アルドラ-ゼについて

解糖系の第4ステップの酵素は、フルクト-ス・1.6ビス・リン酸(=FBP)を2つのC3化合物に分解するアルドラーゼ(Aldolase)です。タンパク質デ-タバンク(PDB)でこの酵素の構造について調べ、反応機構を推測しました。

PDB番号4ALD(1998年)にヒトの筋肉の解糖系のアルドラ-ゼ酵素(FBPを含む)のデ-タがありました。ヒトの筋肉のアルドラ-ゼは363個のアミノ酸からなるタンパク質です(EC4.1.2.13)。

今回はRasMolという無料ソフトウエアで、タンパク質デ-タを描画し、周囲のアミノ酸を確認しました。例えばLys229を表示する場合、コマンドラインでRasMol>Select [Lys]229:Aと打ち込んで選択し、メニュ-でstick&Ballを選んでLys229を表示させます。

FBPフルクト-スは、酵素の反応ポケットに取り込まれ、10個程度のアミノ酸で取り囲まれ、水素結合で固定されています。229番目のリジンと33番のアスパラギン酸の触媒作用によって、FBPは2つのC3化合物に分解すると考えられます。

2つのC3化合物とは、ジヒドロキシ・アセトンリン酸(=DHAP)とグリセル・アルデヒト3リン酸(=GAP)のことです。こうした化合物の名前は、慣れるまで、発音するのも難しいです。

下図に示すように、酵素反応は4段階からなると考えられます。

最初にアルドラーゼに嵌まり込んだBFPフルクト-スは、開環し、FBPのC2炭素のカルボニル基(C=O)がリジン229のアミノ基(NH2)と脱水反応し、シッフ結合します。その結果C2炭素はC=OからC=N+Hのイミン状態に変化し、リジンと結合します。

私たちの血管が老化するのは、血管壁のコラ-ゲン・ペプチドが糖と反応してシッフ結合を形成するからだと思います。そういう意味でもこれは健康に関わりの深い反応です。

次にアスパラギン酸33のカルボキシル基(COO)がBFPフルクト-スのC4炭素のOH基からHを奪います。それによってC4炭素に電子が供給され、C3とC4の間の結合がアルド-ル開裂し、グリセルアルデヒト3リン酸(GAP)が生成れ、ポケットから離脱します。

ポケットに残った化合物はエナミン状態になっていますが、アスパラギン酸のCOOH基からHを供給されると、C2炭素は元のイミン状態(C=N+H)に戻ります。最後に加水分解により、シッフ結合が解けて、C2炭素はC=Oに戻り、グリセル・アルデヒト3リン酸(GAP)となって、反応ポケットから離脱します。

次の第5ステップではDHAPはGAPに変化します。つまり1分子のグルコ-スから2分子のGAPができます。フルクト-スを分解することで、後半の反応が1本化できます。もしグルコ-スを分解すると、G2化合物とG4化合物となってしまい、後半の反応が1本化できません。

これで解糖系の前半は終了します。前半はグルコ-ス1分子に対して2分子のATPを消費しました。後半では4分子のATPを生産します。結局、解糖系全体では2分子のATPが得られます。解糖系は殆どすべての生物に見られる古い代謝系です。

甘利山に咲く花々

8月25日に山梨県韮崎市にある甘利山(1731m)に散策に行きました。甘利は江戸時代のこの土地の領主の名前です。甘利山は韮崎市から車で40分ほど登ったところにあります。ツツジ苑というカフェの傍の駐車場に車を停め、歩いて30分で山頂に到着しました。

下界は30℃を超える猛暑ですが、ここは涼しくて最高です。途中の見晴らしもよく、高山植物のお花畑の上をカラスアゲハなどの美しい蝶が舞っていました。

甘利山の花々は一風変わっていますが、一緒に咲いているととても綺麗です。ウツボ草は下から花が咲きます。ウツボ草の名は、花穂が矢を入れる筒、靫(うつぼ)に似ていることに由来しています。花の名前は、覚えにくいものが多いです。私が撮影した花々の一部を紹介します。

吾亦紅(ワレモコウ)の花は、小さな花の集合花で、これでもバラ科です。吾亦紅の名の由来には、諸説ありますが、茶褐色で目立たない花が自分も紅色だと控えめに主張しているという説があります。花の名前を覚えるには、名前の由来を聞く必要がありそうですね。

田村草は、棘のないアザミで、茎に鰭がある固有種です。由来は不明ですが、多くの紫色の花を付けるところから「多紫草」が訛って「タムラ」になったとも考えられています。花言葉は「あなただけが好き」だそうです。

マツムシ草の名の由来は、マツムシが鳴く頃に咲くからということです。花言葉は「私はすべてを失った」だそうです。綺麗な花なので持っていかれそうです。自然保護のためには、こちらの方がいいのかもしれません。

ハクサンフウロの由来は、三霊山の一つ白山に咲いている花で、風露とは風に揺れる朝露のことです。花に筋があり、中央部には10本の紫色の雄しべが放射状に並んでいます。よく見ると、とてもきれいな花です。

甘利山はツツジの名所として知られ、春には観光客で賑わいます。夏のこの時期には、観光客は20名ほどでした。赤ちゃんを抱いてきている人もいました。韮崎高校の科学部の学生さんたちが蝶と地質調査に来ていました。ツツジの減少と土の酸性度との関係を調べているようです。

ホスホフルクトキナーゼについて

ホスホ・フルクト・キナーゼ (PFK, phosphofructokinase) は、解糖系の第3段階の反応を触媒する酵素です。生体内では4量体で存在します。

PFK酵素は、フルクトース6-リン酸(=F6P)にリン酸を加えて、フルクトース1,6-二リン酸(=F-1.6-BP)を合成します。これは解糖系の不可逆反応の一つです。PFKは解糖の重要な律速酵素の一つになっています。

反応前後の標準自由エネルギ変化はΔG0’=-17.2kJ/mol、生体内ではΔG=-25.9kJ/molで、反応は一方向に進みやすくなっています。ADPなどの分子エフェクタがPFK酵素のアロステリック制御部位に結合すると、酵素全体の構造が変化して、合成反応が促進されます。ADPやcAMPや反応生成物であるF-1,6-BPはPFK酵素を活性化し、ATPやH+やクエン酸はPFK酵素を抑制します。

実際にどのように反応が進むのでしょうか?

図1にリン酸フルクトキナ-ゼの活性中心にあるフルクトース6-リン酸とADPの配置を示します。これはタンパク質デ-タバンクにあるX線解析による構造であり、実際はADPの先にリン酸基がついたATPとF6Pが反応します。ATPとF6Pは非常に近い位置にあることが推測できます。また緑の原子はMg2+イオンを表しています。Mgイオンは負に帯電したリン酸基を中和して、反応を起こりやすくする働きがあります。

図2にADPに水素結合するアミノ酸を示します。ADPのP=O部の酸素Oとアスパラギン酸103のアミノ基NH2は水素結合をしています。ATPにおいても同様にP=Oとアミノ基の水素結合が生じると考えられます。このアミノ基が水素を引き抜くと、P=O部の二重結合が解けて、電子を欠乏したPが他の電子を有する原子と結合しやすくなります。

図3にフルクト-ス6リン酸に水素結合するアミノ酸を示します。F6PのC1炭素の:OH基は孤立電子対を有しており、OはPと結合しやすい状態になっています。またOH基はメチオニン169の硫黄Sと水素結合をしています。この硫黄SがOH基のHを引き抜くと、C1炭素の酸素Oは直ちにPと共有結合を形成します。このように、生体内では酵素のアミノ酸の助けを借りて、化学反応が円滑に進行していると考えられます。

ちなみにヒトの PFKには、筋肉 muscle、肝臓 liver、血小板 platelet 型の 3 つがあり、それぞれ PFKM, PFKL, PFKP と呼ばれています。PFK の変異による病気に垂井(たるい)病があります。これは筋力の低下、溶血などを伴う病気です。多くのガンでPFKの活性が高いことから、PKFとガンとの関わりが注目されています。

グルコース6リン酸イソメラーゼについて

解糖系の2つめの解糖ステップでは、グルコース-6-リン酸イソメラーゼ(図1)により、グルコース-6-リン酸がフルクトース-6-リン酸に異性化されます。つまり酵素の中で6印環が5印環に変化します。この反応は自由エネルギ変化が小さいため、どちらの方向にも進みますが、フルクトース-6-リン酸は不可逆的に消費されるので逆反応は起こりにくいようです。標準自由エネルギ変化はΔG0’=+2.2kJ/molですが、生体内ではΔG=-1.4kJ/molと小さくなっています。

このような異性化反応は、酵素の反応中心を構成するアミノ酸が重要な役割を果たしています。タンパク質デ-タバンク(ID=4QFH)でイソメラ-ゼの構造を調べてみました。

図2、.図3にグルコ-ス6リン酸と水素結合するアミノ酸を示します。簡単のため、水素は表示されていません。グルコ-スの6印環の酸素Oに水素結合しているのは、44番目のヒスチジン(His443)のNH(青)です。右隣のC1炭素の酸素(赤)に結合しているのが572番目のリジン(Lys572)のアミノ基NH2(青)です。412番目のグルタミン酸(Glu412)がグルコ-スの6印環の2つのOH基と水素結合しています。リン酸も周囲の他のアミノ酸と水素結合で固定されています。

どうやって6印環から5印環に変化させるのでしょうか?
イソメラーゼのアミノ酸であるHis443は、6印環の酸素Oに水素Hを与え、グルコース 6-リン酸を開環し、直鎖構造(αアノマー)に変えます。Lys572はC1炭素のOH基から水素を奪い、C1炭素をアルデヒド基(CHO基)に変えます。さらにグルコ-スのカルボニル基(C=O基)がC1炭素からC2炭素へ移動することで、アルドースはケトースへと転換されます。最後に、6印環の酸素OがC2炭素と求核反応により結合して5印環のフルクト-スになり、水素結合が外れます。

どうしてフルクト-スを経由するのでしょうか?
フルクトースを経由すると代謝に用いる酵素の種類を少なくて済みます。脂肪酸のβ-酸化で見られるように、炭水化物が分解される場合、カルボニル基のβ位(C2とC3の間)で切断されます。これはカルボニル基の酸素の電子吸引性のためβ位の炭素が活性化されているためです。グルコース-6-リン酸(C6化合物)の場合、C-C結合をβ位で切断するとC2とC4の化合物が生じます。一方、フルクトース-6-リン酸であれば、2つのC3化合物が生じます。この一方(ジヒドロキシアセトンリン酸)を異性化して同じ分子(グリセルアルデヒド-3-リン酸)にすることによって、以後の解糖代謝経路を一本化できる利点があるのです。

ヘキソキナーゼ酵素の働きについて

図1に筋肉にあるヘキソキナーゼⅠ(hexokinase)の外観モデルを示します。EC番号2.7.1.1は転移酵素でリン酸を移すものを表しています。ヘキソキナーゼはATPの末端のリン酸基をヘキソース(6単糖)のOH基に転移させる酵素です。ヒトのヘキソキナーゼはアミノ酸残基数が917個、原子数は7,056個です。2回回転対称性(C2)があります。

ヘキソキナーゼが活性化するにはMg2+が必要です。Mg2+がATPのリン酸基に配位結合すると、リン酸のマイナス電荷が減って、ヘキソースのOH基がPを求核反応しやすくなるからです。
・Hexose-CH2OH +MgATP2− → Hexose-CH2O-PO32−+MgADP+ H+

図2と図3にヘキソキナーゼの空洞部分に結合したグルコ-スとリン酸のリガンド配位図を示します。これらの3次元モデル図は、タンパク質デ-タバンク(PDB)のウエッブサイトにて無料で得られます。ヘキソキナーゼⅠのPDB-IDは1HKCです。ヘキソキナーゼは、グルコ-スとATPを取り入れると、両者を接近させるように変化します。それによってATPが加水分解しないように水分子を遮断する働きもしています。

BGC918は919番目のグルコ-スを、PO4919は919番目のリン酸を表しています。重要なことは、ヘキソースのOH基がリン酸に最も近い位置にあることです。G233は233番目のグリシン、S88は88番目のセリン、T232は232番目のトレオニン、I229は229番目のイソロイシン、F156は156番目のフェニルアラニンを表しています。他にもプロリンP157、アスパラギンN235、グルタミン酸E294、グルタミンQ291などが見られます。

グルコ-スやリン酸は周囲のアミノ酸と水素結合をしています。つまりグルコ-スのOH基(赤)やリン酸基の酸素(赤)は、周囲のアミノ酸のCOOH基のOH部分(赤)やNH2基(青)と水素結合(青色破線)をしています。アミノ酸同士は疎水性相互作用などもしています。

殆どすべての酵素が、どのように反応物質を保持して反応させているかが誰でも簡単に確かめられる時代になったのです。

グルコ-ス解糖系の第1過程

グルコ-スは6個の炭素原子を有する6単糖です。解糖系は細胞質内でグルコ-スを2分子のピルビン酸にする生化学的なプロセスです。2分子のATPと2分子のNADHが得られます。
その後、好気的な生物では、ピルビン酸は細胞のミトコンドリア内に送られて、クエン酸回路に入り、様々な有機酸に変換されます。その過程でATPやNADHが発生します。生物はATPのエネルギを使って、代謝に必要な様々な物質をつくり出しています。

解糖系は10個の反応過程から成ります。解糖系の第1過程は、ATPによるグルコ-スのリン酸化です。すなわち図1に示すように、グルコ-スとATPが反応し、グルコ-ス6リン酸とADPとH+が生成します。6は6番目の炭素にリン酸が結合していることを意味しています。ATPはPO32–ADPと書けます。反応を促進させる酵素はヘキソキナーゼというリン酸転移酵素です。

ATPのリン酸には、Pと二重結合しているOがあります。この酸素は電子を引っ張るので、P=OがP-O-となります。Pは、5本の結合手を持つので、結合手をもう1本受け入れられる状態になります。

グルコ-スの6番目の炭素はCH2OHに含まれています。その酸素O:には孤立電子対があり、ATPのPと求核反応を起こします。ATPとグルコ-スがヘキソキナーゼに結合すると、グルコ-スのCH2OHはPの近くに配置されます。CH2OH はPと結合し、H+を放出します。P-O-がP=Oに戻ると、PとADPの結合が切れます。ADPは結合に使っていた電子を引き取り、ADP-となります。結局、反応は

・ グルコ-ス + PO3-ADP → グルコ-ス6リン酸 + ADP- + H+

となります。解糖系の第1過程ではATPを1個消費してしまいます。10個の反応過程で用いられる酵素はすべて異なりますが、有機化学の基本知識があると、複雑な生化学の反応を理解することができます。