雄性不稔の遺伝子はミトコンドリアの環状DNAの中にあります。野生植物の場合、細胞の核内にある直鎖型DNAには花粉形成の回復遺伝子があり、ミトコンドリアの雄性不稔の遺伝子が働かないように抑制しています。
栽培植物では、突然変異によりミトコンドリアの雄性不稔遺伝子が無くなったために、核内の花粉形成回復遺伝子も不要になり喪失しました。そのため栽培植物は雄性可稔です。しかし野生植物と栽培植物の交配種の中には、野生植物に由来するミトコンドリアの雄性不稔遺伝子と、栽培植物に由来する花粉形成回復遺伝子のないDNAを有するものがあり、雄性不稔種が誕生しました。以下にこのことを詳しく説明しましょう。
Sを不稔(Sterility)遺伝子があるミトコンドリア遺伝子、F(Fertility)を不稔遺伝子がない可稔のミトコンドリアの遺伝子、RRを花粉形成回復遺伝子を有する核の優性遺伝子、rrを花粉形成回復遺伝子を有しない核の劣性遺伝子としましょう。そうすると野生種の遺伝型はS-RR、栽培種の遺伝型はF-rrと書けます。野生種と栽培種が偶然交配し、
・ S-RR(野生種)× F-rr(栽培種の花粉)→ S-Rr(可稔株)
S-Rrなる可稔株が誕生したと考えられます。さらにS-Rr同士の受精により
・ S-Rr(可稔株)×S-Rr(可稔株の花粉)→S-RR(野生)、 S-Rr(可稔)、S-rr(不稔)
の3種類の種が生まれました。このうち、S-rrは、核がミトコンドリアの不稔遺伝子の発現を抑制できないので、不稔になります。すなわち雄性不稔種の遺伝型はS-rrと書けます。
結局、歴史的に見ると、雄性不稔種にはミトコンドリアの異常があるという言い方は正しくありません。なぜなら元の野生種にはすでに雄性不稔遺伝子が含まれていたからです。むしろ野生種が突然変異して栽培種が出現したことが異常なことだったのです。栽培種と野生種から生まれた可稔株同士の交配によって、必然的に雄性不稔株が生じます。
雄性不稔種と同じ遺伝型をもつ栽培種の花粉を用いることで、
・ S-rr(雄性不稔種)× F-rr(栽培種の花粉)→ S-rr(雄性不稔種)
により雄性不稔種を増殖できます。種苗企業はこのようにしてF1種を生産していると思われます。稔性回復種F-RRを用いれば、
・ S-rr(雄性不稔種)× F-RR(稔性回復種の花粉)→ S-Rr(可稔種)
により、F1種子の可稔性を回復することもできます。つまり優性な花粉形成回復遺伝子Rが雄性不稔遺伝子Sを抑制するので、S-Rrは可稔種になります。