循環式養液栽培ではアレロパシ-が問題

養液栽培(水耕栽培)とは
近年、安価で高効率なLED光源が利用できるようになり、植物工場では、天候や病虫害の被害に遭いやすい葉野菜(レタス)や果物(イチゴ)などが養液栽培で育てられています。養液栽培は無農薬で栽培できる利点があります。しかし養液栽培では、作物の成長が滞り、収量が低下する問題がありました。これは、成長阻害物質が養液に蓄積し、作物の成長を阻害するからです。従来は定期的に養液を廃棄して、新しいものに交換していました。しかしこれは環境負荷や経済的損失を与えます。活性炭を投入し、成長阻害物質を吸着する方法が提案されましたが、活性炭のコストや使用後の回収・処理について実用的に問題がありました。

鉄のキレート剤とは
作物の成長には、微量の鉄分が必要です。FeSO4などを投入しても、水中の鉄分は酸化・沈殿してしまい植物は利用できません。養液栽培用の鉄養分には、鉄エチレンジアミン四酢酸(=Fe-EDTA)という鉄のキレート剤が用いられています。EDTAはエチレンの両端にある窒素にそれぞれ2つの酢酸(CH3COOH)が付加した構造を有しています。COOH基を多く含む有機物は、金属イオンを捕獲することができます。鉄FeはEDTAの2つの窒素と4つの酸素(=COOH基中のOH基の酸素)に取り囲まれた構造をしています。自然界では、Feをキレ-トしたフルボ酸の形で鉄分が供給されています。EDTAが用いられるのは、それはフルボ酸よりずっと単純な構造をしているので合成が容易だからです。

直流電気分解法(特許第5177739号)とは
2007年に島根大学の浅尾俊樹教授は、養液に直流電流を流し、成長阻害物質を電気分解して、養液栽培作物の収量低下を防止する手法を提案しました。正極にはフェライト(酸化鉄)の棒、負極にはチタン板が用いられています。電圧は10V、電流は0.6A程度です。養液中の微生物が分解する安息香酸は20%未満であるのに対し、一日の通電で80%以上の安息香酸が分解します。
しかしその栽培方法では、電気分解で鉄のキレート剤が分解してしまうので、電気分解を行った後に養液を補充しなければなりませんでした。また通電により培養液の温度が10℃程度上昇し、根が腐敗し易くなるとともに、電気分解を続けることで負極に、リン、鉄やカルシウム等が析出という課題がありました。

交流電気分解法(JP2016-208862)とは
2016年に浅尾教授は、交流電気分解法を提案し、培養液中の成長阻害物質(特に安息香酸)を電気分解することによって、培養液の温度上昇を抑えつつ、培養液中の養分の分解を防止することに成功しました。

交流電気分解法の実験結果
イチゴの養液栽培実験に用いた交流は電流値2A、電圧14V、周波数500〜1000Hzです。家庭用交流の10倍~20倍の周波数にするのがポイントです。2〜3週間に一度、24時間以上電気分解することにより、培養液に蓄積される成長阻害物質の濃度上昇を防止できます。500Hzでは温度上昇はありませんが、1000Hzでは4℃上昇します。安息香酸の濃度は24時間の直流通電で33%減、交流通電で100%減少しました。通電による電気伝導率やpHの変化はありませんでした。直流通電では鉄とカルシウムなどミネラルの減少が見られましたが、交流通電ではミネラルの減少がなく、直流通電法より20%の増収が得られました。

アレロパシ-と連作障害

アレロパシ-とは
アレロパシ-(Allelopathy)は植物が分泌する化学物質によって近隣植物の発芽、成長、結実などの生理現象を抑制する他感作用のことです。これは1937年にオーストリアの植物学者ハンス・モーリッシュにより提唱された用語です。多くの植物は、自種群落を拡大させるために、根から成長阻害物質を分泌して、他の植物の侵入を妨げています。成長阻害物質に対する感受性は植物種によって違います。

連作障害とは
連作障害は同一作物を連続して栽培すると収穫量が低下する現象です。その原因は、栄養供給の不足、ウィルスや微生物や土壌線虫の感染、化学物質、土壌の物理的変化などの影響など多岐にわたり、作物毎に違っています。化学物質は植物自身が分泌する成長阻害物質と他生物残渣の分解産物によるものがあります。アレロパシ-は連作障害の大きな一因になっています。

様々の成長阻害物質
作物の成長阻害物質としては、パセリではアジピン酸、セロリでは乳酸、イネではモミラクトン、ミツバではコハク酸や安息香酸、レタスではパニリン酸や安息香酸、葉ゴボウではコハク酸、春菊やチンゲン菜やケ-ルでは安息香酸やパラヒドロキシ安息香酸やコハク酸があります。被覆植物のヘアリーベッチは根からシアナミド、クルミは葉や根からユグロン、サクラは葉からクマリンを出します。桜餅はクマリンの抗菌作用が用いられています。アレロパシ-は、除草剤や病害抑制剤への利用の観点から、注目されています。またコンパニオン植物は、アレロケミカルを用いて、相互に成長を促進したり、他植物の侵入を防ぐと言われています。

安息香酸(Benzonic acid)とは
安息香酸はベンゼン環にCOOH基が付加した構造をしており、マーガリンや清涼飲料水や醤油に保存料として用いられています。安息香酸は、植物の成長ホルモンであるオ-キシンの作用を阻害するため、イチゴ、レタス、トマト、ナス、キュウリ、ピーマン、ホウレンソウ、コマツナなど幅広い作物でアレロパシ-効果が確認されてます。

アレロパシ-物質や活性の測定方法
プラントボックス法は寒天中で植物を混植し、根から出る物質を検定する方法です。サンドイッチ法は葉から出るアレロパシ-の程度を評価する方法です。これは寒天の培地で、乾燥粉砕した植物の葉などの試料を挟み、培地の上に検査する植物の種を播き、種子根の伸長抑制程度から判定する方法です。

ブナ科13種の葉の水抽出物がレタスの根の伸長をどれだけ阻害するかをサンドイッチ法で調べた結果があります(藤井義晴:農業環境技術研究所)。阻害の程度は、アベマキ(85%), クリ(56%), コナラ(50%)、アカカシワ(40%)、クヌギ(37%)、トチュウ(34%)、ウバメガシ(32%)、アラカシ(28%)、イヌブナ(24%)、アカガシ(19%)、スダジイ(-4%)、ブナ(-7%)、マテバシイ(-9%)。これらを見るとアベマキにはやや強い阻害作用がありますが、ブナやシイの葉は殆どレタスの根の伸張を抑制する作用をもっていません。しかし、ブナ自身の芽生えの成長に対するブナ葉の水抽出物の効果はまだ調べられていないようです。


自家中毒現象
アレロパシ-で面白いのは自家中毒現象(Autotoxication)です。自家中毒現象は、植物の密度が高くなると、他の植物の成長を抑制する物質が自植物の成長をも抑制してしまう現象です。植物は、自種を繁殖させるために、種を遠くに拡散させる様々な手法を発展させてきました。しかし多くの種は親植物の生育地点に留まります。もしそれらの種が発芽して成長すると、親植物の生存を脅かしてしまいます。植物が根から成長阻害物質を出す理由は、自分の種が傍で発芽しないように、自分の身を守るためと考えられます。つまり本来アレロパシ-は攻撃策ではなく防御策ではないか、という考え方です。 種を遠くに飛ばせない植物は、成長阻害物質を分泌し、種を遠くに飛ばせる植物は、成長阻害物質を分泌しないと考える専門家もいます。