どうして低体温は赤ちゃんにとって良くないのでしょうか?

生まれてきた赤ちゃんは、放熱を防ぐ為に手足の末梢血管を持続的に収縮させます。この時、カテコラミンという血管収縮ホルモンが分泌されます。ところがカテコラミンは肺血管も同時に収縮させてしまうのです。肺動脈が収縮すると肺に入る血流量が減少し血圧が上がり、酸素不足になります。寒さで足の血管が開かないと、心臓に帰ってくる血流量も減少し、新生児は呼吸困難になり、赤紫色になります。これはチアノ-ゼ(低酸素症)といいます。酸素不足はATP産生を抑制し、脳に致命的な損傷を与えます。

出産直後の赤ちゃんは血糖値が低くなっています。寒さで血流量が減少すると、脳に供給される血糖量が減少してしまいます。脳に供給される酸素と糖が減少すると、脳の神経細胞を保護するグリア細胞などに致命的な損傷を与えてしまいます。また低体温になると腸の栄養吸収が低くなり、体が温まらなくなります。低体温になると肝臓の糖新生が低下し、血糖値が低下します。低体温と低血糖の悪循環が生じやすいのです。

 分娩室の温度は25℃程度で赤ちゃんにとっては低温環境です。出生時から1時間で赤ちゃんの中枢体温は36℃まで下がります。手足の深部体温は30℃まで下がり、5時間後でも34℃以下にばらつきます。これは冷え性の状態です。

産科麻酔医師の久保田先生によると、赤ちゃんの本来の体温である37℃にするには、赤ちゃんを保育器に入れて、出産直後の最初の1時間は34℃、次の1時間は30℃で管理し、それ以降は新生児室で26℃に管理するのがよいそうです。出産後の赤ちゃんの中枢体温は37℃以下になりません。手足の深部体温は5時間後に34℃~36℃に保たれます。赤ちゃんが十分栄養を取れるようになれば、次第に自分で適正体温を維持できるようになります。ただし赤ちゃんに産着を着せ過ぎない注意が必要です。着せ過ぎは熱中症を引き起こすからです。

低血糖の問題点は何でしょうか?

出産直後の赤ちゃんは飢えと寒さを覚えています。飢えを感じているときは血中のグルコ-ス(血糖)濃度が低い低血糖状態になっています。グルコースは脳の活動だけでなく神経細胞の形成のATP源としても重要な物質ですから、出産時のグルコースの低下は脳に大きな障害を残します。

通常胎児は母親から糖を貰うので低血糖症になりません。胎児の血糖値は、胎盤の働きで、母親の血糖値より20mg/dl(デシリットル)程度低くなっています。胎児は全身が38℃の環境にいるので血流がよく、脳関門は完成していないので、血糖値は低めに設定されています。母親の典型的な血糖値は100mg/dlですから、胎児の血糖値は80mg/dlになっています。

生まれてくる赤ちゃんは寒い分娩室で震えて熱を出します。その熱は血糖を消費することで発生します。臍帯を切り離すと暖かい血液は流れてきません。赤ちゃんの血糖値は徐々に低下し、1時間目の血糖値は80mg/dlから40~50mg/dlまで低下します。低血糖になると痙攣や無呼吸発作をおこすこともありますが、まったく症状がないこともあります。しかし出産時に症状がなくても、低血糖は脳に後遺症を残すことがあります。35mg/dlより低くなると赤血球が糖不足で崩壊してしまいます。脳の保護のためには、少なくともこの最低値が40mg/dlより低くならないことが重要です。

久保田医師の新生児の周産期管理方式では、出産直後に34℃の保育器に入れているので、生後1時間の血糖値は50mg/dlに下がりますが、生後1時間に30℃に変更し、新生児に5%の糖水20ml~25mlを与えるので、血糖値は60mg/dlに回復します。生後2時間以後は26℃にして、生後4時間で人工乳20mlを与え、3時間ごとに人工乳20mlのペースで与えると、血糖値は出産直後の値60~70mg/dlで安定させられます。これを超早期経口栄養法といいます。赤ちゃんは糖水を与えられると泣き止み、よく飲みます。これだけで発達障害児の発生を予防できるとは驚きです。

肥満妊婦から生まれた赤ちゃんや未熟児(低体重児)には低血糖症が発症することがあります。しかし正常出産で生まれた赤ちゃんの血糖値が40mg/dlより下がることは殆どないと考えられていました。しかし出産直前のお母さんの血糖値が高いと、血中インスリン濃度が高くなります。生まれてくる赤ちゃんは血糖値を下げるために膵臓からインスリンを分泌させ、インスリン濃度が高まります。これを高インスリン血症児と言います。母親のインスリンは胎盤で防御され、胎児にはいきません。

インスリン2分子は肝臓の細胞のインスリン受容体に結合し、細胞内部にシグナルを伝達して、糖を取り込むたんぱく質GLUT1を細胞表面に移動させます。このようにしてインスリンによって血液中のグルコ-スが肝臓に取り込まれるので、血糖値が下がります。

飽食の日本では出生する赤ちゃんの10%~20%は高インスリン血症児となっています。高インスリン血症は赤ちゃんの低血糖症を加速してしまうのです。母乳は体内でグルコ-スとガラクト-スに分解され、ガラクト-スは肝臓でグルコ-スに変換されます。母乳を早く赤ちゃんに与えることが低血糖を防ぎます。

低体温の場合、赤ちゃんは筋肉を緊張させて体温を上げようとします。こうした産熱亢進は血糖を消費するために低血糖を引き起こします。低血糖が進むと筋肉を緊張させられなくなるので、産熱亢進が低下し、体温が下がります。低体温と低血糖の悪循環が生じます。低体温による肝血流の減少も、糖新生を低下させ、低血糖を引き起こします。

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