プライス博士の進化の方程式

私たちが持続的に生活していくには、様々な生物資源の管理と生態系の保護が必要です。生態系を豊かにしたのは、永い生物の進化の歴史です。生態系を理解するには進化の理解が欠かせません。ところで進化とは、どんなプロセスでしょうか?

進化は、変異、遺伝、選択の3つの過程によって成立しています。生物は、限られた食料と配偶者をめぐって生存競争をしています。遺伝子の突然変異によって、生存と繁殖に有利になり、適応力を高めた固体は、生存競争に勝って、多くの子孫を残します。その子孫は親の遺伝子を受け継ぎ、適応力の高い固体となります。

進化とは、適応力の高い固体に生じた遺伝子の変異が蓄積して、新たな種を生成することです。自然環境が適応力の高い生物の生存率や繁殖率を高めること自然選択といいます。生物が新しい形質を獲得していく機構を表したのが進化の方程式です。形質と言うのは、体長、眼の色、骨格、葉の形など、生物の色々な特徴のことです。

進化の方程式には色々ありますが、その中で有名なプライスの共分散方程式を紹介します。ジョ-ジ・プライス博士は生物群の世代交代による形質zの変化に関する共分散方程式

を発見しました。ここでE(w)は平均適応度、∆E(z)は形質の平均的な変化量、Cov(w,z)は適応度と形質の共分散、E(w∆z)は遺伝する形質変化を表しています。zは形質を何らかの形で数値化した変数です。この式は、形質の変化は形質に働く選択項と形質変化の遺伝項の和で書けることを示しています。変異は一定の割合で生じると仮定されています。以下に記号の定義を記します。

ここでwiは固体iの適応度、ziは固体iの形質zの値、piは固体iが形質ziを取る確率を示しています。さてプライスの共分散方程式を導出しましょう。形質の平均的な変化量∆E(z)は

と書けます。適応度は子孫を残せる率に係る数値ですから、個体iの次世代の形質z’iを持つ確率p’i

と考えられます。なぜならそれは前の世代の形質zを持つ確率piが適応度wiだけ増えるからです。E(w)で除することでp’iの確率保存

が成り立っています。p’iを上式に代入すると、 E(z)=0 として、

が得られます。Cov(w,z)は世代交代による適応度の変化による選択的な形質変化量、E(w∆z)は形質変化Δzが適応度wによって受け継がれる遺伝的な形質変化量を表しています。
上式の第二項を無視し、z=wとすると、

となり、平均適応度の変化∆E(w)は常に正となることが分かります。これは自然選択の第一法則と呼ばれています。そのためプライス方程式の第一項は自然選択項と呼ばれています。プライス方程式は、進化の基本方程式と呼ばれ、自然選択説に遺伝の効果を取り入れた特徴があります。この法則は進化学や生態学だけでなく生物資源管理にも適用できそうです。

 ダーウィンは自然選択による進化論(1859年)の提唱者ですが、進化を論じる際に遺伝のことは全く考えていませんでした。遺伝学の祖メンデルは、30歳で物理化学を学ぶためにウィ-ンに留学し、気体反応の法則で有名なゲイリュサックや分子説で有名なアボガドロに会っています。そこで彼は、酸素ガスは2つの酸素原子が結合した分子であることなどを学びました。メンデルの法則(1865年)はAbといった2つの遺伝的要素で一つの形質を表現しています。このように遺伝学は分子説の影響を受けたと考えられています。