一重項酸素はどうやって作られるのでしょうか?

一重項酸素1O2は光増感法で作ります。3O2と1O2には0.973eVのエネルギ差があり、熱的には励起されません。電気双極子遷移は,スピン角運動量,軌道角運動量およびパリティに関していずれも禁制のため,3O2から1O2への遷移確率は極めて小さいです。波長1274nmの赤外光を照射して、同じエネルギ差を持つ色素を励起して、色素が基底状態に戻るときに、三重項酸素を一重項酸素に励起させて作ります。これを光増感法といいます。

ビタミンB2(リボフラビン)は、代謝、エネルギ産生に関与する酸化還元酵素の補酵素です。紫外線を浴びると、ビタミンB2などの生体内の色素が増感剤の役目をして一重項酸素が発生することがあります。

一重項酸素は生体分子を破壊するので、生体はこれを除去する機構を備えています。生体内から一重項酸素を除去する物質にはα-トコフェロール、β-カロテン、ビタミンB2、ビタミンC、ビタミンE、尿酸などがあります。これらの物質は、励起されたビタミンB2からエネルギを吸収し、一重項酸素を出さずにビタミンB2を基底状態に戻します。紫外線から肌を守るサンスクリーン剤は紫外線のエネルギを吸収して励起状態になりますが、励起状態からのエネルギー移動により一重項酸素が生成することがあります。

一重項酸素は通常の酸素分子とどう違うのでしょうか?

O2分子の基底状態は三重項酸素3O2で、一重項酸素1O2は通常の酸素分子の励起状態です。

下図に三重項酸素3O2と一重項酸素1O2の分子軌道のエネルギを示します。2つの酸素原子が結合すると、結合性軌道と反結合性軌道*が生じます。これらの違いは、一番エネルギが高い2つの電子にあります。

三重項酸素3O2は [↑]πx*[↑]πy*で2つのラジカル(不対電子)があります。スピンが揃っているので常磁性があります。三重項酸素は単結合でつながっていて、それぞれの原子上にラジカルを持つビラジカル構造を持っています。

一方、1O2は[↑↓]πx*[ ]πy*なので、ラジカルではありませんが、πy*の空の状態が電子を求めるために、他の分子から電子を引き抜く力があります。一重項酸素の酸化力は三重項酸素より強いです。一重項酸素原子間に二重結合を持っています。[↑]πx*[↓]πy*も一重項状態ですが、不安定で寿命が短いので、通常は考えません。

一重項酸素は、エネルギー準位の低い最低空軌道(LUMO)を持つことになるので、ジエンとディールス・アルダー反応を行い、環状ペルオキシドを形成したり、二重結合とエン反応してヒドロペルオキシドを形成したりします。

活性酸素はどうして発生するのでしょうか?

活性酸素は主にミトコンドリア中の呼吸鎖の電子伝達系の複合体Ⅲにおける反応で生成されます。ユビキノン(Q)がユビセミキノン(・Q-)を経由してユビキノ-ル(QH2)になる過程で、1%程度のユビセミキノン(・Q-)は酸素と反応して、スーパーオキサイドアニオン(O2-)を生成します。

代表的な活性酸素にはヒドロキシルラジカル(・OH)、スーパーオキシドアニオン(・O2)、過酸化水素および一重項酸素分子1O2などがあります。活性酸素は細胞を分解し、癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因となります。細胞内にはカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ、ペルオキシダーゼなど、活性酸素を無害化する抗酸化酵素があり、活性酸素から生体を守っています。白血球やマクロファージは活性酸素を利用して細菌などを分解しています。

次表に抗酸化物質が消去できる活性酸素の種類を示します。ビタミンEは、フリーラジカルを消失させることにより自らがビタミンEラジカルとなり、フリーラジカルによる脂質の連鎖的酸化を阻止します。発生したビタミンEラジカルは、ビタミンCなどの抗酸化物質によりビタミンEに再生されます。

大阪武雄、日本化学会 『活性酸素』 丸善、1999年、p.27。

グルタチオン(Glutathione, GSH)は、グルタミン酸、システイン(活性な硫黄を含む)、グリシンの3つのアミノ酸から成るトリペプチドです。ただし、グルタミン酸とシステインの結合は、通常のペプチド結合とは異なり、γ-グルタミル結合になっています。このためグルタチオンは、ほとんどのプロテアーゼに対して分解されません。グルタチオンは、細胞内で発生した活性酸素種や、過酸化物と反応してこれを還元し、消去します。酸化したグルタチオンは、グルタチオン還元酵素とNADPHの還元力を利用して、元のグルタチオンに戻ります。またグルタチオンは毒物を、システイン残基のチオール基に結合させて細胞外に排出する解毒機能があります。

新しいアミノ酸には酸素ラジカルを消去する効果があるのでしょうか?

Granold博士らは20種の標準アミノ酸に対してペルオキシルラジカル(ROO*)の消去活性を測定しました。その結果、新しいアミノ酸であるトリプトファンWやチロシンYには、高いラジカル消去活性が見出だされました。アミノ酸に脂質を修飾すると、抗酸化効果が高まります。

図A、Bの縦軸はペルオキシルラジカル(ROO*)の消去率、横軸は20種の標準アミノ酸を示します。図Aにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:3の場合、図Bにはアミノ酸:ラジカル発生剤=1:2000の場合の消去率を示します。図Aでは、EgHL~10eVの閾値以下のすべてのアミノ酸(ヒスチジンH以上のアミノ酸)は、フェニルアラニンF以外、ラジカル消去活性がありました。フェニルアラニンは異常に高いラジカル化エンタルピ(58kcal/mol)をもつため、活性は低いと考えます。トリプトファンWとチロシンYのラジカル化エンタルピは37kcal/molと38 kcal/molと低いです。ラジカル発生剤が多い条件(図B)でもトリプトファンWとチロシンYには、高いラジカル消去活性が見られました。

図CにトリプトファンW、アセチル化トリプトファン・エチルエステル(NAc-W-OEt)、NDo-W-OEtの化学構造式を示します。NDo-W-OEtはトリプトファンWの脂質性を高めたものです。脂質性の高いアミノ酸の方が、抗酸化効果が高まります。

図Dに修飾アミノ酸に対する脂質過酸化反応(Lipid peroxidation:脂質の酸化的分解反応)の抑制効果を示します。鉄イオン誘導を用いた脂質過酸化は、脂質酸化ストレスのバイオマーカであるマロンジアルデヒドCH2(CHO)2 (malondialdehyde: MDA)の生成量を測定することでモニタしました。脂質性の高いNDo-W-OEtとNDo-Y-OEtはマロンジアルデヒドの生成量が少ないです。これは脂質性の高いアミノ酸の方が脂質酸化を抑制する効果が高いことを示しています。

図EにNDo-W-OEt あるいはNDo-F-OEtを加えた神経細胞をtBuOOHペリオキサイド(100μM)に浸した時の蛍光顕微鏡像を示します。生きた細胞は赤で、死んだ細胞は青で染色されています。NDo-W-OEtはtBuOOHペリオキサイドのラジカル消去活性が高いために神経細胞は生存しましたが、NDo-F-OEtでは消去活性が低いために、神経細胞は死んでしまいました。

図Fにアミノ酸脂質誘導体による細胞生存率を示します。トリプトファンWとチロシンYの脂質誘導体だけが過酸化毒から細胞を守る効果が見られました。ちなみにトリプトファンやチロシンだけでは細胞を酸化剤から守れません。図Gに示すように、異なるアミノ酸誘導体(10 μM)を加えた繊維芽細胞(fibroblasts)にtBuOO(50 μM)酸化剤を加えた場合の生存率でも同様の傾向が見られました。