグ(A.Kornberg)らにより大腸菌から発見されました。PCRにより培養で増やせない菌やウイルスの種類を知ることができます。なお、新型コロナウイルスの検体の検査にはバイオセーフティレベル2(BSL2)の安全キャビネットと実験室と防護が必要です。作業前後にはUV灯の点灯、次亜塩素酸ナトリウム液やDNAZapもしくはDNA AWAYなどでの内部清拭が必須です。

新型コロナウイルスはRNA型のウイルスです。RNAは増幅できないので、一旦RNAを鋳型に逆転写(Reverse Transcription)して相補的なcDNAを生成させてPCR法で増幅します(cはcomplimentary)。これをRT-PCR法といいます。RTは室温でもリアルタイムのことでもないので、注意が必要です。

1991年にTW. MyersとDH. Gelfandらにより、逆転写酵素活性とDNA合成酵素活性を併せ持つ酵素(Tth DNA Polymerase)が発見され、この酵素と反応条件の工夫により1種類の試薬と1本の反応容器で逆転写反応とPCR反応が連続的に行えるようになりました。 60℃ 30分間の加温により逆転写反応は進行し、その後PCR反応に移行します。

PCR反応液の作り方を説明します。反応液は、増幅するDNAサンプル、プライマー、DNAポリメラーゼ、合成するDNAの素材である遊離ヌクレオチド(dNTP=デオキシ・ヌクレオチド三リン酸)、Mg2+(2mMのMgCl)を含むバッファー溶液(pH7.5~9.5)を混合して作製します。DNAポリメラーゼには高温で動作するTaqポリメラーゼを使います。Taqポリメラーゼはサーマスアクアティカス(Thermus-aquaticus)という好熱菌由来の酵素です。

プライマーは標的DNAの一部に対して相補的な塩基配列を持つ短い一本鎖DNAです。PCRの目的は、ターゲットDNA鎖全体の複製ではなく、対象となる生命体に特有な約100~35,000塩基対のターゲット配列を複製することです。プライマーはこのターゲット配列の両端を定義する役割を持っています。

一般的に、プライマーは20~30塩基の長さからなる1本鎖の合成DNAです。塩基は4種類あるので、16mer(monomeric unit)(16塩基の長さ)のプライマ-の種類は40億(=416=4・230)にもなります。例えばランダムな30億塩基対(ヒトゲノム)のDNAに16merの長さのプライマと同じ配列は1か所にしかないと考えられます。

DNA合成は常にプライマーの3’末端から始まり、1本鎖DNAテンプレートの5’から3’方向へのみ伸長していきます。順方向プライマーと逆方向プライマーを開始点とし、相補的な2本鎖のDNA分子が効率よく合成されます。

PCRサイクルを説明します。PCRは3ステップを1サイクルとして数十回繰り返して、必要な量まで増幅します。第1ステップでは、反応液を94°Cに加熱し、30秒~1分間温度を保ち、2本鎖DNAを変性(Denaturation)させ1本鎖に分かれさせます。塩基間の結合は水素結合であり93℃程度で壊れます。変性が起こる温度は、DNAの塩基構成および長さ(塩基数)によって異なり、一般に長いDNAほど変性温度を高くする必要があります。

第2ステップでは、60℃にまで急速冷却し、1本鎖DNAとそれに結合する短い一本鎖DNAであるプライマーを結合(Annealing)させます。二本鎖DNAの50%が解離して一本鎖となる温度はTm値(melting temperature)と呼ばれています。Tm値は塩基配列の構成と塩基数および反応液の塩濃度などにより決まります。プライマーのTm値の計算には、「Nearest Neighbor法」を用いた計算ソフトがあります。アニーリング温度はプライマーのTm値(65℃)以下に設定します。アニーリング温度がプライマーのTm値以上だとプライマ-が1本鎖DNAに結合しません。アニーリング温度が低すぎると、プライマ-同志が結合してしまいます。プライマーは凍結融解を繰り返すと分解する恐れもあるので、10回程度で使い切るくらいの量に小分けして-20℃で保存します。

第3ステップでは、再び72°Cに加熱して、1〜2分保ちます。酵素は1分間に2~4kbを合成するので、標的配列の鎖長が1kb以下の場合は1分間で充分です。この時2つの1本鎖DNAに結合したプライマ-の隣に反応液中の塩基が次々に結合して伸長(Elongation、Extension)し、2つの2本鎖DNAが得られます。72°Cは、プライマーの分離がおきず、DNAポリメラーゼの活性に至適な温度です。わずか20サイクルのPCRにより、ターゲットのおよそ100万(220)コピーが合成されることになります。通常25~40サイクル行います。

サーマルサイクラーは、サーマルブロックと呼ばれる金属板でプログラム通りに反応チューブを急速に加熱・冷却する機能を持ちます。金属板にはヒーターやペルチェ素子などがついており的確に反応液の温度を上下させます。

PCRでDNAを増幅していくと、いずれPCRの基質(dNTP)やプライマーの枯渇などにより、温度サイクルを増やしてもDNAが増えなくなります(プラトー現象)。そのため初期のDNA濃度に数倍の差があったとしても、数十回のPCRサイクル後には増幅産物の量に差が見られなくなるため、初期DNA量の定量を行うことはできません。