3-2.植物にだけ必要なB、Cl、Ni

B(ホウ素)
B(ホウ素)は植物の細胞壁の糊であるペクチンの繊維を束ねるために使われています。このゲルは、細胞壁の骨格であるセルロースの間隙を埋め、細胞壁孔径の調節による物質透過の制御、pH・イオンの緩衝作用、細胞接着、細胞の強度維持など多様な機能を果たします。Bがないと、双子植物は極めて早い時期に完全に枯死します。動物は細胞壁がないのでBを必要としません。

Cl(塩素)
塩素イオンの役割は気孔の開閉です。気孔はK+イオンの移動に伴う浸透圧変化によって開閉しますが、K+の対イオンとして利用されるのが塩化物イオンとリンゴ酸イオンです。塩化物イオンが多く利用できるほど、リンゴ酸イオンの必要量は減ります。タマネギではこのことが重要であり、孔辺細胞葉緑体にデンプンが蓄積されないためリンゴ酸が不足し、このため塩化物イオンがないと気孔は開くことができないそうです。

Ni(ニッケル)
Niは植物において尿素をアンモニアに分解する反応を触媒する酵素であるウレアーゼ(urease)に含まれています。窒素固定細菌においてNiはデヒドロゲナーゼの成分になっています。Niが欠乏すると、尿素が葉に沈積し、葉の先端が壊死します。植物のNi要求量は乾物重の0.1ppm程度と極めて少ないので、土壌で生育している植物がNi欠乏に陥ることはないと言われています。

3-1.ヒトにだけ必要なI、Cr、Co

生物中の金属を含むタンパク質や酵素を化学的に研究する領域は「生物無機化学」と呼ばれています。元素は単独で作用するよりも、タンパク質と結合した構造をとった方が、生理作用が高まります。Cuを含む酵素にSOD(スーパ-パ-オキシド・ジムスタ-ゼ)があります、SODは細胞内の活性酸素を除去し、生物の寿命を延ばす作用があります。

銅イオンのみによる活性酸素の除去効率を1とすると、SODでは約2000倍に高くなります。赤血球に存在するカタラーゼというFeを含む酵素は、過酸化水素(H2O2)を酸素と水に分解する機能をもっています。やはり鉄イオンのみの反応の強さを1とすると、カタラーゼでは10億倍にも作用が強くなります。但し金属元素を過剰に摂取すると、いろいろなタンパク質や遺伝子などと結合して、思わぬ毒性をあらわすこともあるので、注意が必要です。

3-1.ヒトにだけ必要なI、Cr、Co
I(ヨウ素)
ヨウ素は甲状腺ホルモンの原料です。甲状腺ホルモンが欠乏すると、基礎代謝の低下、成長障害を誘発します。ヨウ素は日本人にとって身近な海藻や魚介類に多く含まれています。ヨウ素の必要量は1日95μg、推奨量1日130μgとされています。日本では、海藻や魚介類を多く摂取する食習慣があるため、1日約1~3mgのヨウ素を摂取しています。甲状腺にヨウ素が充足すると、過剰なヨウ素は尿として排出されます。原子力発電所事故等で放射性ヨウ素が放出された場合、日常的にヨウ素を摂取していれば、放射性ヨウ素の甲状腺への蓄積が低く抑えられます。

Cr(クロム)
Crは血糖値の上昇を抑制するGTF(=glucose tolerance factor、耐糖因子)を構成するクロモデュリンに含まれています。クロモデュリンはCrとオリゴペプチドが結合した物質です。GTFがインスリン受容体に結合し、インスリンの刺激伝達に関与すると言われています。しかしクロモデュリンが健康維持に必須の成分であることは証明されていません。クロモデュリンの発見者であるVincent氏自身もCrの必須性に疑問を投げかけています。クロモデュリン生成に関わる遺伝子のノックアウトを行って、クロム欠乏の影響を調べる必要があります。米国では、糖尿病の予防薬としてCrのサプリメントに人気があります。Crサプリメントが2型糖尿病患者の空腹時の血糖値やHbA1の値を下げるのは事実だそうですが、健常者の糖代謝や脂質代謝に対する有益な効果は認められていないようです。GTFを多く含む食品は、ビール酵母、未精製の穀類、エビ、キノコ類、レバーなどです。

Co(コバルト)
CoはビタミンB12(=cyanocobalamin)に含まれています。ビタミンB12は赤血球や核酸の合成に必要だと言われています。ビタミンB12あるいは葉酸が不足すると赤血球のDNA合成が阻害されて巨赤芽球となり、悪性貧血を引き起こします。ビタミンB12の正常な成人の必要な摂取量は2.0µg/日です。ビタミンB12は魚や動物のレバ-、卵や牛乳に含まれていますが、野菜・果物類には含まれないので、菜食主義は欠乏症になります。ビタミンB12は肝臓や筋肉に大量に貯蔵されているため、吸収障害が起きても欠乏症が出現するまでは3~5年を要します。草食動物は腸内細菌としてプロピオン酸生産菌を保有し、これがビタミンB12を生産しています。ビタミンB12は化学合成が困難であるため、放線菌の培養液から工業生産されています。

2. 植物と動物でどんな違いがあるのでしょうか?

・多量必須元素について
ヒトの多量元素はC、O、H、N、Ca、Pの6種類、植物の多量元素はC、O、H、N、P、Sの6種類でした。両者に共通する多量元素はC、O、H、N、Pの5種類です。植物は水とCO2から光合成でH、C、Oを含むデンプンを作ります。ヒトはデンプンを食べてH、C、Oを摂取します。多量のNとPが必要なヒトにとって、タンパク質を多く含む植物の種は重要です。通常の作物のNとPは少ないので、ヒトは大豆あるいは他の動物からタンパク質を摂取しなければなりません。

ヒトではCaが豊富であるのに対し、植物ではSが豊富である違いがあります。ヒトは植物から豊富なSを摂取できます。ヒトはCaを多く必要とするのに、植物にCaが少ないことは問題です。大豆にはCaが含まれていますが、動物の乳製品や小魚の骨などからCaを摂る必要があります。日本人のCa不足について、後で述べましょう。

植物におけるSの生理作用は多岐にわたります。Sは硫黄を含むアミノ酸や有機化合物の構成元素であり、タンパク質、ビタミンB1、ビタミンB7、 脂質等の生体物質の合成に欠かせません。また、相当量のSが植物体内にイオンの状態で存在し、酵素 活性調節、電子伝達、酸化還元調節などに重要な役割を果たしています。

・少量必須元素について
植物の少量元素はK、Ca、Mg の3種類、ヒトの少量元素はS、K、Na、Cl 、Mgの5種類でした。両者に共通する少量元素はKとMgです。Mgは、葉緑体のクロロフィルの活性中心に用いられています。Mgは茎や葉に豊富に含まれているので、ヒトは緑黄色野菜からMgを摂取できます。Mgの奨励摂取量は1日350mgで、摂取量は244mgとやや不足気味です。

Mgは生体内で60%がリン酸塩や炭酸塩として骨に沈着しています。残りの40%は筋肉や脳、神経に存在します。Kに次いで細胞内液に多く存在しますが、細胞外液には1%未満しか存在しません。生体内では、多くの酵素を活性化して生命維持に必要なさまざまな代謝に関与しています。エネルギ産生機構に深く関わっており、栄養素の合成・分解過程のほか、遺伝情報の発現や神経伝達などにも関与しています。また、MgにはCaと拮抗して筋収縮を制御したり、血管を拡張させて血圧を下げたり、血小板の凝集を抑え血栓を作りにくくしたりする作用もあります。

便秘予防薬としてよく処方されるのが「カマグ」と呼ばれるMgO緩下剤、つまり排便を促す薬です。MgOは胃酸で中和され、腸内でMgCl2になります。
・ MgO+HCl → MgCl2+H2O
その後Mg(HCO3)2になります。この重炭酸塩の影響で腸内の浸透圧が上昇します。腸内に水分が引き寄せられた結果、便が水を含み柔らかくなり、その便が腸管に刺激を与えることで排便が促されます。

Kは腎臓での再吸収が弱く、排出されやすい元素です。幸いサルやヒトはKが豊富な果実を食べていたのでK不足になりませんでした。果物の他にKが多いのはワカメや昆布やヒジキといった海産物と大豆です。みそ汁を飲んでいればKが取れます。過剰なKは大部分が尿中に排泄されますが、腎機能が低下するとKがうまく排泄されなくなり、高カリウム血症になります。高カリウム血症になると、筋収縮が調節できなくなり、四肢のしびれや不整脈の症状が現れ、重篤な場合は心停止を引き起こします。

ヒトにはNa、Clが少量元素になっています。植物にとってClは微量元素ですが、マングロ-ブの塩性植物を除くと、通常の植物にはNaは殆ど含まれていません。ヒトは作物からNa、Clを摂取するのが難しいのです。肉食動物は草食動物の血液から塩分を得られますが、草食動物は塩分のある土を食べにきます。ちなみに海水の塩分は3.5%です。ヒトの血中塩分濃度は0.85%です。植物は陸に上がった時点で淡水に適応したので、体内の塩分濃度が極めて低くなったと考えられます。但しNAD-ME型のC4植物ではNaの必須性が証明されています。

・微量必須元素について
ヒトの微量元素はFe、Zn、Cu、Mn、Se、Mo、I、Cr、Coの9種類、
植物の微量元素はFe、Zn、Cu、Mn、Se、Mo、B、Cl、Niの9種類でした。
共通しているのは、Fe、Zn、Cu、Mn、Se、Moの6種類です。野菜を食べていればこれらの微量元素を摂取できる可能性はあります。一方ヒトにのみ必須の微量元素はI、Cr、Coの3種類です。この3種類の必須元素は植物から摂取できません。植物にのみ必須の微量元素はB、Cl、Niの3種類でした。