・クジラの祖先とその環境
5500万年前の始新世の初期は温暖で、海面は現在より200mも高いものでしたが、それから徐々に寒冷化していきました。そのころにはインド大陸は南極大陸から分離して、北上していました。インド大陸にはクジラの祖先であるアンブロケタスなどのカバに似た4つ足の陸生哺乳動物がいました。
3000万年前にインド大陸はユ-ラシア大陸と衝突し、ヒマラヤ山脈を形成し始めます。ヒマラヤ山脈には海底の堆積物が激しく褶曲した地層があり、多数のアンモナイトの化石が発見されています。ヒマラヤ山脈が形成されると、寒冷・乾燥化し、モンス-ン(季節風)が強化されました。ヒマラヤを流れる河川による風化浸食と風塵により、大量の栄養塩が海洋に供給されたと考えられています。
衝突前にはユ-ラシア大陸とインド大陸(あるいはアフリカ大陸)の間にはテチス海(Tethys Ocean)という浅い大海が広がっていました。テチス海は赤道上にあったので、赤道反流が西から東にテチス海を流れていました。温暖な気候の浅海では植物プランクトンが大繁殖しました。その死骸が海底に降り積もってできたのが現代の中東地区の石油だと考えられています。クジラの祖先は河畔から安全で豊富な餌が得られるテチス海に住むようになりました。体型も水中生活に適応し、プロトケタスという尾ヒレをもつ古代クジラが出現しました。
寒冷な漸新世で植物プランクトンが大量発生
漸新世が始まる3400万年前にオーストラリア大陸が南極大陸から離れ、南極還流が形成されました。低緯度地域で発生した暖流が南極大陸に接近できなくなり、急速に寒冷化が進み、両極には氷床が出現しました。氷床は太陽光を反射するので気温が下がり、氷床は拡大します。沿岸の海面が氷結すると塩分濃度の高い海水が大量に発生し沈み込みます。南極海沿岸は栄養塩濃度の高い深層海水が湧昇し、プランクトンやそれを食するオキアミが大量発生しました。植物プランクトンは光合成するので、温室効果ガスであるCO2が減少し、寒冷化に寄与します。
微化石の研究からACE(=Atlantic Chaetoceros Explosion)と呼ばれるキ-トケロス珪藻の爆発的な増大イベントが生じたことが分かっています。キ-トケロス属は湧昇流が活発な地域に生息する珪藻です。栄養状態が悪くなると、キ-トケロス珪藻は休眠胞子状態になり、海底の泥層に沈みます。湧昇流が起こり、栄養状態がよくなると、休眠胞子は表面層まで巻き上げられ、光を受けて休眠から目覚めます。通常、珪藻のガラス殻は薄く、化石として残らないのですが、キ-トケロス珪藻の休眠胞子状態のガラス殻は厚いために、20μm~50μmサイズの微化石として残ります。