ラウドンの「光の量子論」(1994年)に量子力学的な散乱係数の詳細が書かれています。時間に依存した摂動論において、電気双極子相互作用の2次の寄与から散乱光子の放出速度τを計算します。単位時間に散乱によって光子ビ-ムから失われるエネルギ-ℏω/τと、単位断面積を単位時間に通過するエネルギcℏωn/Vとの比で散乱断面積を定義すると、
- σ=(ℏω/τ)/(cℏωn/V)= (V/nc)・1/τ
放出速度τを散乱断面積σに書き換えられます。1/τには∫dΩが含まれているので、微分断面積が求められます。これがクラマ-ス・ハイゼンベルグの公式です。原子が基底状態に戻る弾性散乱の場合は、
- dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεoℏ)2
- ×∣∑i{(εs・D×ε・D)/(ωi-ω)+(ε・D×εs・D)/(ωi+ω)}∣2
となります。εとεsは入射光子と散乱光子の単位偏光ベクトル、Dは電気双極子相互作用です。ω=ωiで発散しますが、厳密な扱いではωは虚部を有するので発散しません。
ω>ωiとω<ωiの場合を扱う場合には、上式で十分です。
1)トンプソン散乱の場合(ω>ωi)
光子の周波数ωが原子の励起周波数ωiより大きい場合には、絶対値の中の和は-ωi/ω2と近似できるので、
- dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo)2×∣∑iωi{(εs・D×ε・D)+(ε・D×εs・D) }∣2
原子に束縛されている電子数をZとすると、総和則から
- ∑iωi{(εs・D×ε・D)=(Zℏ/2m}ε・εs
となるそうなので、微分断面積は
・ dσ/dΩ=[Z・re・(ε・εs)]2
となります。ここでreは古典的電子半径
- re=e2/4πεo・mc2=2.8×10-15 [m]
です。つまり静電エネルギe2/4πεoreが静止エネルギmc2に等しくなる半径です。
このような高周波入射光の弾性散乱はトンプソン散乱として知られています。トンプソン散乱では散乱断面積は、原子構造と無関係に、電子数Zの2乗に比例します。
2)レ-リ-散乱の場合(ω<ωi)
光子の周波数ωが原子のどの励起周波数ωiより小さい場合には、分母のωを無視して
・dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo ℏ)2∣∑i (1/ωi)・{(εs・D×ε・D)+(ε・D×εs・D) }∣2
となります。水素原子の場合はあらわに計算ができて、
- dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo)2×[(9ℏ/16mωR^2) (ε・εs)]2
となります。ここでℏωRは水素の基底状態のエネルギ
- ℏωR=me4/32(πεoℏ)2
です。結局、水素原子に関するレ-リ-散乱の公式
- dσ/dΩ=(9re/8)2・(ω/ωR)4・(ε・εs)2
が得られます。
- ω=2πc/λ
なので、レ-リ-散乱の散乱断面積は波長の4乗に反比例することが量子論でも確かめられました。
3)共鳴散乱の場合(ω=ωi)
減衰係数γiを取り入れた表式は、i番目の準位への散乱断面積は
- dσ/dΩ=(eω/c)4/(4πεo ℏ)2・(ε・D1i)4/{(ωi-ω)^2+γi2}
となります。励起状態はi=2だけだとして、散乱光子の全方向について積分すると、
- σ=(eω/c)4/18π(εo ℏ)2・D124/{(ωo-ω)2+γ2}
となります。ここで減衰係数γは
- γ=e2ωo3D122/3πεoℏ
です。よって散乱断面積は
- σ=[e2ωoD122/3εo ℏc]・γ/{(ωo-ω)2+γ2}
の形に書き表せます。ω=ωoのとき、散乱断面積は入射光の波長λの2乗
- σ=2πc2/ω2=2π/(2π/λ)2=λ2/2π
となります。原子の第一励起状態との共鳴断面積は、波長だけで決まります。