第95回箱根駅伝の往路レースの優勝は東洋大学でした。三区では青山学院大学の森田歩希選手が8位から追い上げ、トップに躍り出ました。東洋大は8秒差で2位につけました。
森田選手は1時間1分26秒の区間新記録の快走でした。三区は21.4kmですから、森田選手は平均速度5.8m/sで走破したことになります。もし5.8m/sの速度でマラソンを完走できれば、2時間1分15秒(=42.195km/5.8m/s)の記録がでます。森田選手がいかに俊足かがわかります。
最近ランニングウオッチと連携したセンサを腰につけて、手軽にランニング時の上下動を計れるようになりました。データを見ると、マラソン選手の上下動は10cm程度です。重心は放物運動をしているので、上下動Δyが分かれば滞空時間toも決まります。重力加速度をg、上方向の初速度をvoとすると、t秒後の重心位置yは
- y=-1/2・gt^2+vot=-g/2・(t-vo/g)^2+1/2g・vo^2
でした。上下動Δyと滞空時間toは
- to=2vo/g → vo=gto/2
- Δy=1/2g・vo^2=1/8・gto^2 → vo=root(2gΔy)
を満たします。Δy=10cmが分かっているので、初期速度voと滞在時間to
・ vo=root(2×9.8m/ss×0.10m)=1.40m/s
- to=2×1.40m/s /9.8m/ss=0.28sec
が分かります。森田選手の1ピッチΔxは
- Δx=5.8m/s×0.28sec=1.62m
くらいです。
無風状態でも5.8m/sで走れば、ランナ-は5.8m/sの風を感じます。ランナ-の受ける風の影響はどれくらいでしょうか? ランナ-は直径22cm、長さ1.7mの円柱に例えて考えられます。流れに垂直に置かれた円柱の空気抵抗を求めます。
空気の動粘性係数k=1.5×10^-5 m^2/sですから、レイノルズ数は
・Re=Lu/k=0.22×5.8m/s/1.5×10^-5 m^2/s=8.5×10^4
となります。Re=8.5×10^4は、臨界レイノルズ数Re=2×10^5よりやや小さいです。レイノルズ数が臨界Reより大きくなると、抗力係数Cは急に1より小さくなります。ちなみにバレ-ボ-ルやサッカ-ではボ-ル(直径20cm)の速度が30m/sを超えるので、臨界Reを超えて、無回転ボ-ルが予測不能の動きをすることが知られています。レイノルズ数が10^3より小さくなると、抗力係数Cは1より大きくなります。
- L/d=1.7m/0.22m=7.7
なので、C≒1.1(=0.9~1.2)としていいでしょう。空気の密度を=1.2kg/m^3、円柱の投影面積をA=1.2m^2とすると、抗力Fは、速度の2乗に比例し、
- F=C/2・A・uo^2=1.1/2・1.2kg/m^3×1.2m^2×5.8m/s^2≒26N
で与えられます。森田選手の体重を65kgとすると、加速度は
- a=F/m=26N/65kg=0.4m/ss
となります。水平方向の速さは0.1m/s(=0.4m/ss×0.28s)だけ遅くなります。つまり大まかにいって、地面を蹴った瞬間の水平速度は5.9m/sでしたが、着地するときの速度は、空気抵抗により5.8m/sになったと考えられます。
では向い風5m/sの場合はどうなるでしょうか? ランナ-の感じる風速は10.8m/s(=5.8m/s+5.0m/s)となります。
- F=1.1/2・1.2kg/m^3×1.2m^2×(10.8m/s)^2 ≒ 92N
これは26Nの3.5倍です。加速度は1.4m/ss(=0.4m/ss×3.5)となるので、水平方向の速さは0.4m/s(≒1.4m/ss×0.28s)だけ遅くなります。
- 5.9m/s-0.4m/s=5.5m/s
向い風5m/sの場合、5.8m/sから5.5m/sに減速すると考えられます。三区21.4kmは
- 21.4×1000m/5.5m/s=3890秒
経過します。
結局、向い風5m/sの場合、森田選手は無風状態の時より、
- 3890秒-3686秒=204秒=3分24秒
だけ到着が遅れることになります。
ちなみにこの速度でマラソンを完走できれば、
42.195km/5.5m/s=2時間7分52秒
となります。もし追い風5.8m/sが吹き続ければ、
- 42.195km/5.9m/s=1時間59分12秒
で2時間を切ることができます。但し風の影響を相殺するために、通常マラソンのコ-スは折り返しコースになっています。駅伝選手が臨界レイノルズ数に近いところで走っているのは面白いと思いました。