ニトロゲナーゼは窒素に水素を付加する強力な還元剤ですから、酸素と容易に反応してしまいます。ニトロゲナーゼの金属クラスタは酸素に曝されると秒単位で速やかに分解されます。ニトロゲナーゼが失活しない酸素濃度は5~30 nM(モル濃度:M=mol/L)と非常に低いです。したがって、ニトロゲナーゼを駆動するにはO2を含まない嫌気環境が必要です。しかし生物が利用するATP生産の酸化的リン酸化のためには250 μMの酸素濃度が必要です。そのため窒素固定生物は様々な方法で嫌気環境を実現しています。嫌気性の窒素固定細菌は窒素固定に必要なATPを発酵など,酸素呼吸以外の系路によって生産しています。
根粒菌の場合
根粒菌はダイズの根など、レグヘモグロビンを含む根粒細胞に共生しています。レグヘモグロビンは酸素を強く捉え、酸素濃度に対する緩衝作用を有します。根粒の酸素拡散障壁を介した酸素濃度調節により酸素濃度は60nMとなり、レグヘモグロビンの酸素吸着作用、低酸素濃度での呼吸鎖の電子伝達を可能にする酸素高親和性のバクテロイド・ターミナルオキシダーゼによる酸素消費により、遊離酸素濃度は10nM程度になります。ちなみにヒトの血液の場合、遊離酸素の濃度は1μM程度です。
根粒菌の原形質膜の呼吸系はこの低濃度の遊離酸素を消費してATPを生産しています。そしてアゾトバクタと同様、このATPを利用して遊離酸素のない細胞内部に局在するニトロゲナーゼによって窒素固定を進行させています。この様に小さな細菌ではATP生産と窒素固定を、離れたところで進行させて、両立させています。
アゾトバクタの場合
アゾトバクタは、呼吸保護と呼ばれる細胞内酸素濃度を低く維持するための酸素消費速度の調節機構をもっています。呼吸保護には細胞表層に局在する5つのターミナルオキシダーゼによる酸素消費が大きく寄与します。それとともにアルギン酸が生合成され、細胞が覆われるアルギン酸の殻は細胞内の酸素を低くします。セルロース繊維のネットワ-クに水溶性のアルギン酸が裏打ちされると柔軟で酸素ガスを通さない膜が得られます。
細菌の表面膜の呼吸系で酸素を消費してATPを生産しています。アゾトバクタの細胞膜は酸素バリア膜であるアルギン酸膜で覆われています。外部から拡散してくる酸素は、細胞表面で全部消費されるため、細菌の内部には侵入しません。ニトロゲナーゼは酸素のない細胞の内部に局在し、ここで細胞の表面で生産されたATPを用いて窒素固定を行っています。
図1 アゾトバクタ属ビネランディの細胞の模式図
細胞はアルギン酸のバリア膜(黒)で覆われている。紺色のCydABⅠ、Cco、CydABⅡ、Cox、Cdtは5つのタ-ミナル酸化酵素、水色の4つの膜タンパク質Nuo、Sha、Nqr、NdhはNADHユビキノン酸素還元酵素、灰色のCydR、MucR、AlgUなどは制御タンパク質、赤色はATP合成酵素1とATP合成酵素2、紫色のFeSllとRnf1は呼吸保護に関わるタンパク質、黄緑の四角で囲われたものは、酸素暴露に敏感なタンパク質である。
参考文献:Joao C. Setubal, Virginia Bioinformatics Institute, JOURNAL OF BACTERIOLOGY, July 2009, p. 4534–4545,’Genome Sequence of Azotobacter vinelandii, an Obligate Aerobe Specialized To Support Diverse Anaerobic Metabolic Processes’
窒素固定シアノバクテリアの場合
光合成をするシアノバクテリアにも窒素固定をする種があります。光合成によりO2を発生しながら、酸素に弱いニトロゲナーゼを駆動するのは驚きです。ヘテロシストの膜成分は糖脂質です。細胞隔壁が外部からの気体拡散速度を調節することで細胞内酸素分圧を低減化しています。同時にヒドロゲナーゼ活性を高めることで環境中H2を酸化させて酸素を消費して細胞内酸素分圧を低下させています。糸状性シアノバクテリアは、環境中のC/Nが増加し窒素固定の必要性が高まった場合に、窒素固定専用の細胞(ヘテロシスト)にニトロゲナーゼを局在させ、光合成を行っている細胞からATPと 還元力をもらって、窒素固定を行っています。好気性の窒素固定菌は以上の様にして、酸素が窒素固定を阻害しないようにしています。窒素固定により生成したアンモニアは栄養細胞から供給されるグルタミン酸と反応しグルタミンへと変換され窒素源として栄養細胞に移送されます。
名古屋大学の藤田祐一教授は2018年6月にプレクトネマという窒素固定シアノバクテリアの20.8kbの窒素固定遺伝子のクラスタとCnfRという転写制御タンパク質を見つけ、その発現制御機構を解明しました。これらの遺伝子を、シネコシスティスという窒素固定の能力をもたないシアノバクテリアに導入して、窒素固定能を付与し、脱酸素試薬(ジチオナイト)の添加で、低いが有意なニトロゲナーゼ活性が検出しました。
フランキアの場合
フランキアは球状細胞ベシクルを形成することにより酸素の混入を防ぎ窒素固定を行います。ベシクルはホパノイド脂質の結晶からなる多重膜で覆われています。ベシクルの直径は4~5 μmで、ホパノイド脂質膜の厚さは50nm程度です。ベシクルは植物のミトコンドリアに取り囲まれており、これは酸素分圧を低下させる効果があると考えられています。